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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで
42話 青い人形と長い夜
しおりを挟む「それじゃあ、アレン! 最終確認だ!!
アレンが守る俺とのお約束、はじめ!! 」
「はい! 師匠!
一つ、朝の6時と夜の9時には必ず師匠に通信をかける
挨拶と日々の会話、お互いの確認と報告、連絡、相談を欠かさない
二つ、上記以外でも何かあれば師匠への連絡を行う
もし、通信が繋がらない場合があれば
その時は、エコーさんとラックさんへの通信を行う
三つ、師匠がいらっしゃらない出張期間では
極力、いつものような無茶や冒険は行わない
なるべく危ないことは避けて、安全第一でこのお屋敷に必ず戻る
四つ、僕一体での単独行動を避け、人通りの多い道や場所を選ぶ
学校内でも友人やペアの生徒との行動を心掛ける
選択授業などの時間は例外とする
五つ、夜間の外出や買い物は控え、翌日の昼間に回せるものは回す
無理に危ない時間帯に出歩かない
六つ、師匠の不在時にお屋敷内の安易な探検を行わない
今現在、まじないの内容や攻略手段が判明している場所のみを使用する
七つ、夜更かしせず、十分な睡眠を取り、体調の管理に務める
パーツの手入れや健康チェックキットを使用した検診を毎朝行う
以上、師匠との七つのお約束
人形アレン・フォートレスは忘れません、心配ご無用なのです
師匠、どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ
使い魔のノッポさんたちと共に、師匠のお戻りを心待ちにしています」
「よしよし、ちゃんと覚えててえらいな、アレン
俺のいない間、ちょっと不安な思いをさせるし不便をかけるけど
用事が終わったら、急いで戻ってくるから
8日間、お屋敷の使い魔さん達と大人しく待っておくんだぞ?
毎日は無理だけど、2日に一回は
不動産屋のラックさんが様子見に来てくれるらしいから
何かあったらすぐに頼るんだぞ?
危ない事はせず、ちゃんとお屋敷に帰ってきて
ご飯をいっぱい食べて、あんまり夜更かしせず、たくさん睡眠もとって
俺が戻るまで、どうか無事に過ごしていてくれ
王都でお土産も買って帰るから、楽しみにして待ってろよ?
それじゃ、行ってきます! 」
こうして、朝早くから魔法師ライルは
出張用の荷物が詰められたトランクを片手に、彼らの住む小さな屋敷を後にしました。
彼がお城で待ち構える、厄介な仕事をいくつか片付けて
再びこの空飛ぶ都市へと帰ってくるのは、今日から8日も後の事。
一週間と少しの出張へと出かける師匠の後ろ姿を
見えなくなるまで見送った弟子、人形アレンはというと
師匠との約束を守る為
また、師匠がこれからも安心してお仕事が出来る様に
今回、初めての長期間お留守番と言う試練を
何としても自分達の力で乗り越えようと、気合十分に息巻いています。
「今回のお留守番を無事成功させることが出来れば
師匠も気兼ねなく、大切で重要なお仕事に励めるはずです
なにせ、僕の師匠はマホウシダンチョウ? という、すごいお役職に付いているのですから
業務内容が忙しいのは当たり前、つまり、弟子である僕が足を引っ張ってはなりません!
