全能定理、またの名をグレート・ゲーム

エントロピー反転円境界線まで+2キロ

　不思議なこともあるものだ、GPSによると、和才は、確実に進んでいた。景色も辺りの様子も一向に変化がないのに、、、。
　あたりは典型的な中部日本の山岳風景。
　森にして藪の中。
　日差しが高い。尻のポケットのスマホで時間を確かめると時刻は午前11時ごろ。
（もう昼か）
　電波が入るか確かめて見るが、もちろん圏外。最後に充電したのが、何時だったか思い出せない。
　盛大に吐いたせいで、最後に食べたのがいつで、排泄したのもいつか、血糖値を感知する自律神経が狂っているみたいだ。
　この＜みたいだ＞という台詞も幾度言ったことだろう。これも当然だ。ずべてが人生始めてのことばかりだから。望むらくはこれが最後だとよいのだが。
　とにかく、装備が重すぎる。最初は、毒づいていたが、4時間近く歩くと、逆に陸上自衛隊員に対して、畏敬と尊敬の念すら感じるようになった。こんな重いものを背負って働く職場はちょっと日本にはないだろう。
　人生で8キロも歩いたのは、いつ以来だろう、ここで和才准教授の人生ゲームをゆっくり遡ってみる。家から一番近い予備校から偏差値の影響で家から一番遠い大学へ、大学では、友人の下宿に転がり込んでちょこっとバイトと安焼酎とゴロゴロ三昧、そして、指導教官としてあの富士林ふじばやし教授に出会った。就活がいやだったので、今や死語となったモラトリアムで働かなくてすむ大学院へ、親の正規の職へと就職を懇願する拝むような顔を思い出す。そして、富士林教授の甘言と箴言と親への讒言と名言。
『君は、お金に困っているのかね？』
『いえ、困っていません』
　これが、決定打になった。マスターからドクターへ。そして予備校でこそこそバイトする年齢不詳にして挙動不審のオーバー・ドクターへ一直線。人生でもう一度予備校のお世話になるとは正直思わなかった。
　長距離歩いた思い出が全然思い当たらない。
（高校ぐらいかな）
「俺は、もう高校生じゃないぞ」
　和才の台詞がさらに変わった。

　あのクソ教授のせいで、こんなことになるとは。