上 下
97 / 114
番外編1

舞踏会二日目 7

しおりを挟む
  *


 ルイ王子の誕生日を兼ねた祝いでもある舞踏会二日目。アンリ王子はリュセットと別れたあと、いつものように一人人気のない場所から空を見上げていた。
 空には綺麗な三日月が昇っているというのに、誰も空を眺めようとはしない。皆各々の私利私欲のためにこの城にいるのだ。アンリ王子は幼い頃から人混みを避けるようにして生きてきたせいで、舞踏会は好きではない。その上、アンリ王子は富や地位、私利私欲にかられた人間を見るのが何よりも嫌いだった。
 けれど時々こうやって視線を下にさげ、そう言った人間観察するのは嫌いではなかった。ちょうどその時も何気無くプライベートルームのバルコニーから視線を下げた。するとそこには、ルイ王子の姿があった。

「兄上、そんなところで一体何をなさっていたのですか?」

 神妙な面持ちでルイ王子は顔を上げた。いつも神経質そうな表情がさらに増している、そんな顔でアンリ王子を見つめている。

「今日はあなたの日だというのに、浮かない顔はよくないですね」

 なんて軽口を叩いてみるが、ルイ王子はのってこない。元々軽口に乗るほど冗談が得意ではない人間だ。

「お前こそ、今日も舞踏会には顔を出さないつもりか?」
「出しているではありませんか。今日もこのように部屋から出てきてるのですから」
「俺は参加する気がないのかと聞いたつもりだが?」

 アンリ王子は大きく息を吸い、盛大にため息をついた。またその話か、とでも言いたげに。

「その話であれば王から散々言われております。僕は出る気などありませんよ。何せ僕は病弱なのですから」

 そう言ったあと、アンリ王子はまるで目眩を起こしたかのような仕草で額に手をつき、おぼつかない足取りでテラスの手すりに手をついた。

「はっ、お前が病弱だったのなど大昔の話だろう。もう何年もお前は風邪すら拗らせてはいないではないか」
「それは慎重に体のことを気遣っているからこそです。それに僕が表に出れば王妃が血相を変えて怒りますよ」
「ふん、あの迷信のことでだろう?」

 ルイ王子は呆れた顔で空を仰いだ。きっと今、空に昇っている月を見ているに違いない。ルイ王子の視線の先はそこへと向けられていた。

「お前が結婚するまで表に出るなと言ったあの呪い師まじないしも、とんだ食わせ者だな。表に出ないでどうやってパートナーを見つけ、結婚をすると言うのか」
「表に出ていたとしても、王子という肩書きを持ちながら、結婚適齢期を過ぎたと言うのにまだ未婚の方もいますけどね」

 切れ長の目尻がギロリとアンリ王子に向いた。それを受けて冗談だと言いたげに、アンリ王子は笑って誤魔化した。

「王妃が呪い師を信じたくもなる気持ちは想像できる。だがお前はもう十分それを克服しているのだ。さっさと表に出たらどうだ? 国民はきっとお前の存在など覚えてもいまい。むしろお前の死亡説すら出ていると聞いたくらいだ」
「それくらいの方がちょうどいいですよ。僕は参謀役で、兄上の影なのですから。裏方は表に出る必要もありません」
「……つくづく欲のない奴だ。お前はあまりにも裏方に徹しすぎだ」

 アンリ王子は笑いながら、テラスの手すりに肘をついた。

(欲などとっくの昔に捨てましたよ。僕はあなたの影武者にもなれない役立たずな王子だったのですから)

 ルイ王子は王子たる気品と、ゆくゆくは王になるであろう才覚を持っている。それは周りの誰もが認めていることで、ルイ王子はその道を真っ直ぐ歩み、皆を引っ張るリーダーとなることを信じている。
 そしてそれは同時に、それが第一王子の役目でもあるからだ。アンリ王子は第二王子、つまりは第一王子の影武者で、第二王子とは第一王子が生死に関わるような何かが起きた時のための保険と言ったところだ。そうやってそ王家の血筋を絶やさぬようにするためだった。
 けれど未熟児で生まれてきたアンリ王子は、生まれた時から命は長くないと言われていた。簡単に流行り病にはかかり、その度に生死の狭間を何度も行ったり来たりを繰り返していた。そんなアンリ王子を心配した王妃が医者でダメならばと、呪い師を雇い、アンリ王子の行く末を見てもらっていた。その呪い師が言うにはこうだ。
 ——第二王子の魂は弱く、きちんとあの世との繋がりを断ち切る前にこの世に生を受けてしまったがために、あの世との繋がりがとても強い。そしてそれを断ち切るためにもは外には出さず、王城に引きこもらせること。政治の場にも社交の場にも出さぬこと。見初めた相手と結婚する時、初めて王子の呪いは解ける——。

「ではお前はさっさと相手を探せ。さもなければお前は一生日陰で生きることになる。影に徹するにしてもお前が存在しなければ参謀にすらなれはしないぞ」
「ええ、わかっていますとも。ですがそれは兄上が先でしょう。僕は年功序列を重んじるタイプなのですよ」

 アンリ王子は笑い、ルイ王子は黙ってアンリ王子に背を向けるように空を見上げて月を仰いだ。

「昨夜……ご令嬢とダンスを踊られていたとか? 噂ではそれはそれは、とても美しい方だとか」
「舞踏会に顔を出さない割に、相変わらず情報だけは早いな」
「ええ、影は影なりに詮索しているのです。それはともかくとして、そのご令嬢はどうなのですか?」

