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01-Introduction
001話-事故にでもあったのだろうか
しおりを挟むいつもの朝。
少ない睡眠時間を過ごすためだけに家に帰りベッドに潜る。
スマホのアラームで飛び起きる毎日。
社会人になって、今の仕事を始めてから俺の朝はそんな感じだった。
だが、今日に限って妙に頭が重い。
昨夜は帰りに一杯だけ飲んだ記憶はあるが、今担当しているアイドルの初舞台前日ということで緊張しているのかとぼんやり考える。
(う……今何時……?)
夜中に起きたときのだるさでもなく、熱を出したときのだるさでもない。
それは休みの日に昼まで寝てしまったときのようなダルさを感じた。
(やばっ……寝過ごしてる!)
アラームに気づかず寝すぎたと思い飛び起きようと身体に力を入れる。
だがその瞬間、全身に激しい筋肉痛のような痛みが走った。
「いでっ……」
そこまで激しい運動をした記憶はないのだが、腕を持ち上げようとするとあり得ないぐらいの痛みが走る。
しかも、寝過ぎていたせいか目蓋を開けようとしても開かない。
(うぅ……え? なんだこれ)
顔を動かすと頭の辺りに違和感を感じ、なんとか腕を持ち上げて顔に触れる。
(……ハンカチ……じゃないよな……包帯か?)
頭の上半分ぐらいに何か布のような物が巻かれていることに気づいた。
「あ、もしかして気がついた?」
その時、少し遠くから女の子の声が聞こえてきた。
「だっ、誰……」
一人暮らしの部屋に突然響く第三者の声。
それも女の子の声がして心臓がバクバクと音を立てる。
「あ、ほら、動いちゃダメだって。大丈夫? 痛いところはない?」
まだ幼い少女といった声色の主は、ゆっくり俺の元へと近づき隣に座ったようだった。
(もしかして俺、昨日飲みすぎて……連れ込んで……いやいや、まさかそんな)
色々と可能性を考えるが、昨日は一杯だけ飲んでまっすぐ家に帰ってきた……はずだ。
だが昨日の記憶を辿っても、居酒屋を出たところまでは覚えているのだが、家に帰った記憶がない。
ないというより、うまく思い出せない。
「君は……誰だ?」
「えー……それ聞いちゃう? それ聞きたいのはこっちなんだけどな」
「えっ……っと」
俺としては「俺の部屋に居るお前は誰だ?」という意味で聞いたのに少女の声は、思いもよらぬ返事が帰ってきた。
「ま、まさかとは思うがここ、俺の家じゃないのか」
「そうよ? あなたが倒れていたのを私たちが見つけたの。もう十日間も寝たきりだったんだから」
「…………はっ?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
十日も寝たきり? 病院? いやそもそもなんで倒れていたんだ?
色んなことが頭をよぎるが、脳が思考を放棄しそうなほど混乱して、考えがまとまらない。
「えっ、まって、十日……寝たきり……? ここ、病院ですか? ――っ!! やべぇ! 仕事! イベントどうなったんだ!」
「うわっ、ほ、ほら、まって、まだ寝ててよ、危ないから!」
慌てて身体を起こそうとするが、全身に再び痛みが走る。
俺は女性に言われるがまま、混乱する頭をかかえて大人しく横になる。
(十日も寝たきりとか冗談だろ……イベントどうなった? 部長とかが代わりに回してくれたのか……?)
俺は硬いベッドに寝転んだまま、まだ包帯が巻かれたまま身体の力を抜き記憶を辿っていく。
(えっと八月六日……に、台本ができて、あいつらに届け……て……それから)
俺の担当していたアイドルのトークショーを控えて、ここ最近各所との調整調整で寝る時間も取れない日々だった。
(店側とすり合わせを終わらせて……やっとゆっくり寝れると……家に帰って……)
何日か会社のソファーで眠っていたが、やっと家に帰れると、確かに家に帰ったことを思い出した。
(で、起きたらこれだ。このベッド……病院というか診療所か?)
背中に感じる硬いベッドの感触を確かめる。
寝ている間に何かがあったのか、翌日通勤中に事故でも起きて記憶が無くなっているのかは判らない。
わからないが、今はこの包帯を外してもらわないと何もできない。
声を出せるのは幸いだった。
(少なくとも声と耳は大丈夫だ。朝の出社のときに事故にでもあって記憶が飛んだのか?)
