人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで

34話 久しぶりの休日と町の観光

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「アレン、次の土曜日と日曜日はお休みにしないか?

 これまで、ずっと先延ばしになってた
 アレンの新しい杖を一緒に作ろう

 今度は、材料選びとか設計についても
 俺が一緒に手伝うから

 素材選びに良さそうな材料屋さんとか
 アレンの杖作りの参考になりそうな雑貨屋さん
 あと、ちょっとした展示会なんかもいくつか調べたんだよ

 土曜日は素材選びとかの為に
 この周辺の町と展示会を回って

 日曜日に一緒に製作したりとか

 どうだろう?
 最近、土日も学校に行って
 校舎の中や敷地を探検したりしてたけど

 たまには、せっかく大きな都市に住んでるんだし
 街中で遊んでも良いんじゃないか?

 ほら、この展示会の近くには
 ワゴン販売のクレープ屋さんなんかもあるんだってさ

 アレン、こういうの好きだろ? 」

「行きます、絶対行きます
 行きたいです、行かせてください

 学校とかもう一ヵ月ぐらいお休みで全然いいです

 クレープ食べに行きましょう」

「いや、クレープがメインなわけじゃないからな?

 あと、嫌じゃないなら
 ちゃんと学校は行ってね? 」

そんなある日の夕食時に交わされた
師匠である魔法師ライルと弟子の人形アレンによる週末のお約束。

その後、彼との約束をちゃんと守り
土曜日までの数日間、いつも通り休む事もなく

元気に魔法学校へと通い続けたアレンは
いよいよ明日に迫った、師匠との久しぶりのお出かけを控え

なかなか寝付けないまま、気の長い夜を過ごしていました。

「……ダメです
 眠ろうとすればするほど、より明日が楽しみすぎて

 どんどん眠りとは関係ないことで
 頭の中がパンパンになって眠れません

 しかし、眠れないものはもう仕方がない気がします

 むしろ、最近は師匠の言い付け通り
 まじめに人間っぽく、ちゃんと7時間以上の睡眠をとり続けていましたし

 むしろ、人形感覚で言えば
 これは寝過ぎの部類に入るのでは?

 ならば、明日に控えたお出かけを目の前にして
 興奮と熱狂で、今晩くらい眠れなくても

 人形の僕には、全く問題ないということになるかも………

 なんだ、なら
 はじめから眠ろうとして、無駄に頑張った僕が愚かでした

 そうと決まれば
 この一晩で、僕が明日に向けてやるべきことは一つです」

そう言って、明りの消された部屋の中
こっそりとベットから抜け出し、机の上に置いていたノートとペンを手に取ると

いつでもベットの中に戻れるように
アレンはベット近くの床に這いつくばり

ノートの間に挟んでいた
ペラペラした、薄い1枚の紙を取り出します。

「放課後の帰り道で
 こっそりと下調べに寄っておいて正解でした

 このままでは、きっとお店の前で悩んでいたでしょうから

 この、展示会近くで販売されている
 クレープ屋さんのメニュー一覧が記載された

 ワゴン販売店のクレープ屋さんのチラシで
 明日、師匠と食べるクレープの内容を、先に決めておきましょう

 えっと、ベースのクレープを元に
 お客さん側が好きなトッピングを追加料金で増やせるのですね

 だから、クレープそのものの値段がこんなに安かったのですか、納得です

 ベースの味は……
 シュガーバター、ストロベリーホイップ、チョコホイップ、キャラメルホイップ

 おぉ、バター&チーズなんて物もあるじゃないですか
 これらのしょっぱい系のクレープ達に、追加のトッピングを乗せれば

 いわゆる、おかず系のクレープになるのですね
 こちらも大変魅力的です、トッピングはどれどれ……?

