雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

050話-仮説と検証

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 教会に隠れていた三人のシスター。
 おじさんの三人は自警団の生き残りらしい。
 それと地下に隠れていた子供たちは二十三人だった。

 噴水広場まで向かった俺たちはサイラスに声をかけ、地下にいるアイナたちに子供たちを連れ出してもらい全員が無事合流。
 クルジュナもなんとか起き出してきて、子供たちと一緒に教会へと移動することにした。

 俺がシスターさんたちと通ってきた教会までの道のりには、遺体が放置されていることもなく綺麗だったのでゆっくりと子供たちを連れて歩くことにした。
 サイラスは片方の肩に二人の子供を乗せ、行進する巨大ロボのように歩いていた。
 足元に小さな子供たちが「つぎ私!」と順番を作っており見ていて微笑ましかった。
 
 サイラスも終始笑顔で、なるべく全員平等にと次々と子供たちを乗せては歩き、交代すると繰り返していた。

 (腰、大丈夫かなサイラス……)

 ケレスはケレスで、両腕を巨大化させ子供たちをびっくりさせていた。
 何しろ手のひらで小さな子どもならすっぽりと包み隠せるのだ。

 アイナはなぜか曲芸のような感じでクルクルと飛び回りながらの移動。
 ネコのように屋根から屋根へ、そして屋根の上から高く飛び上がっては地面に着地するという曲芸っぷりだった。

 リーチェはバニーガールよろしく、手に持っていたトンファーを両手でクルクルと回しながら空中に紙吹雪の幻影を映し出す。
 そのサーカスの行進のような雰囲気に、表情が死んでいた子供たちに徐々に笑顔が戻ってきたのだった。

 「ほら、おいで、だっこしてあげる」
 「ふふ、こっちもいいよ、おいで?」

 エイミーとアイリスとクルジュナは一番小さい男の子と女の子を抱き上げ、まるでお母さんのような優しい顔でゆっくりと歩いていた。
 ハンナとヘレスには馬の誘導をお願いした。

 馬車本体はクルジュナが起きたので、「アイテムボックス」こと『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』で収納をしてしまった。
 子供たちは下が三歳から上が十六歳と、全員が噴水広場の近くの家に住んでいた子たちだそうだ。
 この辺りに住んでいたおじいちゃんに「ここに隠れろ。迎えが来るまで顔を出すな」と言われあそこに避難させられたそうだ。

 教会にたどり着き、まずはお湯を用意してもらって子供達全員の体を拭いてやることにした。

 俺とリーチェはその間に馬車から夜営道具を取り出して教会の前で食事の用意を開始する。
 幸いにも道中に手に入れた肉が大量に余っていたため、大人たちも全員が食べられる。

 色々と聞くべきことはあるが、まずは一息つくため大鍋でシチューを作りながら保存用のパンや果物を全て振る舞うことにしたのだった。


――――――――――――――――――――

 全員で食事をとってから、奥の部屋にある簡素な大部屋にあった子供達をベッドへと連れて行く。
 まだ昼下がりの夕方前だが、今日は早い目に寝かせることにしたのだった。
 修道女たちが昔使っていた部屋だそうで、二段ベッドが十台設置された大部屋。
 
 小さい子は二人一組で寝てもらい、全員をその部屋で寝かしつける。
 俺とエイミー、ヘレスとハンナが同じ部屋で全員が寝付くまで様子を見ることにした。

 健気な事に、お父さんとお母さんの姿が見えないにもかかわらず泣き出す子は一人も居なかった。
 色々と小さいなりに察しているのだろうか、そんなことを考えると胸が締め付けられる。


 子供たちが全員寝息を立て初めやっと一息ついた俺たちは、座長の名前を知っていた十六歳の一番年上だった女の子と、教会にいた六人に聖堂の椅子へと集合した。
 ハンナとヘレスには申し訳ないが子供たちが起きてもいいように部屋に残ってもらっている。

