雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

037話-尋問そして出発

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 アイナと二人で宿屋へと戻り、地下へと降りる。
 俺たちが借りていたその地下室はシーツが敷かれたままだったが、あらかたの道具類は既に整理完了しており何人かが買い出しに出かけていた。

 しかもいつも居残り組のエイミーの姿まで珍しく見えない。

「あれ? リーチェ、エイミーは?」
「ケレスと一緒に買い出し行ったよー」
「そうなんだ……あ、そうか……!」

 リーチェを見て一つ思いついたことがある。
 先ほどの男、情報を書かれた文字が読めなかったけれどもう一つ情報を知る手段があった。



「ユキどうしたの?」
「リーチェの魔技でさっきの男の幻影を出したらどうかな? 本人の心情を反映してるって話だし」

「う~ん……でも私たちのこと殺しに襲いかかってきたらどうする?」

「それもそうか。でも顔を覚えているうちに試してみたいんだけど……あっ、そうか、良い方法がある」
「ユキ何するの?」

 リーチェの隣へクルジュナが物珍しそうに寄ってくる。
 今までは遠巻きに話を聞いているだけだったのに珍しい。

 アイナ、リーチェ、クルジュナ、アイリス。
 ハンナとヘレスも集まってきてくれた。



「さっき、通りで男に襲われ……いや、なんだろう」

 どちらかといえばアイナが襲い掛かった形だったが、不審な男には違いないので、ざっとあらましを説明する。

「それでリーチェの魔技でさっきの男を出してみようと思って……でも危ないかもしれないから、もう一つ魔技を使って危険の無いようにしようかなって」
「へー……そんな事出来るようになったんだぁ」

 俺はみんなから少し離れ、壁の方を向いて手帳を出現させる。

「よし……『兎の幻想レプス・パンタシア』」

 俺のイメージが光の粒子となり壁際の一点に集まり始め、やがて人型を形成していく。
 それは徐々に男の姿となると、スゥッと目を開きどこからともなく短剣を取り出して今にも襲い掛かってきそうなポーズをとった。

「やっぱり襲い掛かられるかな……――『愛 のリーベ・ 虜グファン』!」

 アウスと言っていた男の幻が動き出す前に、グノワール伯爵から奪った相手を虜にする事ができる魔技を使った。
 すぐに俺の身体からラベンダーのような香りが立ち込めると、アウスの幻は短剣を持ったままビシッと気をつけの姿勢を取った。

「よしっ、これで大丈夫なはず――あれっ?」

 成功したのを確認してみんなを振り返ると、背後から抱きついてくるアイナとリーチェ。
 ついでに足にクルジュナが抱きついてくる。
 アイリスとヘレス、ハンナは少し離れたところで気をつけの姿勢で動かなくなった。

「うわっ、ちょっ、みんな何を…………あっ、やっべ……」

 そこでやっと伯爵の魔技について『匂いで周りにいる人物を虜にする』と言っていたことを思い出した。

「やばい……全員掛かっちゃった……えぇっと、どうやって解くんだこれっ……」

「ふふっ、ユキ……何すれば良い? 何してほしい?」
「ユキぃ~気持ちよくしてあげよっかぁ~」

 アイナとリーチェが妖艶な笑みを浮かべながら背中に身体を押し付けてくる。

「ご主人様……どうか、ご命令を……私なんでもします……だから捨てないで……」

 クルジュナは何故か足に縋り付きながら涙を零し始めた。



「ちょ……クルジュナ……ええっと、魔技の解除は……」

 俺はグノワールの言葉を改めて必死に思い出す。

『離れていても1日は……近くにいる限り継続します』

(そうだ……持続性の話しか聞いていなかった……!)

 とりあえず目的だけ達成しようと立ったまま動かないアウスに質問する事にした。

「えっと、アイナ、リーチェ、クルジュナ、ちょっと座って待ってて」

「はい、わかりましたー」
「はーい」
「……かしこまりました」

 三人にお願いすると、全員ちゃんと言うことを聞いて床にペタンと座ってくれた。
 だが三人ともキラキラを目を輝かせているままだ。

「えっと、君の名前と所属、あと目的を教えて」
「アウス。王国軍第一特殊部隊隊長。目的は『嘆きの星』を倒すことです」

「『嘆きの星』を倒す理由は?」
「戦争の時に受けた、部隊全滅の恨みを晴らしたいです」

 アウス(幻)に何度か質問をぶつけていると、戦争の時に座長たちの部隊に全滅させられて再戦を希望しているらしい。
 恨みというよりも鍛えてきたから再戦を希望しているような感じだった。


「正々堂々とくれば良いのに……あ、消えた」

 その時『兎の幻想レプス・パンタシア』の効果が切れたのが、アウスの幻が光の粒子となって消え去った。

「んー悪いやつじゃないというか、クソ真面目すぎるというか……」

 座長が言うように俺が『兎の幻想レプス・パンタシア』を使った場合、本人の深層意識を反映しているというのが真実なら先ほど聞いたことは真実なのだろう。
 その上で、言葉の端々からは悪人だと言うイメージは受けなかった。


「まぁ、次来た時に考えようかアイナ」
「はーい」

 振り返れば未だ全員が並んで正座していた。
 クルジュナなんて背筋をピンと伸ばし「ビシッ」という擬音が聞こえてきそうなほどの行儀よさだった。

「俺が離れれば効果はなくなるって言ってたけど……あの鎖の魔技と同じならもう一度使えば効果がなくなるかな……」

 場合によってはさらにひどいことになるかもしれない。
 けれど、この状況でエイミーたちが帰ってくると輪をかけて面倒くさいことになるので、再使用でキャンセルできることに賭けよう。



「……一か八か――『愛 のリーベ・ 虜グファン』!」

 改めてグノワール伯爵の魔技を使うと、部屋に漂っていたラベンダーのような香りがスーッと消え去った。

「……こ、これで治ったかな……アイナ、リーチェ……クルジュナ……大丈夫?」

「…………」
「……むー」

 三人に話しかけるとアイナが珍しく顔を真赤にして目を逸らし、リーチェが頬をぷくっと膨らませる。
 クルジュナはすごく良い姿勢のまま、すごくアレな視線を向けてくる。

 どうやら無事に魔技の効果は切れたようなのだが、ある意味さっきより危険な状態になってしまった気がした。


――――――――――――――――――――

 アイナとリーチェ、クルジュナへ必死に言い訳しつつ事なきを経た翌日――。

 その日は朝から生憎の雨だった。
 パラパラと振り続ける雨だが、傘をさすほどでもない微妙な降り方だ。

(こっちにきて初めて雨だな……)

 俺たちは服の上に皮のポンチョのようなものを着込んで、宿の前に止めた馬車にそれぞれ分かれて乗り込む。
 先頭の馬車に乗り込んだ俺の隣にはエイミーが座ってくれて、屋根の上にはアイナ。

 残りの馬車にはサイラス、リーチェ、アイリス、ハンナにヘレスが続く。
 間の馬車は無人で前の馬車について歩いてくれる。
 一番後ろの馬車にはクルジュナが座る。

「じゃあ出発しまーす」
「出発!」

 俺が声をかけると後ろの御者台に座ったサイラスが復唱して、声が後ろへと続く。
 俺はエイミーの隣で操縦を見ながら色々とコツを教えてもらう。

「この子は結構気まぐれなの。でも機嫌が悪くなればナデナデしてあげるとすぐにご機嫌になるんだよー」

 エイミーがそれぞれの馬の性格を嬉しそうに教えてくれる。

「こっちの子はちょっと怖がりなの。そして最後にこの子はユキと言って、しっかりしてるのか抜けているのかよくわからないけどとても良い子」

 最後に俺の頭をナデナデしながらそんなことを言われる。

(……こ、これはボケてるのか)



「……ユ、ユキ……何か言ってよぉ」
「えっと、あ、ありがとう……?」

「エイミー、最近変わったよねー」
「アイナ……そっかなぁ……いつも通りだと思うんだけど」

 アイナが馬車の屋根の上からエイミーを揶揄うようなことを言うが、エイミーは真面目な顔で唇に指を当てて考え込む。


「感情が豊かになったっていうか……恋する乙女?」
「なっ、アっ、アイナ……そ、そんなこと……あ、あ、あるわけない……よ……お、弟! そ、そう弟が出来たみたいだから」

 エイミーが手綱を持ったまま両手をブンブンと振る。

「え、エイミー、前っ、前向いて!」
「わっ、きゃっ、止まってっ、そっちじゃないよーっ!」

 道脇の露店への直撃コースに入りそうだった馬をなんとかコントロールして前をむかせるエイミー。

「はぁ……もうっ、アイナが揶揄うからぁー」
「あははっ、ごめんごめん」



 エイミーはリーチェとも仲はいいのだが、アイナとは特に仲が良い感じがする。
 アイナは戦争のときに同じチームだったと座長に聞いているのだが、エイミーはどうやってこの『荒野の星』へ入ったのかは知らない。

 みんな色々と事情があるようなので、あまり踏み込めないし、必要なら教えてくれるだろうと、俺もあえて聞かないでいる。



「あ、ほら、ユキ、街の出口よ」

 馬車がゆっくりと歩く大通りの先に、この街に来た時と同じような石の門が見えてきた。
 入ったのとは逆の方向にある出入り口。

(来た時はアイリスのスカートに隠れていたしなぁ……)

 実際何を聞かれるのかも覚えていないが身分証があれば問題ないとエイミーに聞いた。



「はい、止まってください。後ろは同じですか?」
「はい、後ろの馬車も仲間です」

「では身分証を」

 門の中へと差し掛かると、兵士が5人立っており馬車を停止させると、低い物腰で身分証を求めてきたので、座長が用意してくれたという身分証を提示する。

「『荒野の星』の皆さんですね! 公演見せてもらいましたよ!」

 それまで真面目そうにしていた兵士が、俺の身分証を片手に興奮気味に公演を見たと話してくれる。
 後ろの馬車には他の兵士たちが手分けして身分証を確認に回っているようだ。

「舞台の進行してた子だよね! いやー若いのに凄かったよ!」
「あっ、ありがとうございます」

 テンションの高さに若干ひきつつ、無事に書類の確認が終わるのを待つ。
 すると、「確認おわったよ」と身分証を返され、併せて『申送書』というのを渡された。

「これがあれば、街に入る時の審査が楽になるのよ」

 エイミーが「いつも貰っているのよ」と教えてくれた。
 これがないと次の街に入るときに身分証の照会から入る目的の確認、書類へのサインとやたらと面倒な手続きが必要になるらしい。


「班長! 確認完了しました!」
「了解! では皆さん、お気をつけて! またこの街にも来てくれることを期待してます」

「はい! ありがとうございました!」


 兵士の皆さんに見送られ俺たちは小雨の降る中、街を出て丘を縫うように伸びる街道をゆっくり北へと向かい進み始めた。

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