 定番のフルーツからキャラメルクランチ、アーモンド
 ケーキやクッキー、アイスクリームなどの豪華な物まで
 え、プリンも良いんですか!? リッチというか、挑戦的ですね、素敵です

 そしておかず系も種類豊富に
 ソーセージ、ハム、ツナ、マヨ、卵サラダにゆで卵、おぉオムレツまで、卵祭りです
 鶏肉の照り焼きにハンバーグ、チリビーンズ、ポテトサラダと来ました

 これはもう、これらだけでも充分に食事ではないですか
 それをあえてクレープで巻き巻きし、一緒くたにして一つの料理とするなんて

 これこそ贅沢の極みなのかもしれません
 普段のお皿に乗った、定番の食事ももちろん大好きですが
 こういった、食べ歩きを考え、美味しさや見た目のみを重視した

 いわゆる、食べ歩きフードという奴にも
 抗いようのない、強い魅力をひしひしと感じます

 ジャンクな感じの食事、と表現すればいいのでしょうか?
 これはこれで、いいですね、良いと思います

 そんな中でも、きちんと野菜のトッピングも用意されているのですから
 人々の食事への情熱や創意工夫への熱量は、本当に尊敬の極みです

 明日はどれにしましょうか
 おやつとお昼ご飯で2回食べてもいいかもしれません

 師匠が飽きないように
 僕が美味しそうな組み合わせを、いくつか考えておきましょう

 ノートに書きだして、メモメモ………」

あんなに長く感じた一晩も
好きな事さえしていれば、それは瞬きのように一瞬の出来事。

こうして、訳の分からないクレープ問答により
あっという間に、翌朝を迎えた人形らしからぬ人形は

全く眠っていないにもかかわらず
疲労も気だるさも何も感じさせない、いつも通りの様子で支度をはじめました。

春も半ばを過ぎつつある中
だいぶ暖かくなってきた気候に合わせる為

今まで着ていたコートをしまい、もう少し薄手の軽いジャケットをチョイス。

半ズボンに茶色いブーツ
人形である証の関節部分を隠す、長めの靴下とサポーターも忘れてはいけません。

服の色に合わせたキャスケットと
買い物用の大きくて丈夫なリュックサックを背負ったら準備は完了。

そのまま元気に階段を駆け下りて
お屋敷に仕える使い魔、ノッポさんが作ってくれた朝食を食べる為
1階にあるダイニングへと駆け出していきます。

「おはよう、アレン

 なんだ、リュックまで背負って、もう準備万端だな
 でも、朝食はゆっくり食べて行こう

 まだ朝早くて、時間的には余裕もあるんだから
 リュックと帽子は、そこの隅に置いておきなさい

 ほら、そこの

 俺のコートや帽子、鞄が掛けてある傍に置いておけば
 絶対に忘れたりしないだろ? 」

「はい、師匠、分かりました
 では、師匠の荷物の真下に、僕の荷物をまとめておきますね

 ………師匠の着るコートも、薄手の物になっています

 こちらは、先日エコーさんがお城から宅配便で
 こちらに送ってくれた荷物の物ですか?

 僕の今日のコートも、エコーさんがその時入れていてくれた物ですよ
 これならば、夏になるまでの中途半端な時期に着ていても

 暑そうでもないし、寒そうでもないからちょうど良い、と書いてありました

 その他にも、着こなしの組み合わせ方や
 天候、気温に合わせた服選びの基準など、細かな記載のあったあの説明メモ

 服選びのまったく分からない僕にとって、とても為になります

 エコーさんは、なんだかこういった説明や指示、準備などが
 とても細やかな方な印象がありますが

 それは、僕が作られる前からのことなのですか? 」

アレンの素朴な質問に対して
あぁ、そうだよと、魔法師ライルはあっさりと答えます。

「だって、エコーがこんなに細かく指示してくれたり
 物事を教えてくれるようになった原因、ほとんど俺にあるから

 王都の施設で保護されたり、魔法師団に入団して生活してた時期も
 長年の野営での習慣が身に付いてた俺には

 衣服の事とか、生活系に関する知識がほぼ無い状態だったから

 そこらへん、すごく適当に済ませて過ごしてたんだ

 だから、凝った服の着方とか、身だしなみの整え方なんかも、ほとんど知らなくてさ

 魔法師団長になったばっかりの頃も

 団の制服の他に、私服らしい服をほとんど持ってなくて
 クローゼットの中に、数枚の下着と白色のワイシャツ
 あとズボンが何着かづつしか入ってない状況をエコーに見られて、すごく驚かれたっけ

