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夢の結末

第四話

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「カヨママと話す代わりに、ここにいる俺と話をしよう」

 どういう事?
 すごく嫌な予感がして、私が口を開こうとした矢先だった。誰もいるはずのないこの家の中で、私の背後からもう一人、誰かの声が聞こえた。

「俺と……じゃなくて、俺達だろ」

 私は振り返って相手を確認しなくとも、その声で背後に立つ人物が誰なのか、私にはすぐにわかった。それと同時に、私は騙されたんだと悟った。
 ケンに騙された。未来から来たケンと、私のよく知る、現在のケン。その二人に――。
 背後から回って、現在のケンが未来のケンの隣に座る。二人のケンは、正面からじっと、私を見つめている。

「な、んで……?」

  なんで現在のケンがここにいるの? 学校に行くっていってたじゃん。
  それに、なんで未来のケンの隣で平然と座ってんの? 仮に未来のケンが現在のケンに秘密を打ち明けたとしても、それを信じたの?
 未来のケンのこと、あんなに不信がってたじゃん。過去の繰り返しも知らないあんたが、知らない人から言われた怪しい話を信じるとは到底思えない。

「なんで俺がここにいるのかって?」

 現在のケンは、淡々とした口調で私にそう問いかける。いつもの無表情。だけど、ケンの目はいつもよりも真剣だ。

「カヨはさ、未来の俺が何度もタイムリープを繰り返しているうちに、この何度も繰り返される日々の記憶を持つようになったよな?」

 なんでそんなことまで知ってんの……? って疑問が湧いたとほぼ同時に、一つの答えが脳裏に降って湧いてきた。

「ま、まさか……?」

 ひとりごとのように言った私の言葉を、現在のケンはしっかりと聞き取っていた。
 ケンはゆっくりと首を縦に振った後、こんな言葉をつぶやいた。

「……俺もなんだよ、カヨ。前回、前々回あたりから記憶が残ったまま、俺もこいつのタイムリープにつきあってるみたいなんだ」

 現在のケンの話を引き継ぐようにして、同じく淡々とした口調・表情で未来のケンが口を開く。

「多分俺と何度も接触したせいで、何かしらのズレが生じたんだろうな。カヨの靴紐が1回のタイムリープで何度も切れるようになったことや、カヨが過去のタイムリープを記憶できていることと、同じことなんだろうな」
「でも、それ、って……」

 舌がうまく回らない。脳がしびれるような感覚がして、私の体は動きを止めようとしている。体も口も、思考でさえ、私は放棄しようとし始めていた。

「言ったろ? 未来は変わろうとしてるって」

 未来のケンがそう言って、ポケットから私が飲んだものと同じサイズの小瓶を取り出した。けどそれは無色透明ではなく、淡いブルーの液体だった。

「俺は諦めるつもりなんてない。カヨが助かるその日まで」

 未来のケンが淡いブルーの液体が入った小瓶を、コトンとテーブルの上に置いて、それを現在のケンが受け取った。

「運命ってのは簡単に変えられるもんじゃないみたいでな、カヨが助かればそれなりの代償がどうしてもつきまとう」

 私は必死になって、頭を働かせた。気を抜けば、ケン達が言う言葉が理解できなくなりそうだった。
 ずっと、胸のどこかで違和感を覚えていた。どこかでそう感じていたのに、私は呑気に、自分のこと……この繰り返しの毎日を終わらせることに頭がいっぱいで、その違和感に気づかないふりをしていた。
 そのツケがやってきた。

「カヨママや柊がそうだ。俺にとってカヨママはもう一人の母親だからな。カヨママは死なせたくないし、柊の時はカヨ、お前があまりにも罪悪感を感じて泣きわめくし立ち直らないもんだから、俺は再びタイムリープしたんだ」

 未来のケンは淡々と話を続けているけれど、これはもう私の知るケンじゃない。
 私の知るケンはこんなに冷徹なやつじゃない。いつも何考えてるかわかんないって周りに勘違いされるくらい冷めてるようなやつだけど、本当はとっても優しいやつだって私は知っている。
 私を助けるために未来からやって来たとか言うくせに、人の命をどこか軽く見ているような発言をする奴では決してない。
 私は奥歯を噛み締めようとしたけれど、それも上手くいかない。どんどん脳が働くことを放棄し始めていた。
 体が重く感じ始めて、頭を支えるのもやっとだった。そんな中、未来から来たケンは私と目線を合わせて、まっすぐこう言った。

「だから俺はずっと—―俺自身を殺そうと、そう思ってたんだ」

 ……ずっと感じていた違和感。
 未来のケン。私の知らないケンが見え隠れしてる中、変わらないところはたくさんあった。
 人間の性格なんて、そう簡単に変わるものじゃない。だからこそ、どこかおかしいとも思ってた。
 だって執念とも取れる努力をしてここまでやって来た未来のケンが、私の言葉を聞いて、こんな簡単に諦めてくれるなんて、やっぱりどこか変だと思ってた。
 ……けど、分かってくれたと思ってたのに。
 私はケンのことをよく知ってる。知ってるだけに、そう信じたかっただけなのかもしれない。
 どちらにしても、悔しい。自分の考えの甘さに。そして、不甲斐なさに。

「カヨが飲んだのは、ただの睡眠薬だ。そして現在の俺、こいつが持ってるものが、さっき言った本物の薬だ」

 未来のケンは私に顔を寄せて、悪かったなって小さく謝った。だけど謝ったって許してなんかあげない。全然許せない。
 私は力を振り絞って、頭を思いっきり大きくフルスイングした。
 ガツンッって音が私の額からテーブルにかけて響き渡り、徐々にジンジンとした痛みが脳を支配し始めた。
 その痛みを利用して私は意識をしっかりと持ち直し、テーブルの上に散乱したままのシャープペンシルを掴んで、思いっきり自分の太ももを突き刺した。

「いっ……!」
「カヨ! お前バカか!」

 思わず溢れた悲痛な言葉に、二人のケンは立ち上がって止めに入ろうとしたけれど、私はそれを制した。

「バカはどっちよ!」

 私はもう一度シャーペンを振りかぶって、今度は腕に突き刺した。
 ジワリと滲み出る血を見て、二人は慌てている。いつものポーカーフェイスは完全に崩れ去っていた。
 私はもう何度も痛い思いをしてタイムリープを繰り返してる。あの痛みに比べれば、これくらいの痛みは平気……と言いたいところだけれど、正直すごく痛い。感覚が麻痺ってなければ、こんなに力いっぱい振りかぶって刺すことなんてできなかったかもしれない。
 徐々にもどってくる体の感覚に、私の視界は涙で滲む。
 それでもあの時、ことりちゃんがトラックに轢かれた時の恐怖と、自分に死が忍び寄る恐怖と痛みに比べたら、こんなものは何てことはない。
 私は怒りに身を任せた。興奮してアドレナリンがたくさん捻出されればきっと、痛みも半減したうえで、脳がはっきりしてくれるはず。
 そんな風に思い、私は再び二人に向き合った。
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