雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

051話-何度でも増やせる

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 俺がリーチェの魔技『兎の幻想レプス・パンタシア』を使うと目の前に小さな光が収束し、徐々に人物の姿を形作っていく。
 その光は徐々に俺とリーチェの姿へと変化し、間に鏡でもあるんじゃないかと思ってしまうような光景が現れる。

「すごい……こんな魔技があるんだな」

「ユキが二人」

「ちょっと、エイミー! 私も居るんだけど」

「あはは、ごめんねリーチェ」


 感嘆の声を上げたシスターは最初に俺に剣を向けてきたライナさんという女性だ。
 エイミーが何かを呟いたのを俺は聞き取れなかったが、リーチェはしっかりと聞き取っていたらしい。

「……これ俺の命令とか聞いてくれるのかな」

目の前に佇む俺とリーチェの幻影。
二人はスッと目を開くと辺りをキョロキョロと見回す。

「えっと、とりあえず二人ともゆっくりしてて」
『はーい、じゃあとりあえず私ちょっと寝るねー』

 俺の声にリーチェの幻影はオリジナルと同じような、のんびりした口調でその場にストンと座るとそのままゴロンと床に寝そべった。

「ちょ、ちょっと私、なんで寝るの……流石にそこで寝るのは……」

「リーチェ……眠かったの?」

「う、うん……ちょっと眠いけど……」

 耳を時折ピクピクと動かしているが、リーチェの幻影はすぐ寝息を立て始めた。

 次は俺の幻影のほうだが……。


「――って、あれ? 俺どこ行った?」

「ちょっ、ちょっと、ユキ!?」

 俺の幻影の姿が消えたと思ったら、突然アイナの声がしたので慌てて視線を向ける。
 そこには床に膝をついてアイナの腰に抱きつき、アイナの腿を枕がわりにしている俺がいた。


「ちょっと、アイナずるい!」

「ふふん……う、羨ましい?」

 ケレスのクレームに顔を真っ赤にしたアイナが挑発するように言うが、尻尾が細い角棒のようにピンと伸びてしまっている。

(……あ、へにょってなった)

 脳裏にいつぞやの温泉でサイラスに言われた言葉が浮かぶ。

「って、そうじゃなくて、何してんの!」

『えー……俺も眠いし……?』

「いや、今実験中……」

『すまん冗談だよ。とりあえず分かりやすいかなって思ってさ……じゃあ、俺もやってみるから』

 何も言っていないのに俺がやりたいことを理解して、勝手に動き始めた俺の幻影。
 この魔技を使って生み出された幻影にはちゃんと意識があるようだが、それはどこからきたのか……そんなことを考えてしまう。

『適当にやってみてもいいか?』

 完全に自立したもう一人の俺。
 考え方も俺と同じ……だがアイナに抱きつきたいとは思ってない!


『いや、お前アイナの腰に抱きついて寝たら気持ちいいかもって思ってたじゃん』

「「「――!!」」」

 俺の幻影が発した言葉に全員の視線が俺に突き刺さる。
 俺は何も口にしていないのに俺の考えに対して反論してきやがった。

「もしかして俺の考えもトレース出来るのか?」
『出来るみたいだな。俺はお前でお前は俺だ――『兎の幻想レプス・パンタシア』!!』

 俺のすぐ隣へと戻ってきた幻影が使った魔技は先程俺が使ったときと同じように発動をする。
 そして俺たちの周囲に現れたのは『荒野の星』の全員だった。
 この場にいない座長やハンナ、ヘレスまでもが揃っている。

「すごい」

「座長まで……」

 果たしてこの状態で座長の意識はどうなっているのかが不思議で仕方がない。

 考えられるとすれば『座長ならどう反応するか』という俺の経験を前提に作られているという仮説が一つ。
 もう一つは『座長の意識を遠くから引っ張ってきてインストールしている』というのが一つ。
 あと、あるとすれば『この場にいる全員の記憶かを統合して作られている』という可能性も考えられる。

 先ほど、リーチェの幻影がその場で寝始め、俺の幻影が何も言っていないのにアイナに抱きつきに行ったことを考えると『本人の一部を切り離している』可能性も考えられるのだが……。

