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32.聖女の異常な行動
しおりを挟むメルローズは寝ているセリュシオンに近付くと、口を半円に描きながら動かした。
『ん……? 何か言ったぞ……。流石に声までは再生出来ねぇか……』
『あぁ、えっと……「予定通り眠ったわね」って言ったと思うよ』
『えっ!? アディ、分かるんですか!?』
『あぁ。フレイシルに毎回手帖に書かすの手間だし可哀想だろ? だから、口の動きで何を伝えたいか分かるように特訓してたんだよ。まだまだ間違えるけどね』
『……主様、負けてますよ? 今の時点で大完敗ですよ?』
『ぐっ! お、オレだってこれから……!』
『しかし、「予定通り眠った」ってどういうことだろうね?』
『……っ!! ――そうか、思い出したぜ……。確か……この女に強引に勧められて、王族がいる手前仕方なく飲んだ酒があった……。そこに睡眠薬が入っていたのかもしれねぇ……。それを飲んだ後、急激に眠くなったんだ。クソッ、下劣女め……!』
『……何ということを……』
メルローズは、更に口を動かし何かを言った。
『んん? うわ、これは酷いね……。「媚薬も入れたから、触っていれば反応して起きるでしょ。目の前に可愛くて美人の私がいたら、絶対に求めてくるに違いないわ」、ってさ』
『あぁっ!? ざけんなコイツ! 史上最低のクソ女だな! 寝ているオレを襲うなんて最低最悪の所業だっ!』
『……自分のことを棚に上げて何言ってるんですか、主様……』
『オレは寝ているフレイシルにキスしかしてねぇ!』
『っ!?』
『……主様……。今、壮大に墓穴を掘りましたね……』
『やれやれ……。フレイシル、後で主を盛大に叱ってやりな』
『…………』
『――おや? また口を動かしたね。「“既成事実”を作れば、セリュシオン様は永遠に私のものよ」……ってさ。うわ、こりゃまた……』
『はあぁっ!? マジでざけんな!! オレの心と身体は全部フレイシルのモンだ!! 誰がテメェなんぞのモンになるかボケがっ!!』
『っ!?!』
『そうは言ってもね……。この状況はかなりの危機だよ……』
『えぇ、マズいですね……』
メルローズはニタニタと笑いながらセリュシオンを見つめていたが、不意に顔をゆっくりと下げ、彼のそれに近付けようとしていた。
『はっ!? ちょっ、このままキスする気かい!? これ以上はフレイシルに見せちゃダメだろ!? フレイシル、目を瞑りな! ――って、もう瞑ってたね!? あぁもう主、さっさと起きな!! 肝心な時に寝てんじゃないよ!!』
『くっ、マジ最悪じゃねぇか……! 今すぐ起きろオレ!! グースカ気持ち良く寝てる場合じゃねぇぞ!! フレイシルに変なモン見させたらこのオレが許さねぇかんな!? さっさと起きてその女をブン殴れ!! ボッコボコにしろ!! 再起不能にしても構わねぇ!!』
『…………』
『……お二方共、白熱した馬上槍試合を熱心に気合い入れて応援する観客みたいになってますよ……。それに、これは過去で変えられない光景ですから、そんなに一生懸命になられても……』
三人が騒いでいる間に、メルローズの唇がセリュシオンの唇に重なろうとしていた――
『あぁっ、万事休すじゃないか!』
『ざけんなっ! オレのネボスケ野郎っ!! ――フレイシル……。例えオレの身体が穢されても、オレの心はお前ただ一人だけを想ってるからな……。それを忘れないでくれ……』
『…………』
『……主様。その台詞、男が言う台詞じゃありませんよ?』
『カイッ! 冷静にツッコミ入れてる場合じゃないだろ!?』
――その時、映像の中のセリュシオンの腕が大きく振り払われ、メルローズの身体に当たり彼女が尻餅をついた。
『――え?』
『――は?』
すぐに立ち上がり、めげずにもう一度キスしようとしたメルローズだったが、また素早く振り払われ絨毯に倒れ込む。
『あ……あれ? 主、起きた……? いや、胸が微かに上下してるし、確かに寝てるね……』
『けど、二回も腕を振る偶然が続くか……?』
『――あっ、そうか!!』
『うわっ!? ビックリした……! いきなり大声出さないでくれよ、カイ!』
『あ、すみません……。今思い出したのですが、主様……自分が心を許した者以外から触られるのを極端に嫌がってましたよね? 男性でも女性でも。眠っていても、無意識にソレが発動してしまったとか?』
今度は上に覆い被さりセリュシオンの服を脱がそうとしたメルローズだったが、やはり乱暴に振り払われてベッドの下に弾き飛ばされてしまった。
『あぁ、確かにそうだ……! 寝てるオレ、よくやった! このまま払い飛ばして防ぎまくれ!! ついでにその淫乱女をボッコボコのギッタギタにしてやれ!!』
『……女でも容赦ないねぇ、主……』
『オレはこの女を“女”として見てねぇからな。オレを見る目といい、胡散臭かったんだよ、最初っからさ』
それから何度も挑戦し、同じ回数で振り払われたメルローズは、怒った表情でセリュシオンを睨みつけていたが、やがて息をつくと自分のドレスを脱ぎ始めた。
『うわっ、男共見るなよ! 目を瞑ってても更に目を瞑りな!!』
『どうやるんだよ、ソレ……。無茶言うなって。――てか、別にこの女の裸見てもなーんも感じねぇし? 寧ろすっげぇ不快だわ。オレが反応するのはフレイシルだけだしな』
『っ!?』
『私も、これっぽっちも何とも感じませんが……これ以上は発言を控えさせて頂きます……』
『あぁ、全く……。慌てたアタシがバカみたいじゃないか……』
セリュシオン達が会話している間に全裸になったメルローズは、寝ている彼に触れない距離でソロソロと横になったのだった。
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