雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

041話-監視されてる?

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 ローシアの街を出発してから六日目の夜営。
 少しずつ標高が上がっているためか、夜から朝方が少し肌寒く感じるようになってきた。

 何もなければ今日の夕方にはアベントへと到着できそうだそうだ。

 この間に、冷蔵庫も無事完成して俺とアイリスで定期的に氷を作って肉や保存食を冷やしてある。
 この冷蔵庫、みんなにも好評で次のアベントの街に着いたら荷物を整理して大きなものを作ろうということになった。


「だって釣ったお魚もしばらく保存できるんだよね!」
「いつでも生肉が食べられる……こんな幸福なことはない……」
「サイラス……いつまでも保存できるわけじゃないからね?」

 だが品物によっては直接凍らせて入れておけばかなりの間保存はできるだろう。
 アイリスもかなりやる気満々で、馬車の一台を冷蔵馬車に改造しようと息巻いていた。


「ユキ……『思いは巡る~』のところってどんな感じだっけ?」
「えっと、エイミー?」
「うん、アイナそこはね~……」

 アイナとエイミーは俺が教えた歌をずっと練習している。
 二人とも歌詞の方はすぐに覚えてしまい、たまにこうやってメロディについて質問されることのほうが多い。

 二人の歌は正直想像していたより上手だった。
 何も意識していない時は、エイミーのゆったりとした歌い方で、アイナは力強い歌い方という真逆なのだが、二人で合わせるととてもいい感じになるのだ。

(顔も可愛いしアイドルで十分通じるよなぁ……)

 二人で歌を練習しているのを眺めながら、俺はリーチェたちと片付けをして寝る用意を始める。




「ユキ、最近どう? もう慣れた?」

 俺が木箱に食器をしまっていると、クルジュナがそんなことを聞いてくる。

「慣れた……かな。まだ判らないこともあるけれど、みんな優しいから。クルジュナもいつもありがとう」
「~~っ!?」

 あまり口数は多くないし、目つきが怖いクルジュナだがこうしてちょくちょく声をかけてくれることが多い。
 心優しいというのはわかっているのだが、もう少し仲良くしたい子筆頭のクルジュナ。

 質問されて俺が返事をすると顔を真っ赤にして逃げられるのだ。
 せっかくなのでもっとゆっくりと話ししてみたいと前々から思っていたのだけれど、中々その機会が訪れない。

「クルジュナ、教えてほしいことがあるんだけど」

 折角まわりやかましいのが居ないタイミングで話しかけられたので、俺から質問をして逃げられないようにしてみる作戦を使ってみることにした。

「なっ、なに……かな?」
「アベントの街で楽器とか売ってる店探したいんだけど、クルジュナ知ってたりしない?」

 ついでに何度も名前を呼んで親密度を上げてみる。

「楽器……アイナとエイミーの……歌で?」
「うん、ついでに演奏できる人も探したいんだけど、クルジュナはそういう人に心当たり無い?」

「わ、私はちょっと知らない……な」

 口を腕で隠しながら、少し後退りするクルジュナ。
 相変わらず耳まで真っ赤になっていて、視線がずっと泳ぎっぱなしだ。

(あ……これは逃げる前兆だ)
「クルジュナ、街に着いたら一緒に探してくれないかな……」

「えっ!? わ、私っ? アイナじゃ無いの?」
「アイナやエイミーばかりじゃなくて、みんなとも仲良くなりたいし、クルジュナお願い」

「――――っ、かっ、考え……ておくわっ」
「クルジュナと買い物行きたいな」
「――はっ、はぁっ!? わっ、わっ、わかったっ、わかったから近い……っ!!」

 流石にこれが限界のようだ。
 今にも倒れそうな感じでクルジュナは仕舞うべき木箱も置いたまま馬車へと逃げていってしまった。




「ユキよ、クルジュナを落とすのは大変だぞ?」

 クルジュナの背中を眺めていると、サイラスがニヤリと笑いながら肩をポンポンと叩いてくる。

「サイラス……そういうのじゃなくて」
「ふはは、わかっとるよ。だが側から見れば落とそうとしているようにしか見えんかったぞ」

 今となっては唯一の同性のサイラス。
 最近男同士の愚痴というか悩みを相談するのはもっぱらサイラスだった。


「アイナやエイミーもそうだが、ケレスにも仲良くしてやったほうがいいかもしれんぞ」
「ケレス? ケレスとは普通に話せる……けど」

 ケレスもアイナと同じようにパーソナルスペースが狭いというか、距離感がかなり近い。

「あれでも引きずるからなぁ……六日ほど前のアレをだいぶ引きずってるみたいだぞ」
「六日前のアレ……?」

「ケレスが発情してしまったやつだ」

サイラスが声を落としてこっそりと教えてくれる。

「そういえばそんなことあったけど、発情するとどうなるの?」
「そりゃユキの想像してる通りだ」

「ま、まぁ……そう言われても、俺にはどうしようもないし」
「肌を重ねてやればいいじゃないか」

 ニヤニヤと笑いながらこのおっさんは、なんてことを言うのだろうか。

「そ、それで後々ギスギスするから仲間には手は出さないよ」
「ふむ……嫌ではない……ということだな。ユキよ、知っているかどうか知らんがこの国は一夫多妻が多い。西の国では妻の数は平均して八人ぐらいだそうだぞ?」

