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本編
城の遣いの者たち
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リュセットが玄関へと向かい、客人の相手をしに行く間に、イザベラとマルガリータは慌てふためいている。部屋へと戻り、紐を持って足を縛ろうとしていた。そんな必死な様子を客観的に見ているマーガレットは呆れた様子だ。
「お母様、お城の方々がお見えですわ」
パタパタと慌てた様子でリュセットがダイニングに戻ってきた時、イザベラとマルガリータはまだ足を縛っている最中だ。
「痛たた! お母様、そんなに強く縛っては足がちぎれてしまいますわ!」
「一時の辛抱だよ! サンドリヨン、お城の方々には少し入り口で待っててもらいなさい!」
リュセットは「はい」と返事を戻したあと、玄関へと駆けて行った。マーガレットもその後ろから玄関へと向かう。あそこにいればマーガレットも同じように足を縛られかねないからだ。
「もうすぐ母達が参りますので、どうぞこちらのソファーでかけてお待ちくださいませ」
そんなリュセットの声が聞こえたと同時に、マーガレットは玄関に到着した。そしてお城の遣いでやって来た人物達を見やると、全員で四人組。一人は小太りな偉そうな人物。きっと大臣か何かだろう。その後ろには使用人のような輩と兵士が一人ずつ。王家の旗を持つ兵士と、青いサテンの布をかけた物を両手で抱えている。その下にはきっと、あのガラスの靴があるのだとマーガレットは思った。そして、もう一人。舞踏会の日に会った騎士の一人がそこにいた。
(彼は、あの時の……)
マーガレットを迷路の中にいるルイ王子の元へと連れて行ってくれた相手だ。ルイ王子がマーガレットにドレスを送ったことも知っていた相手。だがマーガレットはその相手こそが騎士団長のカインだとは知らない。
ただ気まずい気持ちで、マーガレットは皆に会釈をした。その時、カインだけがマーガレットをじっと見つめたあと、静かにこう口を開いた。
「……それでは、奥方を待つ間にお手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。ご案内致します」
リュセットがカインを連れてトイレへと案内しようとしたが、カインはじっとマーガレットを見つめている。その瞳は明らかに何かを訴えているようだった。
心の中でだけため息をこぼしつつ、マーガレットは微笑みを保ちながらリュセットを引き止めた。
「リュセットはこちらの方々に紅茶をご用意してあげて。きっと皆様歩き疲れて喉が渇いていると思うから。お手洗いへは私がご案内するわ」
「わかりましたわ」
何の疑う様子もなく、リュセットはキッチンへと向かい、マーガレットはカインに向かって微笑んだ。
「お手洗いはこちらでございますわ」
カインはマーガレットの後を追って、長い廊下を歩き始める。家の中にトイレは三つある。が、マーガレットはあえて一番遠いトイレへと案内をする。理由は二つ。一つはダイニングで足を必死に小さく見せようとするあの二人の姿や声を聞かせないため。もう一つは、カインが明らかにマーガレットと話がしたそうな素ぶりを見せているためだ。
「マーガレット様はこのままで良いのですか?」
マーガレットはとうとう、来た。と思った。玄関から離れ、トイレまでもうすぐだという距離で、カインはマーガレットにそう呟いた。
「何がでしょうか?」
マーガレットはぐっと奥歯を噛み締め、後ろにいるカインに向かって笑みをこぼす。何を言っているのかわからないと言った様子で。そんなマーガレットに淡々とした様子でカインはさらにこう付け加える。
「ルイ王子はあなたを選んでいたというのに」
「ご冗談を」
マーガレットは笑って、カインの言葉をあしらうようにそう言った。
「今回お城の方が来られたのも、噂で聞いております。なんでもあの舞踏会で片方の靴を忘れて去られたご令嬢をお探しとか。それを依頼しているのも王子様だとか……?」
「ええ。……王子が命じ、私共が大臣と共に家を一軒一軒回っております」
王子が命じ、靴の相手を探している……それが本当なのだとすれば、ルイ王子はとっくにマーガレットのことは諦めたということ。
もしくは、元々マーガレットのことをそこまで気にしていなかったのかもしれないが……。そんな風に思い、マーガレットは胸に手を当てた後、再び背筋を伸ばした。
「でしたらやはり、ルイ王子が私を選んでいたというのはあなた様の勘違いかと。お持ちになった靴は、決して私のものではありませんわ。私は靴をなくしてなどおりませんから」
トイレの前に着き、マーガレットは微笑んでトイレの扉を開けた。さぁ、どうぞ、とでも言うように。
「私は城を守る騎士の団長を務めるカインと申します」
その時、マーガレットはカインの顔をまじまじと見つめた。この人物が本物のカインなのかと確認するように。
「ルイ王子があなたに私の名を語っていたことは存じております。きっと王子という肩書きを隠したかったのでしょう」
「そうでしたか。あなたがカイン様でしたのね……」
「私はルイ王子と長きを共にしております。一介の騎士の言葉と思って聞いていただいても構いませんが、王子はマーガレット様のことをとても慕っておいででした」
カインはマーガレットを念入りに見つめた後、その扉の中へと入っていく。マーガレットがそれを確認してから扉を閉めようとしたその時、カインは再びこう言った。