 聖堂へと戻った俺とエイミーは改めてシスターさんとおじさんたちに、子供たちと食事のことで何度も何度もお礼を言われることとなった。

 
「それで、なにがあったか聞いてもいいですか?」

「俺たちも、はっきりとはわからないんだが……衛兵の話だとあいつらは突然街の門の前に現れたらしい」


 四日前の夜中、街の入り口の門を警備していた衛兵が最初の犠牲者だそうだ。
 馬車を十台ほど引き連れた十人の賊だったらしい。

 最初衛兵が警告をしたが、賊は突然街の門を壊し始めたので応戦。
 何人かが犠牲になりながらも、全員を倒し終わるまでは三十分もかからなかったそうだ。


「だけど悪夢はそこからだった……ありゃ夢でもみてるのかと思った」

 話してくれているのは自警団に入っており、街の門前での討伐を手伝っていたというトーマスと名乗る口髭のおっちゃん。

「倒したやつがな……普通に起き上がるんだ。ちょっと横になっていて目が覚めたような様子でな」

 驚いた衛兵と自警団員は再び賊に剣を向け、応戦してなんとか討伐をした。


「おかしいと思ったのはその時だ。おかしいんだよ。最初は十人ばかしだったのに、明らかに数が増えていたんだ」

 それでも、剣や戦斧で武装した賊が街に入り込もうとしていることに変わりはない。
 気づいたときには賊は五十人ぐらいに増えており、おっちゃんが慌てて他の団員や街中の衛兵に連絡して助力を求めて回ったという。


「それで……それからはどうなったんですか?」

「俺が街の各所にある詰所に声をかけて周って、大通りに向かって走ってると奴らが門を突き破り街中に侵入してきたようだった」

 服は剣で切られたりしてボロボロだったが、ピンピンした様子で手当たり次第に家屋に押し入り、住人を惨殺して回っていたそうだ。
 どう見てもおっちゃんが手にかけた賊の姿もあり、何がなんだかわからず混乱する一方だった。

「これはいけねぇと近くの家を回って女子供に避難するように言って回りながら、ここまでたどり着いて……シスターに協力してここを守ってたってわけよ」

「ここで戦ってたんですか?」

「いや、避難してくる奴らを受け入れようとバリケードを作ったり奥の部屋を開けたりしてたんだ……それから街に出て怪我人を探し回ってた」

 逃げ遅れた人を探そうと街中を走りながらも、見かけた賊を不意打ちで倒しては隠れるを繰り返しながら近くをさまよい続けたらしい。


「その頃にはどの通りに行っても奴らの姿が見えた……俺はもう気がおかしくなったのかと……いまだに信じられねぇ。斬ってもしばらくすりゃ起き上がるし、でっかい袋に女子供を玩具のように次々と放り込んでいくんだ」

 トーマスさんが話してくれた内容は、地下に隠れていた一番年上のフレイと名乗った十六歳の女の子にアイナが聞いていた話と大体同じ内容だった。
 おっちゃんの作り話のようなその話に否定の言葉を上げるものは居ない。


「……みんなどう思う?」

「それって本当に人間なの? 魔獣だとか、魔族ってことは無いですか?」

 まだ体調があまり良く無いのか、疲れた顔をしているクルジュナが口を開いた。
 確かに聞いただけだと不死身のゾンビ軍団じゃないかと思ってしまう。

「アイリス、なにかの魔法か魔技って可能性あるかな?」

「……死者を動かす魔技という噂は聞いたことあるけれど……見たことも無いし、誰かの作り話の可能性の方が高いわ」

「やっぱり……幻術系なのかな……」

「幻術だと人は殺せないよ?」

「ほら、この間、俺がリーチェの魔技を使った時のこと覚えていない?」

「あっ――!」

「そうか……ああいう感じなら」

 リーチェが「あっ」と思い出し、アイリスもなるほどと納得したような顔で考え込む。
 リーチェの魔技『兎の幻想レプス・パンタシア』を俺が使ったときに現れたクルジュナの幻影は、ちゃんと実態を持っており本人の意思を反映して自ら動いていた様子だった。
 座長とアイリス、クルジュナ本人が話し合った結果そういう結論になったと聞いた。

