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33.もう二度と離さない

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『偽聖女、もう何もしてこないね……。――結局何もなかったってことだ。これで主の潔白が証明されたね』
『当たり前だ。オレはぜってぇにしてねぇって言ったろ? けど、この魔法はオレ達以外に使っちゃダメだし、他のヤツらに見せちゃダメだ。これは“刻”を扱う最上級の魔法だ。貴族以上のエラいヤツらが、フレイシルがこれを使えると知った途端、目の色を変えてコイツを欲しがるだろう。権力争いにコイツを巻き込みたくねぇ』
『あぁ……確かにそうだね。それはアタシも絶対にイヤだよ。――じゃあ、他にどう証明すれば……』
『シオン、アディ!』
『ん? フレイシル、どうした? 何か言いたいのか?』
『――!! 皆さん、見て下さい! 扉の所を!』
『扉……? ん、少し開いてる? あの女、鍵を閉め忘れたのか――って、誰か覗いてっぞ!? 過去のオレに集中してて気付かなかったぜ……』
『私もです。一体誰でしょうか……。陰になってよく見えませんね……。男性……のようですが、パーティーに参加しているのなら貴族ですね。この男性がもしも一部始終を見ていたのなら……重要な参考人になりますよ!?』
『この……男……。――ちょっと心当たりを探ってみるから、暫く時間をくれないかい?』
『心当たりがあるのか!? オレは他の貴族に興味ねぇから名前に疎いし、少しでも情報が手に入れば助かる。頼んだぜ、アディ。――フレイシル、もういいぞ。この魔法は使用中、莫大な魔力を消費し続ける。もう殆ど魔力が残ってないハズだ。ありがとな、すっげぇ助かった』


 セリュシオンの言葉とほぼ同時に、三人の視界が真っ暗に戻る。
 三人がそっと目を開けると、そこは先程と同じセリュシオンの部屋だった。
 不意に、フレイシルの身体がグラリと傾いた。それを分かっていたかのように、セリュシオンが彼女に腕を伸ばし、しっかりと支える。


「フレイシル! 大丈夫かい!?」
「やっぱり魔力が枯渇寸前だったか……。――二人共、今日はこれで解散だ。オレはフレイシルを休ませる。『魔力回復剤』を飲ませて少し寝れば大丈夫だ。だからそう心配すんな」
「そっか、良かった……。フレイシル、お疲れ様。ゆっくり休みな?」
「フレイシルさん、主様の疑惑を晴らしてくれてありがとうございました」


 二人はフレイシルに優しく声を掛け、部屋を出て行く。グッタリとしているフレイシルをベッドに静かに寝かせると、セリュシオンは棚に保管してあった『魔力回復剤』を取り出し持ってきた。
 それを自分の口に含むと、フレイシルに口移しで飲ませる。


 ……えっと……。わざわざソレしなくても自分で飲めるのに……。


 流し込まれる『魔力回復剤』をコクコクと飲みながら、フレイシルはボンヤリとした思考で思った。


「……気分良くなったか?」


 セリュシオンの問い掛けに、フレイシルはコクリと頷き、彼の手を取ると、手のひらに人差し指で文字を書き始める。


「は? 『ありがとう、良くなったから自分の部屋に戻る』って? 何言ってんだバカ、帰すわけねぇだろーが。オレん中に魔物はいなくなったけど、これからもお前は毎晩オレと寝るんだ。お前を口説き落とすって言ったろ? お前がオレに落ちるまで、毎日一日中口説きまくってやる。覚悟しとけよな」


 とんでもない発言に、フレイシルは顔がトマトのようになったり目が白黒になったり忙しかった。


「けど、今日は勘弁しといてやるよ。国境から帰って来たばかりだし、魔力もかなり使って疲れただろ? もう寝ていいぞ。起きたら料理長にお前の好きな飯沢山作って貰うからさ。ホント色々とありがとな。お前のお蔭で何とかなりそうだ。大好きだぜ? オレのフィーア」


 ニッと眩しい笑顔で、セリュシオンはフレイシルの頭を撫で、唇にキスをした。
 恥ずかしさで、慌てて毛布を頭まですっぽり覆ったフレイシルは思った。


 「今日は勘弁しといてやるよ」とか言いながら、バッチリ口説きに掛かってるじゃない! と。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 フレイシルは、その後すぐに寝息を立て始めた。
 顔を毛布で覆ったままで。やはり余程疲れていたようだ。
 セリュシオンはフッと笑い、毛布を彼女の首まで下げる。あどけない寝顔のフレイシルがそこにあり、セリュシオンはその頬を優しく撫でると、再びそっと唇を重ねた。


 最上級の魔法を使えること、上級魔導士以上の魔力の量、そして“二つ”の名前を持っている――


(……コイツは、きっと――)


 彼女の“立場”なら、もしかしたら既に『婚約者』がいるのかもしれない。その『婚約者』が彼女の好きな男であったとしても――


「悪ぃな、フィーア。オレはもう、お前を二度と手離したくねぇんだわ」


 独りごち、セリュシオンはフレイシルの額に唇を寄せると、美しく長い銀髪を指で梳く。


「“身分”が違うことで、例え周りから反対されようとも、オレは必ずお前を手に入れる。――決めたんだ。もう迷いはない」



 離れている六年間の年月は長過ぎた。
 勿論、何もしなかったわけではない。『浮遊魔法』を取得後、王国中を捜して回ったけれど、“彼女”は見つからなかった。

 “彼女”の母、クロエが言っていた「私達、この国の者じゃないから」の言葉が確かなら、もうこの王国にはいない可能性が高い。
 そうなると、国境を守る立場の自分は勝手にこの国を出ては行けないし、“彼女”を捜すことが非常に難しくなる。


 だから……もう会えないと思い、何度も諦めようとした。
 辺境伯を継いだ後、セリュシオンの事情を知らない貴族からの縁談が次々と舞い込んで来たので、良さそうな所をカイに選んで貰い、何人か実際に令嬢と会ってみた。

 しかしどうしても“彼女”と比べてしまい、比較してしまう自分の愚かさと、他の女とこれ以上一緒にいたくないという耐え難い気持ちでいつも途中退席し、どの女性とも一回会っただけで断りの内容の手紙を送った。

 “彼女”以上の女性がいないのなら、一生独身でいいと諦め掛けていた。


 そんな中、奇跡的に“彼女”と再会することが出来たのだ。六年振りでも、彼女はあの頃と同じ“彼女”のままだった。
 心の奥に閉じ込めて燻っていた“彼女”への想いが、一気に溢れて飛び出してきた。
 それは再び閉じ込められないほど、深く大きくなっていて。

 自分の方が、“彼女”ともう離れられないと悟った。


 ――だから。


「オレはお前をもう二度と離さねぇ。その為に障害になるものは全てブッ潰す。多分いるだろう婚約者も、ニセ聖女も、フェブラーン子爵のクソ娘も、デッセルバのドラ息子も全部……全部だ。全て片付いたら、オレとお前はいつまでも永遠に一緒だ。――なぁ……フィーア?」


 セリュシオンはそう呟くと、光のない狂愛を孕んだ紅い瞳を細めて笑い、穏やかに眠るフレイシルへと向けた――




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