「私はルイ王子と長い付き合いですが、あれほど誰かを思っている王子を見たのは初めてでしたよ」
扉を閉めた後、一瞬俯いたマーガレット。けれどそれも一時のこと。すぐに顔を上げ、玄関へと再び向かった。
「お母様、お城の方々がお見えですわ」
パタパタと慌てた様子でリュセットがダイニングに戻ってきた時、イザベラとマルガリータはまだ足を縛っている最中だ。
「痛たた! お母様、そんなに強く縛っては足がちぎれてしまいますわ!」
「一時の辛抱だよ! サンドリヨン、お城の方々には少し入り口で待っててもらいなさい!」
リュセットは「はい」と返事を戻したあと、玄関へと駆けて行った。マーガレットもその後ろから玄関へと向かう。あそこにいればマーガレットも同じように足を縛られかねないからだ。
「もうすぐ母達が参りますので、どうぞこちらのソファーでかけてお待ちくださいませ」
そんなリュセットの声が聞こえたと同時に、マーガレットは玄関に到着した。そしてお城の遣いでやって来た人物達を見やると、全員で四人組。一人は小太りな偉そうな人物。きっと大臣か何かだろう。その後ろには使用人のような輩と兵士が一人ずつ。王家の旗を持つ兵士と、青いサテンの布をかけた物を両手で抱えている。その下にはきっと、あのガラスの靴があるのだとマーガレットは思った。そして、もう一人。舞踏会の日に会った騎士の一人がそこにいた。
(彼は、あの時の……)
マーガレットを迷路の中にいるルイ王子の元へと連れて行ってくれた相手だ。ルイ王子がマーガレットにドレスを送ったことも知っていた相手。だがマーガレットはその相手こそが騎士団長のカインだとは知らない。
ただ気まずい気持ちで、マーガレットは皆に会釈をした。その時、カインだけがマーガレットをじっと見つめたあと、静かにこう口を開いた。
「……それでは、奥方を待つ間にお手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。ご案内致します」
リュセットがカインを連れてトイレへと案内しようとしたが、カインはじっとマーガレットを見つめている。その瞳は明らかに何かを訴えているようだった。
心の中でだけため息をこぼしつつ、マーガレットは微笑みを保ちながらリュセットを引き止めた。
「リュセットはこちらの方々に紅茶をご用意してあげて。きっと皆様歩き疲れて喉が渇いていると思うから。お手洗いへは私がご案内するわ」
「わかりましたわ」
何の疑う様子もなく、リュセットはキッチンへと向かい、マーガレットはカインに向かって微笑んだ。
「お手洗いはこちらでございますわ」
カインはマーガレットの後を追って、長い廊下を歩き始める。家の中にトイレは三つある。が、マーガレットはあえて一番遠いトイレへと案内をする。理由は二つ。一つはダイニングで足を必死に小さく見せようとするあの二人の姿や声を聞かせないため。もう一つは、カインが明らかにマーガレットと話がしたそうな素ぶりを見せているためだ。
「マーガレット様はこのままで良いのですか?」
マーガレットはとうとう、来た。と思った。玄関から離れ、トイレまでもうすぐだという距離で、カインはマーガレットにそう呟いた。
「何がでしょうか?」
マーガレットはぐっと奥歯を噛み締め、後ろにいるカインに向かって笑みをこぼす。何を言っているのかわからないと言った様子で。そんなマーガレットに淡々とした様子でカインはさらにこう付け加える。
「ルイ王子はあなたを選んでいたというのに」
「ご冗談を」
マーガレットは笑って、カインの言葉をあしらうようにそう言った。
「今回お城の方が来られたのも、噂で聞いております。なんでもあの舞踏会で片方の靴を忘れて去られたご令嬢をお探しとか。それを依頼しているのも王子様だとか……?」
「ええ。……王子が命じ、私共が大臣と共に家を一軒一軒回っております」
王子が命じ、靴の相手を探している……それが本当なのだとすれば、ルイ王子はとっくにマーガレットのことは諦めたということ。
もしくは、元々マーガレットのことをそこまで気にしていなかったのかもしれないが……。そんな風に思い、マーガレットは胸に手を当てた後、再び背筋を伸ばした。
「でしたらやはり、ルイ王子が私を選んでいたというのはあなた様の勘違いかと。お持ちになった靴は、決して私のものではありませんわ。私は靴をなくしてなどおりませんから」
トイレの前に着き、マーガレットは微笑んでトイレの扉を開けた。さぁ、どうぞ、とでも言うように。
「私は城を守る騎士の団長を務めるカインと申します」
その時、マーガレットはカインの顔をまじまじと見つめた。この人物が本物のカインなのかと確認するように。
「ルイ王子があなたに私の名を語っていたことは存じております。きっと王子という肩書きを隠したかったのでしょう」
「そうでしたか。あなたがカイン様でしたのね……」
「私はルイ王子と長きを共にしております。一介の騎士の言葉と思って聞いていただいても構いませんが、王子はマーガレット様のことをとても慕っておいででした」
カインはマーガレットを念入りに見つめた後、その扉の中へと入っていく。マーガレットがそれを確認してから扉を閉めようとしたその時、カインは再びこう言った。
「私はルイ王子と長い付き合いですが、あれほど誰かを思っている王子を見たのは初めてでしたよ」
扉を閉めた後、一瞬俯いたマーガレット。けれどそれも一時のこと。すぐに顔を上げ、玄関へと再び向かった。
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