『でも俺は魔技を解かれて消えても問題ないって思ってるぞ?』

「となると、ますますわからない……」


 別の意識があるなら『消えたくない』と考えてもおかしくはない。
 だが俺の幻影は『消えたくない』とは思えず、むしろそれが当然と考えてしまうそうだ。
 やはり『俺の幻影=俺』なのだろうか。

「えっと、そっちのアイナの幻影は……俺がお願いとかしてもちゃんと動くの?」

『さぁ……やってみればいいんじゃないか?』


 俺が『兎の幻想レプス・パンタシア』で出現させたリーチェと俺はすぐに動き出した。
 しかし俺の幻影が出したメンバーはその場で不動状態で動かずじっと佇んだままだ。

「えっと、そっちのアイナ……は、今何がしたい? 消えても大丈夫?」

『今はユキにギュってして欲しいな。消えても私がいるし特には?』

 アイナの幻影は俺の隣にてこてこと歩いてきて、いつものように手を握ってくる。
 オリジナルの方はまだ椅子に座ったまま固またままだ。



「別の自分だって感じなのかな? アイリスも同じ?」

『これは……私……? あっちも私……えっと……つまり……あ、そういうこと?』

 色々とややこしいが、アイリスの幻影は何やらぶつくさと言い始め、口元に手を置き考察を始めたらしい。
 椅子に座って様子を見ていたアイリスが立ち上がり、自分の幻影の元へと向かう。
 そして二人してお互いの顔を触ったりなにやら足元を確認したりし始める。

「なんだかとんでもない光景が広がっているんだけど」

「ケレス……大丈夫よ、私もなんだか混乱してきたから」



 散々幻影と実態を比べながらアイリスが出した結論としては『同じであって同じではない』というよくわからないものだった。

「つまり、自分の複写というか、数秒前の自分というか、あるはずだった自分と言えば良いのかな」

『うわー存在の定義が難しすぎて伝え方もわからないわ! なにこれ! もっと研究したいんだけど!』

 二人のアイリスが床に座り込んで顔を突き合わせながらあーでもないこーでもないと話し合っている。


「とりあえず、えっと……コピーのコピー?」

『特に言葉にして呼びかける必要はなさそうだぞ』

『ん? 俺か? ここに追加で出すと狭くなる気がするんだが』

「考えてることが分かるわけだ……便利というか怖いというか」

 細かいことは考えず、この魔技はこういうものだと思うことにしよう。
 考えすぎると自分が分からなくなってしまいそうだ。

 ともかく、リーチェの魔技の上位版だと幻影がさらに実態のある幻影を作れることがわかった。

『あとは袋のほうか』

『思ったんだけど、俺が着ている服もそのままってことは魔具もコピーできるってことだよな』

『それも実験だな』

 俺の幻影と、その幻影が出した俺。ややこしいが番号で呼ぶのも憚られる。
 流石に聖堂が手狭になるので、残りのメンバーはアイリスを残して一度消えてもらった。

 シスターたちはさっきからぽかんと口を開けたまま、すっかり蚊帳の外に置かれてしまっている。
 あとは魔具がコピーできるかどうかだけれど、ちょうど害の無い魔具を持っていたことを思い出す。

「えっと、たしか荷物の中に……」

『あのマイクか』

 アイテムボックスから例のネクタイ型のマイクを取り出して首に装着する。
 
 この状態でコピーしようと思ったのだが、なんと俺の幻影が俺と同じようにアイテムボックスから同じものを取り出していた。

『やっぱりこれごとコピーできてるな』

『もっとも、幻影が消えたらこれも消えるだろうけれど』

「性能も問題ないみたい?」

『あぁ、ちゃんと使えるみたいだ』

 どうやら対象が持っているものも、その人物が身につけているものや魔技によるものだとコピーできるようだ。

『あとは俺が収納したものをオリジナル側で取り出せるか……だな――『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』!」

 幻影1号が近くにあった椅子を『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』に放り込む。
 俺は少し気後しつつも、最初に出した幻影を消す。
 するとその幻影が作り出した2号のほうもつられて消えてしまい、2号が作り出した幻影も全員消えて無くなる。

「なるほど……元が消えれば全部消えるのか」

 そして、俺のアイテムボックスのリストを手帳で確認すると『木椅子』という表示が増えており、無事に椅子を取り出すこともできたのだった。
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