【完結】あなたの全てを

ゆー

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大勢の人の真ん中で、リリィは裁かれていた。

理由は、リリィの父親である辺境伯が国家反逆を企てていたことが露呈したからだ。

それに協力していたと、リリィがありもしない罪で裁かれている。

今にも泣きそうで、それでも懸命に堪えている。

周りにいる貴族達は、口々にありもしないことを言い続ける。

リリィは何もしていないのに、父親が国家反逆を企てていたことをついさっき知ったばかりなのに。

「この者の父親である辺境伯は、我が国に多大なる損害を与えようとしたのだ!その娘であるリリィもその計画に加担していた!」

と皇女が声高らかに言う。

それを聞いた貴族たちは、そうだそうだと囃し立てる。

リリィには罪がないはずなのに、周りの言葉を聞いているとリリィが悪いような気がしてくる。

リリィは父親とはここ2年は会っていない。帰ることを禁止され、ずっと、帝都にある学園にいたのだ。それなのに国家反逆に加担など、どうやってするというのだろう?

「わ、私は、国家反逆に加担などしていません」

その言葉を聞くと、周りはさらにヒートアップする。

「嘘をつくな!!お前の父親のせいで我が帝国がどれだけ損害を被るところだったと思っているんだ!?」

「お前たち親子はどうせ金目当てだったのであろう?」

「あの女狐め……」

と聞こえてくる。

どうして、みんな信じてくれないのだろう。

どうして、誰も助けてくれようとしないのだろう。

リリィは自分を裁く皇女の隣で、冷たい目を向ける婚約者のヴェスを見た。

どうして、ヴェスまで、そんな顔をしているの?そんな目で私を見るの?何で信じてくれないの?

リリィが呆然としている間に、身に覚えのない罪状がリリィにどんどん追加されていく。

学園でいじめを行っていたとか、平民たちを奴隷のように扱っていたとか、ありもしない罪を次から次に言い立てられていく。

こんなことあり得ないのに…… でも、否定すればするほど、周りからの言葉が真実味を帯びていく。

違う、私はやってない。何もしてない。

無実を証明するために必死に弁明するが、周りからは、「まだ白を切るか」「往生際の悪いやつだ」と罵られる。
しまいには、皇女の側近である自分の婚約者にまで「見苦しいぞ。素直に認めろ」と言われる始末。
それが一番リリィには堪えた。

10年一緒にいた私じゃなくて、周りの人の言葉を信じるの?ねぇ、ヴェス。私はずっと貴方を信じていたのに。
ヴェスが皇女に気に入られて、リリィを蔑ろにするようになっても、リリィといる時間より別の女性と一緒にいる時間の方が長くなっても、それでも………… 信じていたのに。

……あぁ、もう無理なんだね。私の味方なんてここにはいないんだ。

リリィの目から光が消えた。

「最後に何か申し開きはあるか?」

と皇女が問いかけるが、リリィは無言のまま俯いているだけだった。

それを肯定の意だと受け取ったのか、皇女は言葉を続ける。

「さぁ、リリィ・シヴェスラーフよ!罪を認めるのだな!?」

皇女が声を張り上げると、リリィの周りにいた貴族達が更に騒ぎ出す。

リリィにはもう、どうしたらいいのか分からなかった。

ただただ悲しくて、辛くて、胸の奥から何か熱いものが込み上げてくる。

でもここで泣いたら、もっとひどいことになるかもしれない。だから必死に涙をこらえた。

「何も言わないということは罪を認めるということだな!」

違う。こんなことしたくなんて無い。なんで私が、どうして……。

リリィの心の声とは裏腹に、周りの貴族達の言葉はどんどんヒートアップしていく。

その熱気に当てられたように、皇女の顔が高揚し、口元が歪む。

「ではその罪人を西の塔へ幽閉する!二度とこの場に現れることは許さん!!」

皇女の高笑いと共に、騎士達に両腕を引っ張られながら連れていかれる。

リリィは抵抗しなかった。一度だけ、皇女の側近である自分の婚約者を見た。ヴェスは相変わらず冷たい目をしていた。

―――

西の塔は貴族用の牢獄だ。ユニットバスのついた六畳間。ドアと窓には鉄格子が嵌められていて決して出ることは叶わない。

部屋の中にはベッドと机、そしてホウキだけが置いてあった。ここは、まるで昔の私のようだと思った。

昔住んでいた屋敷の一室に似ている。あの部屋と同じで埃っぽい匂いも、壁や床の汚れ具合も同じだった。

「さっさと入れ!!」

と乱暴に腕を引っ張られて、部屋に放り込まれる。

一人残された部屋の中はとても静かだ。

窓から見える空は、どんよりとした灰色の雲に覆われている。今にも雨が降り出しそうだ。これから私はどうなるのだろう?一生この狭い部屋の中で暮らすのだろうか? それとも……

―――

幽閉されてから5日後、ヴェスがやってきた。

いつも通り無表情だが、少し雰囲気が違う気がした。

ヴェスは何も言わずに、柵越しにリリィを見つめるだけだ。

「…………どうして」

沈黙を破ったのはリリィの方だった。ヴェスの目を見て話すことができない。

「どうして、信じてくれなかったの……?」

リリィの言葉を聞いて、ヴェスは静かに目を伏せた。しかし、顔を上げた時にはいつも通りの冷静な瞳に戻っていた。

「……悪事を働いて捕まった人にかける言葉はない」

そう言ってヴェスは背を向けた。

リリィはその背中に向かって叫んだ。

「どうして!?私は何もしていない!!私はやってない!!ねぇ、ヴェス!!どうして信じてくれないの?ねぇ……」

最後は泣きそうな声でヴェスに訴える。ヴェスは振り返らずに言う。

「君の罪は現在、精査中だ。しかし、君の父親が国家反逆を企てたのは事実。君にも相応の罰が与えられるだろう」

それだけ言い残して、ヴェスは去っていった。

――

それから1週間、リリィの取り調べが行われた。

リリィが話したことは全て虚言だと判断された。

無実を訴えるも、誰も聞く耳を持ってはくれなかった。

無実を証明しようとすればするほど、リリィの言葉には信憑性がないと切り捨てられる。


定期的にリリィの元へやってくるヴェスにリリィは同じ質問を繰り返した。

何故自分を信じてくれないのかと。何度も、何度も繰り返し聞いた。

その度にヴェスは無言のまま去っていった。

リリィにとってそれは一番辛い時間だった。

誰も彼もが自分の話を信じてくれない。

誰も味方がいない。

誰も自分の話を聞こうともしない。

こんな悲しいことはない。

自分は無実なのに。何度訴えても、誰も信じてくれない。

次第に、無実だと訴えるのはやめた。だって、誰も聞いてくれないから。無駄なことだから。

そう考えると心が楽になった。

毎日、十分ほどリリィのいる牢獄の前に現れるヴェスに何かを言う気力もなくなっていった。

――

幽閉されて1ヵ月。

今日もリリィの牢獄の前にはヴェスが立っている。

リリィはそれを確認すると、ベッドの上で膝を抱えて座ったまま動かなかった。

「…………」

「……」

二人の間を沈黙が支配する。

「君は、無実だと主張を曲げないんだな」

先に口を開いたのはヴェスだった。

「……」

返事もせず、自分の方を見もせず、リリィは俯いたままだった。

「…………おい」

「……」

それでも何も答えないリリィに痺れを切らしたのか、ヴェスが柵の向こう側から腕を伸ばすとリリィの肩を掴んだ。そのまま無理やり顔をこちらに向けさせる。

「いい加減にしろよ」

「……っ!?」

久しぶりに見たヴェスの顔は、今まで以上に冷たく感じた。

「いつまでそんな態度でいればいいと思ってるんだよ」

ヴェスはリリィの肩を掴む手に力を込める。

「認めれば、せいぜい娼館送りになるくらいだ。まぁ、一生そこから出られないかもしれないけどな」

ヴェスは吐き捨てるように言った。

「お前がいくら否定しても、周りはもうその気になってる。今更無実を訴えたところで、誰も信じない。お前が罪を認めるしかないんだよ」

「そ、んな……こと、言われ、たって……」

リリィは絞り出すように声を出した。

ヴェスはリリィの肩を掴んでいた手を離すと、柵から離れていった。

そして、再びリリィの方を向くと、先程までの冷たい表情とはうってかわり、悲しげに目を細めてリリィを見た。

――

それからも、ヴェスは毎日のように、リリィの元へやってきた。

ヴェスの主人である皇女からの命令なのだろうか。それとも、自分の意志で来ているのだろうか。

どちらにせよ、リリィには関係ない。ヴェスはリリィに何かを言うわけでも、何かをする訳でもない。

ただ、リリィの前に立ち尽くしているだけだ。

ヴェスの行動の意味は分からなかったが、リリィは別にそれで構わなかった。

――


数日後、リリィはいつものようにベッドの上に座り込んでいた。

不意に鉄格子の方から壁をノックする音が聞こえてきた。

リリィはゆっくりと立ち上がった。

そして、柵越しにヴェスを見つめる。

「こんにちは」

「……ああ」

相変わらず感情のない、無機質な声。
それから二人は黙り込んだ。

ヴェスはリリィの牢獄の前に立って、リリィはベッドに座っている。

「……君との婚約が正式に破棄された」

沈黙を破ったのはヴェスの方だった。

「……そうですか」

それを聞いて、リリィはむしろ、今まで婚約破棄されていなかったのか、と思った。

てっきり、リリィがこの牢獄に入れられた日には破棄されているとばかり思っていたのだけれど。

「君の家は爵位剥奪の上、取り潰しとなったそうだ。君のご両親は公開斬首刑に決まった。2日後には君の伯爵家は消えてなくなる。妹は悪い噂の絶えない子爵の三番目の妻として嫁がされるらしい」


淡々とヴェスは続ける。

「つまり、君は明後日からこの貴族牢ではなく、平民の独房に移ることになる」

リリィは静かにヴェスの話を聞く。

「今ならまだ間に合う。罪を認めるんだ。そうすれば、娼館に送られることになるだろう。しかし、平民の独房に入れられてしまえば、待っているのは拷問か公開処刑だ」

ヴェスはリリィの目を見て言う。

「君を助けたい。罪を認めてくれないか?」

リリィはヴェスの瞳を見ながら考えた。

助けたい?何を言っているのだろうか。

私を助けてくれる人なんて誰もいない。それなのに、なぜ無実の罪を認めなければならない。リリィは自嘲気味に笑った。

――

結局、リリィは何も言わなかった。

ただ、じっとヴェスの目を見ていただけだった。

それが答えだと判断したヴェスは、踵を返して去っていった。

リリィは再び一人になった。

(これでいい)

リリィは思う。

(私の味方はいない。誰も信じてくれない。どうせ助からないのだから、早く終わらせてほしい)

リリィはベッドに横になると、ゆっくりと瞼を閉じる。

―――


今日もリリィの牢獄の前にはヴェスが立っていた。

リリィはそれを確認すると、ベッドの上で膝を抱えて座ったまま動かなかった。

「……昨日の返事を聞きに来た」

ヴェスが呟くように言った。
「……」

「……君は、無実だと主張を曲げないのか」

リリィは膝を抱えた腕の中に顔を埋めた。

「……おい」

それでも何も答えず、ただ俯いているだけのリリィに痺れを切らしたヴェスが言う。

「これが最後の機会だぞ。認めろよ」

「……嫌です」

リリィは言った。

「認めるわけにはいかないんです」

「なんでだよ」

「……だって、私は無実だもの」

リリィはヴェスを見上げた。

「……それだけが、私の心の支えだから。私だけは私を信じて、認めてあげたいの」

その言葉を聞いた瞬間、ヴェスの顔が歪む。

「っざけんな!」

ヴェスは柵を殴ると叫んだ後、柵にもたれかかるようにして項垂れた。

「俺は、こんなこと望んでないのに……」

そのままずるずると崩れ落ちるように床に座り込む。

ヴェスはそのまましばらく動かない。

リリィはその様子を黙って眺めていた。

「……君が娼館送りになったら、何年かかるか分からないが、必ず君を身請けするから、だから」

頼む、認めてくれ ヴェスは絞り出すような声で言った。
――
リリィはベッドの上に座り込んでいた。

「……娼館、ね」

リリィはポツリと呟いた。

それは、リリィにとって魅力的な提案だった。

きっと、このまま平民の独房に入れられれば、死ぬまで拷問や公開処刑を受け続けることになるだろう。
それならばいっそ。

でも、それではダメなのだ。

ヴェスが自分を身請けすることはないだろう。リリィに罪を認めさせるための嘘に決まっている。

リリィはベッドから立ち上がる。

そして柵越しにヴェスを見た。

「……あなたは優しいですね」

リリィの言葉に、ヴェスは弾かれたように顔を上げた。

「そして、どこまでも残酷だわ」

リリィはヴェスに向かって微笑んだ。

「……さよなら、ヴェス」

「……………………それが君の答えか」

ヴェスの問いに、リリィは無言でうなずく。

それを見て、ヴェスは悲しげに目を細めた。

それから、踵を返す。

コツン、コツン、という足音が次第に遠くなっていった。

――

翌日、リリィは別の塔の牢屋へ連れていかれた。

鉄格子の扉が開かれ、リリィは中へと押し込まれる。

そこは、何もない部屋だった。

「大人しくしていろ」

後ろに立つ兵士の一人がそう言うと、他の兵士たちと一緒に出て行ってしまった。

一人になったリリィは、しばらくその場に立ち尽くしていた。

――

リリィが投獄されてから2週間が過ぎた。

この日、ヴェスはリリィの元にやってきた。

しかし、この日は様子が違っていた。

ヴェスはリリィの前まで来ると、無言のままリリィを見下ろしていた。

「どうしたんです?」

リリィが聞くと、ヴェスは口を開いた。

「……俺は、間違っているのか?」

ヴェスはリリィの目を見ながら聞いた。

「俺の選択は、間違いなのか?……教えてくれよ」

リリィは一瞬、言葉を失った。

どうして今更そんなことを聞くのか。そもそも、ヴェスが何を考えているのか全くわからない。

「……さぁ」

リリィは言った。

ヴェスはじっとリリィの答えを待っているようだったが、リリィはそれ以上答える気はなかった。

すると、ヴェスは再び口を開く。

「……何か言いたいことはないか」
ヴェスは真剣な表情で言った。

リリィは考えるふりをして黙っていたが、結局何も思いつかなかった。

リリィはヴェスの顔を見る。

初めて会ったときより幾分か歳を取ったように見えるが、相変わらず整った顔をしていた。

「……特にないです」

リリィが言うと、ヴェスは少しだけ寂しそうな顔で笑った。

「……じゃあな」

それだけ言って、ヴェスは去っていった。

―――

それから一体、どれほどの日が過ぎただろう。

鉄格子が開く音がして、リリィは俯いていた顔を上げる。

「……」

そこに居たのはヴェスだった。

「ヴェス?」

ヴェスは無言のままリリィの前に立った。

そして、徐に腰に下げていた剣を抜き放つ。

「えっ」

突然の行動に、リリィは驚いて立ち上がった。

ヴェスはリリィの首筋に切先を突きつける。

「どういうつもりですか!」

リリィは思わず叫んだ。

「…………」

しかし、ヴェスは何も言わず、そのまま動かない。

リリィは混乱したまま、とりあえずヴェスの手を振り払った。

「……なんの真似ですか」

リリィはヴェスの目を睨みつけると、ヴェスは静かに言った。

「……大勢の前で罵倒され、石を投げつけられて死ぬよりは、今ここで殺された方が楽だと思うが」

ヴェスの言葉に、リリィは目を見開いた。

「……私は公開での斬首刑で決まりましたか」

リリィの言葉に、ヴェスは答えなかった。それが答えだった。

「……そうですか。なら、私はそれに従うだけ」

リリィの言葉を聞き、ヴェスは目を細める。

それから小さくため息をついたあと、再びリリィに剣を向けた。

「君は、俺のことを恨んでいるか」

ヴェスの言葉に、リリィは首を横に振った。

「いいえ」

「なぜ」

「貴方には恨む価値もないから」

リリィが答えると、ヴェスは口元を歪ませた。

「そ……うか……」

ヴェスはゆっくりと剣を振り上げる。

「ま、待ってください」

リリィは慌てて両手でヴェスの腕を掴んだ。

「ここで俺に殺されるのが一番辛くないと思うぞ……」

ヴェスの言葉に、リリィは首を何度も振る。

ヴェスは大きくため息をつくと、リリィから手を放した。

リリィはその場にぺたりと尻餅をついた。

「ここで俺に首を斬られるより、公開での斬首刑の方がいいのか?」

「はい」

リリィははっきりと答え、ヴェスを見上げた。

「なぜ……。君は聡い人だった。どっちの方が楽か分かるはずだ」

「分かってます」

「なら、どうして」

ヴェスは困惑の表情を浮かべた。

リリィはヴェスの顔を見ながら言った。

「私の斬首刑は決まっています。貴方がここで私を殺したら、その責任は全て貴方のものになります。出世はもう、望めないでしょう」

ヴェスは驚いたような顔をした。

しかし、すぐに元の無愛想な顔に戻る。

リリィはその様子を確認してから続けた。

ヴェスが皇女の命令を無視して行動していることは明らかだ。ならば、この場でリリィを殺してしまえば、ヴェスの立場が悪くなることは間違いない。

「そうでしょう?」

リリィの言っていることは間違っていない。

だが、それでもヴェスはリリィをここで殺してあげたかった。罵られ、石を投げつけられて首を落とされるより、まだマシな死に方だからだ。

ヴェスがリリィにかける、最後の温情だった。

それに……今、ここで殺せば、リリィの死は永遠にヴェスだけのものになる。

そうすれば、リリィが生きてきた過去も全て自分のものにできる気がしていた。

(なんて身勝手な考えだろう)

ヴェスは自分の浅ましさに心の中で嘲笑う。

彼女を助けることはしなかったくせに、彼女の死は自分だけのものにしてしまおうとしているのだから。……でも……それでも……。

ヴェスは唇を強く噛んだ。血の味が口に広がっていく。

「最後に、一つだけ教えてくれないか」

ヴェスはリリィを見下ろす。

「はい」

リリィはヴェスを見上げて返事をした。

「君は……本当は俺と婚約したことをどう思っていた?」

「……」

「君は、俺のことが好きだったか?それともただ親同士が決めた政略結婚だったか?」

リリィはヴェスの問いに対して、少し考えるように視線を下げた後、顔を上げて微笑んで見せた。

「私は、貴方の事が好きでも嫌いでもありませんでしたよ」

リリィの言葉に、ヴェスは目を丸くした後、悲し気に笑った。

――

ヴェスはリリィの姿を見下ろしていた。

リリィは先ほどと同じ場所で座っていた。しかし、その首筋には、ヴェスが振り下ろした剣が突き刺さっている。
ヴェスはその光景をどこか他人事のように見ていた。

リリィの首からは血が流れており、その目は虚ろでどこを見ているのか分からない。

リリィから剣を引き抜くと、リリィの身体がゆっくりと前に倒れていく。

ヴェスはそれをじっと見つめていたが、我に返って慌てて駆け寄ってリリィを抱き留める。

リリィの身体は驚く程軽かった。

ヴェスはリリィの亡骸を抱え上げる。

首から流れ出た血はヴェスの腕を伝って床に滴り落ちていった。

ヴェスはリリィの遺体を地面に横たえると、持っていた布を取り出し、それでリリィの血を拭き取っていく。リリィの遺体は、とても美しかった。ヴェスはリリィの髪を整え、瞼を閉じさせる。リリィの遺体は、そのままにしておいた。

皇帝に報告しなければ。公開処刑予定だった罪人を、カッとなって殺してしまったと。……嘘ではないが、真実でもない。

それでいい。彼女の死はヴェスだけのものだ。他の人には渡さない。ヴェスは剣を鞘に収めると、リリィの遺体の側に座り込んだ。そして天井を見上げる。

「これで……やっと君を俺のものにできた」

ヴェスは小さく呟いた。

リリィの頬にそっと触れてみる。……冷たい。まるで氷のようだ。

これがあのリリィなのかと思うと不思議な気持ちになった。

リリィの冷たくなっていく指先に、自分の手を絡ませる。

あの時、リリィが大勢の前で裁かれているとき、助けようと手を差しのべることはできたのだ。しかし、ヴェスはしなかった。

彼女の父親が国家反逆を企てたのは事実。ヴェスとの婚約が破棄されることは間違いなかった。

ヴェスはリリィを手放したくなかった。だから、無実の彼女を助けず、罪を被せ、娼館行きを勧めた。娼婦に堕ちた彼女を身請けすれば、彼女は自分の物になると思ったからだ。しかし、その目論見は外れた。

リリィはヴェスの手を離れてしまった。

それでも、こうして彼女の死を手に入れられた。それだけで十分だ。

(俺は最低な男だ)

ヴェスは自嘲する。

しかし、それでもリリィのことを忘れられない自分はもっと愚かだと思う。

ヴェスはもう一度リリィの頬に触れた後立ち上がった。

皇帝へリリィの死を報告しなければならない。

きっと怒られるだろう。しかし、それでも良かった。この美しい少女が自分のものになったことに比べれば、そんなことは些細なことだ。

ヴェスはリリィの亡骸を一撫ですると、物音ひとつしない独房をあとにした。
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