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29.目が覚めて

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 強力な魔物との戦いの上に泣きじゃくって精神と体力が限界だったらしく、フレイシルはいつの間にか意識を失い――気が付くと天幕の布団の上だった。


「起きたか、フィーア」


 すぐ近くから、セリュシオンの声がする。そこでフレイシルは、彼に抱きしめられながら眠っていたことに気付いた。
 セリュシオンは紅い瞳を細め優しく微笑むと、フレイシルの唇に自分のそれを重ねる。


「っ!?」


 気を失う前にも同じことをされた覚えがあるフレイシルは、困惑しながら思った。


 え? 何で当たり前のようにキスしてるの? 口に……って、恋人同士がするものよね? 私は嬉しいんだけど……シオンさんの好きな人はどうなったの?  私、辺境伯がシオンさんだって分かった途端失恋しちゃったけど……二人を応援出来るよう頑張って吹っ切るから……。だから、これは駄目だよね? ちゃんと伝えなきゃ……!


 フレイシルは慌てて顔を離しセリュシオンの手を取ると、その手のひらに文字を書き始める。


「……ん? 『シオンさんの好きな人に悪いからそれは駄目』――あぁ……そうだった。今なら言えるな。……フィーア」
「?」
「オレが好きなのはお前だよ。『銀色の髪の、笑顔がすっげぇ可愛い女の子』って言ったろ? 六年前からこの想いは変わらない。――いや、お前と再会してからもっと深くなってるな。お前が大好きだ」
「!!」


 突然の直球の告白に、目を見開いたフレイシルの顔全体が朱に染まる。
 それを見て、セリュシオンはプハッと吹き出した。


「やば、その顔マジかわいーな。――まぁそんなわけだし、オレは決めたぜ」
「?」
「お前に好きなヤツがいても、オレはお前を諦められねぇ。やっと……ようやく会えたんだ。それに、お前がオレの前から永遠にいなくなるって恐怖を味わって、オレは何が何でもお前を離さないことにした。お前の好きなヤツには悪いが、オレはお前を全力で口説きに掛かる。だからさ、覚悟しろよ?」


 そう言ってニッと笑ったセリュシオンに、フレイシルは熟したトマトのようになりながら口をパクパクさせた。
 そして彼女は呆然とした頭で思った。


 えっと……あの、私が好きな人もシオンさんなんだけど……。『黒い髪と瞳の男の人』って伝えたから気付いてないのかな……。もしかして、自分が昔“黒髪”と“黒色の瞳”だったってこと忘れてる? あぁ――でも、シオンさんがどんな風に口説いてくるのか気になるな……。もうちょっと……もうちょっとだけ、黙っていようかな……。


 フレイシルはセリュシオンに申し訳なく思いながらも、好きな人からの口説きの仕方にドキドキと期待して胸が高鳴っている自分に苦笑したのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 セリュシオンは、「魔物達の様子を見てくる」と言い、いつものようにフレイシルの頬と額にキスを落とした後、天幕を出て行った。
 そのままフレイシルはもう一眠りし、目が覚めると魔力も体力もすっかり回復していた。
 昨晩からたっぷりと汗をかいていたので、大きな布で一通り身体を拭く。普段着に着替えてグーッと腕を伸ばしていると、天幕の外から、


「フレイシルさん? 起きたッスか?」


 と、シードの声が聞こえてきた。
 起きたことを知らせる為、入口の幕を上げて彼に姿を見せたフレイシルは、そこではたと気が付いた。


 『幻惑魔法』を自分に掛けていないことを――


 フレイシルの顔から血の気がサーッと引く。
 いきなり現れた“不審者”として捕まってしまう……!!

 アワアワしていたフレイシルだったが、シードの反応は予想だにしないものだった。


「フレイシルさん、本当に無事で良かったッスよー!!」


 涙目で叫び、抱きついてきたのだ。

 あれ? 私がフレイシルだって分かってる……?

 目を白黒させ、頭に『?』マークを浮かばせているフレイシルに、騒ぎを聞きつけた他の兵士達が集まってきた。


「フレイシルちゃん、起きたんだね。元気そうで安心したよ」
「魔物の『頭領』を倒せたのはフレイシルさんのお蔭だってセリュシオン様が言ってたよ。本当にありがとな」
「『頭領』がいなくなったから、魔物達が一斉に逃げ出してさ。今度は逆にこっちが追い掛け回して倒してるよ、ははっ」
「セリュシオン様も今までと比べて全然顔色がいいし、今日はすっごく機嫌がいいし……フレイシルちゃん、ホントにありがとう!!」


 兵士達に囲まれ次々と賛美を受け、フレイシルの戸惑いが終わらない。


「――コラお前ら、フレイシルが困ってんだろ? いい加減離れろよ――って、おいシードッ! 何抱きついてんだ!!」
「あぁっ、もうちょっと! フレイシルさんイイ匂いッスから――」
「フザけんなっ! お前ら、今後コイツに触れるのは一切禁止だ、分かったな!?」
「おやぁ? セリュシオン様、嫉妬ですかぁ?」
「そーだよわりーか大嫉妬だよ!!」
「アッサリ認めたぁ!」


 帰って来たセリュシオンが、フレイシルからシードをベリッと引き剥がすと、驚いている彼女に説明をした。


「オレがお前を連れて駐在場所に戻って来た時にはもう夜が明けてて、兵士達全員にお前を見られたんだよ。だから説明しといた。事情があって姿を変えていたことと、お前の『浄化魔法』のお蔭で魔物の『頭領』を倒せたってことをな」


 セリュシオンの説明を受けて、フレイシルはコクリと頷いたと同時に思った。


 あの魔物を倒した時は、まだ真夜中で月明かりだけが唯一の光だったけれど……明け方まで一体何をしていたの!?


 それを訊いたらいけないような気がして、自分を抱きしめながら兵士達に手を払いシッシッしているセリュシオンをそっと見上げたフレイシルだった……。




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