いえ、むしろ手助けしたり、支えたり、サポートとか出来るようになれれば
それはもう、僕が目指すべき素晴らしい人形へと、また一歩近づけた証拠にもなります
自ずと、こう、力とか気合とか、入らずにはいられません
ノッポさん、ふつつかものですが
この8日間、一緒に頑張っていきましょうね、よろしくおねがいいたします」
首の無い、巨大な影を模った使い魔と向き合い
お互いにたどたどしいお辞儀をしながら、彼らはお互いの信頼を確かめ合いますが
右に、表情筋の動かない無表情な人形
左に、やたらと巨大な首も顔も体も存在しない、黒い霧が服を着たような使い魔ですから
傍からその状況を見ていても、彼らが何を思って何を考えているかなど
皆目見当もつきはしません。
意図が伝わっているのかいないのか、状況を理解しているのかいないのか
正直なところは、まるで分かりはしませんが
師匠であるライルの出張一日目の朝は
特に何か問題が起きるわけでもなく、平穏に過ぎて行きました。
「それではノッポさん
僕も学校に行ってきますね
買い物リストに書いてもらった品は
学校の帰りにスーパーで揃えてきます
食事が終わって、お風呂にも入ったら
また僕に、洗濯物のたたみ方やお皿の洗い方を教えてください
それでは、行ってきます」
学校指定のローブに身を包み
今日も変わらず、元気に学校へと向かうアレン。
そんな彼らは
この8日間を、いったいどのように過ごすのでしょうか?
〈1日目〉
「さて、師匠も無事に出張へと行かれましたし
僕の方も、今回のお留守番ミッションを無事に完遂できるように努めなければ
何かの計画を達成する為への第一歩は
行動前に行う手順の再確認と書き出しですよね
師匠も、何かを作る前には必ず
設計書や手順書の類を紙に書きだしてから作業に取り掛かりますし
きっとそれは、それも重要な過程なのでしょう
よく、制作の途中で思いついたパーツや構造を足してはいますが
それでも、あの手順書は必要な類の物なはずです、たぶん
ならば、僕もそれに習い
行動の手順書を作り、計画的な行動を心掛けるべきですよね
えっと、とりあえず
ノートの白紙のページと筆記用具を出して
う~ん、師匠が書いていたフローチャートとかは
まだよく分からないので、簡単に箇条書きでやるべきことなどを
書きだす所から始めましょう」
「アレンがまた変わったことをはじめたわね
行動の箇条書きって、何のことかしら? 」
「さあ? でも、今
いつも一緒にいる師匠さんが出張中で、お留守番頑張ってるみたいだから
たぶん、何かしらの対策をしてるんじゃないかな?
その内容が何であれ、これだけ集中して行動できるのはすごいことだと思うし
アレン君の思いつく、ずれた行動を眺めるのも面白いから
しばらく様子を見ておこうよ」
「それもそうね、それにこんなに集中してるんだし
今のアレンに声を掛けるのも少し面倒かも……
何か困ったら、そのうち泣きついてくるでしょう
そうだ、今の間に私も出された課題とかやっておこうかな?
横でだれか作業してると、不思議とこっちも集中しやすいのよね」
「いいね、じゃあ僕は飲み物でも買ってくるよ」
食後の昼休み、よく座る食堂のテラス席で行われる
友人とのつかの間の休息。
そんな中で、アレンが真っ白なノートに書き込む内容は
どれも他愛ない、放課後からの細かな予定や注意点。
買い物リストの内容から行くべきお店の場所や数を決め
時間のあまりかからない、屋敷への最短ルートを考えます。
お屋敷へと帰った後のお手伝い内容やノッポさんから習いたい家事一覧表の制作。
次に、出されている授業課題を
締め切りが早い順に並べて段取りも確認し終えて準備は万端。
「これで確認事項や放課後の手順はバッチリです
見ていてください、師匠
アレン・フォートレスは、師匠の不在時でも
師匠のお帰りをきちんと待て頼れる素敵な弟子であることを証明しますよ」
ビッチリと書き込まれたノートを抱えて
彼らのお昼休みは何事も無く終わりました。
その後も、目立ったハプニングや困った問題なども特になく
人形の宣言通り、彼はお屋敷使い魔のノッポさんから頼まれていたお使いを済ませ
日が沈みかけた夕方頃には
食料品や消耗品が買い込まれた紙袋を両手に抱え、小さなお屋敷へと帰路につきます。
帰ってからの身支度も整えて、夕食の仕上げをするノッポさんの横で
ちょこちょこと動き回り、その技術を少しでも習おうと懸命に働きました。
『そっか、じゃあ初日から順調な滑り出しだったんだな
アレンが元気そうで安心したよ
最初は、やっぱり一人置いて行くのはどうなんだろうって思ってたんだけど
気が付かないうちに、お留守番出来るくらいに成長してたんだな、すごいぞ
でも、まだまだ分からない事も多いだろうし
日数的には、まだ7日もあるんだから、無理はしちゃだめだぞ?
