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「…………は?」


 眩い光が消え、見覚えのある王の間の光景が目に飛び込んできた私の第一声がソレだった。
 目を擦っても、瞼をギュッと閉じて開けても変わらない光景に、私は愕然としてその場にヘタリ込む。


「う、ウソでしょ……? 夢だよね、コレ……? うん、そうだよ夢だ、絶対に夢だユメ。それなら早く覚めて」
「残念ながら夢ではないよ? まさかキミが再び召喚されてくるなんてね。――フェリスティ」


 聞き覚えのある、男寄りの中性な声が頭上から聞こえ、私は絶望に塗れた顔をゆっくりと上げると、案の定な人物が口元に笑みを称え目の前に立っていた。
 艷やかで流れるような黒色の髪と黒曜石のように神秘的な瞳を持った美青年だ。一年前より少し大人びて男らしさが増して、美形具合も更に増した気がする。
 私より四つ年上だった記憶があるから、今は二十四歳のハズだ。


「……勇者キールヴァルト……」
「はは、他人行儀は止してくれよ、フェリ。一年間共に旅をして、あの凶悪な魔物を倒した仲じゃないか。その時のようにキールと呼んでくれ」
「呼び方なんていい! どうして私はまたここにいるの!? さっきまで元の世界で暮らしていたハズなのに……!!」


 私がそう叫ぶと、キールヴァルトは困ったように小さく肩を竦めた。


「召喚儀式に失敗したみたいだ。聖なる魔法を使える《聖女》を喚ぶ筈が、間違ってキミを召喚してしまったようだ」
「……は? 間違え、て……?」


 キールヴァルトの言葉に、私の身体がワナワナと震えてくる。


「……ふっ、フザけんなっ! 間違えましたで済む問題かっ!! 早く私を元の世界に還してっ!!」
「そう言われてもね、フェリ。召喚儀式は簡単に何度も出来ないんだ。熟練度の高い召喚士でも、勇者のボクでも、次に出来るのは一年後だよ」
「はあぁっ!? 一年後っ!? そんなに待ってらんないっ! 私は今すぐにでも帰りたいんだ! この国に一秒でもいたくない!! 忘れるもんか……この国で受けた仕打ちを……っ!」



 そう。私は二年前に、自分の住む世界からこの国に召喚されたのだ。強制的に。
 召喚された城の玉座に座っていた王様の話を聞くに、凶悪で超巨大な魔物がこの国の人々を恐怖に陥れていて、その魔物を倒す為に、別の世界からそれぞれ有能な者を召喚したらしい。

 私は元の世界では盗賊シーフのクラスに就いていて、素早さは他の盗賊達より早いと自負している。恐らくその所為で選ばれてしまったのだろう。

 盗賊と言っても、盗むのは魔物達が対象だ。人間は論外だ。『人のモンは絶対に盗まない』のが私の信条だ。好き好んで自ら犯罪者にはなりたくないし。
 魔物達から物を盗む他に、洞窟にある、罠の所為で開けられていない宝箱のソレを盗賊の専用スキルで外し、お宝をゲットしながら生計を立てていた。


 召喚されたのは私を入れた六人で、戦士の男、騎士の男、魔法使いの女、僧侶の女、賢者のじいちゃん、そして盗賊の私だ。
 この国には特別なクラスである勇者がいて、それがキールヴァルトだった。王曰く、彼を含めた七人でその凶悪な魔物を倒す旅に出て欲しいとのことだった。
 最初は渋っていた私だったが、見事魔物を退治した暁には謝礼金をたんまり出すし、今後の生活も豊かに暮らせるよう保証するという話に乗っかり、その六人と旅に出たのだが……。

 その旅が、私にとってサイアクの一言だった。


「盗賊なんて犯罪者じゃねぇか」
「盗賊はただ素早いだけで全然役に立たない」


 と、戦士と騎士から事ある毎にバカにされ、キールヴァルトと賢者のじいちゃんはその度に庇ってくれたんだけど、


「勇者様に庇われていい気にならないでよね。アンタみたいな盗っ人小娘、勇者様は全く眼中に無いんだから」
「ホントムカつくわこの泥棒女。勇者様に色目使ってんじゃないわよ」


 と、魔法使いと僧侶からはキールヴァルトに分からないように陰険なイジメを毎日受けて。
 堪らず何度か逃げ出しても、キールヴァルトに必ず見つかり連れ戻されて。
 逃げた理由を説明して、キールヴァルトがその度に皆を窘めてくれたけど、「告げ口しやがって」と余計にイジメが増して。もうキールヴァルトには何にも言えなくなって。
 ホントに地獄のような日々だった。


 けれどその中で、唯一の救いと癒やしは、賢者のじいちゃん――ハボックじいちゃんと雑談することだった。白髪と白いおヒゲが見事なハボックじいちゃんと楽しく話していても、誰にも何にも言われなかったし。
 ハボックじいちゃんはとても優しくて、私の話をニコニコと頷きながら、親身になって聞いてくれた。
 誰にも言えないようなナイショ話も、ハボックじいちゃんには気軽に出来た。
 