何も思い出せないのは、この頭の包帯を考えると合点がいく。
先ほどの女性が「体を拭く物とってくるね」と言って部屋を出て行ったので、戻ってきたら色々と聞くしかない。
(看護婦にしては幼い……子供みたいな声だった。研修生か?)
そんなことを考えながら、何も見えず身体もろくに動かせないまま、少女が戻ってくるのを待つことにした。
(……なんだか妙に鳥の鳴き声が聞こえる……な……これは犬の遠吠えか?)
目を開けられないせいか、妙に鮮明に聞こえる耳であたりの物音を聞いていると、どんな田舎なんだと思うような獣や鳥の鳴き声が聞こえてくる。
遠くで人の話し声も聞こえるが、話の内容までは聞き取れなかった。
「お待たせ!」
「あ、いえ……」
先ほどの声の持ち主が戻ってきて、俺はとっさに顔を向ける。
「起きたんだね、大丈夫かい?」
「――っ」
だが、女性の声の背後から、男性の声が聞こえた。
いつ入ってきたのかわからなかったが、先生を呼んできてくれたんだろう。
「は、はい、大丈夫……だと思います。あの先生、俺どうなったんですか?」
「せんせい……? あ、違う違う、僕は先生じゃないよ」
「えっ?」
じゃぁ誰だよお前と思ったのだが、それより大事なことがある。
「そ、それより俺のスマホ渡してもらえませんか? この通り見えないので電話掛けてもらえればと」
そう、なによりも会社に電話しなければならない。
親から連絡が行っているならなんとかなるが、そうじゃなければ十日も無断欠勤なんて、確実に音信不通でクビになる。
いやそれ以上に、初めてのトークライブが実現したのに、あいつらがどうなったのか心配だ。
アイドルとしてデビューして三ヶ月、プロデューサーとしてみんなで日々奮闘しながらやっと掴んだトークライブだ。
(くそっ、なんだってこんなタイミングで……こんな……事故だなんて)
「あの……スマホ? ……というのは……なんでしょうか?」
「………………は?」
会社の電話番号を半分ぐらい思い出したところで、少女がとんでもないことを聞き返してきた。
「え? 要はケータイですが、あ、電話借りれるならそれでも」
なんとなく二人がいる方向は分かったので、そちらへ顔を向け電話を貸してくれと説明する。
「……電話……? 座長、知ってます?」
「いや……聞いたことは……ないな、なんだろう? あ、ねえ、君、もし必要な物なら若いのを街まで買いに行かせるから、もう少し詳しく説明してもらえるかな?」
「………………」
俺はこの時どういう顔をしていたのだろうか。
(いやいやいやいや、電話がわかんないとか、意味わかんない……!)
何かの撮影でドッキリを仕掛けられてるのだろうか。
だがそれも、この全身の痛みが違うと証明している……気がする。
あのおちゃらけた部長は、たまにアホみたいなことを言い出すこともあるが、こんな手の込んだドッキリを仕掛けるとは思わない。
「す、すいません……俺、いったいどうなってるんですか? 色々と説明を聞かせてもらえれば……助かるんですが」
「…………んー、やっぱりまだちょっと混乱しているみたいだね、仕方ないね、長いこと眠っていたんだし。君を見つけたときの状況しか話せないけどいいかな?」
(――見つけた?)
不思議な物言いだったが、今は現状把握のほうが先だと思い、コクンと頷く。
「エイミー、 アイナを呼んできてくれないか?」
(エイミー? アイナ? え? 外国人?)
「はーい、あ、でも、アイナどこだろう……」
「多分、リーチェと二人で洗い物に行ってると思うよ」
「わかりましたー!」
「さて、君を見つけてくれた子を連れて来るまで少し横になっているといい。何か飲むかい?」
男性が俺の肩を優しく掴み、ゆっくりと寝かせてくれる。
ふわりと鼻に届くのは、ラベンダーのような良い香りだった。
「あ、確かに喉がカラカラで……声もおかしいですし……げほっ、お願いできますか?」
言われてみれば、確かに声も枯れていた。
俺はとりあえず現状を確認して、それからどうするか考えようと必死に心を落ち着かせるのだった。
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