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3章 ― 急追するモノ
第62話-エトーナ火山②
しおりを挟む貿易都市シンドリを出てアサは自分の馬で、ヨルは並走してエトーナ火山に向け移動を開始し、途中二度の野宿を経て更に日が沈もうとする頃、ヨルとアサヒナはエトーナ火山の麓までたどり着いた。
「大した魔獣も何も出なかったな!」
「アサー! ちょっとテント建てるの手伝ってー」
「おー、まかせろ」
いつもは空を見ながら野宿をしていたヨルだったが、流石に冬に登山ということもあり、アサヒナがもっていた軍用テントを利用していた。
辺りの視線を気にしなくていいというのは、精神的に楽だなと思ったヨルは街に戻ったらテントを買おうと心に誓ったのだった。
貿易都市シンドリはこの大陸で一番北にある都市で、その北側には大きな街はなく、少数民族が所々に集落を作って暮らしているという話なのだが、具体的に何処にどれぐらいの人が住んでいるのかは明確になっていない。
そのため、シンドリからエトーナ火山に向かうルートは、殆ど獣道のような森の中を突っ切るしか無くヨルとアサもここまで木々の間を抜けエトーナ火山を目指してきた。
そして森を抜けるとすぐ眼前にエトーナ火山が現れる。
見上げるようなその山頂へと続く裾野は、急勾配ながらもなんとか歩いて登れそうなのだが、頂上の方は完全に切り立った崖が続いていた。
標高は八千メートル近くあるが地熱により山道には雪は積もっていない。
しかしこの火山は活火山にもかかわらず、今まで大きな噴火の記録が無い。つまりいつ大噴火を起こすかわからない状態で殆ど地元の人間は近づかない場所なのだった。
――――――――――――――――――――
二人はテントに入って携帯食料を食べながら明日のことを相談する。
「ところで今回気をつけたほうがいいヤツっているのか?」
『アサちゃん、奴らはこの山に封印されている悪魔のようなやつを解き放とうとしてるってぇ話だ』
「そうそう、そいつが出てきたら本当に逃げるからね?」
「悪魔のようなやつ……というのはぷーちゃんみたいな?」
アサヒナが意味ありげな視線をサタナキアに向けるが、ヨルは用意してあった言い訳を伝える。
「昔、エイブラム大司教の急進派の連中が大悪魔を召喚しようとして、失敗した結果召喚されたのがソレだったのよ」
「ふーん……?」
『な、なんでぃアサちゃん』
「いや……べっつにぃ?」
「アサ、いざという時まではそういうことにしておいて」
「そっか、わかった、じゃぁそういうことにしておこう。冒険者や傭兵は手の内を探られるのを嫌うって言うしな。私もヨルには嫌われたくはない」
二人は狭いテントの中で寝袋を袋から出して広げる。流石にテントに大人二人分の寝袋が広がると狭く感じる。
サタナキアに見張りと火の番を頼み、二人は持ってきた水筒から水を飲み喉を潤しておく。
「それで? 今まではっきり聞かなかったけど、ヨルはそのアルってやつのこと好きなのか?」
「――ぶっはっっ!! げほっげほっ………な、なっ、なんてこと言うのよアサ」
「だってこんなところまで探しに来るほどなんだろう?」
「残念ながらナイナイ、なにを期待しているか知らないけどね」
ヨルは寝袋の入ってた袋に上着を詰めたモノを枕代わりにして寝転ぶ。アサも隣にポスンと寝転びニヤニヤとヨルの顔を眺めている。
「なによ、その顔は」
「んーヨルってかなり整った顔してるよなーって思って」
「美人でしょ?」
ヨルは頬を片手で押さえ、ウインクをしながら言うが、アサは「なに言ってるんだ」とぽかんとした顔をする。
「ヨルがそういう冗談を言うとは思わなかった」
「それはそれで傷つくんだけれど」
「あはは、すまない。とりあえずぷーちゃんが夜番してくれると言うのだ、ありがたく寝よう」
「そうね、明日は忙しいだろうし」
ヨルは枕元のランタンの光を弱くして天井に吊るす。
テントの外からは獣除けのパチパチという焚き火の音を聞きながら二人は眠りについた。
――――――――――――――――――――
「ん……」
テントの外が少し明るくなってきた頃、ヨルは雪がテントに落ちる音で目が覚める。
「さむ……っ」
枕代わりにしている袋から上着を取り出して、寝袋の中で着替えようとモゾモゾする。
「ヨルおはよう」
すぐに物音で目を覚ましたのか、隣を見るとアサが眠そうな目を擦っていた。
「よく寝てたね」
「ヨルこそ」
ここまでの二日間の強行軍と、外の見張りをしなくてもいい安心感からか、二人ともかなりよく寝てしまった。
外は雪が降っているせいで物音がしなかったのも原因だろう。
ヨルは意を決して寝袋から這い出て、冷えてしまったブーツを履きテントからひょっこりと顔を出す。
そこには相変わらずパチパチと燃えている焚き火があるのだが、サタナキアの姿がない。
