【R18】「お前を必ず迎えに行く」と言って旅立った幼馴染が騎士団長になって王女の婚約者になっていた件

望月 或

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31.それは、美しき“奇跡”

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「な、なにを……言って――」
「これ、見て」


 私はそう言って、手に持つ白銀色に輝く扇をホークレイに見せた。


「キラキラしてとても綺麗でしょ? これ、お母さんが踊り子で各地を回っていた時、とある国の王様と王妃様から戴いたんだって。わざわざお母さんの為に作ってくれたんだよ。お母さんが踊り子だからって、似合いそうな扇にして」
「…………」


 声を発さないホークレイの、剣を持つ右手に注意しながら私は言葉を続ける。


「しかもね、これ小さくなったり大きくなったり出来るんだよ。そういう魔法が掛けられてるんだ。念じれば、使用者の好きな大きさに変えられるんだよ。すごいよね? その国は、皆色んな魔法が使えたんだって」
「…………」
「お母さん、その国が気に入って何度も訪れてたんだって。王様と王妃様がとても優しくて良い人で、お母さんの踊りをすごく褒めてくれて、とても嬉しかったって言ってた。友情の証に、この扇を作ってくれたんだよ? 希少で高価な“オリハルコン”を使って。しかもタダでくれたんだよ? 本当にもう優し過ぎだよね? 王様と王妃様」
「…………っ」


 顔をクシャリと歪ませるホークレイに、私は微笑んだ。


「王様と王妃様がこの扇をお母さんに渡す時、『きっと大切な人を守ってくれる』って言って微笑んだんだって。私が城に行くことになった時、お母さんが私を守ってくれるようにこの扇を渡してくれたんだけど、本当に守ってくれたね。大切なあなたを、『人殺し』という“業”から守ってくれた」
「っ!!」


 私はホークレイに近付くと、目を見開く彼の右手をそっと撫でた。


「……っ!? な、何を――」
「ホークレイ。あなた、騎士団に入ってから、人を殺めたことが一度も無いんだよね? オズワルドさんが言ってたよ。ここ十数年戦争は無かったし、賊退治に行っても、いつも気絶させるだけで、絶対に命を奪うことはしなかったって」
「…………」
「命を奪わずにただ気絶させるって、とても難しいことだよ。加減もそうだし、衝撃を与える場所だって少しでもズレたら命に関わるもの。沢山、すごく沢山鍛錬を積んだんだね……。そうだよね、あなたは命の重みをちゃんと知っているものね? 大切な人達の命を奪われたあなたなら……。だから、そんなあなたが王達を“殺す”なんて言うのは、本当に心の底から憎んでるんだよね」
「…………あぁ」


 フイッと下を向くホークレイの右手を、私はギュッと握りしめる。


「それならホークレイ。だからこそ王達は殺しちゃダメだよ。勿体無いよ。この人達は、これから死より辛い罰を受けることになるから。身分剥奪されて、薄暗くて汚い、贅沢も何も出来ない牢獄の中で一生過ごすか、一生強制労働か……。今まで甘い汁をずっと啜ってたんだから、苦しみは確定だよ。王なんて今はこんなにブクブク太ってるけど、一年経ったらゲッソリガリガリに痩せ細ってること間違い無しだよ。この人達には死ぬまでずっと、とんでもなく辛い苦しみを与え続けた方がいいでしょ?」


 私の発言に、後ろから「ヒェッ……」と誰かの声がしたけれど、構うことはしなかった。


「……リュシルカ、可愛い顔してなかなかに辛辣なこと言いますね。いいぞ、もっと言ってやれ!! ですよ」
「え、そ、そうかな……?」


 王達の前に警戒態勢で立っていてくれたコハクのツッコミに、私は苦笑した。


「……それでもまだあなたの心が晴れないのなら……。王族に復讐を望むのなら、王の血が入っている私を殺していいよ」
「リュシルカッ!?」


 コハクが驚いたように叫んだが、私は彼女に微笑みを向けた。


「コハク、お願いがあるの。ホークレイが私を殺めても、罪にならないように働き掛けて欲しいの。コハクなら出来るでしょ?」
「リュシルカ……ッ!!」
「私の、一生の“最期のお願い”……。よろしくね、コハク」
「……っ!! リュシルカ――」


