上 下
26 / 73
2章 ― 信仰するモノ

第25話-また一難

しおりを挟む
「お、ヨルじゃないか」

 店を出たヨルに声をかけたのは、久しぶりに会った気がするアルフォズルこと"アル"だった。今日は先日とは違い鎧を身に着けて入るが、何処か疲れ切った表情だった。

「アル、どうしたの」

「特に用はないんだが、見知った尻尾が見えたもんで」

 ヨルが「そっか」と言いいかけたところで、お腹がきゅうっと音を立てた。

「――っ」

「なんだ、昼飯前か? 俺も飯なんだが一緒に行くか?」

 ヨルも断る理由もなく、この街に来てからバタバタしており、あまり店も知らないのでアルのオススメの店を尋ねる。

「んーそうだなー。いろいろな種類があるレストランと、肉料理がうまいところがあるがどっちが良い?」

――――――――――――――――――――

 連れられてきたのは傭兵ギルドの近くにあるレストランで、通りから一本裏に入っており落ち着いた雰囲気の外観だった。

 アルの提案してくれた店はどちらも捨てがたく、ヨルは数分悩んだ挙げ句「どういう食べ物があるのか色々見てみたい」という理由からこの店に決め、肉料理の店は明日の昼にでも行こうという話になった。



 ――カラン

 店の扉を開けると、肉の焼けるスパイシーな匂いが漂っており二人の空腹を刺激する。
 昼下がりということもあり、店内にてお客さんの姿はまばらだったので、窓際の日当たりの良い席に座る。

「アル、オススメとかあるの?」

「んーそうだな。やっぱステーキかなー」

「お肉かー」

「なんだ、やっぱりヨルは魚の方が好きなのか?」

 悪気のない顔でヨルにそんなことを聞くアル。彼の中では「猫は魚が好き」という構図が出来上がっているのだろう。

「魚はほとんど食べたことないわねー村も森の中だし」

「あぁ、なるほど、じゃあ焼き魚とかどうだ?」

 この街から北に向かったところに大きな河があるらしく、そこで川魚の養殖が行われているとのことだ。ヨル自身は魚は食べたことないが、前は魚を食べていたことはあるし、どんなものかは知っている。

 色々とメニューを眺めた挙げ句、ヨルは結局シチューとパンにサラダという、朝と変わらないものを注文した。

「アルはずっとこの街に?」

「そうだなー。この街に来てもうすぐ一年になるんだが、そろそろ移ろうかなと思ってる」

 ヨルは自分で聞いておいて、アルの素性をほとんど知らないことに気づいた。どうやら貴族らしいというのは聞いていたが、なぜ傭兵をしてるのかなど、どこまで内情に踏み込んでいいのかわからなかった。

(聞けば普通に話してくれそうだけど)

 そんなことを考えているうちに料理が運ばれてきた。アルはすごいボリュームのステーキにパン。ヨルはビーフシチューのような色をした大皿スープで、かなり食べ応えがありそうだった。




「いただきます」

「前も言っていたが、それ何かの祈りなのか?」

「……そんなとこ。作ってくれた人への感謝とかも含めてね」

「へー。いただきます」

 アルは食べ始めていたがナイフとフォークを置いて手を合わせて真似をする。そんなアルを見つつ、ヨルもシチューをスプーンですくう。トマトをベースにしたような感じで野菜たっぷりのシチューだが、お肉もごろごろ入っていて、スパイスの香りもあり食欲をそそる匂いがヨルの食欲を刺激する。

 ヨルはスープを一口食べ、パンをちぎって口に入れる。このパンも焼き立てでもちもちしておりスープによく合う歯応えだった。

「――おいしい」

 一言だけ言ってから黙々と食べ続ける。アルも向かいで黙々とステーキを切っては口に入れ、時たまパンを食べる。を繰り返している。
 まだ街の値段の基準というものを理解していないヨルだったが、それでもこの値段で、この量と味なら人気が出るだろうと思う。




