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4章 新しい生活から魔法学校の日常まで
33話 新しいカメラと新しい体
しおりを挟む「それで、研究会に入会した特典として
貸し出してもらったのが、その魔法式カメラと道具一式なんだね
僕も実物を見るのははじめてだよ~すごいね
あの家には、こういった魔法道具の類はほとんどなかったから
この蓋を開けて、中の部品を入れたり出したりするの? 」
「はい、この中に入っている、魔法石を加工した記憶フィルムに
レンズを通して被写体の姿やその時の風景を焼き付けるそうです
アメリア先輩の説明曰く
僕はまだ新人で、使い方にも慣れていないだろうからと
フィルムは、あまり画質が良くない代わりに
何度もデータを消して、取り直しが可能になる物を選んでくれたそうです
品質の高い、高級な魔石フィルムになってくると
その場の情景を、絵という静止画だけでなく
動きを加えた動画、それに心象的な演出を追加した加工
音声や細かな光の粒まで、落とし込めるようになってくるのだとか
しかし、そういった高級フィルムは
一度撮影してしまうと、フィルムに強く焼き付くので
他の安い物と違い、取り直しがきかないそうなんです
なので、記録研究会でも
そういった高級品は、体育祭や文化祭、研究員の卒業日などの
特別な記念日にしか使用しないとのことでした
先輩のおっしゃる通り
僕はこの度、はじめてカメラという機械類を扱うので
とりあえず、回数を重ねて慣れようと思います
そういえば
テトラの方は、その後の調子はいかがでしょうか?
ここ最近は、厄介な掃除場所に当たり、とても大変だったと伺いましたが
もし、放課後でよろしければ、僕もお手伝いしましょうか? 」
「あ~、いや、大丈夫
その件はもう落ち着いたんだ
窓掃除で、僕の班の子が校舎の外に落ちかけた時
学年主任の先生がたまたま通りかかって、助けてくれてさ
それで、掃除場所の内容と頻度に問題があるんじゃないかって
うちの担任、新学期早々、教員審議に通されたらしくってね
あの毎日の掃除当番も、今はもう廃止されてて
その代わり、週に一回クラスのみんなで大掃除をすることになったんだ
だから、大変なのは週に一回の放課後だけ
これからはまた、二人とお昼ご飯を一緒に食べられそうだよ
やっぱりこういう時は、上の立場の人の発言力が強いね
あんなに強情だった先生が、一瞬でコロッと主張を変えちゃうんだもん
普通の学校では、これが一般的なのかなって
耐えてた数日間が馬鹿らしく思えちゃった
………そういえば、エレラちゃんはどうしたの?
アレン君にも彼女にも、しばらく会えてなかったから
一緒にお昼ご飯食べたかったんだけど」
「研究会への入会届を提出しに行きました
僕の時と同じであれば、その後に研究棟の案内や説明も受けるかもなので
お昼休み中に会うのは厳しいかもしれません
いえ、僕の時は放課後だったので
ついででやってくれただけなのかもしれませんが
どちらにせよ、明日からは普通に会えるのでは?
またみんなでご飯を食べましょう
特にエレラには、色々教えてもらっているので
今度、お菓子でも持って行って、お昼にみんなで食べなさいと
師匠から指令を受けていますから
そのうち、なにかお小遣いの範囲内で用意できそうな
焼き菓子か何かでも、持ってこようかと思っています
テトラ、食べるとしたら
僕の初めての手作りお菓子と、お店の熟練した技で作られた素敵なお菓子
どちらが食べたいですか?
僕のオススメは、断然お店で作られた素晴らしいお菓子達です
ショーウインドーに並ぶ焼き菓子の隊列は、夢のような眺めですよ」
「あはは、確かに
品質を取ればプロの技に任せる方が確かだよね
う~ん、でもそうだな~
お金を出せば、いつでも手に入る物より
今回は、友達がはじめて作る、手作りお菓子の方を取ろうかな
だってほら、そっちの方が
美味しいお菓子だけじゃなくて
もしかしたら、アレン君の面白エピソードも聞けるかもしれないでしょ?
たとえお菓子が失敗してて、ひどい味になったとしても
それは、お昼の僕らの笑い話で済ませられるわけだし
うん、やっぱりここはアレン君のお菓子がいいと思うな
ほら、アレン君の住んでいるお屋敷にも
お手伝い用の人工精霊がいるんでしょ?
名前は確か、なんだったっけ?
えっと……あ、そうそう、ノッポさんだったよね?
