上 下
17 / 48

第17話-洞穴の先には

しおりを挟む
「クリス……じゃないカリスさん、さっきは蹴っちまってすいませんでした」

 一通り話し終わったところで「ふぅ」と一息ついたタイミングで、ドルチェさんが改めて謝罪を伝えてきた。

 少し卑怯かなと思ったが、もし事件が解決しても三人のことは言わない代わりに、今回の事件を解決するための力になって欲しいと、逆に三人に頼んだ。
 それを聞いたエアハルトたちは「ぜひ協力させてくれ」とありがたい返事をしてくれた。

「よし、そうと決まればまずは情報収集だな」
「なら~、一度スルツェイまでいく~?」

「あそこはホド男爵の邸宅もある。なるべくなら近づかないほうがいいだろう」
「じゃあ~、一度みんなで私の家にくる~?」

 エアハルトとリンがとりあえずこの後どうするかという相談を始める。
 二人の様子を見ているとやっぱり幼馴染なんだなと思う。

(なんていうかツーカーの仲って感じがする……)

「リン、私が行ったら家族の人に迷惑が……」
「あ~カリス? それは大丈夫だ」

 私が居ることでリンの家族や村の他の人達に迷惑がかかってしまわないかと思ったが、なぜかリンではなくエアハルトが問題ないと言う。
 けれど、隣のリンもいつもの様子で「気にしなくても大丈夫よ~」というので、本当に大丈夫なんだろう……そう思いたい。

「でもリンよ、あそこは門や壁沿いも兵士だらけだろ?」
「うふふ~そこは大丈夫よ~」
「壁? 兵士?」

 村の話だった気がするんだけれど、何やら似つかわしくない単語が聞こえて思わず聞き返してしまった。

 門があるのは大きな街ではよくあるし、壁も魔獣がよく出るような街では見かけることが多い。でもリンの住んでいるところは少人数の村だと聞いていたのだけれど。



「あぁ、こいつの種族は猫ほどじゃないけど絶滅危惧ってことで、同種属が集まってる村が国から自治区として認められているんだ」

 私のよく判らないという表情を見てエアハルトさんが説明してくれる。

「保護してもらっているってこと?」
「保護……保護か?」
「表向きはね~」

 話を聞いていると希少種族だというから保護区のようなイメージだったけれど、どうも不思議な反応だった。

「で、どうやって村へ入るつもりなんだ?」
「んー……」

 二人は「あとは見たらわかる」といった反応で、エアハルトと村に向かう相談を続けている。
 リンはエアハルトの質問に無言で立ち上がると、ツカツカと壁に向かって歩き、おもむろに足で床板を蹴り上げた。

――バリバリバリッ

 床板が激しい音を立てて剥がれると、そこの地面に人が入れそうな穴がポッカリ空いていた。

「やっぱりあった~掘り方的にナックさん家の穴かなぁ~」

 兎は穴掘りが得意だと聞いたことがあるがまさか、兎のセリアンスロープもそうなのかな……。

「まさかそれ、あの村からここまで続いてるのか?」
「私たちが~あんな村でじっとしてる訳ないじゃない~うふふふ」

 リンが微笑みながらエアハルトに答えているが、聞いてる私としては先程から二人の会話の意味が全くわからない。

 そう思って隣を見ると、ドルチェさんとナルさんも同じようによく解らないと言う顔をしていた。

「他の人に言ったら大変なことになるから気をつけてねぇ~」
「は、はい。わかりました」

 リンがくるりと振り返って、ドルチェとナルにとびきりの笑顔で言うが目が笑っていなかった。

 じゃぁ行こうかとリンが声をかけたところで、ふとドルチェさんが思い出したような表情をした。


「あ、そうだナル、カリスさんの腕を治してやってくれないか?」
「え? はい構いませんよ」

 なんでもナルさんは教会で修行して司祭になる予定だったけれど、ドルチェさんと出会って、色々と話しを聞いているうちに世界を飛び回ることに憧れて冒険者になったそうだ。

 回復魔法が使えるというだけで、あっちこっちのパーティーから引っ張りだこになっていると教えてくれた。



「【回復ヒーリング】」

 ぱぁぁっとナルの手が光り、私の左腕の傷が再生してゆく。
 自分で剥いだ手首の部分は少し傷が残ってしまったが、時折感じていた刺すような痛みがすっかり消えた。

「その残りの呪印、剥いどくか?」
「エアハルト?」

 エアハルトが腕を組みながら私にそう言ったのを聞いて、リンがジロリとエアハルトを睨みつけた。

「ま、待てリン、今ならナルが居るからすぐに傷は治せる」
「この種類の呪印は一部破損していると術者でも消せないんだ」
「……お願いできますか?」

 そういう事だそうだ。この手首側の残った部分も回復魔法が使えるナルさんが居れば、切ってしまっても直ぐに回復させてくれる。
 痛いのは怖いけれど、このままにしておくのも嫌だったので、お願いした。