 ホークレイは、私達の会話をただ呆然として聞いていた。
 私は再び、彼に向き合う。


「王の血が入っている私を殺すことで、あなたが満足出来るなら、それでいい。それであなたが“心から”幸せになれるのなら、私は喜んであなたに命を捧げるわ。私が王の血が入っていると分かった時から、あなたは私を殺すつもりだったものね?」
「…………」
「勿論、私に対しては『人殺し』の“業”を背負う必要は全くないよ。だって、私が“自ら死を望む”のだから。私のことは『人』ではなく、『物』だと思って。負の感情は一切感じないで。約束だよ? ……王の血を引く私を殺して復讐を遂行する、その“決意”が今も変わらないのなら――」


 ホークレイの、揺れる神秘的なアメジスト色の瞳を真っ直ぐと見つめ、私は彼の右手を離してハッキリと言った。



「――私を、殺して」



「――――」

 両目を見開くホークレイの、剣を持つ右手がカタカタと大きく震えている。

 そして、瞼をきつく閉じ、唇を強く噛み締めると、その手がゆっくりと上がっていき――


 私は扇をテーブルの上に置き、ホークレイを黙って見つめた。



 ――その時だ。突然扇が柔らかな白銀の光に包まれたかと思ったら、どこからか声が響いてきた。



『本当にありがとうございます。こんな素敵で立派な扇を戴けて――』
『いいんだよ。私達の“友情の証”さ。こちらこそ、素敵な舞を見せてくれてありがとう』
『えぇ、本当にとっても素敵だったわ。また是非この国に遊びに来てね』



「えっ!? お、お母さんの声っ!?」
「父上、母上っ!?」


 私とホークレイが同時に声を出す。


「……これは、もしかして……この扇の『記憶』……?」
「…………」


 示し合わせたわけでもないのに、私達は黙ってこの声に耳を傾けた。


『はい、勿論です。また必ずお伺いさせて頂きますわ』
『はっはっは。娘がいるとこんな感じなのかな。君のことが愛しくて堪らないよ』
『ふふっ、本当にね』
『ウフフッ、ありがとうございます。とても嬉しいですわ。……失礼ですが、お子様は……?』
『それがまだなのよ。頑張ってるんだけどねぇ。ね、あなた?』
『おいおい、こんな若いお嬢さんの前でそんな話は……』
『フフッ、仲がとてもよろしくて羨ましいですわ。もしもお子様が産まれたら、どんな子に育って欲しいですか?』
『そうだなぁ……。その子が幸せなら何も言うことはないよ。心から幸せになって欲しいね』
『あと、男の子だったら、好きな子は全力で守って欲しいわ。あなたみたいにね? ふふっ』
『はっはっは、そうだな。私の子なら、好きな子には一途だろうし。心配ないさ』
『ふふっ、そうね。あぁ、早く私達のもとに天使が舞い降りてくれないかしら』
『こんなに仲睦まじい王様と王妃様なら、きっとすぐに舞い降りてくれますわ』
『うふふっ。ありがとうイレーナさん』
『はっはっは。いや、照れるなぁ』


 ……三人の楽しそうな笑い声で、その『記憶』は止まっていた。


 ホークレイを見ると、彼は泣いていた。瞳から頬へ幾度も涙が伝って、床に転々と染みを作っていく。


「……全力で守れ、って……。俺、今さ……好きな子を殺そうとしてるんだぜ……? 正反対のことをしようとしてるんだぜ……? 父上……。俺……俺は――」



『もう、意味の無い意地を張るのは止めよう? レイ』



「っ!?」


 ――その時、『記憶』とは別に、ホークレイのお父様の声が聞こえてきた。
 バッと扇に目を向けると、白銀の光が強烈に輝きを放ち、そのあまりの眩しさに私は思わず目を閉じてしまった。


『私達は、お前にそんなことを決して望んでいないよ。相手が好きな子なら尚更だ』
『そうよ、レイ? そんなことをしたら、お父さんとお母さん、もう滅っ茶苦茶のカンカンに怒っちゃうからね?』


 茶目っ気のある、ホークレイのお母様の声も聞こえる――



『レイ、私達のことを想ってくれてありがとう。私達はお前のことを、いつまでも愛しているよ。今度はちゃんと、好きな子を守ってやるんだよ?』
『えぇ、もう間違えないようにね? 大好きなあなたのこと、私達は勿論、国民の皆もちゃんと見守っているから。ふふっ、勿論皆一緒よ? だから心配しないで。“心から”幸せになってね、レイ――』



 ……お母様の最後の言葉と共に、扇から光が消え失せて。


 ――二人の声は、完全に聞こえなくなった――



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