その子にお願いして、手伝ってもらえばいいんじゃないかな?
手始めに、オーソドックスなクッキーとかどう?
僕も昔、弟や母様と一緒に
おやつの時間に食べる、チョコチップ入りの大きなクッキーを
よく作っていた記憶があるよ
その日のうちに食べきれなかった物は、花柄の瓶に入れて翌日食べるんだ」
「ぐぬぬ、テトラが思っていたよりも冒険的で
ちょっと想定外でした
しかし、そうですね
生活魔法の習得を目標に掲げている身としては
料理もそのうち、身に付けなければいけない技術の一つですし
いい機会なのかもしれません
僕の師匠も、最近では
掃除や整理整頓だけでなく、料理も出来るようになりたいと
こっそり練習に励んでいることを知っていますし
僕も負けてはいられません
とびきりのクッキーを作り
当初の標的であった、お礼対象のエレラだけでなく
師匠やテトラ、ついでにペアのハンスにも
僕の料理技術の高さをお披露目することにしましょう」
そんな会話を交わしながら
アレンは手元にあったサンドイッチを口に含み
触り始めたばかりのカメラで
目の前に座る友人、緑髪の少年テトラをレンズに写しました。
ピントを合わせて、構図をチェックし
タイミングの合った一瞬の隙を逃さず、パシャリ。
パキ、ピキ、ジジジジジ…………。
薄い氷が割れるような
小気味いい音を響かせながら、魔石を利用して作られた特殊フィルムには
昼食のハンバーグ定食を品よく食べている
穏やかな笑顔のテトラの姿が、くっきりはっきりと焼き付けられます。
高性能な小型の魔法式カメラを預かって4日目の昼下がり。
慣れていないと言いつつも
あれから、様々な被写体を、手当たり次第にレンズで写し
取り消し可能なフィルムに焼き付けては
撮っては消し、撮っては消し
写しては眺めるという時間を延々と繰り返してきた成果もあり
ただ構図を決めて撮影する、という単純作業であれば
だいぶこなれた雰囲気を醸し出してきた
新人研究員のアレン・フォートレス。
撮影されたフィルムのデータを、その場で少し確認しながら
人形自身も、その短期間での自らの技術向上具合に気が付いているのでしょう。
相も変わらず、そのお綺麗な顔に張り付いた表情筋は
ピクリとも変化を起こしはしないものの
カメラを扱うその手つきからは
どこか浮かれたような、そんな感情が伺えました。
人形も、嬉しければはしゃぐようです。
「そういえば、アレン君
今さっき聞かせてもらった話によれば
君がこうして、記録研究会の新たなメンバーとして
研究会の会長から与えられた物は
そのカッコイイ魔法式の小型カメラだけじゃ無いんだよね?
学校内案内の冊子、その1Pを
アレン君は任されたんだよね、すごいじゃない!
入学早々、学生向けに校内で配布される無料冊子とはいえ
アレン君が撮った写真が、いろんな生徒に見てもらえるんでしょう?
これは気も引き締まる思いだね、頑張らなくっちゃ!
さっきの君の言葉をそのまま返すわけじゃないけれど
僕で手伝えそうなことがあれば、是非言ってよ
幸い、こっちはクラスのゴタゴタも終わったばかりで
どこの研究会に所属するかも決まってない状況だから
最初の頃よりは、少し落ち着いてるんだ
もう、どんな内容にしようかとか
どんな事を記事にしようとかは、決まってるの? 」
「はい、師匠と相談しているうちに
良い案を思いついたのです
なので、新しいパーツが完成次第
計画している作戦を、実行に移そうと思います
だから今はこうして、その時までにたくさん写真を撮影し
いっぱい練習をしたいのです
テトラ、もっと貴方を撮ってみてもいいですか? 」
「うん! どんどん撮っていいよ!
えっと、ただ座ってるだけじゃ、つまらないかな?
ちょっと待ってね!
立ち上がって、ポーズとかとってみるから
こうかな? それとも、こんなのとか?
あはは、なんだか恥ずかしいね
ん? そういえば、パーツが完成次第って、なんのパーツ?
カメラとかの? あ、何かの魔法道具とかかな?
また何か、アレン君の師匠さんに作ってもらうの?
