雪の都に華が咲く

八万岬 海

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02-Verse

017話-おひらき!

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「ねーアイナ、そろそろ変わってよぉ」
「えーケレスがスリスリすると、角がユキに刺さっちゃうじゃーん」

「アイナ……ケレスも暑いから……その少し離れて……」

「えー」
「ぶーユキの意地悪」


「ユキぃ……? さっきから随分とアイナと仲がいいのね?」

 二人がぶーぶー言いながら席に戻ったと思ったら今度はエイミーに絡まれた。

「エイミー……耳真っ赤だよ……飲み過ぎじゃない?」
「そんなことないわよぉ~ふふっ、ユキったら不思議なこと言うのね~」



 にへらっと笑ったエイミーだが、目尻だけでなく耳までだらしなく下がっている。

「ねぇ……エイミーがえっちだよ……クルジュナ、助けなくていいの?」
「な、なんで私にふるのよリーチェ……」

「だって、森人エルフって発情したら耳がすっごい垂れるって言うじゃない?」

(まじかよ……初耳なんだけど)

「えー、聞いたことないんだけど」


「そりゃぁ、クルジュナはねぇ? 純情そうだし。いいの? エイミーって意外に大胆だからユキなんてパクッとやられちゃうよ?」
「えっ? え? リーチェそれどう言う意味?」

 二人ともなんという会話をしてるんだ……丸聞こえなのだが、藪蛇も嫌なので聞こえないフリをしておくことにする。



「意味も何もそのままの意味だけど~?」
「え……っと、ごめん本気でわからない……」

 リーチェの耳がピョコンと立って、クルジュナに顔を近づけてごにょごにょと耳打ちをしはじめた。

 「……でね? だから……をね? ……にね? すると……男の子は……だから……って事なんだけど……クルジュナは…………よね?」

(リーチェ……クルジュナが既に白目向いてるからそのへんで止めて……)

 俺は色々と聞こえないことにして、小皿に残っていたお肉を頬張りビールで流し込む。
 そして妙に静かになった店内を見回すと、店員さんが二人でフロアを掃除しながらおしゃべりをしていたのが見えた。



(ここ閉店時間ないのかなぁ……)

 誰も帰ろうとせず、店員さんも追い出そうとしないし店内の明かりは煌々と灯されたままだ。

「あの店員さんも……エルフ?」

 長い髪で見えないが、背の低い店員さんの耳の先が髪の間から飛び出ているのが見えた。

「ユキってば、森人エルフさんが好きなの~……?」
「あっ……」

 しまったことに口から出ていたらしい。
 エイミーが俺の頬をムニっと掴み、頬をぷくっと膨らませる。


「あ、そう言うわけじゃなくて、エイミーと同じかな? って思っただけで」
「ふーん……」

 そう言ってエイミーが店員さんをジッと見つめて、俺の肩に頭を乗せる。

「ユキ? あの子は森人族エルフで、私とは違うよ?」


「あれっ? エイミーもエルフなんじゃないの?」
「そ、そりゃ、見た目は似ているけれど……」


「ユキ、エイミーは森人族ハイエルフだよ」
「ハイエルフ……」
「そうだよ~森人族ハイエルフなんだよぉ~ふふっ、びっくりした? 尊敬していいのよ?」

 ピンと伸ばした人差し指で俺の胸元をグリグリと「の」の字を描くように動かす。
 耳がたまにピクンと跳ねるのが可愛い。


 森人族ハイエルフ森人族エルフは、基本的に同じだとされており区別はされていない。

だが、種族としての特性は実は全く違うため、当人たちの中では森人族ハイエルフ森人族エルフと呼び方で区別しているそうだ。

 森人族エルフは他の人間や亜人と同じような生活形態だが、森人族ハイエルフはそれに加えて木々からエネルギーを得ることができるらしい。

 それは精霊に近い特性で、森人族ハイエルフは人間よりも精霊に近いのだと座長が教えてくれた。



「ふふ。それよりもユキ、随分とエイミーが懐いているようだね」
「そ、それは多分、弟扱いされてるんじゃ……」

 エイミーに同意を求めようと思ったのだが、エイミーは俺の腕にもたれかかったまま寝息を立てていた。


「ふむ……森人族ハイエルフは、亜人はともかく他人に自分から触れることは余程親しい限りあまりない。ついでに言うならば家族であっても異性にはそんなに接近することはない」
「そ、そう言うものなんですか?」



