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36.聖女の最後の悪足掻き

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「――おいおい、勝手に話進めんなよ。こっちは話してる途中だってのにさぁ」


 圧倒的な不利の空気の中、セリュシオンのよく通る声が、王の間に響き渡った。


「結論から言う。オレとそこの女、メルローズ・ジャーニーは何の関係も持っていない。この女が何と言おうと、これは嘘偽りない“真実”だ」
「な……何でそんなことを仰るのですか! そこまで仰るのなら、証拠でもあるのですか!?」


 メルローズの必死の抵抗に、セリュシオンは小さく口の端を持ち上げると、


「デバッカ・メーダ伯爵、入ってきていいぞ!」


 と、再び入口に向かって叫んだ。


「へいへい、失礼致しますよ」


 すると、ヘコヘコと腰の低い、身長も低い男が入って来た。


「この男はデバッカ・メーダ伯爵。あの時、自主的に警備に回ってくれていた伯爵は、オレ達がいる休憩室の様子を見ていたそうだ」


 ……なんて嘘だ。

 この男は、覗きの常習者だ。
 それ目的で舞踏会やパーティーに参加し、毎回必ずといっていいほど休憩室で行われる男女の密事を覗くのが、この男の趣味なのだ。

 アディは、この男の噂を別の貴族の屋敷で働いているメイド仲間から聞いたことがあり、更に詳しく話を聞く為に、そのメイド仲間に掛け合ってくれたのだ。
 そのお蔭で、この男の身柄を知ることが出来た。

 この男には、話すよう金をたんまりと積んである。


「へい、わたしゃ不審なことをしないか、二人の様子を最初から最後まで見てましたが、なーんもヘンなことはしていませんでしたよ。オーガステッド辺境伯は、終始気持ち良さそうにグースカ寝てましたしね」
「おい、グースカは余計だ」
「へっへっへ、こりゃ失礼。わたしも嘘偽りない報告ですよ。この国の神様と崇拝なる国王陛下に誓って断言しやす」


 メーダ伯爵の発言に、またもやざわめきが広がる。


「勿論、その後もオレとメルローズ・ジャーニーは一切関係を持っていない。その女は“浄化”の為にオーガステッド家を訪れていたが、玄関先で行いオレの側近も隣についていて、毎回十分程で帰っている。信じられないなら、乗ってきた馬車の馭者に確認してみるといいさ。いつも来た時と同じ馬車で帰っていたからな」
「……なんと……!」
「では、聖女様のお腹の子は一体誰の……?」
「そうなると、婚約者がいるのに、聖女様は不貞していたことになるぞ……」
「【王命】の婚約者なのに……。何てことだ……」


 形勢逆転され、メルローズはカタカタと震える身体で唇を噛んでいた。


「メーダ伯爵、嘘偽りのない事実を伝えてくれてありがとな」
「へっへっへ、そんなの当たり前ですよ。国王陛下の御前で嘘はつきませんって。ではあたしゃこれで失礼致しますね」
「あぁ、遠路遥々悪かったな。気を付けて帰ってくれ」


 メーダ伯爵はニヤリと笑うとペコリと頭を下げ、ヒョコヒョコと王の間から出て行った。


「……ジャーニー男爵令嬢。今の話が全て誠なら、お主は我らを騙していたことになるが?」


 国王が厳かな声音でメルローズに尋ねる。


「じょ、『浄化魔法』はちゃんと使えますわ! 後日、毒を受けた子供達の集まる教会で証明してみせますわ! 私が事前に祈れば、必ず“浄化”されますもの! ――お、お腹の子はもしかしたら間違いかもしれません! 月のものが遅くなっていただけで――」
「チッ、クソが。往生際が悪ぃな。“妊娠証明書”を持ってんだろ? それに、その『事前の祈り』自体が大ウソなんだろうが。前もって祈れば“浄化”される『浄化魔法』なんて聞いたことねぇよ」
「!! そ、そんなことありませんわっ! セリュシオン様が知らないだけで――」
「あ? 魔法に超ド素人のテメェが、ガキん時から魔導士の修行と勉強をさせられていたオレに、よくもそんなことが言えるよなぁ?」
「……っ!」


 言葉を切って俯くメルローズを無視し、セリュシオンは神官にその切れ長の目を向けた。


「おい神官。お前、『魔力測定器』持ってるだろ。大神殿の神官なら、それを常に持ち歩いているハズだ。それをこの女に使えよ」
「は……?」



 『魔力測定器』は、神官だけが使用することを許されているものだ。
 金持ちの家や貴族の屋敷に産まれた赤ん坊の親は、大神殿に決して安くはない金額を支払い、その子に魔力があるか測定して貰う。