 シャツも、アイロンのかけ方がよく分かってなかったから
 クシャクシャのシワだらけのまま着てたし

 だから、生活状況は今よりもだいぶ悪かったんだよ

 それを、魔法師団長がこれじゃ流石にやばいってんで
 エコーが色々と教えてくれたり、頑張ってくれたりしてさ

 本人にも直接言われたけど
 彼女のこの細かい指示癖やメモ書きの習慣は
 
 ほぼ、俺が原因で出来たものらしい

 こっちとしては、すごく助かったし、ありがたい限りなんだけど
 彼女には世話になりすぎて、なんだか悪い事したなって気持ちもあるんだ

 頭が上がらないよ」

さらりと朝から、過去のダメエピソードを挟みつつ
朝食のトーストとオムレツに手を付けるライル。

その後の朝食時の雑談にて
いつも被っている、様々な種類のいかつい形をした帽子ですら

当時、その若さと団長着任に関する方法から
周りの高齢層や貴族の者達から、どうにも舐められやすかったライルに

少しでも箔を付けてやろうと
メイドである彼女が、あれやこれやと試行錯誤した結果なのだとか。

追加の思い出話も挟みつつ
アレンとライルの休日の朝は、ゆっくりと過ぎていきました。

朝食を終え、準備も完了。

玄関の鏡にも挨拶を済ませた彼らは
ステンドグラスのあしらわれた、重厚感ある玄関扉を開け

意気揚々と、休日の街並みへと出かけていきます。

時間は1日あるとはいえ
回るお店の箇所も、そこそこの数になるのですから

楽しみを数多く控えた彼らにとって、無駄に出来る時間は無いのです。

住宅街と商業施設の立ち並ぶ区域の境界線
お屋敷から伸びる、平らな石畳を進み、町中へ出発。

まずは、どのお店から見て回るのでしょうか?


一軒目 魔法材料専門店〈月の畔〉

本日最初の一軒目は
小さなお屋敷から歩いて15分程の所にある
そこそこの大きさを誇る、魔法材料を専門的に扱う古い老舗店でした。

三階建ての、苔とアイビーの葉が外壁を覆い隠す
とてもではありませんが、綺麗とも新しいとも表現できない

コンクリート造の古い建物ではありましたが
品数の豊富さと品質の保証だけは確かです。

なにせ、個人への販売だけでなく
いくつもの工房や個人経営の店舗にも、材料を卸している老舗なのですから

こんなに古く、老朽化の進んだ店構えでも
実力と繋がりで、この空中都市の創立当初から、根強く生き残って来たお店の一つ。

この店に来れば、大体の欲しい物が揃うと
周辺の魔法師達の間で、まことしやかに囁かれている

商業区域の隅に店を構えた、隠れた名店の一つなのです。

「あぁ、この地域の知り合いしか知らない店を
 からくりの使い魔を使って、ここを見付けられた時は驚いたよ

 そんで後日、改めて来店してきたお客さんときたら
 薄らひょろいガキンチョじゃないか

 この都市が空に上がって、もう40年あまりになるが
 まだまだ珍しい出会いってのはあるもんだな

 まあ何にしろ、うちの品揃えや品質なら信用できるなんて
 そんな誉め言葉貰えたとなっちゃ、悪い気はしないわけよ
 
 さあさあ、今日は何をお探しだい?

 可愛いお弟子さんまで引き連れて
 大きなリュックにゴツイ鞄まで下げてきたという事は

 何か大きな買い物が目当てだろう?

 召喚の材料から道具の部品まで
 魔法に関する物ならうちにお任せ、さあさあ、なんでも言ってくんな」

「そんなかしこまったしゃべり方して
 貴方も俺とそんなに年端は離れてないんだから、意味ないだろ?

 若すぎて舐められる気持ちはよく分かるけど
 結構、違和感すごいぞ? お父さんの方は元気ですか?

 先日来た時は、腰を痛めたとかで悲鳴を上げてたけど

 あれから体調の方はいかがです? 」

「俺は形から入る主義なんだ、分かってるんならあえてほっとけよ

 親父は今日、その腰の治療のために整骨院に通院中だ
 だから、対応は息子の俺が務めるが、文句はねーだろうな?

