雪の都に華が咲く

八万岬 海

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02-Verse

023話-お風呂回。ただし

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 この街、ローシアの東地区にあるという温泉。
 そこは想像していたほど広くなかったのだが、他の人の姿はまばらだった。

 座長に尋ねると、この街の人はお風呂は朝に入る人が多いらしい。
 そのため夕暮れをすぎて深夜まで温泉は営業しているそうなのだが、入る人は殆どいないそうだ。


「ほぼ俺たちだけなんですね……」
「ははっ、空いていていいじゃいか」


 入り口のカウンターで立っていたのは狐のような耳のお姉さん。
 座長が全員分のお金を払い、俺は座長とサイラスの後について男湯の方へと向かう。

「あっ、ちょっとお客さん!」
「……なんでしょうか?」

「女性はこちらでお願いします」
「………………」


「あははっっっ!」 
「ふふっ、ほらユキ仕方ないよ、おいで。一緒に入ろ?」
「じゃ、ユキもらっていくね座長」

 アイナとエイミー、ケレスが腕を引っ張ってくるのに抵抗しながらカウンターの狐耳のお姉さんに伝える。

「すいません、男です…………」
「………………嘘はダメですよ。うちは混浴じゃないので」

「あははは! ほらもう諦めなって!」

「いやいやいや、どう頑張っても男ですから……」
「じゃあちょっとカウンターのこちらへ来てください」


 嫌な予感がしつつも、このままではラチが開かない。
 とりあえずもう一度説明しようと、俺は受付さんの言うとおりにカウンターの向こう側へと入ったのだった。


――――――――――――――――――――

「……髪切ろう」
「それもいいかもしれないね」

 脱衣所で服を脱ぎながら前髪をいじる。
 あの後、狐耳の受付さんにズボンを引っ張られ、がっつり見られてしまった。

 結局は受付さんが平謝りしてきて、俺はアイナたちに捕まる前に無事に男湯へと逃げ込んだのだった。



「ほら、ユキ行くよ」
「あ、はーい」

 俺は脱いだ服を棚に仕舞い、座長とサイラスに続きお風呂場へと向かう。
 ガラス戸で仕切られた風呂場はまぁまぁのサイズで湯船は十人ぐらいは入れるだろうか。

(サイラスが入ると残り五人ぐらいになりそうだけど……)

 俺たちはまず洗い場で、頭から足の先までしっかりと汚れを落とす。



『えー、そんなに?』
『ふふん、私だってまだ成長期なんだから』

 背後の壁の向こう側からアイナやリーチェの話し声が聞こえてくる。
 よく見ると男湯と女湯の仕切りの壁は銭湯のように天井付近までしかなく話し声が丸聞こえだった。


(……アイナたち静かに入っててくれるといいんだけど)

 俺は急いで身体を流し頭を洗うと、湯船にゆっくりと浸かった。






「はぁぁぁ~……お風呂久しぶりだぁ……気持ちいい……」
「前まではそんなに入ってたのかい?」
「そうですね……忙しくて入れない時もありましたけど、毎日風呂だけは」

 座長とサイラスが並んで座っていた隣に、俺も座り足をぐっと伸ばす。
 この温泉、疲労回復と傷の治りがよくなるというものらしい。


「なるほどね。旅をしているとお風呂はどうしてもね」
「ですよね。でも旅は旅でお風呂以上に楽しいこともいっぱい有りました。まだ物珍しだけかもしれませんが」

「ユキは、これからどうするつもりだ? 私としてはこれからも共に旅ができたら嬉しいのだが」
「そう……ですね。まだ何も見えないので、暫くは一緒に居させてください」

「ふふ、ぜひよろしく頼む。一緒に盛り上げてくれると私も助かるよ」

 せっかくなので、俺からも気になっていたことを質問してみることにした。

「座長は……この先、一座はどうする予定なんですか?」
「どうする……とは?」
「もっと盛り上げたいとか、今の規模で素朴に続けたいとか……方向性というか」

 俺は湯船からお湯をすくい顔にバシャっとかける。
 座長は頭に乗せたタオルで顔を拭きながら少し考え込み始めた。



「……そうだな。みんなのことを考えるともっと有名になって、行く先々で歓迎されるような一座になれば……もっと生活も豊かに……させてやれるかなとは思っている」

 座長が湯面し視線を落としながらポツリポツリと話してくれるのだが、少し言葉を選んでいる気がする。

 もしかして半分本心で半分は違うのだろうか。
 でも、たとえ半分であっても俺が座長たちに助けられて今ここでいる事実は変わらない。



「俺で手伝えることが有れば女装以外なら頑張るんで!」
「ふふっ、そうだな、よろしく頼む」

 座長が手を伸ばしてきたので、俺もその手を握り返す。
 少し皺が刻まれた座長の手は見た目によらない力強かった。



「お話終わったぁ~?」
「えっ!?」

 突然上方から降ってきたアイナの声に驚いて振り返ると、女湯との仕切り壁の上に上半身を乗り出していたアイナと目が合う。



「あ、アイナ……何してるの」
「えっと、覗き?」

 胸元と頭にタオルを巻いたアイナの隣に、羊のようなツノがぴょこんとはみ出ているのが見えた。
 どう見てももう一人覗き魔がいる。

「……ケレスまで何やってんの……」
「あははっ、バレちゃった」

 俺が声をかけるとアイナの隣からヌッと顔を出すケレス。
 二人の背後からはエイミーとリーチェの騒ぎ越えが聞こえる。



「それどうやって飛び乗ったんだ?」

 三メートル近くもある壁の上から顔を出す二人。
 アイナはまだわかるがケレスはどうやってぶら下がってるんだろうか。


「えー……気になるなら見においで?」
「行けるわけないだろ!」
「そんなこと言って、興味津々なくせにぃ~今なら私たちしかいないから来てもいいよ?」

 相変わらずアイナとケレスは貞操観念というか、女性としての恥じらいというものがどうなっているのか一度問いただしたくなる。



「はっはっはっ、ユキよ、アイナもケレスもああ見えて押しには弱いぞ」

 湯船に浸かりじっと目を閉じていたサイラスがそんなことを耳打ちしてくる。



「押しに弱いって……?」
「案外『じゃあ今から行くよ』とでも言えば恥ずかしがって引っ込むかもしれんぞ」

「それで引っ込まなかったら?」
「その時は諦めて向こうに入ればいい。今の年頃だけの特権だぞ?」

 ニヤリと笑うサイラス。
 怖い顔なのに相変わらずいい顔で笑う。
 だが、俺の歳を知っている座長は苦笑いをしていた。

「それはまたの機会に……ほら、アイナもケレスもそろそろ出ないと湯当たりするよ」
「はぁ~い……今度は一緒に入ろうね!」


 アイナがブンブンと手を振りながら女湯の方へと消えていくのを見届け、俺も湯当たりする前に上がることにした。
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