 魔力があった場合、更に多額のお金を支払ってその子の魔法属性を調べて貰い、魔導士への道を歩ませる親が多い。
 魔導士は魔力がある選ばれた者しかなれないので、皆から憧れと尊敬の念を抱かれ、他の職業に比べてかなりの給金を貰えるからだ。



「魔力が測定出来なかったら、カンペキこの女が国王達を騙していたことになるぜ。魔力がなきゃ『浄化魔法』も使えねぇんだからな。ったく、ソレを最初っから使っておけば良かったんだよ。皆騙されやがって……。――おい、何逃げようとしてんだよ。逃げたらその時点でお前に魔力がないことが確定されるぜ」
「……っ」


 足を動かそうとしたメルローズの動きがピタリと止まる。


「そんなことしなくても、聖女様はちゃんと魔力がある――」
「あぁ? るせーな。ウダウダ言ってねぇでさっさと使えや。この女に魔力があったら、文句やら罵倒やら最後までちゃんと聞いてやっからよ」


 神官は渋い顔で青白い顔色で小刻みに震えるメルローズに近付くと、安心させるように微笑んだ。


「大丈夫です、すぐ終わりますから。なぁに、貴女の有り余る魔力の測定をするだけです。終わったら、そこの生意気な辺境伯にたっぷりと文句を言ってあげましょう?」


 そう言いながら、神官はメルローズに『魔力測定器』を使った。



 ……全く何の反応も示さない。
 慌てた神官が何度試しても同じ結果だった。
 勿論、『魔力測定器』は正常で、壊れていない。



「……は? へ? え……?」
「……ふん、終わりだな」


 愕然として言葉を成さない言葉を繰り返している神官を横目で見ながら、セリュシオンが抑揚のない声音でポツリと呟くと、突然メルローズが必死な形相で叫んだ。


「嫌よっ!! 私は貴方と結婚したいのよ!! 美貌な貴方の隣に立つのは他の誰でもない、美貌な私しかいないのよッ!!」
「……へぇ? そんなにオレと結婚したいのか?」
「……!! えぇ! したいわ!!」


 歪んだ笑みを浮かべたセリュシオンの質問に、メルローズはパッと笑顔に変わる。


「……これでも、か?」


 セリュシオンはニィ、と口の端を持ち上げ嗤うと、片腕を顔の前まで上げ、それをサッと斜め下に振り払った。
 瞬間、セリュシオンの姿が変化した。

 外見は人だが、全身黒い肌となり、頭の両脇から鋭い角が生えていて、背中にコウモリのような漆黒の羽が生えていて――


 ――セリュシオンの中にいた魔物が、そこに腕を組んで立っていた。
 

「あ……あぁ……あ……」


 メルローズは、腰の抜けた身体でへたり込みながら、目の前の魔物を真っ青な顔で見上げた。

 その魔物が、一歩、また一歩と――ガタガタと大きく震え、涙が溢れ出したメルローズへと近付く。


 その魔物の姿は、まるで――



「イヤアァァッッ!! 悪魔あぁぁッッ!! 殺さないでえぇぇッッ!!」



 メルローズは劈くような悲鳴を上げ、白目を剥いてドサリと仰向けに倒れてしまった。
 そのすぐ近くにいた神官も、恐怖で声も出ないまま、泡を吹いてバターン! と卒倒した。



 ――この魔物への変化は、セリュシオンの中にいた魔物の置き土産だ。
 フレイシルがセリュシオンに『浄化魔法』を掛けて“移動”を試みた時、“浄化”しなくても問題ない魔物の一部分がセリュシオンの体内に残ってしまっていたのだ。

 その結果、【魔物に変化出来る能力】を意図せず取得してしまった、というわけだ。



「あ? 誰が悪魔だ。――ま、この姿は悪魔っぽいか」


 セリュシオンはもう一度片手を振り下ろし人間の姿に戻ると、驚愕しビシリと固まっている国王達に視線を向けた。


「……おい、国王サンよ」
「はっ、はいぃっ!!」


 セリュシオンの低い声音の呼び掛けに、国王がビクゥッ! と身体を盛大に跳ねさせ返事をする。


「この女の罪を徹底的に調べ上げろよ。パーティーの時オレに飲ませた睡眠薬と媚薬も、何処かに隠し持ってるに違いねぇからな。あと、今後またオレの許可なく【王命】を決めやがったら、オレん中の魔物が王城内で盛大に暴れ回るかもしんねぇから、覚悟しといた方がいいぜ? ――てなわけで、【王命】はこの場で即行取り消し、この女との『婚約』も即行取り消し、で構わねぇよな?」


 国王が真っ青な顔で、コクコクと大きく何度も頷く。


「よっしゃ」


 セリュシオンはこれで堂々とフレイシルを口説ける嬉しさを噛み締めながら、オーガステッド邸に戻って行ったのだった。




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