雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

031話-最後の依頼

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 ホテルのロビーに置かれていた丸太を切ったようなベンチに座長と二人で横並びで座る。

「ユキ、君なら出来るのではないか?」
「……でも大道芸なんて……先日見たのが初めてですよ」

「なぁに、私だって右も左も分からない所から始めたのだ。それに芸を魅せるという意味ではユキも少しは経験があるのだろう?」



 確かに俺は先日まで売り出したばかりのアイドルのステージを企画したりしていた。
 その前に担当していたグループはそれなりに人気も出て、今ではうちの看板にまで駆け上がっている。



「……わかりました。俺にどこまで出来るかわかりませんがやってみます。あ、あと座長が依頼を受けた最後の仕事っていうのは?」

 昨日聞いた話では国王から二つの依頼を受けたと言っていた。
 そのうちの一つがグノワールの暗殺だということだが、もう一つの依頼とやらを聞いていない。

 流石に誰かを暗殺しろなんて言われても俺にはできない相談だ。




「もう一つはね……この国の人々を笑顔にしてくれというものだ」
「人々を……笑顔に……?」
「そう…………」

 座長は腕を組んで目を瞑ると、この依頼受けたときのことを語り出した。
 前提としてこの王国と帝国の十年の戦争というものがある。

 元々は些細なすれ違いから王国が帝国にイチャモンをつけ、戦争へと発展したそうだ。

 座長はその時、スパイとして王国に潜入し情報収集をする部隊を率いてたというのは、先日聞いたばかりだった。

 そしてその戦争の最後は、王国の兵が謀反を起こすという呆気ないものだったと座長は言う。



「わたしはね、この国に潜入し戦争の被害を受けた民衆を目の当たりにし、一刻も早く戦いを終わらせようと二重スパイのようなことをしていたのだよ」

「帝国の情報を渡していたと言うことですか?」
「そうだ。皇帝と次期国王との間で、双方の腐敗の原因を潰して回っていたのだ」

 座長が懐から少しくすんだ色のメダルを二枚取り出し掌に載せる。
 片方は鷹か鷲のような彫刻が彫られており、もう片方は竜のような紋章が彫られていた。

「腐敗の一番の原因だった前国王は表向きは行方不明となり、私はそのままこの国に残ったと言うわけだ」

「アイナたちは……その、帰らないんですか?」

「彼女らの故郷は戦争で失われているんだ。それにこの国に残ってみんなを元気付けたいと言い出したのはアイナとクルジュナなんだよ」

 戦争は終わったが一番被害を受けた民衆の心を少しでも癒したいと言い出したそうだ。

 そして表向きは身寄りのないものを世話する孤児院の経営と旅芸人一座。
 裏向きは国内に未だに蔓延る腐った根を刈り取ること。



「目立った仕事は今回が最後で、この街に来る途中に君を見つけたと言うわけだ」
「じゃあ後は……この国の人たちを笑顔に……っていう依頼だけですか」

 だがそれはいつまで続ける必要のある依頼なのだろうか。
 座長に視線をやると、苦笑いをしながら手の中のコインをチャリチャリと転がす。

「人々が……というより、「荒野の星」の面々が満足するまで……と言ってもいいかもしれない」


 座長の言葉をそのまま飲み込むのなら、この旅は自己満足の偽善だと言うことのようだ。
 国王からの「人々を笑顔に」という依頼内容には「荒野の星」のメンバーも含まれていると言った方が正しいのかもしれない。




「それで、座長はどうするんですか?」
「先ほども言った通り、一度国に戻り皇帝から情報を手に入れてこようと思う」

 興行などは全員で、交渉ごとはアイリス、旅の計画や食料についてはリーチェに任せてきたので問題ないという。



「それこそ、俺が責任者になる必要はないのではないですか?」
「君もわかっているはずだが、リーダーは必要だ。心の支え、楔、色々と役割はあるし他のメンバーには少々重い」

「…………わかりました」



 そう言って座長は古びた巻物のようなものを渡してくる。
 手に取ってみると羊皮紙で出来ているようで、何度も開いたような痕がついている。

「この一座の運営書みたいなものだ……参考になるかわからないが」
「ありがとうございます、後で読みますね」

「ちなみに、別に大道芸である必要はない。君の得意な分野の……なんといったか……歌と踊りでも構わないよ。エイミーなんかは歌がとてもうまいし、アイナもああ見えて踊りも得意なんだ」

 座長はそう言って立ち上がると俺の方をポンと叩くと「買い物してくるよ」と一人宿から出て行ったのだった。

――――――――――――――――――――

「ユキおかえりー! あれ? 座長は?
「えっと、座長は買い物に出かけるって」

 地下の部屋へと戻るとエイミーとアイナが出迎えてくれて、他のメンバーもぐったりと寝転んでいたり荷物の片付などをしながら時間つぶしをしているようだった。

「それで、どうなったの?」


 アイナが後ろで手を組んで尻尾を揺らしながら近づいてくる。
 スンスンと鼻を鳴らしながら首元に顔を近づけてくる姿は、やっぱり猫みたいだなと思ってしまう。



「それは……えっと、座長が戻ってきてから話すよ」

 一座のこれからに関しての重大な話だ。
 座長はそこまで深刻そうではなかったが、俺にとってはそうも言ってられない。

 部長が交代するようなイメージだ。流石に今後の指針や方針ぐらいは座長の口から共有してもらうべきだろう。


「じゃぁさ、お腹すいたからご飯買いに行こうかなって話してたんだけど、ユキも行く?」
「いいけど、みんなで行く感じ?」

「エイミーとリーチェと三人かなぁ。あとはお片付けと、休憩って感じかなぁ。アイリスとか魔力の使いすぎで干からびそうだし」

 部屋を見回すと道具箱を整理しているクルジュナと、なぜかハンナに膝枕をされているアイリスが目に入った。



 アイリスの隣ではヘレスも一緒になって寝てしまっている。
 ケレスは時折、折れてしまった片角に手を触れながら剣やナイフを磨いていた。

(あの角……俺がアイナを治したのが回復魔法なんだったら治せるはず)

 アイリスが眠っているので聞ける相手が居ないが、時折見せる寂しそうな顔を見てると早く治してあげたいと思ってしまう。

「……ごめん、俺も居残りでいい?」
「そっか、さすがにユキも疲れちゃったかぁ……ちっちゃいのにがんばたったもんね」

「あーうん、ちょっと休みたいなぁって」
「じゃ、エイミーとリーチェ連れて行ってくるね。何か欲しいものとかある?」

 欲しいものは色々ありすぎるが、どういうものなら手に入るのか、まだ知らないことの方が多すぎるのでアイナの申し出は断って、今度一人でゆっくり街を見て回ろうと思った。
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