「じいちゃん、ここだけの話ね。私、キールのことを好きになっちゃった。私をいつも庇ってくれる後ろ姿がカッコよくてさ、いつの間にか……」
「おやおや? ふぁっふぁっふぁ、青春じゃのぅ。告白はするのかい?」
「んーん。キールにはこの国の王女っていう婚約者がいるし。魔物を倒す旅が終わればすぐに大掛かりな結婚式を挙げるんでしょ? 城の人達がそう言って『準備が大変だ』って嘆いているのを聞いたよ。人のモン盗るのは自分の主義に反するし、胸の内に留めておくよ。でも苦しくなったらこうやってじいちゃんに話して発散するね」
「そうかそうか、禁断の恋ってわけじゃのぅ。ワシはフェリ嬢ちゃんのことを応援したかったけどのぅ。話ならいくらでも聞くからの。ワシはどんな時でも嬢ちゃんの味方じゃよ」
「えへへっ。じいちゃんのその言葉だけで十分だよ。ありがと」


 そして、一年間の長い旅の末に、ようやく魔物を倒すことが出来た。
 しかし、ここからもヒドかった。戦士と騎士と魔法使いと僧侶が、王に「盗賊は逃げ回るばっかりで何もしなかった」とウソの報告をしたのだ。

 私がハボックじいちゃんの加勢を受けながらいくら本当のことを言っても王は聞く耳持たずで、その所為で謝礼金は一切貰えなかった。
 ウソつきの私を庇ったという理由で、ハボックじいちゃんまでも謝礼金を貰えなくて……。
 ハボックじいちゃんは、

「ワシのことは気にしないでおくれ。貰っても老い先短い奴にはお金の使い所がないからの。ただ嬢ちゃんが貰えないのは許せないのぅ。後でもう一度王に苦言を呈しに行くからの、少し待っていておくれ」

と言ってくれたけど、生活するにはやっぱりお金が必要だ。すごく悪いことをしてしまったと、今でも申し訳ない思いでいっぱいだ。


 そして、キールヴァルトと王女が城の大広間で盛大な結婚式を挙げている時。
 私は仲間だった四人によって身体を縛られ、身動き出来ないまま、王の雇った召喚士が行った召喚儀式で強制的に元の世界へ還らされてしまった。
 無一文のままで。


 あの辛くて苦しい一年間は、全て無駄になったということだ。



「……キミが元の世界へ還らされた後、ハボックさんから全ての事実を聞いたよ。ボクがいない間にそんなことがあったなんて……。キミに何てお詫びしたらいいか……」
「キールヴァルトは悪くないし、謝らなくていいよ。けど、そう思うんだったら今すぐ私を元の世界に還して!!」
「……済まないが、それは出来ないと言っただろう? せめてものお詫びとして、この城で自由に過ごしていい。必要な物があったら侍女に言えばすぐに用意する。何の不自由もなく過ごせることを保証するよ」


 二年前の私だったら瞳を輝かせて即頷いていた提案だったが、イヤな思い出しかないこの城で暮らしたくない。
 それに、元の世界に戻ってから今までの一年間で、私は盗賊としての腕に更に磨きをかけたのだ。その苦労を無いものとしたくない。


「そんな籠の中の鳥みたいな生活なんて私は望んでない! 私は外で自由に走り回るのが性に合ってるんだ。洞窟を駆け巡ってお宝を集めたいんだ! ならせめて城の外へ行かせて! 私は自分で宿を決めて自分で生活するから!」
「それも絶対に駄目だ。キミはキミの見た目をちゃんと自覚した方がいい」
「見た目? 何言ってんの? 私の見た目が悪いのはいつものことでしょ? 元の世界でもそうやって自分一人で生活してきたんだ。それにキールヴァルトにダメだって言われる筋合いはないよ! 前は仲間だったけど、今は違うじゃない。私はもう行く――」
「――ねぇフェリ? あんまりワガママを言うのなら――」


 キールヴァルトは私の言葉を遮ると、こちらに足音を立て近付いてきたと思ったら、身体をギュッと羽交い締めにされた。お互いの身体が否応なしに密着する。


「っ!?」
「――その可愛い唇をボクの唇で塞いで、言葉を出させなくするよ」
「はぁっ!?」


 顎を掴まれグイッと上を向かせられる。キールヴァルトの美形な顔が迫り、本当に口がくっつきそうな距離だ。
 黒色の長い睫毛も、形の良い鼻も、男とは思えない艶々した綺麗な唇も間近でよく見えて、顔が熱くなり赤くなったのが自分でも分かった。


「……あ、あははっ。じょ、冗談……だよね……?」
「ふぅん? 冗談だと思う? 試してみようか?」


 キールヴァルトが笑顔で更に顔を近付けてくる。唇がくっつくまであと数ミリのところで、私は慌てて首を大きく左右に振った。


「――残念。けど、ボクの言うことを聞いてくれるってことだよね?」


 顔をホンの少しだけ離したキールヴァルトは、笑みを貼り付けたまま私にそう尋ねた。その表情に、今は大人しくしていた方がいいと盗賊のカンが警告を告げている。


「……分かった……」
「ん、良い子だ。フェリの部屋まで案内するよ。何か用があれば、侍女が扉の外で控えているから声を掛けるといい」


 キールヴァルトは頷くと、私の肩を深く抱いて密着したまま歩き出した。
 私を逃さないようにする為か……。でもこんなにくっついてたら王女に誤解されるんじゃ……?
 改めて周りを見回すと、兵士や騎士達が、いつもの定位置であろう場所に姿勢良く立っていた。皆、チラチラとこちらを見ている。


 えっ! いたんだっ!? さっきの見てたよね!? 絶対見てたよね!? どうか誤解しませんように!! 王女に告げ口しませんように……!!


 私は心の中で必死に祈る。
 部屋に着くまで、キールヴァルトは一度たりとも私の身体を離すことはなかった。



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