僕も見てみたいな! 」
「それは難しいです」
あっちを向いて、こっちを向いて
今度はそちら、次にあちら、またこちらに向き直り
体をひねり、ピースサインなんてきめながら
様々なポーズを試すテトラを、黒いカメラで追いかけるアレン。
同じ位置から数枚程の写真を撮り終えると
青い人形は突如、持ち前の身体能力を活かして
座っていたベンチから、勢いよく飛び上がりました。
突然、自身の頭上まで高らかにジャンプしてみせた
その友人の突飛な行動に、驚きを隠せず、呆然と天を見上げるテトラ。
その姿を逃す事無く、緩やかに落下していくアレンは
見下ろすアングルから、テトラの珍しい表情をフィルムに焼き付けます。
「これは、僕と師匠のとっておき、いざという時の奥の手なので
テトラにもエレラにも、秘密で内緒な特別なのです」
そんな、とある昼下がりの昼食から、場面は数日程の時を巻き戻し
4日前の夜、アレンが研究会から魔法式カメラを持ち帰った日
彼が帰宅した、魔女のまじない屋敷での出来事です。
「というわけで、師匠
僕は新人研究員として、学校内で配布される案内冊子の
栄えある1ページを飾ることになりました
これは、ゆゆしき事態です!
大変なことになってしまいました!」
帰宅して早々、玄関ホールに飾られた鏡への挨拶と
帰宅してからのルーティーンである
手洗いとうがいを手早く済ませた人形は
小脇に、預かったばかりの
小さなカメラが収納された、専用の黒い鞄を抱えたまま
リビングにて、溜りに溜った書類仕事を片付けている彼の師匠
魔法師団長のライル・クラフトに、慌てた様子で泣きついていました。
「お、おう……
おかえりアレン、今日も学校お疲れ様だったな
………えっと、それで
なんで、そんなに慌ててるんだ?
案内冊子って、なんの話? 」
そして、アレンの突然で支離滅裂な説明に
当然の事ながら、まったく状況の把握が出来ないでいるライル。
とりあえず、疲れて帰って来たであろう弟子を落ち着かせる為に
彼らは、この屋敷の使い魔、ノッポさんが用意してくれた夕食を食べながら
その日に起こった
アレンの記録研究会への入会に関するエピソードを聞く事にします。
「へぇ~、新人に学校内で配る冊子の1ページを任せるのか
面白いというか、思い切った事をするんだな~
腕試し、とか
最初の肩慣らし、みたいな物って事になるんだろ?
入学式のスタンプラリーにしろ
今回のページ作りにしろ
みんな色々思いつくものだよな
俺が同じ立場に立ったらって考えても、思いつく自信ないよ
いや、むしろこういう類の事は
俺よりもエコーの方が得意分野なはずだ
何にしろ、楽しそうな試みだと思う
……それで、内容や状況は大体把握したけどさ
アレンはいったい、何をそんなに悩んでるんだ?
その研究会に入会する前から
入学式の時に会った、あのおしゃべり好きの副会長から
事前情報は貰ってたって話だし
アレンは、入会したら、何かしらのそういった仕事を任されるって
知ってて挑んだんだろう?
出された作業の内容も
無料で配布される冊子の、たった1ページだし
それにアレンは、まだピカピカの一年生なんだから
そこまで高いクオリティーとかは、求められてないと思うぞ?
気軽に、この短い期間内で見つけた
学校内の面白い所とかを、写真付きで説明すればいいんじゃ………」
「それでは………ダメなのです、師匠
僕は、会長からその説明を聞かされた後
作る記事の、参考にしたいなと思い
去年の新入生さんが作ったという、当時の作品である作品を見て帰りました
去年の新人向け課題は、今年のような冊子形式ではなく
一人一枚のポスターだったそうなのですが……
あ! そうでした、忘れてました!
こうして、僕が師匠に説明するよりも
まず、現物を見ていただいた方が早いですね
師匠、はいどうぞ、こちらは会長が親切で印刷してくれた
当時のとある新入生が作成した、ポスターです
データ、という物は便利ですね
一度、それを作れば、あとは機械で複製出来るそうですよ
もちろん、時が経てば破損の危険性も高くなるそうなのですが
記録、という目的に対して、かなり利点の多いツールだと思いました」
そういって、アレンが大きなリュックから出してきたのは
透明なファイルに、シワや折りが付かぬよう、丁寧に入れられた一枚の紙。
A4サイズ程の、その薄い紙に印刷された内容は
写真をはじめとした、文字や記号、小さなミニキャラ達のイラストなどで
可愛らしくデザインされた、ポップで賑やかな見た目をした
『魔法学校で見つける、貴方だけの特別スポットをピックアップ! 』
というタイトルからはじめる
学校内でのオススメ休憩場所をまとめたポスターでした。
目に付きやすい配色や配置を心掛けているだけでなく
スゴロクのような構図を採用し、自然と目で内容を追ってしまう様な
遊び心溢れる、完成度の高い紹介ポスター。
その出来栄えの良い作品を目の当たりにしては
さすがのライルも、認識を改めざるをえません。
新人だから、一年生だから
そんなにすごい物は求められない。
この、甘えと油断に満ちた考え方こそが間違いだったのです。
一年生だからって
最初から本気を出さないなんて事は無い。
上には上が、いくらでもいるのです。
「まずいと、思うのです!
僕は、師匠の弟子ですし
将来は、第二王女様の生活を支える素敵なお人形なのに!
これくらい、いえ……
もっともっとすごいのを作らねば! 」
「う~ん………
俺の弟子だからとか、王女様を支えるからとか
そういった事は、あんまり気にしなくていいぞ? 」
「でも! それでもすごいのを作りたいのです!
貰って来たポスターはこれだけですが
あの研究棟に記録された、歴代の研究員の方々がお作りになった作品は
もっとすごくて、もっといっぱいありました
そして、僕はその研究会に入り
こうして、立派なカメラまでお借りしましたし
最初の作成担当で、彼らのようにすごくて素敵な物を
僕もやりたいのです!
師匠、どうすれば僕も
あのようにすごくてすごい物を作れますか?
そういったパーツを、付け足せばよいのでしょうか? 」
「いや、そういった万能のパーツがあるんなら
先に俺が欲しいくらいだよ
えっと、つまり
先輩方が作ったすごい作品を見て
自分もやってみたいって、影響されたわけだな
つまり、興味を抱いたと
うん、興味のある分野が増えるのは良い事だ
目に見えての成長だし、何よりアレンの貴重な経験に繋がる
分かった、一緒に考えよう
その気持ち事態は、俺も経験がないわけじゃないしな
さて、とりあえずだ、アレン
俺が、前にアレンに教えた考えをまとめる方法、ちゃんと覚えてるか? 」
「ノートと鉛筆の準備はバッチリです」
「うん、正解
何はともあれ、まずは意見や考えの書き出しだ
一回、紙に書き出して形にする
そこから粗削りな材料をまとめたり、削ったり、変えたりしながら
これからの方針を決める
それが済んだら、次に材料集め
何もない状態から、すごい物を作るのはとっても難しいから
まずは、アレン自身が
すごい、これがいいって思う材料をたくさん集める
そこから、どんな物を作るのか
それらの材料を参考にしながら考えよう
全部マネするだけじゃただのパクリと一緒だからな
いろんな材料を参考にして、そこから考えを広げよう」
こうして、彼らの夜は更けていきました。
この屋敷に、雑誌の類はほとんど無かったので
ライルの持ってきた書籍から、参考になる内容をノートに書き写したり
記録研究棟で見た、先輩達の作品を、一つ一つ思い出しながら
真っ白なノートに絵として形に起こしてみたり
師匠であるライルの手や意見も借りながら
アレンは、どんな物を目指すのかを考えていきます。
もちろん、こんなに簡単に書いてはいますが
これらの内容は、決して一晩や一日で終わるような作業ではありません。
日をまたぎ、夜を越し
本屋さんや雑貨屋さん、学校の図書館などで追加の資料を手に入れつつ
二日間という時間を費やして
彼らは、今回の冊子の1ページを、以下の様な内容で制作する事にします。
・文字や文章は最小限にし写真をたくさん使う
(アレンがまだ、文章を書くのが苦手な為)
・学校の風景や校舎の様子が撮りたい
(探検もできるから)
・コラージュノートの様にしても良いかもしれない
(写真集をいくつも買ってきたら、アレンが気になる箇所を切り取って
ノートに貼り付け始めたので思いついた)
・こちらの持つ特技を生かした方法を使用する
やりたい事と出来そうな事
難しそうな事と、挑戦自体が困難な事。
理想を追い求めながらも
途中でぶつかる、技術不足という現実に直面しつつ
今できる範囲で、最適だと思える方法を当てはめながら
アレン達は、なんとか作りたい目標の形を
ざっくりとまとめあげる事が出来ました。
しかし、ここで一つのとある疑問が
アレンの頭に、ふと浮かびます。
最後の目標内容である
こちらの特技を生かした方法で、という一文。
それは、魔法師ライルが
アレンとの会話を重ねている最中に
突然、書き足した文章なのですが
はて、この不可解な一文が指し示す
こちら側の持つ特技とは、いったい何の事なのでしょうか?