 この手の話が俺に通じるとわかってからはサイラスはたまにこうやって男子校のようなテンションで話しかけてくる。

(座長じゃこういう話できなさそうだしなぁ……サイラスもストレス溜まってたのかな)



 それよりもこの世界は一夫多妻だという情報の方が気になった。

「一夫多妻って言い方するってことはそうじゃない国もあるんだよね?」
「そうだな、帝国はもともと一夫一妻だった」

「だった……?」

 サイラス曰く、ほとんどの国は男が戦争で亡くなることが多いから、どうしても一夫多妻が多くなるそうだ。
 帝国も大量に男が減り、数年前から一夫多妻に切り替わったそうだ。


「男の人は大変そうだね……」
「なに、幸せと苦労は紙一重だ。お前もそのうちわかるようになる」

 そう言ってサイラスは手にした巨大な肉塊を頬張るのを見て、俺も皿に載せたままの肉にかぶりつく。



「ユキ」
「リーチェ? どうしたの?」
「何か……多分人間だと思うんだけど、五、六人かも……遠くから私たちのこと監視しているみたい」

 馬車から調味料らしきものを持ってきたリーチェが自分の席に戻らず、俺の方へとやってくると神妙な顔で耳打ちしてきた。
 そのリーチェの言葉に心臓がドキリと高鳴る。

「もしかして……盗賊……とか?」

 こっちにきてからそういうのには遭遇したことがないのだが、前の街で道具屋の親父が気を付けろとか言っているのを思い出した。

「ほら、今サイラス以外は女の子ばかりじゃない?」
「……俺男なんだけど」
「……ちょっと怖い……かも」

 俺の反論は聞かなかったことになったのか、リーチェが自分の両耳を引っ張って耳を閉じる素振りを見せる。

(何あれかわいい……)

「サイラス」
「なんだ?」

「今まで盗賊に遭遇していたらどうしてたの?」
「数にもよるが、だいたいリーチェが見つけて座長が始末してたな」

 座長は瞬間移動の魔技が使えるし、今までは他のメンバーに気づかれないように始末していたという。
 アイナたちに見せたくないのではなく、彼女たちが出撃すると好戦的すぎて面倒だからだという理由だった。



「盗賊以外の可能性ってある?」
「こっちを伺っているなら安全のために俺たちに寄生する商人かもしれんが……まぁ、だいたいは盗賊で人買いだろうな」

「今までそういうことなかったんだけど、やっぱりあるのか」
「普通にあるぞ。この辺りは治安というか人があまり通らないしな」

 ともかく、リーチェが怖がっているし対処せざるを得ないだろう。
 俺なら座長と同じ瞬間移動が使えるし、攻撃系の魔技もいくつもある。

「サイラス、ちょっと相談が……」

 俺はリーチェにアイナたちと一緒に居てもらうように伝え、サイラスと少しだけ馬車から離れた。



「盗賊だったら殺してもいいの?」
「ユキ、まだ若いのになかなか染まってるじゃねぇか――盗賊は殺すのが通例だ。生かしておいて他のものを襲えば、見逃した俺たちが捕まっちまう」

 なかなか思っていたより厳しい決まりがあるようだ。
 こんな世界だしそれも致し方ないとも思うが、俺が人を殺すことに対してなにも感じなくなっている方に少し驚いた。

「そもそも、盗賊とそれ以外ってどこで判断するの?
「ん……? 雰囲気だろうかな……」

 よくわからないが、結局「それっぽいのを見つけたら殺しても可」というとんでもない通例のようだ。
 俺はもうあまり深く考えないようにしておく。

 仲間に害がありそうか、なさそうか。
 その判断で問題ないとサイラスにも言われた。

「じゃあ……ちょっと俺が行ってくるよ。みんなにはトイレにでも行ったって伝えておいて」

「おいおい、ユキ一人は流石に」
「大丈夫。危なくなったら座長の魔技で逃げるから」

「違う違う。ユキ一人で行かせたと知られたら、俺がクルジュナやケレスに半殺しにされちまう」

 サイラスが苦笑しながら「自分でみんなに伝えろ」というので俺は仕方なく全員を焚き火に集めて事情を説明することにした。

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