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13.見てしまった
しおりを挟むあれからもユークリット様は、頻繁に何かと訊きに来るリルカに教える為に、お昼や休み時間は彼女に時間を使っていた。
彼とは話せる機会がグンと少なくなってしまったけれど、それ以外は何事もなく過ぎていく日々が続いていた。
そんなある日、お昼をクローディア様と一緒に食べた後別れ、私は学園内にある小さな庭園へと足を向けた。
そこは、リルカが転入してくる前までは、ユークリット様と頻繁に訪れていた場所で、その……逢瀬の場所でもあった。
私達がお昼休み中、仲睦まじく過ごしているのを見た生徒達は、一人、また一人と空気を読んでやって来なくなり、今ではお昼休みの時間、その場所は私達の貸し切り状態となっていた。
最近はユークリット様がリルカと一緒にいて行く機会を無くしていたので、久し振りに行ってみようと、ふと思い立ったのだ。
この数日間は何も起きていないけれど、またいつ強制イベントが起こるか分からない。一人になって、これからの対策を色々考えたかったのもあった。
庭園に足を踏み入れた時、そこで護衛のウルスン様とバッタリと出くわした。
「あっ……ウルスン様、ご機嫌よう。お一人ですか?」
「あぁ、ちょっと職員室に行ってきた。殿下にはその場で待っててくれるよう頼んでたんだが、思ったより時間が掛かっちまってな。職員室から出たら、案の定いねぇ。だから今捜してんだけど」
ウルスン様は主人であるユークリット様や目上の方には敬語を使うけれど、素の喋り方はこんな風にぶっきらぼうなのだ。
怖いとは全く思わず、男らしい喋り方で私は好きだし、何だか懐古的な気持ちになるのだ。
「教室にはいなかったから、外にいんのかと思ってここまで来たんだけどさ」
「そうなのですね……。では、私も一緒に捜します。ユークリット様はお一人でも十分強いから大丈夫だと思いますが、心配ですものね」
「あぁ、悪ぃ。助かるわ」
ユークリット様は魔法も剣も両方使える、まさに文武両道に優れたお方だ。
その上長身で容姿端麗だし髪の毛サラッサラで輝いているし瞳も宝石みたいにキラッキラだし誰にでも優しいし『光』属性の王子様だし次期国王様だし――
――え、何これ……改めて並べてみるとハイスペック過ぎる……。
流石乙女ゲームのヒーロー……。
だからこそ、[王子ルート]の彼には皆が大失望したのよね……。
暫く庭園をキョロキョロしながら歩いていると、急にウルスン様が立ち止まった。
「アイツ……っ、何でこんなとこで……っ!」
舌打ちの混じった呟きに、私は首を傾げてウルスン様を見上げる。
「ウルスン様? どうなさったのですか?」
「あぁ、いや……嬢ちゃん、ここには殿下はいねぇ。だから別の場所を捜すぞ」
「えっ? どうしたのですか、急に――」
何故か慌てたように私の背中を押して、学園の中に入るよう促してくるウルスン様に疑問を抱く。
気になった私は、彼の隙を見て後ろを振り向いた。
「嬢ちゃん、ダメだっ!!」
ウルスン様の叫びに近い制止が入ったけれど、一足遅かった。
そこには、ユークリット様と私がいつも座っていたベンチがあって。
今はそこに、ユークリット様とリルカが向かい合って座っていて。
ユークリット様はリルカの小さな手を両手で握りしめ、至近距離で彼女を見つめていて。
ここからだと彼の表情は見えなかったけれど、リルカはウットリとしながら彼を見つめ返していて。
その様子は、まさに仲睦まじい『恋人同士』のようで――
……………………。
……あぁ……。
実際にそのシーンを見ると、こんなにも胸が苦しくて張り裂けそうになるのね……。
あぁ、そうだ……。ゲームにもこんな場面があったな……。
向かい合って至近距離で見つめ合い、手を握りしめながら、恍惚とした顔で愛を囁き合うヒロインとユークリット様のスチルが映し出されて……。
……告白、し合っているのだろうか。
「愛してる」って……。「わたしも」って……。
……“覚悟”、していた筈なのにな……。
――ふふ……本当に駄目ね、私……。
言葉の表面だけだった……。
全然、“心から”の覚悟なんて出来ていなかった――
あぁ、胸がすごく痛い……。涙が……止まらない……。
下を向き、ボロボロと涙を零し始めた私の手を、ウルスン様は突然その大きな手で掴んだかと思ったら、大股で歩き樹の下に私を連れてきた。
ここからだと、ユークリット様達から見えない場所だ。
そしてウルスン様は、私の身体を腕の中に閉じ込めてきた。
「っ!? ウ――」
「隠してやるよ」
その一言で理解をした私は、そろそろとウルスン様の広い背中に手を回すとギュッと力を入れ、顔を彼の胸に押し付け声を殺して泣いた。
……そうだ……『王妃教育』で何度も言われていたんだった。
「次期王妃たる者、人に簡単に涙を見せてはならない」って。
どうしてそれを彼が知っているのかは分からないけれど……。
ウルスン様は、嗚咽する私の頭を優しく撫でてくれた。
彼の温もりとその手の温かさは、何だかとても懐かしくて――
「例えアイツに裏切られても、オレはお前の傍にずっといてやるよ、セイラ――」
………………。
……え?
今……『セイラ』って、言った……?
それ……。
それ、は……。
私の《前世》の名前――
「……そこで何をしているんだ」
不意に後ろから、地を這うように低く怒気を含んだ声が飛んできた。
……見るまでもない。
その声は、私の愛するユークリット様の声だ――
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