 他愛ない会話で場も温まったところで
 さっさと本題に入ろうぜ、休日は客の入りがいつもより多いんだ

 なのに店員は俺と俺の後輩二人の計三人しかいやがらねえ」

「今日は俺の弟子である、アレンの杖を作る為の材料を探してるんですよ

 まだ得意な魔法属性は発現していないので
 専門属性のあまりない、汎用性の高い材料を一通り見せてほしいです

 杖の形状も、まだ具体的には決めていないので
 良さそうな物があれば是非紹介してほしい

 あぁ、紹介を忘れてた
 アレン、こちらのお兄さんがこの店の店主の息子さん

 店の後継者を目指して、絶賛修業中のエディさんだ

 アレンも、何か授業で必要な物が出たら、ここに寄ってみるのもいいかもな

 魔法道具の素材に紛れて、文具用品なんかも地味に取り扱ってるし
 値段の高い商品もあるけど、品質は確かだから」

「はじめまして、エディさん
 僕の名前はアレン・フォートレスです

 色々なことを学び身に付け、生活魔法の習得と性能の向上を目指し
 この都市の中央部分に位置する、魔法学校に通っています

 どうぞ、よろしくお願いいたします」

「はい、こんにちは
 よろしくな、アレン君

 なんだよライルさん、俺の事言えないくらい
 大人びた物言いのお弟子さんじゃねーか

 しかもえらく綺麗な顔立ちの子供だし
 一瞬、女の子か男の子か分からなかったよ

 それに、うちはあくまで魔法素材専門店なんだ

 材料の購入ならまだしも、文具品なら三軒となりの
 文具店をオススメさせて貰うよ

 ささ、それで話はそれちまったが
 杖作りの材料探しだったな

 ありますよありますとも、なんせうちは魔法材料専門店だからな
 しかし、今時にしちゃ珍しい、まさか杖を手作りするとは

 材料もだけど、参考ついでにこっちが取り扱ってる既製品の杖も見て行けばいい
 ライルさんも、普段使い出来る気軽なのが一本欲しいって言ってたでしょう?

 あれから、何本か良さそうなのを入荷したんです
 長いのから短いのまで、はたまた杖の代用もできる魔導具もあるんで

 しっかり参考にしてって下さいよ」

気のいい見栄っ張りな青年の案内の元
質の良いたくさんの材料と、ライルの追加の杖を手に入れた一行は

はじめから増えてしまった重たい荷物を
一度屋敷へと置きに帰り、もう一度外出するのでした。


二軒目 手芸用品店〈パッチワークミックス〉

「ここは一般的な手芸屋さんだな
 さっきの店と違って、個人でやってる店じゃなくてチェーン店だから

 店員の数もお客の数もだいぶ多い

 はぐれないように、しっかり手を繋いどくんだぞ? 」

「はい、師匠

 ところで師匠、魔法の杖の材料に
 普通の道具や材料を使用することもあるのですか?

 ここには、布や糸、ビーズなどをはじめとした
 目移りしてしまいそうな、面白い物がたくさん並んではいますが

 どれも、魔力の感じられない、普通の素材ですよ? 」

「あぁ、素材は幅広く使うから
 特殊な物に加えて、こういった普通のどこにでもある物も使うんだ

 ほら、アレンがこの間作って帰ったぬいぐるみも
 魔力の込められた材料は、精々ぬいぐるみの中に入れるコアと
 布を縫い合わせる糸ぐらいで、あとは普通の、何の変哲もない材料だったろ?

 全部が全部、特殊な素材じゃなくていいんだよ

 むしろ、なんでもかんでもそれで揃えようとすると
 素材同士の癖が強くて、反発を起こしたり、相性がよくなかったり

 あと、コストがかかりすぎたりとか、色々問題も出てくるから

 こういった、何でもないけど、相性のよさそうな素材や
 応用の効きそうな物なんかを見て、覚えておくのもいい経験になる

 見てみろ、アレン
 布だけじゃなくて、レースやリボン、手芸糸も豊富だぞ?