「あれ? ぷーちゃん?」
『アネさんおはようございやす』
ヨルが声をかけると、返事がテントの反対側からあった。
そして思ったより高いところからの声だった。
「ぷーちゃん、なんでそっち……に」
ヨルが振り返るとテントを覆うかのような大悪魔の巨体がそこに立っていた。
「んなぁぁぁっ!?」
「ヨルどうした?」
ヨルが中腰でにテントから上半身を出している後ろから、アサが何事かと声をかける。
「なっ、なんでもないわよ」
「なんでもないわけないだろ、そんな大声出して」
そう言いながらヨルの隣から同じように上半身を覗かせ、ヨルの向いている方向を見るアサは少し目を見開いた後びっくりした表情をする。
「なんとこれは……ぷーちゃん、一晩で成長しすぎじゃないか?」
ヨルの予想とは違うコメントを残しつつアサヒナはサタナキアの頭から足先へ視線を移しながら「すごいな!」とヨルへ興奮気味に話す。
『そんなことよりアネさん、アサちゃん、奴らを』
サタナキアが顎をしゃくり山へと伸びる山道の方を見るように言うので、二人ともテントから出る。
「んなっ!?」
「ほほう……」
二人が視線を向けた山道の先、数百メートルのところに、鎧に身を包んだ数十名が直立不動で立っていた。
雪が降っているため、そのヘルムやショルダーガードには雪が積もっている。つもり具合から一時間か二時間ぐらいだろうか。
ヨルは「あれ、凍らないのかな」とこぼしながら謎の鎧姿の軍隊を観察する。
「もしかして聖騎士団……?」
「状況からしてそうだろうな」
ヨルは巾着からグローブを取り出して装備し、毛糸の帽子を被る。
「ヨルそれ気に入ってるのか?」
「ん、暖かいし」
ヨルが戦闘用意をするのを見て、アサも手早く防具類と剣を装備してサタナキアの隣に並ぶ。
「で、ぷーちゃん一応聞くけど、アレ何?」
『へい、今朝方に突然現れたやして、近づいてくるようなら起こそうと思ったんですが、あそこに布陣したまま動かなくなりやして』
牽制のためこの姿になったが、相変わらず動く気配もないため、かれこれ一時間ほどこの状態だとサタナキアが説明する。
「それにしても勝手に変化しないでよ」
『すいやせん、あまりにもアネさんが気持ちよさそうに寝ておられたもんで』
「そっか、ありがと」
サタナキアは元の姿に戻ると言い小さくなった。
さっきのが本来の姿だがアサの手前そういうことになっている。
「それで、あれどうするの」
『全く動きやせん。山に入るものに対して警告するために配置されているのかと思いやす』
「んーじゃ、ここから進めば自動的に戦闘開始なのかな」
どうみてもティエラ教会の聖騎士団と思われる集団。
ここからだとはっきり見えないが、降り積もる雪の中、剣に手を添えたまま佇んでいる。
はっきり言って不気味である。
「数えたところ騎士五十人だな。私が行こうか? 起き抜けの運動にはちょうどいい」
「大丈夫なの?」
アサがいくら強いと言っても所詮は一人だ。数の暴力に勝とうと思うとそれなりの手段が必要になる。
「ヨルは覚えてないかもしれんが、対多人数は結構得意だぞ」
「わかった、危なそうなら加勢するわ。補助魔法いる?」
「補助魔法……耳とかの聞こえが良くなってもなー」
「なによそれ、って確かアルも昔そんな事言ってたわね……攻撃力増加の補助魔法よ」
「ほほーそんなすごい魔法が使えるのか! さすがヨルだな!」
ヨルとしてはそこまで驚かれるものではないのだが、実際この世界において『補助魔法』や『精神魔法』といった魔法の概念は失われつつあり、アサほどの立場の人間でも知らないことが多い。
魔法使いと呼ばれる人間が使うのは『攻撃魔法』や『回復魔法』といった直接的に効果が見えるものがほとんどなのであった。
しかし、今はあまり時間をかけてもしょうがないと、ヨルはアサの背中に手を当て補助魔法を付与する。
『deus―bronte―pactum―humus― rupes dens―phenomen―hasta―【攻撃強化】!!』
「大体十分ぐらいで効果がなくなるから! あと剣だとすっごい切れると思うから気をつけて!」
「……具体的には?」
「私が包丁で試したときは、芋を切ろうとして木のまな板と調理台も切れたわ」
「それは……死なないか?」
「……。やつら、多分洗脳されてるだけだから動けなくしてくれれば、あとは私がなんとかするわ」
「……」
アサヒナはなんだか釈然としないまま、髪をポニーテールに縛り、細剣を携え聖騎士団が陣取る山道へ向けて歩を進める。
ヨルはその間に、焚き火に薪を追加で焚べて火を大きくしてからサタナキアと共に木の上に飛び乗り、携帯食料をかじりながらアサヒナの観戦を決め込むのだった。
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