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1章 ― 旅立ち

第12話-試してみたい

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 カラン――

 魔猫屋の扉を締め、ヨルはふぅっと息をつく。結局、左半身の肩から胸までを覆うようなデザインのショルダーガードと、右腕用のアームガードを見繕ってもらった。

(こわかった……あの子……あの人、見かけによらず凄い力だった)


 瞬発力に自信があったが、ヴェルに腰を掴まれるまでに気づかなかった。掴まれた瞬間後ろに引き下がろうとしたのだが身体が動かなかった。



(でも、これもらっちゃったし……心臓か魔石のようなものっていうと、やっぱあれのことかなー)


 昨日、傭兵ギルドマスターのアドルフさんに渡した二つに割れた黒い岩のようなもの。恐らくあれで事足りるのだろうが、すでに渡してしまっている手前一つ返してくださいとお願いしたところで返してもらえるだろうか。


(最悪もう一回、森まで戻って探すしかないか……倒すより見つけるほうが苦労しそうだけれど)


 特に期限は言われていないため、無理ならもう一度倒せばいいと気軽に考えながら、大通りまで戻り傭兵ギルドの方へ歩き始めると突然後ろから声を掛けられた。

「ヨルじゃないか」

 振り返ると昨日の鎧姿ではなく、身軽そうな服に身を包んだアルが片手を上げて近づいてきた。

「あれ? アル、どうしたの?」



 聞けば樹海の件で報告書がまだまだ終わらないらしい。今日から暫く休むつもりだったが、仕上げるまでは休むことは許さんと言われ仕方なく傭兵ギルドまで足を運んでいるところだそうだ。

「私はちょっと傭兵ギルドのマスターに相談があるの。あの魔獣を倒したときに手に入れた石の件で」

「じゃぁ一緒に行くか! っと、グローブ新しいの買ったんだな!」

 隣を歩くアルが目ざとく新しいグローブを見て言った。

「どう? 似合う?」

 冗談っぽくスカートをつかみ、アルに向けて聞いてみる――が。

「実用性重視で殴りやすそうで、鉄板もかっこいいしヨルに似合ってると思うぞ! ――ぐへっ!」

 一応最後まで言い終わるのを待ってからアルの腹に掌底でツッコミを入れる。今日は鎧を付けていなかったので流石に手加減をした。
 少し痛そうな顔はするが、すぐに復活して「なんで殴られたんだ」とぼそっと呟いたのをヨルの耳は聞き逃さなかった。どうやら彼は致命的に戦闘脳というか、正直というか、そういう性格らしい。

(褒めちぎられても、引くけれど)

「……アル、この辺りで訓練できそうなところとか知らない?」

「あぁそのグローブの慣らしでもしたいのか?」

「そんなとこ」

「防具類は付けないのか?」

「これ普段着だからね。付けたら逆に動きにくくなるから今はつけていないのよ」

「そういや今日はスカートだもんな。それじゃ飛び跳ねたりできないだろうし」

「一応スカートの下に短パン履いているわよ」

「えぇ……」

「それはどういう意味?」

 隣を歩くアルを見上げて、にっこり微笑んで聞いてみると、流石にまずいと気づいたのかアルは露骨に目をそらす。さっきも少し強い目のツッコミを入れてしまったので、これ以上の追求はやめることにした。

「で、どこかいい場所知らない? 無いのなら町の外まで行こうかと思うんだけれど」

「傭兵ギルドの訓練所なら自由に使えるぞ」

「なんかこう、試し切り用の丸太とか、そういうのってあったりする?」

「確か幾つか用意されている」

 さすが戦闘集団のギルドだからなのか、そういった訓練用の設備や装備は大体揃っているそうだ。メンバー証があれば一日中いつでも利用ができるし、もし備品や設備を壊してしまっても基本的にペナルティー無しという太っ腹ぶりだった。

「そりゃ、命を預ける武器防具だし、なるべく全力で試して問題がないか知っておかないとな」

「なるほどね」

 歩きながら訓練所の使い方や注意事項なんかをアルから教えられていると、すぐに傭兵ギルドの前まで到着した。扉を開けて中に入ると「ようこそお越しくださいました」と職員の方が元気に挨拶してくる。

「なぁ俺も見に行ってもいいか?」

「別に構わないけど大して面白くないわよ?」

「前はじっくりとヨルの戦闘スタイルを観察する暇がなかったし、一度見てみたかったんだ」


――――――――――――――――――――


 その訓練所とやらは、驚くことに傭兵ギルドの地下に広がっていた。ヨルが知っている体育館だと四つぐらい入りそうなサイズで、向こうの端は辛うじて見えるがかなり遠くに見える。天井も十メートルぐらいはありそうな高さで、ライトが見えない代わりに天井全体が光っていてとても明るかった。

 グラウンド部分の外周には観客席のようなものも用意されており、何人かの傭兵ギルドのメンバーと思わしき人たちが思い思いにくつろいでいるのが見えた。

「あっちの丸太っぽいものって勝手に使っていいの?」

「あぁ誰も使っていないなら問題ない」

 グラウンドの端のほうに魔法や剣の標的用の丸太のようなものが何本か並べて固定されていた。いくつかは焦げていたり、ヒビが入っていたりしていたが真新しそうなものを見つけヨルは手で触れてみる。

(思ったより硬そう……それにただの木に見えるけど……魔法か何かでかなり強化されているような)

 これなら力を入れても問題ないなと、ヨルは考えながらグローブを両手にはめてブーツの紐を改めて結び直した。観客席やグラウンドに居る他の人達は、何人かが興味津々だという視線をヨルに向けてきている。




(とりあず慣らし運転だし、軽く)

 ヨルは少しだけ柔軟をして、軽く丸太に向かって拳を突き出して当てる。右手、左手と順番に数回ずつ繰り返し徐々にパワーを上げていく。

(このグローブやっぱりいい感じ)

 インパクトの瞬間のダメージもあまり感じられず、ズレや重さも気にならない。確か魔力を通すだけで瞬間加速アッケレラーティオ重量ポンドゥスの補助魔法が発動するとヴェルは言っていた、それはもうしばらくしたら試してみようと考えながらヨルは徐々にパンチのスピードを上げていく。

「なぁ、あのファイナルなんとかっていうやつ見せてくれよ」

 と、少し離れたところでじっと見ていたはずのアルがすぐヨルの後ろまで来ていて、とんでもないことを言い出した。

「やだ、恥ずかしい」

 少し上がった息を整えながら、ヨルは本心からそう答えた。

 あれはヨルの中でまだ自分の技として完成していない。この間は見様見真似でやってみたら成功したぐらいの産物である。それにあの技名も暑苦しくてヨルとしても精神的にあまり使いたくなかった。

「そりゃ残念……ヨルは他の技とかないのか?」

「……あるけれど」

「おお! 例えばどんな?」

「す、スピネルバレット……とか」

「なんだその可愛らしい名前」

 去年ぐらいに必死に考えたヨル的にかっこいい!と思って付けた名前だったが、まさか可愛い呼ばわりされるとは思わなかったらしく、ヨルは少し気が遠くなる。

「なっ……かっこいいでしょ!」

「言葉の意味は分からないが、響きからしてヨルっぽい」

「う、煩いわね……そんなこと言うならちょっと受けてみる?」

 いいぜと言いながら剣をベルトから外し、身体の前で両手をクロスし防御の構えをとった。

「避けるってのでも良いのよ?」

「ふん、これでも傭兵ギルドメンバーだぞ、来るとわかってる攻撃を受け切るなんて余裕だよ」

 ヨルは拳を握り、脇を閉め足を半歩前に動かし構える。
続いて詠唱破棄で"攻撃を分裂インクルシオームルトゥム"させる補助魔法を行使する。グローブに付与された補助魔法は今回は使わず、普段通りでぶつけてみることにした。



「行くわよ……っ!!」

 呼気を吐き切ったタイミングでヨルは地面を蹴り、残像を残すようなスピードで一気にアルの死角まで踏み込む。アルの瞳がブレたヨミの姿を捉え切る前に、踏み込んだ勢いと体の捻りを戻す勢いでアルの脇腹を突き刺すように腕を捻り込む。

尖晶弾スピネルバレッドッ!!」

 その叫び声をキーワードにアルの脇腹に突き刺さったヨルの拳が複数にブレ、衝撃波となりそのままアルの身体を突き抜けていく。アルの体からミシっと音がして両足が浮き、すべての衝撃が伝わり切った途端、その身体が空に舞う。

「ぐふぉぁ……」

 よくわからない呻き声を上げながら吹っ飛んでいくのを、ヨルは拳を突き出したままの体制で眺めていた。

「おい……あれ……アル様が」

「アルフォズル様が!」

「嘘だろ……アルフォズル様を一撃で……」

「誰だ、あの娘」

「くそっ、スカートの下に短パン履いてやがる」

 見学者たちの誰かの呟きがやたらと大きく聞こえ、ザワザワという声が徐々に伝播していく。

(一人、あとで殴る)

 口元を引きつらせたヨルが飛んでいったアルの方に視線を向けると、どうやらアルは落下後に壁際まで転がっていったようだ。そのままボロ雑巾のように転がったまま動かなくなっていた。

「ちょっとアルー! 大丈夫っ!?」

 ヨルは慌てたアルに駆け寄り身体を揺さぶった。

「き、聞いてねぇぞ、なんだあの威力! ……げほっ」

 だって大丈夫って言ったじゃない。と言いたくなったが、一撃でボロボロになってしまったアルに申し訳なく「ごめんっ」と精一杯謝った。

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