 エイミーは初日から俺の布団に潜り込んできたし、今も俺の肩に頭を預けて眠ってしまっている。

「なんにせよ、気を許されてると言うことだ」
「そういう……そうですね、ありがたいです」

 とは言いつつ、このままでは酒も飲めないなと思っているとリーチェがエイミーの肩を揺さぶった。

「ほら、エイミー、ユキ困ってるよ? 起きてーのもー!」
「んんーやだぁ……」

「もーエイミーってば……はい、ほら、お水飲んで」
「ん……リーチェありがとぉ……んぐ……ん……はふ……水冷たくておいしー」

 そしてエイミーはそのまま机に突っ伏して寝てしまった。

 これで残りは座長とアイナ、ケレスにリーチェだけで、ほかは眠りこけている。

 気がつけばアイリスもいつのまにか床で寝ていた。
 しかも自宅で寝ているのかと思うぐらい背筋を伸ばし、上を向いて胸元で手を組んで横たわっている。


(飯屋の床であんな姿勢良く寝てる人初めて見た……よく見たらサイラスも……)

「ふむ……それでユキ、今日の公演を見てなにかこうした方がいいというような点はなかったかい?」



 座長がグラスを傾けながら、真面目な話をし始める。
 隣で騒がしく飲んでいたアイナとケレスも、すっと真面目そうな顔に戻る。

「え……そ、そうですね……」
「なんでもいいよ。ユキがこうしたらもっと良くなると思ったことがあれば教えてほしい」

 実際、初めてみんなの芸を見たのだが、大道芸としては素晴らしいものだった。
 観客の盛り上がりや、おひねりの金額を見てもそれは明らかだ。


 だが、アレやコレを良くすると言っても、下手に口出しをしても良いのかと悩む。
 実際、俺がプロデュースしてきたアイドルの舞台だって機材やスタッフが居ないと実現しないようなものばかりなのだ。



「その、とりあえずMCを入れてみたらどうでしょうか?」
「えむしー?」

「はい、舞台の様子を伝えたり、演者に絡んで生の声を聞き出したりと、観客と演者をつなぐような役割です」

「ふむ……なるほど……。たしかに観客が多いと、後ろからはなにをやっているのか分かりにくいし、初めて見てくれた人に対しては解説などがあった方がわかりやすい……そういうことだね?」

 流石は座長という感じで、一度伝えただけで必要性をちゃんと理解してくれた。



「そうです。マイク……声を後ろの方まで届かせるような道具があれば一番良いのですが……」
「声を届ける……というと魔法でいけるか? あれ? アイリス?」

 座長が隣から居なくなっているアイリスを探して床でその姿を発見する。

「あー……そうか、もうそんな時間か」
「さっきも机に突っ伏して寝てましたよアイリス」

「そうだったか……アイナも寝てしまったし今日は撤収するとするか」
「えっ? アイナ?」

 驚いて隣を見ると、アイナはいつの間にかアイリスの隣で身体を丸めてネコのように寝むっていた。



「いつのまに……座長、みんな起こします?」

 店員さんにお会計をしていた座長に声をかけながら隣のエイミーの肩を揺さぶるが、こちらも起きる気配がない。

「……起きそうにない……」
「ここから帰る……ユキ、良く見ておきなさい――『全ては夢の近くアレス・トラオムナーエ』」

 席に戻ってきた座長から一瞬魔力の渦のようなものが湧き立ったイメージが見えた。
 座長の身体の中心から湧き出たそれは爆発するような速度で広がり、辺りが突然真っ暗になった。


――――――――――――――――――――

 身体に浮遊感を覚え、ドスンと軽い衝撃が身体に走る。

「あいたっ!」
「ぐぇ……」
「きゃうんっ」

 エイミーやアイナ、ハンナたちの短い叫び声も聞こえたが、すぐに寝息に変わった。

「こ、ここは……」

 辺りが真っ暗でほとんど見えなかったが、柱や壁にかかっている見覚えのあるランプの数々。
 それは俺たちが泊まらせてもらっている宿屋の地下だった。




「く、空間移動……ってやつですか?」
「そうだね。一応移動系では最上位の効力だと自負しているからユキが使っても同じ効果だとは思う。もし違っていたらぜひ私にも見せてほしい」

 雑魚寝用に床一面に敷いておいたシーツを捲り、座長と手分けして順番にかけていく。

「あ、俺どこで寝れば……」

「どこでも良いよ。気にする子は誰もいないだろう。でもエイミーとアイナが寂しがるかもしれないから席の順でいいと思うよ」
「わ、わかりました」

 さっきシーツをかけたはずなのに、既にシーツを丸めてその上で猫のように眠るアイナ。
 横を向いて肘枕で眠るエイミー。

 俺は二人を起こさないように、アイナとエイミーの間にゆっくりと横になった。

(サイラスとアイリスたちが最初から床で行儀よく寝ていたのってこれかぁ)

 そして一気に酒臭くなった部屋で、ドキドキとする心臓を落ち着かせてなんとか眠りについたのだった。
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