「だがユキよ、あの魔技は持続時間の方はどうだ?」

 あの時使った魔技は数分で効果が消えたが、それはもう一度魔技を使えば問題ない。
 それに賊が同じ魔技を持っているとは限らない。
 自警団のおっちゃんが応戦して倒したという話から、例えば戦闘力は低いが持続時間が長いというような幻影系の魔技があってもおかしくはないだろう。

「でもそんなにポンポンと魔技を使い続けられるの?」

「確かに……リーチェとユキは『兎の幻想レプス・パンタシア』だと何回ぐらい使えるの?」

 アイリスが心配しているのは魔力量のことだが、俺ははっきり言って消費量はほとんどなかった記憶がある。
 だが街を覆うほどの幻影を出し続けられるのかと聞かれると、やったことがないので少し返答に悩む。

「私は例えば自分の幻影を作って動かすなら、一日に二回か三回が限界かなぁ……あれ使っている間、ずっと魔力が減り続けるんだよー」

 それでも三回ぐらい使えそうだというのは、自然回復する魔力分も含んでの計算だろう。

「だけどやっぱり現実的じゃないわね……いくら幻の部下を増やしたところで自分がやられたら全員を消えちゃうでしょ? 一度全員倒したそうじゃない?」

 アイリスが言うにはいくら魔力が高くても倒した側から復活させて、なおかつそれを街全体で実行するには無理がありすぎるというのだ。

「手が回らなくなるか、魔力がなくなるわ」

「それに女の人たちを拐ったっていう袋も気になるしね……」

「そんな魔具が大量にあってたまるかよ」

「そうね……ユキどうしたの? 黙りこくっちゃって」

 俺がみんなの話を聞きながらずっと考え込んでいたので、隣のアイリスに肘で突かれる。
 引っかかるというよりも、今出た話は俺が使える魔技だけで再現できそうな気がするのだ。

「ちょっと気になることが……」



 向かい側のシスターやトーマスさんたちはすでに置いてきぼりを食らっている様子だが、それでも俺たちの話はじっと聞いてくれていた。
 アイナは少し暇なのか、さっきから尻尾で俺の腰をさわさわと撫でている。
 正直こそばゆいから、真面目な話をしているときは遠慮してほしい。


「えっと、例えばなんだけどさ」

 ともかくはっきりしない部分はあるが、一度俺の考えたことを質問の意味も込めて皆に聞いてみることにした。

「俺が『兎の幻想レプス・パンタシア』でリーチェを出したら、そのリーチェは『兎の幻想レプス・パンタシア』を使えるの?」

「――っ!?」

「なるほど、その可能性は考えていなかったわ……」

「それって、つまりユキが自分の幻影を出してその幻影も自分の幻影を出して……って事?」

「そういう事」

「つまり悪意を持った誰かが幻影で自分を含めた十人の幻影を作り出し、そこの一人がまた同じことを繰り返す……と?」

 今俺が持っている知識だとその可能性が一番高い。というよりそれ以外だと本当に『殺すと分裂するゾンビ』としか考えられない。

「試してみましょうか」

「うん、それが早いかも」

 アイリスとクルジュナがそう言いながら、向かいに座っているシスターたちに俺とリーチェが使う魔技のことを説明してくれる。
 俺もこの考えに至ってからは、試してみたいと思っていたので全員が揃っているここでやってみることにした。



「じゃあ、やってみようか……リーチェちょっとこっち来てくれる?」

「はーい」

 席を立って俺とリーチェは聖堂の一番前、半分に折れた十字架の前へと移動する。

「私は普段どおりでいいの?」

「まずは普段どおりでいいかな。実験だし」

 座長とアイリスに聞いた説明だと、その人物の深層心理をそのまま行動に反映すると言っていた。
 頭でやりたい事を考えるだけでは無理かもしれないが、その辺りも含めて実験ということだ。


「じゃあ、行きますーー『兎の幻想レプス・パンタシア』!!」

 俺は意識を集中して自分自身の姿ととリーチェの姿を思い浮かべながら魔技を実行したのだった。
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