「ふぅ~食った食った」

 ヨルは手を合わせ「ご馳走様でした」というと、アルも真似をする。二人とも結局ペロリと平らげてデザートにメロンのようなフルーツも追加で注文し、食後のお茶を楽しんだ。

「それで、アルは何か目的があるの? 色々な街をお忍びで回っているようだけど」

 ヨルがそう切り込むとアルは一瞬考え込むような素振りを見せ、お茶を飲んでから周りに聞こえないように声のトーンを落とし、ヨルの耳に顔を近づけて口を開いた。




「実は勇者を探している――」

「――!?」

 ヨルが最初に思ったことは「顔近い!」「耳はそこじゃなくて頭上の方」つぎに「あ、肌が綺麗さすが貴族」最後に「あんた突然何言ってるの!?」である。

「勇者を――」

「あぁ、俺の国はこの"ヴェリール大陸"から西に行った"アーガルズ大陸"の"ビフレスト"という国の王都なんだが、教会に神の啓示があってな」

「ちょっとまって、ストップ!」

 あまりにもヤバそうな話が始まったのでヨルは思わずアルの口を塞ぐ。

「モガー」

「そんなヤバい話、こんなところですると危ないでしょ?」

「……ま、まぁそうなんだけどな」

 アルは頬を掻きながら明後日の方を見やる。勇者云々だけなら与太話で済むだろうが、他の国の名前やら、その国最大勢力の教会の名前やらが出る話をしていい場所ではない。
 この街は比較的穏やかというか、大樹海が近いため政治より戦闘という感じであまり政治的な話は聞こえてこない。それでも、どこに危険な人物に繋がる間者の耳があるのかわからないのだ。



「じゃあ、アルの部屋か私の部屋以外に密談に向いている部屋ってある?」

 別にこの話はここで終わりと言って「また明日」と別れてしまうのが手っ取り早かったが、“勇者”と聞いて無視することはできなかった。

「ギルマスの部屋とかでも良いが」

(アドルフさんなら、アルの事情は知っているだろうから、ある意味安全だけど……でも)

 それでもその話をし始めるとヨルの話もある程度しなければならなくなる可能性がある。人に言うわけにはいかないというほど、秘密ではないのだが、自分からおいそれと言いふらす訳にはいかないのだった。

(となると……)

「しょうがない、じゃあ私かアルの部屋で」

「オッケー、でも俺の部屋遠いからヨルの部屋でいいか?」

「じゃあ私の部屋で。モルフェ亭」

 良いところに泊まってるなと言うアルの部屋は、なんと中央部通りの反対側にある教会に部屋を借りてるとのことだった。

(こいつ、教会の関係者なのか)


――――――――――――――――――――


 ――カランカラン

「いらっしゃ、あらヨルさんおかえりなさい」

「少し部屋に居てますね」

「おじゃまします」

 ヨルの後ろから入ってきたアルを見て口にそっと手をあて女将さんが驚いた表情をする。

「あら、あらあら! 二階は全て掃除終わってるのでごゆっくりー」

 ほんわかとした顔でとんでも無く勘違いしたことを言う女将さん。

「違いますから――!」

 アルと二人で部屋に入る。アルを先に案内してから部屋に入ったヨルはリュックを開ける。

「ぷーちゃん、監視お願い」

『へい お任せくだせえ』

「な、なんだそれ、テイムした魔獣か?」

 ヨルの一言でリュックから出て素早くアルに近づくサタナキア。その目はすでに敵を目の前にした猛獣のようになっていた。

『おぅ、にーさん、アネさんに少しでも触れるんじゃねえぞ。部屋の匂いもそれ以上嗅ぐんじゃねぇ! アネさんの香りはこの――――おぶっ』

「そっちじゃない、あと気持ち悪い」

 ヨルは背後からサタナキアをつかむと扉の方に放り投げる。
 ドスンと扉にぶつかり脇に置いてあるゴミ箱に落ちるサタナキアを横目で見ながらヨルは続ける。

「まぁ従魔というかペットというかそんな感じ」

「お、おう、そうか。最近の従魔は喋ったりするんだな! さすがヨル凄いなおまえ!」

 ぱぁっと顔を綻ばせて笑うアルだが、その視線はゴミ箱から悲しそうに二人を見ているサタナキアに釘付けだった。

「あげようか?」

「いいのか!?」

『――!?』

 あのサイズとはいえ、悪魔のくせに膝から崩れ落ち、この世の終わりのような顔をしているのを目撃したヨルは「やっぱダメ」と言いつつ、アルをデスクの椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。

 サタナキアは何を勘違いしたのか、昇天しそうな顔で目と口からいろんな汁を出していたのだが、ゴミ箱でよかったと心の底から思うヨルだった。

――――――――――――――――――――

「で、勇者ってどうゆうことよ、未曾有の災害でも起きるって言うの?」

 確かにこの世界には度々勇者と呼ばれるものが存在していた。悪魔の大侵略であったり、人が大量死してしまう疫病であったり、大災害であったり、時代の危機に際して教会に信託が下ると言われているのだ。




(――でも、あれってあいつらが暇つぶしに遊んでるだけなんだよね)

 生きとし生けるものの自己進化のため、団結のため、危機感を持たせるため、いろいろな言い方はあるが、本来なら神々が手助けするものを敢えて人たちにやらせて、それを見て楽しんでいる暇つぶしなのだ。
 本当に危ない時はちゃんと助けてるし、勇者を奉ることで人たちが団結し強くなるので、一概に「ふざけた事をするな」とはいえないのだが。




「理由はわからないんだが、数年以内に勇者となるものが現れるらしいんだ。俺達はその目星をつけるために各地に派遣されたんだ」

(俺達――ね)

「あ、この話は秘密だからな、ほかには言わないでくれよ?」

「言うつもりはないわよ。それで、どうやって探してるの?」

「それがなー」

 アルは頭をガシガシと掻きながら難しい顔をする。

「俺はいろんな街の冒険者ギルドとかに入って強そうなやつを探してる。日銭稼ぎにもなるしな。でも勇者って言っても戦いが強いとは限らないんだよな」

 過去には最強の剣士であったり、魔法使い、学者などが選ばれたこともあるそうだ。




(突然現れたあの勇者はなんだったんだろう)

 ヨルの脳裏に浮かぶのは兄のダグと結託していた、あのいけ好かない勇者だった。




「ヨルが勇者ってことはないよな!?」

 突然アルがそんなことを言い出す。まるで、とてもいいことに気づいたと言わんばかりの表情で身を乗り出す。

「そんな訳ないじゃない」

「でもお前って俺より強いじゃん」

「強さが基準ならうちの村のおっちゃんのほうが強いわよ」

「だよなー俺より強いやつって事でいいならギルマスもそうなるし、世の中には溢れてるだろうしなー」

「それで? この街は調べ終わって次の街に行くの?」

「この街まで調べ終わったら一度国に戻るように言われてるんだ。だから一度、ここから出て北の"シンドリ"まで戻って船で渡る」

「私はあと数日ぶらぶらして気が向いたら出発するつもりなんだけど、アルはすぐに出るわけにもいかないんでしょ?」

「そうだな、色々と挨拶やら報告やら必要だし早くても月が変わってからだろうな」

 ヨルも急ぐ旅ではないのだが、予定を合わせてまで知り合って間もない男の人と二人旅というのも、少し躊躇われた。

「出ていく前にはギルドに顔を出すし、しばらくはギルドで書類仕事なんでしょう?」

 最近は報告書やらの机仕事が多く、身体を動かすのももっぱら地下の修練場だそうだ。
 街を出る日程とか決まればギルドに顔を出すと伝え、また時間があれば美味しいレストランを紹介してと伝えアルを見送った。


 サタナキアはゴミ箱の中で自分の流した涙で溺れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

中野莉央
ファンタジー
将来の夢はケーキ屋さん。そんな、どこにでもいるような学生は交通事故で死んだ後、異世界の子爵令嬢セリナとして生まれ変わっていた。学園卒業時に婚約者だった侯爵家の子息から婚約破棄を言い渡され、伯爵令嬢フローラに婚約者を奪われる形となったセリナはその後、諸事情で双子の猫耳メイドとパティスリー経営をはじめる事になり、不動産屋、魔道具屋、熊獣人、銀狼獣人の冒険者などと関わっていく。 ※パティスリーの開店準備が始まるのが71話から。パティスリー開店が122話からになります。また、後宮、寵姫、国王などの要素も出てきます。(以前、書いた『婚約破棄された悪役令嬢は決意する「そうだ、パティシエになろう……!」』というチート系短編小説がきっかけで書きはじめた小説なので若干、かぶってる部分もありますが基本的に設定や展開は違う物になっています)※「小説家になろう」でも投稿しています。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...