 これくらいなら、少しいじってもすぐ壊れたりはしないだろうし
 魔力を付与して、小道具としても使えるんじゃないか? 」

「実技試験の試験監督の先生に
 ぬいぐるみや糸をたくみに使用して結界を張っていた先生がいらっしゃいました

 あの方の魔法も、そういった仕組みだったのかもしれません

 師匠、このフワフワの毛の塊
 この細長い針でチクチクと刺していくことで、動物の形になるそうです

 こちらは刺繍用の制作キットと書いてあります

 魔法陣を刺繍糸で布に縫い付けると
 効果はどのように現れるのでしょうか? 」

どこにでもある普通のお店で
魔法師ならではの、独特な見方から交わされる彼らの会話は

一般的な目的で店を訪れたお客さんたちに比べると
だいぶ異質な存在ではありましたが

沢山ある、水槽の水の中に
一滴の色水が落ちた所で、すぐに紛れて、分からなくなってしまうのと同じように

彼らのそんな会話すら、込み合う店内の人混みが
上手い具合に隠してくれたおかげで、さほど目立つ事もありませんでした。

いくつか気になった品を購入し
ライルとアレンの二名は、次の目的地へと向かいます。


三軒目 魔法道具を専門に展示した施設〈魔法道具博物館〉

「ここ、一度来てみたかったんだよ
 本当は、アレンの実技試験の前にでも見ていたら

 参考の一つになったと思うんだけど
 時間とかの都合もあって、結局来れなかったんだよな」

「その分、今日はゆっくりと見ていけるので
 何も問題は無いと思うのです

 ほら師匠、ここの扉の先から
 ちょうど、歴代の杖を展示しているエリアになるそうです

 その先にも、魔女たちの薬草学エリアや
 浮遊競技で実際に使われた、乗り物系の道具なども展示されているのだとか

 でも、浮遊魔法を無理に使わなくても
 僕にはもう、師匠の作ってくれた、あの特製ボディーがありますから
 もしかして、浮遊魔法の勉強は不要なのでしょうか? 」

「そんな事無いよ
 あれはあくまで、軽くした体で高くジャンプしているっている仕組みだから

 鳥やドラゴンが、己の翼で空を飛んだり
 魔女のほうきで夜空を駆けるそれとは、やっぱり大きく異なるものだ

 魔力の消費は抑えられるし、あれはあれで便利だろうけど
 学べる物は、多く学んでおくに越した事は無い

 いつかどこかの場面で役に立つよ

 一通り見たら、外に出て、アレンの食べたがってたクレープ屋さんに寄ってみよう
 パンフレットも買って、お土産売り場も覗いて……

 ふふ、まだまだ先は長いな」

「早速向かいましょう、師匠
 クレープが僕らを待っています、予習もバッチリで組み合わせもすでに決めているのです

 迅速に向かい、スイーツ系クレープだけでなく
 おかず系まで余さずコンプリートです」

「あはは……、そんなに慌てなくても、クレープは逃げたりしないから
 この博物館もやたらと広いし資料も面白いから、ゆっくり見て行こうな」

こうして、広い館内をじっくり見て回った魔法師と人形は
予定通り、お土産売り場にてパンフレットと参考資料

それに、学校の友人や屋敷の使い魔
王都の城にて仕事を続けているであろう、銀髪のメイドへのお土産もいくつか買い込み

立派な作りの魔法道具博物館を後にしました。

余談として

宣言通り、甘い系のクレープとおかず系のクレープを
それぞれ二つづつ、綺麗に平らげたアレンの様子に

クレープ販売ワゴンのお姉さんが
思わず二度見してしまった事は言うまでもありません。

なんだかんだと、ライルの方も
アレンの考えたとっておきのトッピングメニューである

卵サラダと鳥の照り焼きに
スイートコーンとクルミをのせた、特製チーズクレープを堪能し

少し早めの昼食を楽しんでから、次の場所へと移動していきました。


四軒目 期間限定イベント〈ミニチュア展示販売会〉

「ここは以前、師匠と夜に訪れた自由市場の近くですね

 この辺りは、申請を行うことで
 誰でも自由にお店を出せる場所のようです

 商業エリアに立ち並ぶ
 建物を構えたお店とは異なり、それぞれのお店の規模は大変小さいですが

 その分、珍しくて変わった品ぞろえも多く、とても面白いです
 師匠、今日は特に何かのテーマに沿って、色々なお店が揃えられた催し物だそうですよ

 先程、入り口で貰っていたパンフレットには
 いったい、どのような内容が書かれていたのですか? 」

「まあ待て待て、慌てるな
 えっと ミニミニ世界へご招待、職人技の光るミニチュア大集合イベント らしぞ

 アレンが前回作ってた、あの巨大な城壁の杖も
 大きさに関わる魔法が掛けられた物だったし

 こういった物も、参考になるんじゃないかと思って見てたんだ

 これらのミニチュア向けに販売されている物は
 みんな作家による手作りの品らしい

 指先に乗るくらい小さな野菜に、手のひらサイズの立派なお城

 どれを取ってみても
 本物を魔法で縮めてたんじゃないかってくらいのクオリティーの高さだ

 どうだ? アレン、何か気になる物はあるか? 」

「家を小さくした物、建物を小さくした物
 そして、その小さな物を集めて作った、世界観や物語を表現した作品の展示

 小物一つを取って見ても、細やかな技術が光るのはもちろんですが

 僕は、あの中央に展示された
 街並みや情景を再現した、ジオラマスペースが気になります

 小さな建物や変わった建造物
 あれらは、本で見かけた架空の街並みや外国の風景に似ている気がします

 似せて作られた物なのかもしれないですね

 実際には遠くて行けない場所なのに
 こうして小さな形で、手の届く距離まで近づけるのは、なんだか不思議な気分です

 本の中に出て来た、大きな巨人の種族や世界を旅する冒険家の皆さんは
 このような気分で世界やそこに住む人々を見つめていたのでしょうか?

 それと、同じくお話に出てくる悪者が
 みんなこぞって、世界を手に入れたい、自分の物にしたいと考えたのは

 ここで、美しいミニチュアを目の前にして抱く
 憧れや所有欲に由来する物だったのでしょうか」

「う~ん、そこまでは流石に俺も分からないな

 でも、分からないからってそこで終わったりはしないぞ
 最初にアレンと約束したしな

 知っている事は教えるし、アレンも俺から学べるだけ学ぶ
 で、俺もアレンも分からない事があったら一緒に探そうって

 それじゃあ、さっそく探しに行こうか
 手で触れなければ展示物に近寄って眺めてもいいらしい

 巨人の気持ちも、冒険家の気持ちも、世界を欲しがった悪者の気持ちも
 一緒に体験して、探しに行こう

 気が付いたら、そのうち見つかるかもしれない」

小さな街並みを眺めながら
まるで怪獣にでもなった気分で、色々な眺めのジオラマを見て回る彼らは

杖作りの参考としてではなく
ただ、興味が湧いたから、気になったからという自然な理由で

しばらく、その自由市場をブラブラと宛ても無く見て回るりました。

途中で見つけた、ドーナツ屋さんの移動販売ワゴンにて

ライルはチョコレートとナッツのフワフワドーナツ
アレンはストロベリーミルクのカリカリドーナツを食べた事も

当初の目的であった杖作りには
全くもって関係の無い事ではありましたが

そんな事は関係ありません。

楽しかったのですから、それで良いのです。


五軒目 玩具チェーン店〈三十五番目のネジ巻き玩具店〉

「師匠、この玩具屋さんに来たのも
 午前中に寄った、手芸用品屋さんを訪れた時と同じ理由でしょうか?

 確かに、ここには様々な形状の物がひしめき合っており
 何かの参考になりそうですね、どこから見て回りましょうか? 」

「いや、ここはそういう目的で寄ったんじゃないんだ

 ………もちろん、ここにある物を魔法の参考として見てとらえても面白いけど
 よく考えたらさ、アレンって、10歳と表向きには名乗ってるけど

 本当は、まだ1歳にもなってないんだよなって

 10歳でも十分未成年だし
 全然子供の枠には入るんだから、アレンは尚更バッチリ子供だ

 大人はよく、子供に玩具を贈るし
 子供も、いろんな玩具で遊んで楽しむし、新しい物をより多くって欲しがる

 俺も教会では、聖夜には神父様に一年間頑張ったご褒美として貰える
 小さな木の玩具を楽しみにしてたのに

 アレンには、一回もまだ玩具を買ってやっと事ないなって
 今更気が付いたんだよ、それで気になっちゃってさ

 どうだろうアレン、あんまり複数個だと
 持って帰るのに大変だから厳しいけど、何個かなら買って帰れると思う

 どれか欲しいと思う物はあるか? 」

「ブリキの兵隊さんに、お人形のお部屋、これはおままごとの小道具でしょうか?

 いろんな色が使ってあって、キラキラ眩しいですね
 たくさんあって選べません

 師匠、一緒に見て回ってください」

「あぁ、それもそうだな
 ゆっくり見て回ろう、その中で欲しいなって思う物を選ぼうか

 あ、これ、入院してた病院にあった人形のシリーズか?
 あはは、懐かしいな」

結局、この日にアレンが選んだ玩具はありませんでした。

店に並ぶ数多くの玩具よりも
店側が無料で配布している、玩具の紹介文が乗せられた薄いカタログやチラシの方が

彼の興味を強く引いたからです。

数多の玩具が魅力的な言葉選びで紹介されたチラシをめくりながら
玩具屋さんでヒーローものの変身アイテムをいじっていた時より目を輝かせる弟子を見て

(そういえば、城で育てたアレンにとっての玩具は

 俺が買って与えた本や問題集と
 勝手に忍び込んでた俺の部屋にあった、自作の魔法道具とかだったな)

そんな事を思いながら
今度、何かちょっとした玩具でも作って渡そうと考えるのでした。


六軒目 雑貨店〈童話堂〉

「師匠、あそこに寄りたいです」

「ん? なんか気になる店でもあったのか? 」

屋敷への帰り道、唐突に横から聞こえた弟子の声に反応し
魔法師ライルは、彼の指さす方向へと目線を移動します。

そこは、子供向けの童話や色々な国の物語をイメージした雑貨を販売する
可愛らしい店舗デザインがされた、メルヘンな感じの小さな雑貨店でした。

客層は、どちらかと言えば子供や若い女性が多く

成人男性であるライル一人では
とても積極的に入店できるような、入りやすい店構えではありませんでしたが

今、彼の横には見た目も年齢も子供な
人形アレンが付いているのですから、そんな事を気にする必要はありません。

弟子の要望に応え、可愛らしい店の中へと
入ってみる事にしました。

様々な物語をモチーフにして作られた雑貨で埋め尽くされた店内は
販売されている商品だけでなく、その内装もメルヘンチックな物が多く

まるで、おとぎ話に登場する
妖精の隠れ家を連想させるような作りをしています。

「あの鉛筆は星の宇宙列車というお話に出て来た挿絵がプリントされています
 こちらの手帳は眠り姫のバラ模様が美しいです

 このカトラリーに登場する動物たちは何のお話でしょうか?

 あ! よく見たら商品の横に、デザイン元のお話のタイトルがちゃんと記載されています
 うれしい気づかいです、ありがたいです

 知っているお話も多いですけど、知らないお話もたくさんあって
 いくら目があっても足りません

 師匠、僕の眼球を4個に
 いえ、10個くらいに増やせないでしょうか!? 」

「なんかあったな、東の国の伝承集か何かに
 そんな感じで目がいっぱいある魔物の伝承が

 そんなに慌てなくても、ここは屋敷からも近いし
 目を増やさなくても、また来てゆっくり見て行けばいいよ

 なんなら、また来週の週末に
 一緒にお出かけしても、遊びに来ても良いんだから

 ………ちなみに、何か欲しい物あるか? 」

「!! いいのですか!? やった! いっぱいあります! 」

新しいお店を見つけた彼らは、次の来店を約束した後

この日は、アレンの好きなお話である
『ブリキのおもちゃとゴミ捨て場』という童話をイメージして作られた

ペンケースとノートのセットを購入して
可愛らしいその店を後にしました。

今日、購入したお店の中で
一番安い購入金額であったのですが

人形アレンの興奮度合的には
クレープとドーナツを食べている時以上だったように思えます。

物の価値とは、値段だけで評価は出来ない事
自身の弟子に、食べ物以外にも好きな物があった事の二つを確認出来て

なんとなく、少しホッしてしまった魔法師ライル。

彼らの多忙な休日の予定は
なんとか無事に、すべて回りつくせました。


「……うん、予定していたお店や展示会は、これで一通り回り終えたな
 
 材料も買ったし、参考用の資料としてパンフレットやカタログも手に入った
 収穫の多い買い物だった、屋敷の近くの町も色々見れたしな

 アレンはどうだった?

