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3章 ― 急追するモノ

第38話-弱肉強食

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 ボタンが閉まらないシャツとホックが閉まらないスカートを紐で縛った扇情的な格好となった暗殺者シオン。

 ヨルに一度視線を向けると、音を立てず夜が明けそうな街に消えていった。




「あっ、侵入に使った魔道具の魔法とか聞けばよかった」

 ヨルは途中から変なテンションになってしまい、これからの話しだけをして別れてしまったことに気づいた。

「あとティエラ教会の内部事情とかも聞けたのにぃ!」

『侵入に使ったのは恐らく影界ウンブラ侵入イニーレでさぁ』

 サタナキアがそれだけフォローしてくれるが、すでに眠さでヨルの頭は回らなくなっていた。



「はぁ……眠っむい」

『しばらくお休みになりますかい?』

「一時間だけ寝て、すぐ街を出ようかな」

『へい、承知しました』

(次はゆっくり観光したいなー……)

 ヨルは気怠げに呟き部屋の荷物を巾着に全て突っ込み、穴の空いたベッドの上に丸まって少し眠った。
 そして日が昇る前に、宿屋の人に「うちの獣魔が穴を開けてしまった」と謝って弁償金を支払ってからチェックアウトをし、街を離れたのだった。


 ――――――――――――――――――――


 一人と一匹はニザルフの街を出て北に続く街道を徒歩で移動する。
 船旅も考えたのだが、あんなことがあったばかりなので陸路を選択した。

 街にもなるべく寄らず、点々と存在している村や集落で食糧を買いながらの気ままな歩き旅だった。


「それにしても今日は暖かいわね~」


 ヨルはてくてく林の中の街道を歩く。
 ニザルフを早朝に出て、途中野宿をしてから二日目のお昼下がり。

 それまで草原の街道が林道に変わっていた。
 とは言っても薄暗さはなく、まばらに木々が生えている程度のもので街道も馬車がすれ違えるほど広い。

 難点があるとすれば――


『アネさん!」

 ――ドスッ!

 ヨルは身体を半分ひねり、落ちてきたものをひらりと躱す。


「またか……」


 この街道、たまに頭上から松ぼっくりが落ちてくるのだ。
 それだけなら大した問題ではないが、問題はそのサイズ。


 軽く見積もってもヨルの頭より大きい。
 その傘も開き切っており、頭に当たれば大変なことになる凶悪なものだった。


 頻繁ではないのが救いだが、気を抜いたときに落ちてくる。


「まったく、こんな危なっかしい道、馬車とかどうするのかな。馬に当たれば死ぬんじゃない?」


『アネさん、だから殆どがニザルフから船なんじゃないですかい?』


 サタナキアの指摘に「確かに」と納得してしまうヨル。
 その証拠にこれだけ整備された街道のくせに一度も馬車とすれ違っていないし、抜かれることもない。

 要はこの道、ヨルたち以外は誰も歩いていないのだ。

「この季節以外は問題ないはずだから、今だけはそうなのかもね」

 ヨルは落ちた松ぼっくりを手に乗せてひょいっと林の方に投げつける。

 ――パァン

 松ぼっくりは良い音をして木に当たって破裂する。

「しばらくは誰にも会えない林街道が続くのね……暇だわ」

『アネさんって馬鹿力――ひっ』

 サタナキアは顔面目掛けて飛んできた松ぼっくりをギリギリで避ける。
 当たっていたら松ぼっくりと林の向こうまでランデブーだっただろう。

「これは腕力じゃなくて、魔力と技術ね…わかる?」

 ヨルはとても可愛らしい笑顔で説明するが、目は笑っていなかった。



『――!? アネさん、魔獣の気配がしやす』

「どっち?」

 サタナキアが一瞬感じた魔獣の気配のことを伝えると、ヨルはあっさりと戦闘体勢に切り替える。

『右側、十匹ほどでやす』

「りょうかーい」

 ヨルは軽く返事をしてグローブをキュッと締め、視線を右手の林内に走らせる。
 そのまま警戒しながら進むこと一分足らず。



「居た」

 木々の間からこちらをじっと見ている魔獣の姿が見えた。
 半数はこちらに気付いており、残りはその鼻を使い地面を掘り起こしてる。

 それはフォレストファングと呼ばれている猪のような魔獣。
 大きな鼻と牙を使い植物から動物、ときには人間まで食べる魔獣である。




「来るなら反撃するけど、食事中で襲いかかってこないなら無視でいいかなー」

 ヨルはふっと気を緩めた直後。

 ――ブオォォ

 激しく一鳴きして見える範囲の魔獣が全てこちらに向け走ってきた。



「そのまま食事していればいいのに」

 植物よりも動物と思ったのか目を血張らせ突撃してくるフォレストファング。
 ヨルは念のためサタナキアをリュックから出してあたりの警戒を頼む。

「全部で八匹ね」

 ヨルは先頭の一体が腕の射程に入ったタイミングで右脚を後ろに下げ半身になる。
 そのまま目の前を通り過ぎようとしたところで、頭部に拳を打ち下ろす。

 それだけで足を縺れさせ地面に倒れ、地面の腐葉土を撒き散らし滑っていく。

 ヨルは結果を見ず、後続のフォレストファングへと次々と拳を叩き込む。

「――フッ!」

 ――ドスッ!

「タァッ!」

 殆どの個体は頭部への一撃で昏倒する。
 ノックダウンを逃れた一体が向きを変え再び突撃してくる。


 ヨルは身体をフォレストファングに向け、左脚を半歩下げる。
 踏み込みの左脚で地面が滑らないかを確かめる。

 拳を逆手に構え、突撃してくるフォレストファングの鼻下からアッパーカットの要領で殴り上げる。

「ハァァァッ――琥珀撃アンバーショット!」


 ――パァァァァン





『……アネさん、どうして最後そんな……』

 サタナキアのドン引きしたような声が後ろから聞こえて、打ち終わったポーズのまま止まっていたヨルが振り返る。

「ちょっと最近身体が鈍ってるかなって思って、つい……」

 ヨルは悪戯が見つかった子供のような表情で、耳と尻尾が垂れ下がっている。

 必殺の一撃で殴られたフォレストファングは、頭部が爆散してあたり一面に肉や血が飛び散っており酷い惨状だった。

 完全に技の選択ミスだった。
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