 ルイ王子は王子としての才覚もあり、容姿も申し分ない。だが一番の問題は女性に対する偏見だった。幼い頃から王子という肩書きとその外見が邪魔をし、女性はよりどりみどり。幼い頃は許嫁もいたほどだ。だがそれを破談へと追い込んだのは他の誰でもないルイ王子本人だった。
 昔から王子とお近づきになろうと躍起になるご令嬢は多く、時には誘惑し、時にはしたたかに。ルイ王子の背後にある権力や財力だけを見ている女性をあまりにも多く見過ぎてしまったせいだろう。

「あれは王が気に入ったようだからな。あの場では踊らざるを得なかったと言うまでだ」
「それでも兄上がダンスの相手をした方、相当な美貌の持ち主だったのでしょう」

 アンリ王子は知っている。顔や振る舞いにはその人の人柄が出ると言うことを。それは些細な仕草や言葉尻だったり。そういうものを知っているのはルイ王子も同じはず。とすればアンリ王子が感じた印象をルイ王子もリュセットから感じているはずだとアンリ王子は踏んでいた。
 案の定、そういった返答が戻ってきたのだが。

「外見だけで相手を判断するといつか痛い目を見るぞ、アンリ」
「ええ、もちろんわかっていますとも。そのご令嬢が王城にふさわしい方かどうかを見極めて来てください。ダンスの最中が相手を探る絶好のチャンスではありませんか。邪魔立てする者もいないわけですし」
「……なぜお前は、俺が今夜もあの令嬢と踊ると踏んでいるのだ?」
「さぁ? そういう運命ならそうなるでしょう、といったところです」

 ルイ王子は握りしめていた拳を開き、手の中でずっと握り締めていたネックレスを見つめた。その様子を上から見つめているアンリ王子の目には、そんなルイ王子の姿が少し違って見えていた。それが何かまでは分からないが、何かを思いつめているような……そんな小さな違和感を感じていた。

「運命か……」

 ぼそりと呟いた言葉は、アンリ王子のところまでは届かない。ルイ王子はネックレスをポケットに入れた後、そのまま迷いなく城の中へと歩いていってしまった。

「どうか、楽しんで」

 きっとその言葉はルイ王子には届いていないだろう。そんな風に思いながらルイ王子の姿を見送ったあと、再び空を見上げた。空一面の真っ黒なキャンパスの中にぽっかりと浮かぶ三日月。王城の明るさに他の星々はぽつりぽつりとその数を隠している。星々は月から離れて輝いているが、形の違う、ぽつんとひとり佇んでいる月の様子がまるで今の自分のようだと感じながら、アンリ王子はその場を後にしたーー。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

シンデレラの継母に転生しました。

小針ゆき子
ファンタジー
再婚相手の連れ子を見た時、この世界が「シンデレラ」の物語であることに気づいた。 私はケイトリン。 これからシンデレラをいじめて、いつかは断罪される継母!? 幸いまだ再婚したばかりでシンデレラのことはいじめていない。 なら、シンデレラと仲良く暮らせばいいんじゃない? でも物語の強制力なのか、シンデレラとの関係は上手くいかなくて…。 ケイトリンは「シンデレラの継母」の運命から逃れることができるのか!? 別の小説投稿サイトに投稿していたものです。 R指定に関する不可解な理由で削除されてしまったため、こちらに移転しました。 上記の理由から「R15」タグを入れていますが、さほど過激な表現はありません。

宇宙航海士育成学校日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。  その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。  しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。  誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★

唯緒シズサ
ファンタジー
「年をとったほうは殺せ」  女子高生と共に異世界に召喚された宇田麗良は「瘴気に侵される大地を癒す聖女についてきた邪魔な人間」として召喚主から殺されそうになる。  逃げる途中で瀕死の重傷を負ったレイラを助けたのは無表情で冷酷無慈悲な魔王だった。  レイラは魔王から自分の方に聖女の力がそなわっていることを教えられる。  聖女の力を魔王に貸し、瘴気の穴を浄化することを条件に元の世界に戻してもらう約束を交わす。  魔王ははっきりと言わないが、瘴気の穴をあけてまわっているのは魔女で、魔王と何か関係があるようだった。  ある日、瘴気と激務で疲れのたまっている魔王を「聖女の癒しの力」と「アロママッサージ」で癒す。  魔王はレイラの「アロママッサージ」の気持ちよさを非常に気に入り、毎夜、催促するように。  魔王の部下には毎夜、ベッドで「聖女が魔王を気持ちよくさせている」という噂も広がっているようで……魔王のお気に入りになっていくレイラは、元の世界に帰れるのか?  アロママッサージが得意な異世界から来た聖女と、マッサージで気持ちよくなっていく魔王の「健全な」恋愛物語です。

平均的だった俺でも異能【魅了】の力でつよつよ異世界ハーレムを作れた件

九戸政景
ファンタジー
ブラック企業に勤め、過労で亡くなった香月雄矢は新人女神のネルが管理する空間である魅了の異能を授かる。そしてネルや異世界で出会った特定の女性達を魅了しながら身体を重ね、雄矢はハーレムを築いていく。

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

処理中です...