上 下
2 / 73
1章 ― 旅立ち

第1話-始まりの日

しおりを挟む
何時間、何日、何年、経ったのか魂だけの存在となってしまった彼女にとってはどうでもいい事だった。
ただ、ただ、苦しい。辛い。それすら考えられなくなってきた頃、不意に声が響いた。



『こんなところまで落ち続けるなんて、君はどんな罪を犯したんだい?』




「…………」

『あぁ、人間じゃ、こんな深度まで堕ちれば壊れちゃうか』

「……ぁ」

『お、まだ意識が残ってるなんてびっくりだ。おーい、聞こえているかいー?』

 揺蕩う影のようなものが人の形を象っており、その影が言葉を発している。

『ダメか。すっかり魂が濁りきってる。まずは掃除しないと話にもならないか』




 不規則に形が変わる腕を伸ばし、彼女の真っ黒な魂を両手で包む。
 その瞬間光が溢れ手の中のヘドロのような黒が真っ白に変わっていた。




『よし、これでまともに会話出来るね。君、お名前は?』

「なまえ……よる……行本夜」

『夜ちゃんね……変わった名前だね』

「えっと……それで私はどうなるんでしょうか?」

『うん、ちゃんと魂の浄化が終わったようだね。意識も無事だし元気になった』

そう言ってその人影は手をパンと叩く。

『まずは僕のことから教えてあげよう。僕は羅闍ラジャだ』

「ラジャ……?」

『そう。君は八度も輪廻転生を繰り返していることを知っているかい?』

「はい……そう言われました……」

『だが、それはありえない。普通は五回も輪廻転生すれば壊れてしまうし、こんなところまで辿り着けない』

 その人影は謎解きの推理をしているような口調で夜に語り続ける。

『君はヒトじゃない。ヒトの魂に擬態されたヒト以外の何かだ』





 まさかの宣告を彼女に行う羅闍ラジャだが、声色からは感情は読み取れない。

「じゃ、じゃぁ私は……いったい」

『つまり……この世には、この浄土には、君の魂が逝く先は用意されていない』

「……」

『だから、君を戻す。このままだとその呪いでこの世界を壊してしまう』

「私は人ではなくて……居場所はない? 別の世界で生まれ変わる?」

『魂は浄化してあるし、問題ないだろう』

 顎に手を当てるような仕草をしながら夜の周りをフヨフヨと漂い出す。

「あの……」

『誰がどういう目的でその呪いを成したのかは分からん……』

 夜は生まれ変わった先が意思疎通が出来ない動物だったらどうしようと震える。

『心配はいらんよ。一時であったが、楽しかったぞ。息災でな』

 少し柔らかくなったような口調で羅闍ラジャは夜に手をかざす。
 辺りが再び闇に覆われ――夜の意識はそこで途切れた。


――――――――――――――――――――



 その日、その娘は家の裏手にある丘の上にある大樹の根本で丸まって昼寝をしていた。
 時折吹いてくる春の風がさらさらと前髪を揺らし、気持ちよさそうな木漏れ日の中で丸まっていた。

 肩の上でバッサリとカットされたショートカット。
 ボーイッシュな髪型だが淡い桃色の髪が女の子らしさを出している。
 そして頭頂部にぴょこんと飛び出た猫のような耳が時折ピクピクと動いている。


(息災でな……)


「――ソクサイ?」

 誰かの言葉が語が聞こえた気がして、丸まった猫のように眠っていた彼女はスタッと立ち上がって周りを見渡す。

 彼女が昼寝をしていた丘からは、家のある小さな村が見える。
 この村は巨木が立ち並ぶ樹海に囲まれている小さな村で、たまに街から行商人が来るような辺境だった。

 彼女はあたりを見回すが村の広場から子供の声が少し聞こえるだけで、周りには誰も居なかった。



 ――誰もいないなと思った瞬間、彼女は猛烈な頭痛に襲われ膝をつき頭を抱える。


(痛っ……!?)


 彼女は倒れたままの姿勢で自分の意識が遠くなるのを自覚しながらも、脳を侵されるように流れ込んでくる誰かの記憶を認識していた。
 それは見たことのない景色や、経験した事のない内容ばかりだったが、次第に何故忘れていたのかと思ってしまうようになっていたのだった。


――――――――――――――――――――


(あれ……私いつの間に家に帰ってきたんだっけ)

 彼女が目を覚ました時、そこは見慣れた自分の部屋だった。

「おや、起きたのか。帰りが遅かったから様子を見に行ったらお前倒れてたんだぞ、なにかあったのか?」

(……そうだ……私……)

「ごめんお父さん、もう大丈夫よ」

「そうか、ならいいが」

「でも一応、部屋でゆっくりしておくね」

「わかった。もし苦しかったりしたらちゃんと言うんだよ」

「はーい」

「じゃあ晩ご飯前には呼びに来るからな」



 彼女は突然、今の自分に生まれる前の事を思い出してしまった。
 更に羅闍ラジャと名乗った声のことも思い出してしまった。
 遥か過去この世界で生きていた時の事も思い出してしまった。
 本来なら覚えていなくても良いことまで思い出してしまった。



『君はヒトではない』



 たしかにその通りだと彼女は思い、ベッドに寝転び再び目を閉じた。


――――――――――――――――――――


 今、私はこの世界で「ヨル」として生を受た。


 今年で十七歳。
 魔法や魔獣が存在するこの世界でのほんとに一般的な十七歳の少女。


 戦いの訓練や、魔法の勉強も真面目にやってきて、最近旅に出て都会でいい人を見つけるのも良いかなと考えてたりもする。

 でも私は"人間"じゃなかった。

 ショートカットの桃色をした頭髪から覗くのは猫のような耳。

 セリアンスロープという亜人種。

 獣人なんて呼ぶ人もいるが、私はこの呼び名の方が好きだった。

 でも色々思い出せたし、色々思い出してしまった。

 あの世界で呪いのような人生を繰り返してしまう原因まで思い出してしまった。



 昔、私はこの世界で「ヨルズ」と呼ばれていた。

 かつて人々から信仰を受け祝福を与えてきた私は、兄に殺された。

 呪いを受け、人間としてあの世界に飛ばされ、転生を繰り返し魂をすり減らされ続けてきた。

 全ては私の存在を完全に消し去ってしまうために。



「あのクソ兄貴、それと勇者と魔王を見つけて、泣くまで殴ろう……!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...