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本編

早朝の出来事 6

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 男はポンポンと肩を叩きながら、マーガレットにマッサージされるのを待っている。

「えーっと……」
「俺はただマーガレットの力量をみてみたい。ただそれだけだ。何も本気でマッサージしてみろと言っているのではないぞ」

 男のこの口調がマーガレットには少し引っかかっていた。要望を言っている割に命令口調な感じが気に食わないとでもいうように。
 しかし、男に大きな恩ができてしまったため、ボディチェックするくらいはいいかと思い、渋々ながらマーガレットは男の背後に立膝をつき、肩に触れ、そのまま上腕へと手を伸ばす。すると、指を跳ね返すような筋肉質な身体。見た目は細身に見えるが、立派な筋肉がそこにはあった。

「どうだ?」
「そうですわね……腕は右側の方が筋肉が発達していますわね。やはり右で剣を持つことのが多いせいか、右の上腕部分の筋肉が左よりも大きくなっていますわ。けれど肩は思っていたよりも両側とも凝っています。これだと首も凝っていらっしゃるのでは……ああ、やはり」

 マーガレットは肩から今度は首に触れ、男の髪の生え際まで触れた。

「これほど張っているのであれば、頭痛をお持ちではございませんか?」

 マーガレットは男の顔を覗き込むようにそう言うと、マーガレットの手を掴み、こう言った。

「……すごいな。頭痛のことは当たっている。その上マーガレットが触れる箇所も俺が時々身体に鈍さを感じるとこだ」

 男は感嘆の言葉を述べ、男の澄んだマリンブルーの瞳は輝きをその奥に宿し、先ほどまで嫌味や偉そうに指図していた様子とは打って変わるほどの表情だった。その表情を見るだけで、マーガレットはマッサージの上で男の信頼を勝ち得た事を悟った。

「お褒めいただき、嬉しく思います」

 男の素直な反応に感化されるように、マーガレットも素直にお礼の言葉を述べた。その表情には微笑みを携えて。

「俺はカインと言う。城で騎士団を統べるのが俺の仕事だ」
「統べる? と言うことは、騎士団長……?」

 マーガレットは独り言のようにぼそりとそう呟いたが、カインはしっかりそれを聞き取り頷いた。

「しかし、騎士団長ともあろうお方がどうしてこんなところに? しかもお一人で……?」

 マーガレットはこの世界に転生して日が浅いため詳しい情報は持ち合わせていないが、団長といえばもっと年配の人物を想像していた上、長ともなればきっと毎日が忙しいに決まっている。そんな先入観からの疑問だった。しかも男は今日だけではなく、昨日もこの付近にいたのだ。休暇とはそれほどたくさんあるのだろうか、とマーガレットが疑問に思っていると、男はマーガレットが思っているであろう事を読み取ったかのようにこう言った。

「こんなところで暇しているような奴が騎士団の長ではないと? もしくは俺のような若造に務まるのか、と?」
「あ、いえ、そう言う意味では……」

 心の中を読まれた気になり、マーガレットは気まずさから思わず顔を背けた。けれど、カインは未だに掴んでいたマーガレットの手を引き、顔をカインの元へと向けさせた。
 マーガレットがそろりとカインの顔を覗き見ると、カインは可笑しそうに笑った。カインのそんな笑顔を見るのは初めてだ。そしてそれは、マーガレットの予想の範疇外の反応だった。

「さっきまでの威勢はどうした? しおらしくなられては話しづらいではないか」
「いつも威勢がいいわけではございません。むしろこちらの方が普段の私でございます」
「そうか? 到底そうとは思えぬがな」

 カインは相変わらず失礼なことを言うが、ずっとぶっきらぼうな表情ばかりだったカインの見せた笑顔に、マーガレットは思わず頬があからみそうになり、それを悔しくも思えて目を逸らした。口は悪く、物言いも偉そうで時々冷たくもあるが、初めてカインを見たあの時、正直王子様かと思ったほどだ。それほどの美貌を持ったカイン。
 王子様に見えた理由は美貌だけではなく、もちろんその衣装のせいもあるが。けれどそんなカインが見せた不意打ちの笑顔は卑怯だと思った。胸が高鳴ってしまっても仕方がない……そんな風にマーガレットは自分が抱いたこの感情に言い訳をしながらも、カインを直視できずにいた。

「騎士は実力社会なのでな、年齢は関係ない。それに昨日も言ったが、マーガレットと同じで散歩の足を伸ばしついでにこのあたりの治安を視察しにきているのだから、立派に職務をこなしているとは思わないか?」
「ええ、まぁ……」

 曖昧な返事をしつつ、マーガレットはカインが繋いだ手をどうすれば離してもらえるのかと考えていた。すぐに手を触れたりするのは女性に慣れているせいなのか、はたまた軽い男だからななのか、それともーー?
 
「けれど、そうだな。俺はそろそろ戻らなければならない」

 カインは辺りを見渡しながら、立ち上がって馬の手綱を解いた。と同時に、カインはマーガレットの手もスッと離した。まるで解放された気分になったマーガレットは、握られていた手を空いた片方の手で撫でた。

「マーガレット、これは依頼なのだが、今度マッサージをお前に頼むことは可能か?」
「……えっ?」
「もちろん報酬は出そう。1回につき5小型銀貨ソルドでどうだ?」
「5ソルド!?」

 ソルドとは通貨の名称のことで、小型銀貨、大型銀貨、金貨の3種類が存在し、小型銀貨をソルド、大型銀貨をグロ、そして金貨をフローリンと呼ぶ。5ソルドということは、織工の仕事を朝から晩まで働いた日給と同額になる。それを1回のマッサージでもらえるとなれば、かなり魅力的な金額だった。
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