「よしドルチェは昏睡魔法を。ナルは治療を頼む」
「わかりました」
「任せとけ」

 どうやら、ドルチェさんが私達をここにつれてくるときに使った昏睡魔法を使ってくれるということだった。
 ほんとよかった。多分普通に剣でこれを剥げと言われたら泣きわめいていたかも知れない。

 私は床板に寝転ぶと、リンが膝枕をしてくれた。

 リンがとても心配そうな表情で見下ろしてくるので、私は「だいじょうぶだよ」と微笑む。

 そして私はドルチェさんの魔法をなるべく心を空っぽにして受け入れた。


――――――――――――――――――――


「はー中は広いのね……」

 ドルチェさんの手に灯る【光灯ライト】の光が洞穴の中を照らす。
 そこは横並びでは少々きついが、大人が普通に歩けるほど綺麗な洞穴だった。

「これがリンの村へ通じてるなんて……」
「多分この辺一帯が~、こんな通路だらけよ~」

 私はドルチェさんの昏睡魔法で眠らされ、三十分ぐらいで目を覚ましたらしい。

 目が覚めたとき、掌側の手首にあった呪印はすっかり消えていた。
 手の甲側のものは時間が経ち過ぎていて、たとえもう一度皮を剥いでも、同じ傷が残った皮膚が再生してしまうらしい。

 ナルさんは謝ってくれたけれど、私としては感謝してもし足りない。

 なんというか、綺麗に呪印が消えた両手を見ていたら、心の枷が外れたような気分になってしまい、しばらくの間ほろほろと泣いてしまった。

◇◇◇

「あの、エアハルト……さん」
「エアハルトでいい」

 洞穴の中を縦一列で進む五人。
 先導するリンの後ろ姿を見ながら、私はエアハルトと世間話ぽいことをしながら歩き続ける。

「……エアハルトはリンの幼なじみなんですか?」
「あぁ、色々あってな。小さい時からちょくちょく一緒に遊んでた」

 色々あったというのがすごく気になる。

「さっき言ってた『表向きは保護されている』っていうのは……」
「あぁ、別に隠すようなことじゃないが、リンの種族は情報収集能力が半端なくてな。知っちゃいけない情報とかもかなり知ってて。それでな」

「それって閉じ込められているってことですか?」
「いや、国からひっきりなしに情報収集の仕事がくるし、申告すれば普通に外出はできる」

 つまり、リンたちの種族は知られちゃまずい情報を知りすぎているということだった。確かに相手の情報を握っているというのは、味方だと心強いけれど、敵に回ると厄介すぎる。


「なるほど……」
「まぁ村自体は普通だし、何も気にすることはないぞ」

――――――――――――――――――――

 途中何度か休憩を挟み、ナルさんに回復魔法をかけてもらいつつ、洞穴の終着点に到着した。

 体感時間的に一日以上歩いた気がする。
 リンは家族に説明をしてくると一時間ほど前に走っていった。

「この上?」
「そのようだ」

 洞穴の突き当たりに一本の縄梯子があった。
 そこから上に向かって穴が続いているが、先は真っ暗で何も見えない。

(この上がリンの村なんだ)

「ここで待ってろって事だから少し休憩するか」

 エアハルトが突き当たりの壁にもたれ掛かり足を投げ出して座った。
 その隣にドルチェとナルもあぐらをかいて座る。
 私も三人の前に座って一息ついた。

「あれから考えてたんだがよ」

 片手で額の汗を仰ぎながらドルチェが突然ボソッと溢す。

「……ガメイ伯爵はどこへ行ったんだ?」

 その言葉に六つの瞳が私の方へと注がれた。

「わからないんです……知り合いだと言う行商の人が言うには行方不明だと……」
「そうか……すまないことを聞いた」

「いえ、大丈夫です。それよりも、私は二人も探したいと思っているのですが……」
「あぁ、ホド男爵とやらとまとめて探してやる」

「ありがとうございます……」

 クリスとして両親であるガメイ伯爵と伯爵夫人の事を思い出す。
 会ったことがないのに、優しかった両親のことを思い出すと心が暖かくなるのは、私がクリスと同じ存在になっているからだろう。

 ただ両親かと言われると、私はやはり元の世界の両親のことを強く思い出してしまう。それこそ、もう会うことができない優しかった二人。

「……ぐすっ」

 日本での事を思い出してしまい、涙がポロッとこぼれてしまう。

「――エアハルトぉぉ!」
「――ぐえっ」

 その時怒声と共に、突如降ってきたリンの膝がエアハルトの頭に突き刺さった。

「またカリスを泣かしてる!」
「あっ、リンこれは違うの」

 私は慌てて足を振り上げようとしているリンを必死に止めた。
 今回は私が勝手に思い出して勝手に泣いただけなのだ。
 
 しかしリンの足にしがみつく私が見たのは、既に白目をむいて気絶しているエアハルトだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...