何かあったら、すぐに誰かに相談するんだ
通信機が使えるなら俺でも良いし、ダメそうならラックさんでも学校の先生でもいい
お屋敷のノッポさんも、正式には俺達の使い魔という訳じゃないけど
その屋敷に住む住人としての扱いで、きっとアレンを守ってくれるから、大丈夫だ
もう夏が近づいているとは言っても
まだ夜は少し冷え込むから、毛布をしっかり被って寝るように
あんまり夜更かししすぐちゃダメだからな?』
「お任せください、僕は言いつけを守れる良い子なお人形です
報告、連絡、相談、早寝に早起きまで、何でもござれなのです
師匠も、どうかお体に気を付けて
健やかにお過ごしくださいませ、こちらは僕とノッポさんでしっかり守っておきます
師匠のお帰りをお待ちしていますね
それでは、おやすみなさい、師匠」
約束であったライルとの定時通信を終え
これにて、本日の目標行動を全て終わらせたアレンは一息つきます。
初日から幸先の良いスタートダッシュ
これならば、残りの数日も何とかなるだろう。
師匠であるライルとの会話を通して
少しだけ元気をもらったアレンは、意気揚々と暖炉のあるリビングへと向かいました。
勉強道具にお気に入りの絵本
もふもふの毛布と柔らかいクッションを持ち込んで
一日のルーティーンを全て消化したここからは
アレンの自由な行動時間に突入です。
「宿題は大体済んでいますので、あとは軽い復習と予習ですね
そうだ! そういえば学校の図書館で新しい本をまた借りて来ていたのでした!
妖精の生態をまとめた図鑑に遠い東の国の昔話をまとめた物語が二冊
今日の読み聞かせのラインナップも選り取り見取りで……
あ、そうでした、忘れていました
師匠が不在なのですから、読み聞かせも何もありませんでした……残念
…………そういえば、普段の学校の復習や予習などをはじめとした自宅学習も
全て師匠と行っていたのですが
今日からしばらくは僕一人ということになりますよね
お留守番で課題になるのは、料理や洗濯、掃除と言った
家事技術の類のみだと思っていたのですが、認識が甘かったようです
えっと………とりあえず、当初の目的の勉強をして
時間も……今は夜の9時ちょっと過ぎですから、まだ眠るには早いですね
………来週提出分の課題も、ついでに済ませてしまいましょうか
本は……自分で読みましょう、音読する必要はありません、黙読で良いです
復習も、普段は僕が学校で習ったことを師匠に話して
それからテキストを一緒におさらいする方式を取っていましたが
今回は師匠も不在ですし、学校での自主学習と同じ方法でやりましょう
テキスト32ページから……」
そして、目標に定めた勉強も早々に終わらせてしまったアレンは
借りて来た3冊の本に一通り目を通すと
さっさと布団の中に入り、いつもよりだいぶ早めの眠りに付こうと瞼を閉じました。
午後11時30分
普通の子供にしてみれば、そこまで早くも無く遅くも無い時刻ですが
人形であり、普段から激務に追われるライルの横で
共に夜更かしをしがちな彼からしてみれば、これまでに類を見ない程早い就寝時間。
普段なら興味を強く惹かれる本の内容も
今晩は、あまり内容が頭の中に上手く入って来なかった様子。
(おかしいです……寝る前に行った身体検査の数値には
特にこれと言った変化や異常値は見られなかったのに……
なんでしょう? この違和感は
やはり、師匠が不在であることにより
少しだけ、数値にも表れないくらいの些細な不具合を起こしているのでしょうか?
