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2章-少しずつ前へ

17話-振り出しに戻る

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 王都から出て一時間ほどが過ぎました。
 すでに街の門は見えず、あたりには商人さんや旅人さんの姿も見えません。

 誰もいません。
 目の前には夕日も届かない暗い森が口を広げています。



「じゃあ、そろそろ行くぞ……あー……っと、リエ、ちょっと言いか?」
「は、はい」

 ずっと握っていたナザックさんの手が離れていきます。
 夕方の風に触れて、手のひらが少し冷たく感じます。



「ここからは飛ぶ予定だけど、リエは飛行系の魔法は…………使えないんだな」

 飛行系のの魔法。
 いわゆる自分の体を魔力で包み、空を飛ぶ魔法です。

 使える人がいるのは知っていますが、私は使えません。
 街の近くで飛ぶことは禁止されているので、ここからは飛んでいくらしいです。

 つまり私はナザックさんに置いていかれない様に走るしかありません。
 新しい靴も貰えましたし、今のボロが壊れてしまっても大丈夫でしょう。



「じゃ、ちょっと失礼して…………やましい気持ちは無いからな?」

 そう言ってナザックさんがしゃがむと、グラっと視界が横に向きました。

 ――あ……れ?

 ナザックさんが私を横向きに抱き抱えました。
 いわゆるお姫様抱っこというやつでしょうか。

 初めての出来事に手足をバタバタしてしまいました。



「ほら、俺の首に手を回して」

 首に手を……

「そしてギュッと」

 ギュッと……

「そうしないと落ちるよ?」

 首に手を回してギュッとしないと、空の上から落とされる。

 これは、もしかして試されているのでしょうか。
 いざというときは躊躇するなということでしょうか。

 私はバランスの取れない体勢から頑張ってナザックさんの首に手を回します。

 そしてギュッと力を込めました。


「ぐえっ!? ちょっ、リエっ……ごほっ、くるしっ……!」

 これで良かったのでしょうか。
 一応、喉仏に親指を当てて気道を塞ぐように締めてみました。

 私の手が小さいので、もしかしたら力が足らなかったかもしれません。


「ゲホッ、ゲホッ……はぁっ、はぁっ……なるほど……思いやられる。そうじゃなくて、俺の首に腕を回して、そう、抱きついて、落ちない様にしてて」


 私はナザックさんに言われるがまま、ナザックさんの首に腕を回して自分の体を固定する様にします。

「…………」

 こんなに男の人と密着したことがありません。
 自分の体のすぐ先にナザックさんの体温が伝わってくる様です。

 心臓がドキドキと脈を打ってしまいます。
 こんなに緊張していてはいざという時仕事に支障が出てしまいます。

 仕事の時は冷静に落ち着けとフレイア様にも言われました。

 ナザックさんの胸に押し付けてしまっているので、私の胸の鼓動が早いのがバレるかもしれません。



「……リサ、飛ぶから気をつけてて――『飛翔フライ



 しかしナザックさんは私のドキドキとした鼓動には気づかず魔法を使いました。
 ふわりと自分の体重がなくなった様に体が浮いていきます。

 足が地面についていない。
 木から落ちた時の様に、自分では何もできない状態になってしまいます。

 これは怖い……怖いです。

 ですがそんな弱音を言えるわけがありません。
 私はなるべく身を縮こませ、落とされない様に必死にナザックさんに抱きつきます。

 恥ずかしいですが命には変えられません。
 早く出発して着地してほしいです。

 どんどん離れていく地面なんて見るだけで血の気がひいて気絶してしまいそうになります。


「リエ……ほら、少しだけ目を開いて見てみな。下じゃなくて街のほう」

 ナザックさんに言われ、片目を恐る恐る開きます。
 なるべく下を見ないように……。

 まずナザックさんのスーツが視界に飛び込んできます。
