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9.思いがけない再会

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 馬車を乗り継ぎ、時には野宿もしつつ、一週間程掛けてようやくお城に到着した私とコハクは、お城の入口でオズワルドさんと別れ、客室へと通された。
 そこで身を清めてドレスに着替えて下さいとお城の侍女さんから言われ、清めの手伝いを断った私は、コハクと一緒にお風呂に入った。


「はぁ~……。湯船、気持ちいいね……。旅の間、野宿や宿屋で身体を拭くことしか出来なかったから、ホント最高だよ……」
「この湯船、二人入っても余裕で足を伸ばせるくらいの広さがありますね……。各部屋にこんなお風呂が付いていたとしたら、どれだけ贅沢をしているのか――ん? リュシルカ、その痕は? 今気が付きましたよ」

 コハクは私の胸元を見て、小首を傾げて訊いてきた。

「あぁ、これ? いつの間にか付いていたの。洗っても何しても消えなくって。でも痛かったり痒かったりとかは全然無いから、特に気にしてないよ」

 私の左胸の上部に、花のような形の、鮮やかで小さな赤い痕があるのだ。気付けばそこにあったので、いつ頃出来たのかは分からない。

「一瞬、奴が付けたものが残っていたのかと思いましたよ。あのおっぱいフェチ野郎、毎回リュシルカの胸全体に痕を付けやがってましたからね。どんだけおっぱい好きなのかと」
「あはは、あれはねー……。あの痕がある時は、流石にお母さんと一緒にお風呂は入れなかったなぁ」
「六年もリュシルカを待たせている奴なんて、この子のおっぱいを想って一日中泣き暮らしていればいいんです」
「ふふふっ、そんなホークレイ、全く想像出来ないや。――あっ、そうだ。王様の謁見が終わったら、城下町に行ってみようよ。もしかしたらホークレイに会えるかも?」
「あぁ、奴は城下町にいるんでしたっけ。突然現れて、奴の澄ました顔を驚かせるのもまた一興ですね。そして六年間待たせた分、盛り沢山で文句を言ってやりましょう」
「あははっ、そうだね。会えるといいなぁ」


 私は笑うと湯船から上がり、身体を洗ってコハクと一緒に浴室から出た。

 ……本当に、彼に少しでも会えたら嬉しいな……。



 その後侍女さん達に手伝って貰って、髪を整えお化粧をし、高そうなドレスに着替えた私とコハクは、部屋の前で待っていたオズワルドさんと共に王の間へと向かった。


「ドレスもお似合いですね、お二人共。化粧もされたのですか? すごくお綺麗ですよ」
「ふふっ、ありがとうございます、オズワルドさん。お世辞でも嬉しいです」
「褒めても何も出ませんよ。何せ私達無一文ですから」
「ははっ、コハクさんは辛辣ですねぇ」


 王城までの旅の間で、オズワルドさんとは随分打ち解けられた気がする。
 特にコハクは、打ち解けた人にしかしない毒舌ぶりを発揮しているし。
 オズワルドさんも、それを軽く笑い飛ばせているからすごいなぁ。

 仲良くお喋りをしていたら、いつの間にか目の前には王の間の扉があった。


「……では、開きますね。国王陛下への御挨拶は、先程教えた通りにすれば問題無いですよ。緊張しなくていいですからね。大丈夫ですか?」
「……そういう貴方が緊張しているのでは? 身体がガクブルと震えていますよ?」
「だ、だって、国王陛下にお会いするのは久し振りで……あたたっ、また胃痛が――」
「……逆にこっちが大丈夫ですかと問いたいですね」
「ふふっ、私は二人のお蔭で緊張が和らいだよ」
「お、お役に立ったようで光栄です……いだだっ。あ、開けますね……」


 オズワルドさんは、お腹を抑えながら扉を開けた。
 私達は顔を伏せたまま前に進み、玉座の前で立ち止まる。そして、カーテシーという挨拶をした。


「ドヨナズク王国の偉大なる王であります、ゾルダン・ガデ・ドヨナズク国王陛下に御挨拶申し上げます。リュシルカ・ハミルトと申します」
「同じく国王陛下に御挨拶申し上げます。コハク・ハミルトと申します」
「おぉ、お主がイレーナの娘か。そして儂の娘でもある。面を上げよ」


 頭上からの年老いた男性の声に、私達は顔を上げた。
 玉座には、デップリと太り、頭部に髪が無く額がテカテカ光り脂ぎった五十代の垂れ目の男性が、ニヤニヤとしながらこちらを見下ろしていた。

「…………」


 ――私は、即座に思った。

 あの人の遺伝子が私の中に無くて本当に良かった!!
 ありがとうお母さん!! 本当にありがとうっ!!

 ……と。


「おぉ、おぉ!! 本当にあの頃のイレーナとそっくりだな!! 何と美しい……!! 儂の娘でもあるから、尚更感慨深いものがあるな。会えて嬉しいぞ、我が娘よ」
「……光栄でございます」
「イレーナはどうした? 生きているのか?」
「母は、体調を崩してしまい療養の身です。お城への長旅に身体が耐えられないと医者が判断し、連れてきませんでした。母の身を案じて頂けるなら、どうぞその寛大な御心で御容赦下さいませ」
「いい、いい。あれからもう二十年以上経っているから、イレーナも皺々のバアさんになって美しさが失われているだろ? そんなのはいらん、こっちから願い下げだ。儂はあの頃のイレーナの生き写しであるお主さえいればいい。グフフッ」
「…………」


(……このクソ豚ゲス野郎がッ!! 今すぐスライスして黒焦げにして魔物の餌にしてやろうかッ!!)
(コハク、抑えて!! 気持ちはすごく分かるけど抑えて!! 食べた魔物も不味過ぎてお腹ピーピー壊しちゃうから!!)


 私達の小声の会話が聞こえたのだろう。すぐ後ろに立つオズワルドさんがブホッと吹き出し、顔を横に背けて身体を小刻みに震わせている。
 幸いにも、上機嫌な王には気付かれなかったようだ。


「お主はこれからこの城に住むといい。――うむ? その黒髪の娘も、お主に負けず美人だな。グフフッ」
「……恐れながら国王陛下、この者は私の専属侍女として共にいさせて頂けないでしょうか?」
「うむ、美しいものは儂の側に幾つあっても良いからな。許そう。デイビットもミミアンも、お前達の妹がこの城に住むのに異論は無いな?」


 王に集中していたので今気付いたが、玉座の隣に、ライトグリーンの肩で切り揃えた髪と、同じ色の垂れ目の瞳をした二十代後半の男性が立っていた。

 彼が第一王子である、デイビット・ロシ・ドヨナズク殿下か……。
 傍若無人な態度で、婚約者を迎え入れても蔑ろにし、気に入らない言動があればすぐに婚約破棄をするという身勝手な行動を繰り返しているとか。
 今は婚約者はいないみたいだ。


「ふん。まぁまぁの美人だし、しょうがないから許してやるよ。僕の機嫌を損なうようなことは絶対にするなよ?」


 デイビット王子は、偉そうな口調で鼻を鳴らしながら言った。


「ワタクシも別にいいですわよぉ~? ただ、ワタクシの邪魔になることはなさらないで下さいましね? あと、ワタクシの婚約者に色目を使ったら許さないですわよぉ?」


 今度は反対側から甲高い女性の声が飛び、私はそちらを向いて、――絶句した。
 デイビット王子と同じライトグリーンのクルクルに巻いた長髪と、同じ色の吊り目の瞳を持つ二十代半ばのこの女性が、第一王女のミミアン・サディ・ドヨナズク殿下だろう。


 その隣で、彼女が腕を絡みつけて密着している長身の男性に、私は見覚えがあった。

 騎士団の白銀の鎧を身に纏い、灰青色の腰まで伸びた髪を首の後ろで結び、アメジスト色の神秘的な瞳を向けてこちらを見下ろしている美麗の男性は――



「……ホーク、レイ……?」



 氷のように冷たい視線に確かな憎悪を滲ませて、彼は私をジッと見つめていた――



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