41 / 114
本編
約束の日 1
しおりを挟む
ーーあれから気がつけば一週間後の約束の日。
マーガレットの裁縫技術は少しずつだが伸びていた。けれど、何度か仕上げた刺繍をイザベラに見せたが、イザベラの満足のいく出来のものには至っていない。
「これじゃ、まだまだだね」
針に糸を通す毎日。正直マーガレットはマッサージをする側ではなくされる側に回りたいと思うほど、肩はズンと重く、背中はピリリとした痛みが常について回っていた。
「ですがお母様、私は毎日お母様に言われた通り裁縫の練習を続けています。ですので、少しは上達したとは思いませんか?」
目標の紋章すら縫えていない状態だが、今ではハンカチの角に小さく花の刺繍を施すこともできるようになっていた。それもこれも先生であるリュセットの教え方が上手なのと、根気よく付き合って教えてくれていたおかげだろう。
「初めに比べればね。けれどこれじゃ人様にお見せできる仕上がりじゃないって、自分でも分かっているだろう?」
「……」
そう言われるとさすがに言い返す言葉がなかった。今ではマーガレットの指先は針の穴だらけだった。その指が報われないとでも言いたげに、一言くらい褒めの言葉があってもいいのではないかと、マーガレットは思っていたが甘かったようだ。
「お母様のお言いつけを守り、家で裁縫をしています。あれから一週間になりますが、そろそろ外に出てもーー」
「何を言っているんだい。ダメに決まっているだろう」
イザベラはマーガレットが言いたいことを知っていたかのように、あっさりとマーガレットの言葉をもみ消した。
「ですが、いくらなんでも家の中ばかりいると運動不足になります。それに時々は外の空気を吸ってリフレッシュしたいのです」
「言ったろう? 母の約束を守れないうちは許さないと」
この言葉にマーガレットの頭はカッと熱が上がる。
「あれから私は一度も外には行ってませんわ!」
「それは当たり前だよ。約束というのは裁縫の方だ。まだ全然上達してないじゃないか。もっと練習おし」
「しています! これからもするつもりです。ですのでーー」
バサッと激しく扇を広げ、イザベラは席を立った。
「私はマーガレット、あなたの将来を案じて言っているんだよ。それがわからないのであれば、分かるまで外出は許しません。部屋には定期的に覗きに行くから、間違っても抜け出そうとなんてするんじゃないよ」
「お母様!」
イザベラは振り向きもせずダイニングを後にした。
「……どうしよう」
カインとの約束の日は今日だ。そろそろ家を抜け出さないと約束の時間には間に合わない。
(どうする……? いっそのこと、こっそり抜け出してしまおうか。ううん、でもそれじゃダメだ。お母様が言ったようにきっと部屋にやってきた時、私が部屋にいなければ多分この先一生家からでれなくなる)
机の上に置いていた手をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締めた。
毎日裁縫の練習をしていた。少しずつだが、腕は上がっていたと実感していた。それでも見るに耐えない技術だが、初めの頃に比べれば変化は目に見えていた。それは全てこの日のために。ーーだけど。
「マーガレットお姉様、お母様とはどうでしたか……?」
リュセットはマーガレットの様子をうかがうようにして、裏口からダイニングへと現れた。けれど、マーガレットの様子を見て、その答えは一目瞭然だった。
「やはり、ダメだったわ。外に行って時間を潰すよりももっと練習をしなさいって。この程度の出来では満足されないとは思っていたけれど……」
そう分かっていた。分かっていたけれど、少しでも期待していただけに余計悔しさがこみ上げていた。
「マーガレットお姉様がおっしゃっていた人と会うお約束の日とは、本日ですわよね?」
「そうなの、それが一番困ったわ……」
そもそもこれだと行けない理由すら伝えることができない。前世のようにこの世界にはインターネットという便利なものも、スマホなんていうものも、もちろん存在しない。手紙を出そうにもカインの家の住所など知るわけもなく、そもそも約束の時間は今にも迫っているのだ。住所を知っていたところで、間に合うわけもない。
「リュセット……お願いがあるのだけれど……」
「はい、なんでしょう?」
マーガレットの言うお願いとやらに皆目見当もつかない様子で、リュセットは小首を傾げた。肩に乗せられていたリュセットの手を両手で掴みながら、マーガレットは彼女と向き合う形でこう言った。
マーガレットの裁縫技術は少しずつだが伸びていた。けれど、何度か仕上げた刺繍をイザベラに見せたが、イザベラの満足のいく出来のものには至っていない。
「これじゃ、まだまだだね」
針に糸を通す毎日。正直マーガレットはマッサージをする側ではなくされる側に回りたいと思うほど、肩はズンと重く、背中はピリリとした痛みが常について回っていた。
「ですがお母様、私は毎日お母様に言われた通り裁縫の練習を続けています。ですので、少しは上達したとは思いませんか?」
目標の紋章すら縫えていない状態だが、今ではハンカチの角に小さく花の刺繍を施すこともできるようになっていた。それもこれも先生であるリュセットの教え方が上手なのと、根気よく付き合って教えてくれていたおかげだろう。
「初めに比べればね。けれどこれじゃ人様にお見せできる仕上がりじゃないって、自分でも分かっているだろう?」
「……」
そう言われるとさすがに言い返す言葉がなかった。今ではマーガレットの指先は針の穴だらけだった。その指が報われないとでも言いたげに、一言くらい褒めの言葉があってもいいのではないかと、マーガレットは思っていたが甘かったようだ。
「お母様のお言いつけを守り、家で裁縫をしています。あれから一週間になりますが、そろそろ外に出てもーー」