で、でも、体調には影響ないですし、問題ありません
また、朝になったら師匠に通信を掛けますし、きっと元に戻るでしょう
借りて来た本達は……その時にまた余裕があれば
通信機越しに師匠へ内容をお話するのもいいかもしれません
そうですね、そうしましょう
その為にも、朝は少し早くに起きて内容をもう一度読み込まなければ)
翌朝の楽しみを見つけたアレンは
少し安心した様子で、自身の意識を強制的にスリープモードへと切り替えます。
どんな状況に陥ろうとも、どんな心境の変化が彼の身に起ころうとも
その意識に関係なく、体の機能を強制的に操作できるという点は
人形の体が備える大きな利点の一つと言えました。
〈2日目〉
「結局、朝から師匠と2時間以上も話し込んでしまいました
でもでも、そのおかげで本の内容をよく理解出来ましたし
これでまた、今日も図書館で新たな3冊を借りることが出来ます
今日は、以前から気になっていた童話集と
昨日借りた妖精図鑑の第2巻を借ることにしましょう、そして残る3冊目は……
物語の中に登場するお菓子を再現した料理本と
レストランでの味をお家で再現する方法が書かれたレシピ本
どちらを選ぶべきか、悩みどころです
うぅ……どうして1日に借りられる本には
3冊までという制限が設けられているのでしょうか?
それさえなければ、こうして借りたい本を目の前にして迷う必要も無いですし
なんなら、1日に3冊までという制限ではなく
一度に3冊までとう制限にしてさえくれれば
一度借りて学校にいる間に読み終え
再び、帰りにはまた異なる本を借りて帰るという小技を使えるのに
いえ、この図書館に入り浸り
1日中集中し続ければ、この流れをもっと多く繰り返せますし
1日何冊読めるかなチャレンジという新たな試みすら可能なのでは!? 」
「お前の様な無茶な奴がいる為に作られたルールなのだよ
まったく、1日に3冊という数ですら、決して少ないわけでは無いというのに
君達はとても強欲で、もっともっとと次をねだってばかりだ
数を求めるよりも、その日に借りた本にどれだけ向き合うか、読み込むかの方が
読書においては大切だと、僕は思うのだけどね
欲しがりなのも良いが、少しは足るを知る、という事を覚えたらどうだろうか?
お前、ここ最近毎日制限数の3冊をとっかえひっかえ借りては返してを繰り返すが
本当に借りた本を読んでいるのかね?
お気に入りが見つかるまで総当たり、という手法も確かにあるのはあるが……
君はそういう感じでもないのだろう? 」
「はい、借りた本はすべて楽しく読んでいます
今は、物語や図鑑、レシピ集から詩集まで幅広くたくさん読みたいのです
しかし、タルヲシル? という言葉、この度初めて聞きました
さすがはこの大きな図書館の維持管理を任されている図書委員さんです
物知りさんなのですね
その言葉はどういった意味の単語なのですか? ぜひ教えてください! 」
「…………後ろを向いて右手側に、辞書を集めた棚があるから
自分で引いて調べたまえ、その方が身に付くのではないかね?
読書家なのは大いに結構だが
肝心の学業や自身の生活を犠牲にするのはいただけないのだよ
精々、君も気を付けたまえ」
「はい、ありがとうございます
早速調べて来ますね、さようなら」
・足るを知る
多くを求めるギル事無く、今ある物や現状に満足する
それ以上を求めすぎる事はなく、あるもので心満たされる事。
要するにこの場合は、1日3冊で満足しなさい、という
図書委員を務める彼からのお咎めであったのですが、アレンにそれが理解できるはずも無く。
また一つ知識が増えたと、自身の性能向上に喜びを感じつつ
今日も図書館で新たに貸し出してもらった3冊を袋に入れ、帰路につきました。
帰り際、近くのスーパーにて追加の材料を購入するべく
夕暮れ時の街並みを散策する人形。
そんな時、ふと普段であれば目求めない様な物に視線が向きました。
彼が買い物を終えたスーパーから出て来た
母親と手を繋ぎ歩く小さな子供。
10歳と言う設定のアレンよりも、まだ小さな幼い子供は
短い片手を一生懸命伸ばし、買い物袋を抱える母親の片手を掴んでいます。
(………僕も、師匠と外出する際にはよく手を繋いで貰っていますね
今は、たまたま出張のため、そういった機会も無い状況ではありますが
それも、今日を除けばあと6日で終わる話です
そうすれば、また師匠との夜の読み聞かせだって復活しますし
お休みの日にはまた、僕と一緒に手を繋いでお出かけもしてくれるはずです
そうです! そうなのだからこそ、この度のお留守番を何としても成功させなければ!
師匠は今頃、王都の駅に着いた頃でしょうか? それともまだ鉄道の中に?
9時になったら、また師匠に定時通信を掛けるのですし
その時に聞いてみましょう、それまでに食事やお風呂などの日課をこなさなければ……
買う物も今日はこれで全部ですし、さっさとお屋敷に帰りましょう)
そして今日も何事も無く、アレンは屋敷へと帰って行きました。
いつも通りの道を辿り、今日も美味しい夕食を食べ終え
温かなお風呂で身を清めた後、元気な声でライルとの通信に花を咲かせます。
しかし、問題はまたここから。
師匠との楽しい会話を終えた時刻は午後10時過ぎ
予定よりも長く話し込んでいましたが、それでもまだ寝るには早い時間帯。
「………もう学校からの課題も昨日の時点でやり尽くしてしまいましたし
今日も復習と予習を……と思いましたが、それも夕食前に終わってしまっています
残された選択肢は………図書館から借りて来た本、とかでしょうか?
………一人でこれを読むだけであれば
リビングにて、暖炉に火をくべるまでもありません
さっさとここで読んでしまいましょう
そして今日も、さっさと早く寝てしまいましょう
そうすれば1日が早く終わりますし、師匠が戻ってくるまでの日も
少しは早く感じるかもしれません」
そうして、熱いココアをノッポさんに入れてもらったアレンは
教室や図書室の机で教科書を読む時と同じように、綺麗な姿勢で読書を始めます。
が、それは何故か30分と持ちませんでした。
人形にしては珍しく、それ以上の集中力が持たなかったのです。
いえ、内容を記憶する、という読書の目的自体は達成していました。
何せ彼は人形なのですから、それは当然です。
では、何故アレンがそれ以上の読書を続けられなかったのか?
彼は最近の自己紹介をする際に、読書好きを堂々と宣言する程度には、本と言う物や
読書と言う行為を好んでいるはずなのに。
その理由は、説明してしまえばとても簡単な事で
アレンが本を読む事を好んでいるからこその、気持ちの問題だったようです。
「これじゃ………学校とかでやっている普通の読書と、何も変わりません
寝る前の特別な読み聞かせには、とうてい及ばないのです
うぅ、昨日に引き続き今日までもこんな調子だなんて……
物足りません、なんかこう、ムズムズします
いけません、これはとてもいけない気がするのです
だって、師匠が不在になる前までは、僕はこの時間をとても楽しみにしていて
1日の終わりを心満たされた状態で終われていたというのに
これでは、いくら身体検査の数値に異常が出ていないとはいえ
いつもと変わらない、健康的な生活を送っていると師匠に報告した
僕の言葉が偽りになってしまいます
それに、今日と昨日の2日間でも
このモヤモヤと言っていいのかよく分からない感覚はなんか嫌です
これ以上これが続くのは阻止しなければ……
原因は師匠がいないという他に何かないでしょうか?
読み聞かせをしてもらえないことも要因の一つとして考えても良いのでは?
あとはそう、師匠がいないということは、人数が足りないということでもあります
だって、前にメイドのエコーさんとお留守番した時には
こんなことは起こらなかったのですから、おかしいです
あの時も、確かエコーさんが読み聞かせとかした事無いからと
本ではなくスゴロクというゲームで遊んでもらって就寝したはず
あとは…………そう!
他者がいないゆえの会話の少なさです
ノッポさんがいらっしゃるので、会話が全く無いわけでは無いのですが
それでも、ノッポさん自身が喋れなので、どうしても僕の会話数が減っています
原因の一つはこれかもしれません
意識的に独り言でも喋るようにしてみましょう
頭数の問題は………確か、師匠の部屋に以前おままごとで使用した
等身大人形の素体がいくつか持ち込まれていましたね
あれに師匠の服とかを着せれば
代用品くらいにはなるかもしれません、お借りしましょう
そして一番の原因だと思われる読み聞かせの問題
これはどうしたものか………
師匠の話だと、不動産屋さんのラックさんが
2日に一回は様子を見るために泊ってくれるとかいう話になっているはずなのですが
もう午後10時半を過ぎているのに、全く来る気配がありません
彼を頼るのはやめておきましょう
読み聞かせの経験があるようには見えませんし、なんだか少し頼りない気もします
………そうですね、せっかくかつてお世話になった等身大人形を使うのですから
今回も少しだけ、おままごとの要素を取り入れてみましょうか
今日は僕が師匠役になり、お人形さん達に読み聞かせをするのです!
うん! これで計画はバッチリ!
早速準備に取り掛からねば、材料を集めてリビングに集合です! 」
それから、彼の行動は迅速でした。
人形を持って来て、服を着せて組み立てる。
本の用意に、クッションと毛布、暖炉の用意も抜かりはありません。
そうしてはじまったおままごと、ならぬ人形達への読み聞かせ会。
魔法師ライルが置いて行った
1着の引きずってしまう程に長いローブを身にまとったアレンは
彼の胸の奥に巣くい始めた不安を、少しでも払拭してしまおうと
懸命に童話の読み聞かせを繰り返しました。
しかし、そのおかしな努力が、彼の望む形で実る事はありませんでした。
1話読み、2話目に続き、3話目へと読み進め、4話目に突入してなお
アレンの感じた強い違和感や疼きは増すばかり、むしろ
彼の見解が間違っているのだと、全身に訴えかけるかの如く、強く大きくなるばかりです。
その理由も、正体も分からぬまま
4話目の話を読み終えて、次の5話目を読み進めめる中
ふと、作中に出てくる主人公の状況を表す文章に目が留まりました。
それは、主人公の少女が森で迷い
帰り道が分からない事を嘆いている、そんな物語の一場面のようです。
『知らない場所に、星の広がるくらい空
小さなお菓子を一つ、手の中に握り込んだまま、彼女はか細い声で告げました
どうして言いつけを守らなかったのだろう
どうして家からこっそりと抜け出したのだろう
あんなことをしなければ、今頃わたしは
温かな布団の中で楽しい夢を見ていたはずなのに
そして次の朝目が覚めれば、ダイニングには温かな朝食と母さんの優しい笑顔が待っている
洗面所からは弟たちの騒がしい声、足元には私にすり寄る猫のチェコ
既に朝食を食べ始めながら、朝刊を呼んで難しそうな顔をする父の姿
そんなものすら、今は懐かしく愛おしい
そんな場所に帰りたい、そんな日常に戻りたい
だって、ここには何もなくて、誰もいなくて、何も見えなくて
こんなにも、冷たさと恐怖で満たされている
怖い、この静けさが怖い、あの暗い闇が怖い、私一人であることが、寂しい』
冷たくて、悲しくて、怖くて、そして寂しい。
それは、どのお話にでもよく登場してよく耳にする事の多い
どこにでもある当たり前の物の一つでした。
アレンがよく読む本にはもちろん
ライルから頼まれて買ってくる新聞ですら、時折見かける程よくある単語。
『寂しい』
人間の持つ感情の種類のうちの一つとして
ごくごく自然に、最初から持ち合わせている物の一つ。
普段から何気なく、断片的なざっくりとした内容のまま
理解していたような気になって、読み飛ばしていたそれを
この夜、人形アレンはその身をもってはっきりと理解してしまいました。
「僕は………もしかして、今
寂しいと……思っているのでしょうか? 」
その日の晩、等身大の人形をライルの部屋に片付けた後
アレンはそそくさと、自室の布団の中へと潜り込み床に就きましたが
産まれてはじめて、なかなか寝付けない夜を過ごす事になります。
人形の体も、時には思うように動かなくなる事もあるのでしょう。
(おまけ)
〔国内で良く出回っている童話集より抜粋〕
昔々のとある町にて
ブリキの玩具を貰った、とある女の子が住んでいました。
女の子に対するプレゼントにしては、ややいかつく
鉄臭い無骨すぎる贈り物ではありましたが
「降りかかる災いや困難から、彼女を守ってくれますように」という
祖父からのそんな願いの籠った玩具でしたので
女の子はブリキの玩具をとても気に入り、いつもそばに置いて大切にしていました。
しかし、子供という物は成長する物ゆえ
いつまでも玩具で遊んでいるわけにはいきません。
物を大切にするのは良い事ですが、小さな頃に貰った玩具を
いつまでも大事に持ち歩いていては、可愛い愛娘が周りの子供からいじめられてはいけない。
そんな心配をしはじめた父親は、女の子がもう少し大きくなり
隣町の学校へと通うようになる時期を見計らって
古くなり、錆付いてきていたブリキの玩具を、捨てるように、と娘へ告げました。
女の子はとても悲しみます。
それもそのはず、声も命も無い作り物でも
幼き日より、これだけの年月を共に過ごしたのですから、情が沸かないわけがありません。
あまりにも悲しみ、いつまでも泣き止まない娘を気の毒に思った母親は
彼女に対して、こんな作り話をしてみました。
「貴方は大きくなって新しい学校に通う
勉強も忙しくなって、お友達と遊ぶ時間も増えて来る
そうすると、貴方がブリキの玩具さんと遊ぶ時間は
どんどん少なくなってしまうでしょう?
だからそうなる前に、ブリキさんはこれから旅に出て
次の自分の居場所を探しに行くのよ
広い土地を見て、たくさんの人と出会って、まだ見ぬ物を探していく
そしていつか、ブリキさんの家族やお友達、仲間が一緒に仲良く暮らせる町を
旅をしながら、自分で作り上げていくの
それなのに、貴方がそんなに泣いて引き留めてしまっては
ブリキさんは貴方の事が心配で、いつまでも旅に出る事が出来ないわ
そうだ、彼が旅路で困らないように、何か贈り物をしてあげましょう
身支度を整えて、きちんとお礼を伝えたら
貴方もちゃんと、ブリキさんとお別れをするのよ」
女の子は相変わらず泣いてはいましたが、両親に諭されながら、手伝われながら
ブリキの玩具に、それらしい旅支度をしてあげます。
余った布地を当てがった小さなコートに、綿を詰め込んだフカフカの帽子
布製の鞄には木の実と花、糸巻と綺麗なボタンを詰め込んで
最後に、庭で拾った形のいい小石を先端に取り付けた、一本の細い槌を持たせて支度は完了。
翌日の早朝、まだ誰もいないゴミ置場にて、女の子はブリキの玩具に別れを告げました。
「さようなら、ブリキさん
ブリキさんが色々な所へ旅をして、素敵な居場所を作っていくみたいに
私も、新しい学校や新しい人たちの中でがんばってみるね
だから、どうかいつか
ブリキさんの作る素敵な町を、いつか私にも見せに来てね」
それはもちろん、母親が女の子をなだめる為についた、悪意のない大人の嘘であったのですが
その嘘を真に受けてしまったのは、ブリキの玩具の持ち主である
女の子だけではなかったようです。
「吾輩、吾輩の名は、、ブリキさん、ブリキの玩具のブリキさん
広い土地を見て、たくさんの者たちに出会い、まだ見ぬ理想の町を自ら作り上げる物
そしていつか、夢叶いしその暁には
我が主人に、吾輩の理想の町をお見せする為、再びこの地に舞い戻るのだ」
(このページはここで終わっている)
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