 久しぶりの休日だったと思うけど
 少しは楽しかったか? 」

鞄もリュックもパンパンに膨らませ
手には大量の紙袋を抱えた師弟のライルとアレン。

日も暮れた帰り道を下りながら
ライルはそんな事を、本日散々色々な物を食べつくしたアレンに対して投げかけますが

そんな質問は、もはや聞く方が愚問だったでしょう。

その問いに対する答えは
隣に並んで歩く、人形のお顔を見れば、明らかだったですから。

「すっごく楽しかったです
 大満足の一日であったと、僕も感じました

 師匠、またお出かけをしましょうね」
 
無表情である事には、相変わらず変わりのない人形ではありましたが

そんなハンデなど一切感じさせない程
彼の言葉や仕草には、人らしい、感情的なそれが多く含まれるようになりました。

まだ夏には少し遠い
春の終わりの休日に垣間見えた、弟子の些細で確かな成長を感じつつ

魔法師ライルと人形のアレンは
手に入れた沢山の収穫物を抱えて、小さな屋敷へと帰って行きます。
 
日曜日の杖作りという
当初の目的を、明日に残したまま。


(おまけ)

〔銀髪のメイドに届いた贈り物より抜粋〕

少し大きめの小包だ。

紺色の地味な色使いではあるが、上品な柄の包装紙にメッセージカード付
悪くはないと思う、むしろ彼にしてはなかなか頑張っている。

表のメッセージカードには
ちょっとした感謝の言葉が一つだけ、これまた素っ気ない。

箱を開けてみると
そこにはいくつかの贈り物と小さな手紙が添えられている。

なるほど、贈り物の内容が一つではなかったから
こんなにも箱が大きくなったのか、納得だ。

贈り物の内容は以下の通り。

・銀とルビーで作られたハート型のブローチ
 周りの小さなバラの模様が可愛らしいが、大きくは無いので下品ではない

・赤と黒の布地が使われた、少し歪なクマのぬいぐるみ
 首元にあしらわれた赤いリボンには、青色の刺繍糸で『アレン作』と縫われている

・魔法道具博物館で購入されたと思われる
 手のひらサイズ図鑑と金色のほうきキーホルダー

 この形は、過去に優勝した選手の愛用品を模った物だと思う

・酒瓶サイズの立派なボトルシップ
 中に収められた船や波には、幻影系の魔法陣が仕込まれているようで

 小さくも精巧に作られた一隻の立派な船が
 青く広い海を冒険する様が再現されている、なかなかの品だ

・星見の姫君という童話をモチーフに作られた
 コスメとハンドクリームのセット、とても可愛らしいデザインをしている

 あいつ、どんな顔してこれを買いに店に入ったのだろう?

そして最後に手紙が一通

白い便箋に書かれたそれは
最初のメッセージカードよろしく、簡単な挨拶から始まり

近況報告と短い感謝の一文
仕事の報告を挟み、近々送り主一人で一度城へ戻る事が記載されていた。

手紙の最後には
住み始めた屋敷に取り付けたと思われる、固定通信機の通信番号と

忙しい彼女の体を心配する一文が添えられていた。

ずぼらで面倒くさがりな、あの男にしてみれば
つたないなりにも、色々頑張ったのだろう。

記載された通信番号を手帳にメモして
お礼の言葉を言いに、彼女は部屋に設置された受話器を取りに行く。

その際、生活を心配するあまり
少し口うるさい物言いになってしまうのは、ご愛嬌として許してほしい。



(箱に入れられた荷物はこれで終わりとなっている)
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