「何を言っているんだい。ダメに決まっているだろう」
イザベラはマーガレットが言いたいことを知っていたかのように、あっさりとマーガレットの言葉をもみ消した。
「ですが、いくらなんでも家の中ばかりいると運動不足になります。それに時々は外の空気を吸ってリフレッシュしたいのです」
「言ったろう? 母の約束を守れないうちは許さないと」
この言葉にマーガレットの頭はカッと熱が上がる。
「あれから私は一度も外には行ってませんわ!」
「それは当たり前だよ。約束というのは裁縫の方だ。まだ全然上達してないじゃないか。もっと練習おし」
「しています! これからもするつもりです。ですのでーー」
バサッと激しく扇を広げ、イザベラは席を立った。
「私はマーガレット、あなたの将来を案じて言っているんだよ。それがわからないのであれば、分かるまで外出は許しません。部屋には定期的に覗きに行くから、間違っても抜け出そうとなんてするんじゃないよ」
「お母様!」
イザベラは振り向きもせずダイニングを後にした。
「……どうしよう」
カインとの約束の日は今日だ。そろそろ家を抜け出さないと約束の時間には間に合わない。
(どうする……? いっそのこと、こっそり抜け出してしまおうか。ううん、でもそれじゃダメだ。お母様が言ったようにきっと部屋にやってきた時、私が部屋にいなければ多分この先一生家からでれなくなる)
机の上に置いていた手をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締めた。
毎日裁縫の練習をしていた。少しずつだが、腕は上がっていたと実感していた。それでも見るに耐えない技術だが、初めの頃に比べれば変化は目に見えていた。それは全てこの日のために。ーーだけど。
「マーガレットお姉様、お母様とはどうでしたか……?」
リュセットはマーガレットの様子をうかがうようにして、裏口からダイニングへと現れた。けれど、マーガレットの様子を見て、その答えは一目瞭然だった。
「やはり、ダメだったわ。外に行って時間を潰すよりももっと練習をしなさいって。この程度の出来では満足されないとは思っていたけれど……」
そう分かっていた。分かっていたけれど、少しでも期待していただけに余計悔しさがこみ上げていた。
「マーガレットお姉様がおっしゃっていた人と会うお約束の日とは、本日ですわよね?」
「そうなの、それが一番困ったわ……」
そもそもこれだと行けない理由すら伝えることができない。前世のようにこの世界にはインターネットという便利なものも、スマホなんていうものも、もちろん存在しない。手紙を出そうにもカインの家の住所など知るわけもなく、そもそも約束の時間は今にも迫っているのだ。住所を知っていたところで、間に合うわけもない。
「リュセット……お願いがあるのだけれど……」
「はい、なんでしょう?」
マーガレットの言うお願いとやらに皆目見当もつかない様子で、リュセットは小首を傾げた。肩に乗せられていたリュセットの手を両手で掴みながら、マーガレットは彼女と向き合う形でこう言った。
5
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
アナスタシアお姉様にシンデレラの役を譲って王子様と幸せになっていただくつもりでしたのに、なぜかうまくいきませんわ。どうしてですの?
奏音 美都
恋愛
絵本を開くたびに始まる、女の子が憧れるシンデレラの物語。
ある日、アナスタシアお姉様がおっしゃいました。
「私だって一度はシンデレラになって、王子様と結婚してみたーい!!」
「あら、それでしたらお譲りいたしますわ。どうぞ、王子様とご結婚なさって幸せになられてください、お姉様。
わたくし、いちど『悪役令嬢』というものに、なってみたかったんですの」
取引が成立し、お姉様はシンデレラに。わたくしは、憧れだった悪役令嬢である意地悪なお姉様になったんですけれど……
なぜか、うまくいきませんわ。どうしてですの?
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!
つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが!
第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。
***
黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
【完結】意地悪な姉に転生したので徹底的に義妹を溺愛します!
MURASAKI
ファンタジー
心理カウンセラーを目指して某有名大学の心理学科に通う槌瀬梨蘭(つちせりら)は、高層ビルの建築現場から落下した鉄骨の下敷きになり18歳でこの世を去った。
次に気が付くと、梨蘭はシンデレラの世界に転生していた。
しかも、意地悪な姉「ドリゼラ」に。
見た目は美しいのに心は真っ黒な意地悪な姉。
シンデレラが大好きな梨蘭は、心理学の研究で「シンデレラの継母とその娘たちはなぜシンデレラを執拗に虐めたか」という研究を始めるところだった。
実際に見るシンデレラ「エラ」はとても可愛らしく、見ているだけで抱きしめたい衝動にかられてしまう梨蘭。
妹のアナスタシアもまた可愛らしく、母親の毒から引き離し性格を改善させ義妹のエラを二人で可愛がるようになる。
まだ勉強中の心理学で母親を改心させ、義妹のエラを王子様へ嫁がそうと奮闘するファンタジーラブコメ。
※ツギクル・小説家になろうでも公開中です※
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる