雪の都に華が咲く

八万岬 海

文字の大きさ
上 下
25 / 92
02-Verse

025話-急転直下

しおりを挟む
 一体どれだけ寝たんだと思い飛び起きると、俺の背後にはまだエイミーが寝そべっており、部屋を見回すと全員が部屋に勢ぞろいしたままだった。

「――っ!?」
「ユキ……本当に五分で目が覚めるなんて……大丈夫?」

 どうやら本当に直ぐ起きてしまったらしい。
 アイナと座長はそれぞれベッドの上で寝息を立てており、アイリスも俺の反対側のベッドに横たわり眠っているようだった。



「……エイミー……なにがあったの?」
「…………えっ……と……ね」

 エイミーが何かを言おうとして口を開いては噤む。
 言うべきか言わざるべきか、決心がつかないような態度だった。



「わたしから……説明するよ」

「座長! ダメですよ寝ていないと」
「ケレス、大丈夫だ。それにユキには伝えておかないと」

 眠っていたはずの座長がいつの間にか目を覚ましていた。
 上半身だけを起き上がらせた座長だが、その顔色は今にも倒れそうな青白さだった。


「座長……」
「ユキ……君なら理解してくれると思うので端的に説明する。リーチェ、付近は大丈夫かい?」

「宿の人が……下の階に二人にいるけれど……他は大丈夫。外にも気配なし」

 リーチェが耳をピクピクさせて辺りの音を伺うような素振りをする。


「ケレス」
「上空オッケー。魔力反応――ありません」

「ユキ、我々は旅をしている芸人一座だ。そこは間違いない」
「はい……」


「だが、一方でとある方からの依頼を遂行しているのだ」
「…………」


 時折苦しそうな顔をしながらゆっくりと話をし始める座長。
 俺は一言も聞き逃すまいと聞きたいことを堪えて、じっと座長の話に耳を傾ける。

「そっちの仕事はもう足を洗ったのだが、どうしてもと二件だけ頼まれてね。今日そのうち一件を片付けに向かったのだが、不意を打たれこのザマだ」

 座長はそこまで一気に話してから、深いため息をついた。

「……質問しても良いですか?」
「いいよ……」

 座長は首を動かさず視線だけを向けてくる。
 おそらくこの後の俺からの質問も予想しているであろう表情だった。




「誰の依頼で何をしてたんですか?」
「……この国の国王だ。内容は……裏で良くないことに手を染めた犯罪者の暗殺――」

 暗殺――。
 その言葉に背筋がぞくっとする。

 だが、いくつか気になっていたことが、それを聞いて納得してしまった自分がいた。



 ただの旅芸人一座にしては、座長もアイナも運動能力が高すぎるのだ。
 座長の目にも止まらない剣技。
 アイナの身体強化を使った体技。
 ケレスはよくわからないが、クルジュナの弓の腕と魔技はどちらも遠距離からの恐ろしいほどの精密射撃。

 最初この世界はみんなこうなのかと思っていたが、そうではないとこの街に来てからなんとなく察していた。




「全員ですか?」
「アイナ、クルジュナ、ケレスは戦争時代からの仲間だ。あとはサポート役だ」

 つまり、今回の不思議な部屋割りはそう言うことなのだった。
 今夜、その仕事があるため実行部隊だけ別の部屋にしたと言うわけだ。

「良くないことをしているというのは一体……」
「今回の標的――グノワール伯爵は、身寄りのない子供を使って怪しげな実験を繰り返しているのだ。死体は見つかっていないが……」

 死体――。
 つまり子どもたちが死ぬ前提で何らかの実験をしている。

「ユキ」
「はい」

 座長が改めて小さな声で俺の名前を呼ぶ。



「本来なら君には知らせることなく、すべての仕事を終わらせるつもりだったのだが……すまない」
「…………」
「いままで共に旅をしてくれて楽しかった」

 座長がベッドの上で軽く頭を下げて目を伏せる。
 その言葉は温泉で掛けられたものとは真逆の言葉だった。

「ユキ……君は直ぐに街を出るべきだ。我々とは一緒にいるべきではない」



 改めて俺の目を見据えながらはっきりと告げる座長。
 俺もそう言われるのだろうかと予測はしていたが、座長のその申し訳無さに溢れた言葉に胸が痛む。



 部屋の中に沈黙が訪れる。
 誰も言葉を発しないまま俯いており、ランプの炎が芯を燃やすジジッという音が妙に大きく聞こえた。



「それは……俺を巻き込まないためですか?」
「当然だ。だが……もし我がままを聞いてもらえるなら、エイミーとハンナ、へレスの事を任せてもいいだろうか」

 三人を連れてこの街から逃げろという座長。

「座長は……残りのみんなはどうするんですか?」
「我々『嘆きの星』には引き返すという選択肢はないのだ。この街の領主だけは葬らなければいけない」


 『嘆きの星』というのはコードネームのようなものだろうか。
 瞳の奥にはっきりとした意志を宿した座長。



 俺は……座長のお願いを聞いて逃げるべきなのか。

 いや――。




「座長……先ほどの話、お断りいたします」

 俺ははっきりと座長の目を見てそう告げた。
 一人でこの街を出るのも、三人を連れてこの街を出るのもお断りだ。



「ユキ……」
「ユキ、ダメだよ」

 俺がこの世界に来た原因はわからない。
 だけど、この人たちに救ってもらった恩義がある事実は変わらない。



(……いや、恩義なんてただの言い訳だな)

 俺はただ座長とアイナを傷つけた奴のことを許せないだけだ。

 アイナの手が徐々に冷たくなっていく感触がまだ掌に残っている。
 あのとき、初めて身近な人が死んでしまうと思い、目の前が真っ暗になった。


 これが絶望かと思った。
 だが、それ以上に座長とアイナをこんな目に合わせた奴のことを殺してやりたいほど憎んだ。



 座長やみんながどういう気持ちでこの仕事をしていたのかは判らない。
 部外者で居させてくれた座長の気持ちはありがたいが、この気持ちだけは譲れなかった。




「俺を受け入れてくれたみんなには感謝しかありません。俺には戦いの経験もないし、みんながどういう想いでこの仕事をしているのかはまだ知りません」


 俺はベッドから降りて、座長の正面に立ち改めて目を見てはっきりと言葉にする。


「一緒に戦いますなんて無責任に偉そうなことは言いません。だから……だから、俺ができることを手伝わせてください」



 そして改めて座長に頭を下げた。
 座長は口をつぐみ、俯いたまま何も言わない。

 誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。

「…………ユキ……だが……」
「やれやれ、泣ける話だねぇ~」
「――っ!?」

 座長がやっと口を開きかけた時、俺たちしか居ない室内に突如若い男の声が響いたのだった。




「なっ――感知には誰も――あぁぁっっ!!」

 驚愕の声を上げるケレスが、突然現れた赤黒い鎖のようなものでぐるぐる巻きに縛り上げられ、あっさり床に倒された。


「っっ!?」
「きゃぁっ!」
「ハンナ、ヘレス逃げ――」
「ユキっ!」

 そして次々に同じような鎖が空中から現れてはアイリス、エイミーと次々に束縛していく。

「おや? これはこれは……ネズミの匂いを追って来てみれば……有名な『荒野の星』の皆さんじゃないですか」

 全員が鎖で簀巻きにされ、扉からローブを頭からかぶった男が入ってきた。

「ふむ……あいつ間違えた……? いや、そこの女……やはりお前たちで合ってるな」

 一人でぶつくさと言いながら俺たちの顔を確認して回る男。
 頭からかぶられたフードの奥の顔は見えないが、声からして若そうな男だった。

「まぁいいか……とりあえず全員連れて行くかぁ……めんどいなぁ……。あぁ宿屋はチェックアウトしておいてあげるからね」

 男がそう言って指をぱちんと鳴らした瞬間、体を締めて付けていた鎖がぎゅっと締まり、一瞬で目の前が真っ暗になったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない

AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。 かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。 俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。 *書籍化に際してタイトルを変更いたしました!

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

処理中です...