36 / 47
36.聖女の最後の悪足掻き
しおりを挟む「――おいおい、勝手に話進めんなよ。こっちは話してる途中だってのにさぁ」
圧倒的な不利の空気の中、セリュシオンのよく通る声が、王の間に響き渡った。
「結論から言う。オレとそこの女、メルローズ・ジャーニーは何の関係も持っていない。この女が何と言おうと、これは嘘偽りない“真実”だ」
「な……何でそんなことを仰るのですか! そこまで仰るのなら、証拠でもあるのですか!?」
メルローズの必死の抵抗に、セリュシオンは小さく口の端を持ち上げると、
「デバッカ・メーダ伯爵、入ってきていいぞ!」
と、再び入口に向かって叫んだ。
「へいへい、失礼致しますよ」
すると、ヘコヘコと腰の低い、身長も低い男が入って来た。
「この男はデバッカ・メーダ伯爵。あの時、自主的に警備に回ってくれていた伯爵は、たまたまオレ達がいる休憩室の様子を見ていたそうだ」
……たまたまなんて嘘だ。
この男は、覗きの常習者だ。
それ目的で舞踏会やパーティーに参加し、毎回必ずといっていいほど休憩室で行われる男女の密事を覗くのが、この男の趣味なのだ。
アディは、この男の噂を別の貴族の屋敷で働いているメイド仲間から聞いたことがあり、更に詳しく話を聞く為に、そのメイド仲間に掛け合ってくれたのだ。
そのお蔭で、この男の身柄を知ることが出来た。
この男には、正直に話すよう金をたんまりと積んである。
「へい、わたしゃ不審なことをしないか、二人の様子を最初から最後まで見てましたが、なーんもヘンなことはしていませんでしたよ。オーガステッド辺境伯は、終始気持ち良さそうにグースカ寝てましたしね」
「おい、グースカは余計だ」
「へっへっへ、こりゃ失礼。わたしも嘘偽りない報告ですよ。この国の神様と崇拝なる国王陛下に誓って断言しやす」
メーダ伯爵の発言に、またもやざわめきが広がる。
「勿論、その後もオレとメルローズ・ジャーニーは一切関係を持っていない。その女は“浄化”の為にオーガステッド家を訪れていたが、玄関先で行いオレの側近も隣についていて、毎回十分程で帰っている。信じられないなら、乗ってきた馬車の馭者に確認してみるといいさ。いつも来た時と同じ馬車で帰っていたからな」
「……なんと……!」
「では、聖女様のお腹の子は一体誰の……?」
「そうなると、婚約者がいるのに、聖女様は不貞していたことになるぞ……」
「【王命】の婚約者なのに……。何てことだ……」
形勢逆転され、メルローズはカタカタと震える身体で唇を噛んでいた。
「メーダ伯爵、嘘偽りのない事実を伝えてくれてありがとな」
「へっへっへ、そんなの当たり前ですよ。国王陛下の御前で嘘はつきませんって。ではあたしゃこれで失礼致しますね」
「あぁ、遠路遥々悪かったな。気を付けて帰ってくれ」
メーダ伯爵はニヤリと笑うとペコリと頭を下げ、ヒョコヒョコと王の間から出て行った。
「……ジャーニー男爵令嬢。今の話が全て誠なら、お主は我らを騙していたことになるが?」
国王が厳かな声音でメルローズに尋ねる。
「じょ、『浄化魔法』はちゃんと使えますわ! 後日、毒を受けた子供達の集まる教会で証明してみせますわ! 私が事前に祈れば、必ず“浄化”されますもの! ――お、お腹の子はもしかしたら間違いかもしれません! 月のものが遅くなっていただけで――」
「チッ、クソが。往生際が悪ぃな。“妊娠証明書”を持ってんだろ? それに、その『事前の祈り』自体が大ウソなんだろうが。前もって祈れば“浄化”される『浄化魔法』なんて聞いたことねぇよ」
「!! そ、そんなことありませんわっ! セリュシオン様が知らないだけで――」
「あ? 魔法に超ド素人のテメェが、ガキん時から魔導士の修行と勉強をさせられていたオレに、よくもそんなことが言えるよなぁ?」
「……っ!」
言葉を切って俯くメルローズを無視し、セリュシオンは神官にその切れ長の目を向けた。
「おい神官。お前、『魔力測定器』持ってるだろ。大神殿の神官なら、それを常に持ち歩いているハズだ。それをこの女に使えよ」
「は……?」
『魔力測定器』は、神官だけが使用することを許されているものだ。
金持ちの家や貴族の屋敷に産まれた赤ん坊の親は、大神殿に決して安くはない金額を支払い、その子に魔力があるか測定して貰う。
魔力があった場合、更に多額のお金を支払ってその子の魔法属性を調べて貰い、魔導士への道を歩ませる親が多い。
魔導士は魔力がある選ばれた者しかなれないので、皆から憧れと尊敬の念を抱かれ、他の職業に比べてかなりの給金を貰えるからだ。
「魔力が測定出来なかったら、カンペキこの女が国王達を騙していたことになるぜ。魔力がなきゃ『浄化魔法』も使えねぇんだからな。ったく、ソレを最初っから使っておけば良かったんだよ。皆騙されやがって……。――おい、何逃げようとしてんだよ。逃げたらその時点でお前に魔力がないことが確定されるぜ」
「……っ」
足を動かそうとしたメルローズの動きがピタリと止まる。
「そんなことしなくても、聖女様はちゃんと魔力がある――」
「あぁ? るせーな。ウダウダ言ってねぇでさっさと使えや。この女に魔力があったら、文句やら罵倒やら最後までちゃんと聞いてやっからよ」
神官は渋い顔で青白い顔色で小刻みに震えるメルローズに近付くと、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です、すぐ終わりますから。なぁに、貴女の有り余る魔力の測定をするだけです。終わったら、そこの生意気な辺境伯にたっぷりと文句を言ってあげましょう?」
そう言いながら、神官はメルローズに『魔力測定器』を使った。
……全く何の反応も示さない。
慌てた神官が何度試しても同じ結果だった。
勿論、『魔力測定器』は正常で、壊れていない。
「……は? へ? え……?」
「……ふん、終わりだな」
愕然として言葉を成さない言葉を繰り返している神官を横目で見ながら、セリュシオンが抑揚のない声音でポツリと呟くと、突然メルローズが必死な形相で叫んだ。
「嫌よっ!! 私は貴方と結婚したいのよ!! 美貌な貴方の隣に立つのは他の誰でもない、美貌な私しかいないのよッ!!」
「……へぇ? そんなにオレと結婚したいのか?」
「……!! えぇ! したいわ!!」
歪んだ笑みを浮かべたセリュシオンの質問に、メルローズはパッと笑顔に変わる。
「……これでも、か?」
セリュシオンはニィ、と口の端を持ち上げ嗤うと、片腕を顔の前まで上げ、それをサッと斜め下に振り払った。
瞬間、セリュシオンの姿が変化した。
外見は人だが、全身黒い肌となり、頭の両脇から鋭い角が生えていて、背中にコウモリのような漆黒の羽が生えていて――
――セリュシオンの中にいた魔物が、そこに腕を組んで立っていた。
「あ……あぁ……あ……」
メルローズは、腰の抜けた身体でへたり込みながら、目の前の魔物を真っ青な顔で見上げた。
その魔物が、一歩、また一歩と――ガタガタと大きく震え、涙が溢れ出したメルローズへと近付く。
その魔物の姿は、まるで――
「イヤアァァッッ!! 悪魔あぁぁッッ!! 殺さないでえぇぇッッ!!」
メルローズは劈くような悲鳴を上げ、白目を剥いてドサリと仰向けに倒れてしまった。
そのすぐ近くにいた神官も、恐怖で声も出ないまま、泡を吹いてバターン! と卒倒した。
――この魔物への変化は、セリュシオンの中にいた魔物の置き土産だ。
フレイシルがセリュシオンに『浄化魔法』を掛けて“移動”を試みた時、“浄化”しなくても問題ない魔物の一部分がセリュシオンの体内に残ってしまっていたのだ。
その結果、【魔物に変化出来る能力】を意図せず取得してしまった、というわけだ。
「あ? 誰が悪魔だ。――ま、この姿は悪魔っぽいか」
セリュシオンはもう一度片手を振り下ろし人間の姿に戻ると、驚愕しビシリと固まっている国王達に視線を向けた。
「……おい、国王サンよ」
「はっ、はいぃっ!!」
セリュシオンの低い声音の呼び掛けに、国王がビクゥッ! と身体を盛大に跳ねさせ返事をする。
「この女の罪を徹底的に調べ上げろよ。パーティーの時オレに飲ませた睡眠薬と媚薬も、何処かに隠し持ってるに違いねぇからな。あと、今後またオレの許可なく【王命】を決めやがったら、オレん中の魔物が王城内で盛大に暴れ回るかもしんねぇから、覚悟しといた方がいいぜ? ――てなわけで、【王命】はこの場で即行取り消し、この女との『婚約』も即行取り消し、で構わねぇよな?」
国王が真っ青な顔で、コクコクと大きく何度も頷く。
「よっしゃ」
セリュシオンはこれで堂々とフレイシルを口説ける嬉しさを噛み締めながら、オーガステッド邸に戻って行ったのだった。
1,903
お気に入りに追加
3,268
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた
まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。
その上、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。
両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。
それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。
私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、
「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」
「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」
と言って復縁を迫ってきた。
この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら?
※ざまぁ有り
※ハッピーエンド
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。
小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
幼なじみで私の友達だと主張してお茶会やパーティーに紛れ込む令嬢に困っていたら、他にも私を利用する気満々な方々がいたようです
珠宮さくら
恋愛
アンリエット・ノアイユは、母親同士が仲良くしていたからという理由で、初めて会った時に友達であり、幼なじみだと言い張るようになったただの顔なじみの侯爵令嬢に困り果てていた。
だが、そんな令嬢だけでなく、アンリエットの周りには厄介な人が他にもいたようで……。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる