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「……いやいやいや、冗談だよね? それとも空耳? ――うん、そうだ、空耳だ。キールからあんな言葉が出るはずないよ。正義の味方の勇者サマだよ? 奥さんもいるのにさ。……それに、あんなしつこく逃げ出すなって言われたら逃げ出したくなるのが盗賊のサガってモンよ。それに『絶対の絶対に無理』なんて言われちゃ、盗賊としてのプライドが許せないわ」


 私はキョロキョロと辺りを見回し、窓の方に目をやった。どうやら特殊なカギが掛かっているようだが、盗賊専用シーフスキルの『鍵開け』があれば開けられそうだ。


「ここから逃げ出して、ハボックじいちゃんに会いに行こう。じいちゃんなら私を匿ってくれると思うし、賢者で知識も豊富だから、元の世界へ還る方法を知ってるかもしれない。もしかしたら召喚儀式を使えるかもだし! うん、我ながらすごく良い提案だ。善も急げだ、さっさと行こっと」


 私は窓の側に行き、両手を前に出すと印を結び、『鍵開け』のスキルを発動する。
 盗賊のスキルはこうやって印を結ばないと発動出来ないのが面倒だが、その代わり便利なスキルばかりなので文句は言えない。

 カギがカチャリと外れたのを確認し、私は音を立てないように窓を開け外に顔を出した。遙か下に地面が見えるが、私にそんな弊害は関係ない。


盗賊専用シーフスキル『壁歩き』発動」


 再び印を結びそう口に出して呟くと、身体が薄く輝き出した。私は窓から飛び出し、壁に両足を付ける。
 抜け出したのがバレた時を考えて、痕跡を消す為に窓を閉めスキルでカギを掛け直すと、地面に向かって勢い良く壁を蹴って走り出す。
 これも盗賊専用の一つだ。一年前の旅では使う機会がなかったから、キールヴァルトもこのスキルのことは知らないはず。


「うぅっ、このドレス、すっごく走りにくい……。元の服に着替えてくれば良かった……。キールってば、私の逃亡防止の為にこのドレスを着させたんじゃ?」


 文句を言いつつ壁を降り続け地面に辿り着くと、スキルを解除する。そして、周りを注意深く確認しながら城から離れ、城下町へと駆け出した。


「抜け出し成功、っと。ふふん、ラックショーだったね。何が『絶対の絶対に無理』だよ、キールのヤツ。ベテランの盗賊ナメんなよ」


 城下町に辿り着いた私は、ハボックじいちゃんの家の場所を聞く為、近くにある宿屋に入った。


「いらっしゃい。――あら、身なりの良いお嬢ちゃんだね。一人かい?」
「うん。おかみさん、ちょっと訊いていい? この城下町にハボックっておじいちゃんが住んでるって聞いたんだけど、どこ辺りにいるか分かる?」
「あぁ、ハボックさんね。彼ならここを出て右に真っ直ぐ行った、少し外れにある茶色の小さい一軒家に住んでるよ。――しかしお嬢ちゃん、愛されてるねぇ。やり過ぎな気がしないでもないけど。まぁそれだけ付いていれば、男共は絶対に寄ってこないわね」
「へ?」


 おかみさんは、何故か私の首を見ながら苦笑している。
 ……? 何のことを言ってるんだろう? でもハボックじいちゃんの場所がすぐに分かったし、ここに入って正解だった。


「おかみさん、ありがとね。お金を稼いだらここに必ず泊まりに来るね」
「あぁ、待ってるよ。いつでもいらっしゃいな」


 おかみさんは笑いながら手を振ってくれた。城下町で初めて話した人がおかみさんで良かった。城の好感度は最悪だけど、ここの好感度はおかみさんのお蔭でグンと上がっている。
 おかみさんにペコリと頭を下げて手を振り、宿屋を出た私は外れに向かって走り出した。

 あぁ、早くハボックじいちゃんに会いたい。じいちゃんに会ったら何話そうかな。そうだ、まずは謝らなきゃ。私の所為で謝礼金を貰えなかったんだから。

 脇目も振らず走っていると、視界の隅に茶色の一軒家が見えた。


「あそこだ! やった、着いた……!」


 思わずパッと笑顔になった時、突然目の前に人が現れ、私はその人に思いっ切りぶつかってしまった。

「わわっ……」

 勢いで倒れそうになる身体を、ぶつかった人が咄嗟に支えてくれた。

「ご、ごめんなさい。ありがと――」

 謝って顔を上げた私は、途中で言葉が止まる。顔が大きく引き攣ったのが自分でも分かった。


「よくここまで逃げ出せたね、フェリ。流石というべきかな。でも残念、ミッション失敗だ」


 私を羽交い締めにしたまま微笑してそう言ったのは、この場にいるはずのない、キールヴァルトだった。


「あ……。ど……して……」
「懐かしいな。一年前の旅の時も、キミはよく逃げ出していたよね。その度にボクが捜しに行ってさ。キミの不貞腐れた顔がすごく可愛いかったな。ふふっ」


 ……そうだった。キールヴァルトは、どこに逃げても私を必ず捕まえにきた。
 まるで私の場所が最初から分かっていたかのように――


「抜け出したら罰を与えるって言ったよね? 勿論覚えているよね?」
「え? あれ、空耳じゃ――」
「あははっ。フェリは面白いね。じゃ、城に戻ろっか」


 キールヴァルトは私を軽々と抱き上げると、地面を蹴って飛んだ。空高く。――文字通りに。
 民家の屋根に着地すると、またもや屋根を蹴って飛び上がる。それを繰り返し、あっという間に城に着いてしまった。

 こ、こんなスキルを持ってるなんて……! ズル過ぎる!!

 そしてキールヴァルトは、私を腕の中に抱き上げたまま城に入り、自分の部屋へと向かって行った。



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