 目の前です。

 むしろ顔にナザックさんのスーツがくっついています。


 そして、ゆっくり首を捻り、ナザックさんの腕から外へと視線を移します。


「…………凄い」


 それ以外の感想が出てきませんでした。
 初めて見る王都、夕陽に照らされた王城。
 大きな街を守るような外壁と、中に抱かれた街々。

 初めて見る景色でした。


「な? 綺麗だろ? リエもそのうち飛行魔法を覚えるなら教えてやるから。じゃ、そろそろ行くぞ! 怖かったら目を瞑ってていいからな」


 ナザックさんはそのままくるりと向きを変えると、真っ暗な森の方へと向きます。

 このまま、森の中へと入るのかと思ったら進路は森の上。
 高度を保ったまま深い木々に覆われた森の上を飛び始めました。


「この速度なら日が沈んだ頃には森を抜けられるからそこで少し休憩な」

 風の音であまり聞こえませんでしたが、押し当てていた耳にはちゃんと聞こえました。

 私は何もできずギュッと目を閉じたまま、風の音とナザックさんの心臓の音を聞き続けていました。


――――――――――――――――――――


 パチパチと枯れ木が燃える音が真っ暗な森に響きます。

「ほれ、温まるぞ」
「ぐすっ……えぐっ……すいませんでした……ぐすっ」

「もう、泣き止めって……」

 ナザックさんがカップにお茶を入れてくれました。
 なかなか涙が止まりませんでしたが、なんとか両手でカップを受け取りました。



 ちなみに私のためにシンシアさんたちに用意してもらった着替えや道具は全てナザックさんが持っていた謎の袋へ吸い込まれました。
 道具袋という魔具だそうです。初めて見ました。

 どうせなら私もあの中に入れて連れて行ってほしいと思ったのですが、生き物は入らないそうです。



 私たちは予定ではもう少し進んでいるはずでしたが、この森の中で一度休憩することになったのです。
 あまり思い出したくありませんが、何故こんなところで焚き火を焚いているのか頭を整理します。

――――――――――――――――――――

 ナザックさんに抱えられて飛ぶこと一時間ほどでしょうか。
 私は必死にナザックさんにしがみついていたのですが、それが良くなかったです。

 緊張しすぎたせいでお手洗いに行きたくなり、かと言ってそんなこと女の私から言えるはずがありません。

 下腹部に力を入れ我慢していたのですが、ついに冷や汗が出始め、やっとナザックさんが異変に気付いてくれました。

 森に降りて、私は慌てて茂みをかき分け森の奥へと向かいました。
 なんとか落ち着けそうな場所を見つけて、用事を終わらせました。

 まさか外ですることになるなんて思いませんでした。
 ロイさんのお店に厄介になる前のことを思い出しました。

 そこまでは良かったのです。
 私はきた方向がわからなくなり、森の奥で一人彷徨うことになってしまいました。


 流石に泣いたりはしません。
 もう15歳ですから。

 まさか森の奥で迷子になるとは思いませんでしたが……。

 ナザックさんの名前を呼んでも誰も答えてくれませんでした。
 私の声が小さすぎたのでしょう。
 耳を済ませても物音一つしませんでした。


 しかし私もいつまでもお荷物ではありません。
 このバッジは同じバッジがある場所が判るとナザックさんが言っていたことを思い出したのです。


 私はキョロキョロと見回し、胸につけたバッジに魔力を込めました。
 一応、頭の中でナザックさんの顔を思い出したりしてみたりしました。


 すると魔力に反応したバッジが一瞬だけ光り、気がつくと私は審議所のロビーにいたのです。


 『魔力を込めると一瞬で逃げられるんだぜ』

 ナザックさんとフレイアさんに説明されたことを一瞬で思い出し、身体中から冷や汗がだらだらと出てきました。

 結局私はその場でペタンと崩れ落ち、申し訳なさと情けなさで泣き出してしまいました。
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