「確かに、アレンが人形であるという事実は
周りの人間達に、絶対バレちゃいけない重要な秘密
俺やアレンの、とっておきの隠し事だ
だがしかし、それは
アレンの人形としての能力を、極力使わないようにしたいとか
学校のみんなと全く同じ方法で
日々の生活で直面する、様々な課題をこなして欲しいとか
そういう事は決して思っていない
むしろ、使える所では
積極的に使ってしまえば良いとさえ、俺は考えている
大切なのは、あくまで周りにばれない方法でという事
上手に人間社会の中に紛れ、溶け込み
降りかかる困難を上手く躱したり突破して欲しい
さて、アレン
これから俺がする事を、お前はよく見て覚えておくんだぞ?
そういう、狡くて小賢しい
小細工だらけの搦め手が、お前の師匠は誰よりも得意なんだ」
誇らしげに、そして力強く
少しだけ悪い顔をした若き魔法師団長。
どこぞのメイドと結託し、善良なだけの前魔法師団長から
誰もが想定していなかった方法で、その名誉ある役職を奪った
ライル・クラフトという魔法士の青年は
自身の弟子に、そんな言い訳と一つの考え方を語りながら
今回、アレンが使用する
人形ならでは小狡い奥の手を教えました。
今回も、いつもと何も変わりません。
これまでと同じように、これからも同じように
彼らは、彼らの持ち得る能力をフル活用して
自分達の望む結果を目指して進むのです。
そんな、夜な夜な続けられた、彼らの秘密な作業が実を結ぶのは
カメラを受け取った日から6日後の作戦決行日。
まだ日も昇りきらない早朝
白みかけのた空が、辺り一面を覆い尽くす
まだ生徒も教師も登校していない、朝早くの学校での事でした。
「師匠、こちらの準備はバッチリです
体内の防護系パーツを極限まで少なく、軽量な物へと交換し
軽さを重視しいて再設計された、体重15㎏の新ボディー
軽すぎるパーツへの違和感こそありますが
動作に関する不良は何もありません
特に、この新しい脚部パーツの調子はすこぶる好調です
材質が金属であるにも関わらず
まるで妖精の羽の様に軽くしなやか
すごいですね、師匠
早く作戦を始めましょう
予行練習で何度か動かしましたが、本格的な活動ははじめてです」
「まあ待て、そう慌てるなよアレン
最後の調整をさぼって失敗したら
これまでの苦労が水の泡、そんな悲しい事態は避けたいだろう?
軽さを重視する為に
普段、アレンの体に取り付けている防護用のパーツなんかも
ほぼほぼ取り除いたり、軽い部品に取り替えちゃったからな
上空での風圧や、着地時の衝撃なんかにも耐えられるように
防護魔法の効果を持った魔法陣をいくつか刻んでおこう
あと、人のほとんどいない時間帯を選んだとはいえ
一人もいないなんて事は無いだろうから
幻惑魔法と人除けの魔法も掛けておく
アレンの体には、先に防護魔法の魔法陣を開けてるから
この二つの魔法は、体に直接かけるんじゃなくて
外付けのアクセサリーで取付しよう
こう、小さい物でのいくつか重ねればそこそこの効果が出るからな
重さも、これくらいなら許容範囲だろう
あとは、道具の落下を防ぐのに
落下防止用のロープを繋いで……
よし! 道具、魔法陣、装備、どれも異常はないな
それじゃあ、アレン
お待ちかねの作戦実行だ
俺はここで、アレンに掛けた魔法の調整や観測を行うから
一緒に空中まで付いてやっては行けないけど
行けそうか? 」
普段とは異なる、機動性を重視した衣服
跳躍力と軽さ、そして軽い浮遊魔法を付与された特製のボディーパーツ
腰には紺色のウェストポーチ
厚手のグローブに包まれた彼の手の中には
ここ数日間、繰り返し撮影の練習を続けていた
研究会から預けられた、小さな魔法式カメラがしっかりと握られています。
「はい、いつでもどこでもバッチリです
アレン・フォートレス
きっと、素敵ですごい写真を
持ってきたフィルムいっぱいに撮影してきます
待っていて下さい、師匠」
そう言って
人形アレンは、魔法の調整作業に取り掛かった魔法士ライルに向かって
大きく手を振り、合図を送ると
そのまま力いっぱい地面を踏みしめ、次の瞬間……
その場から姿を消しました。
いえ、そうではありません。
消えたのではなく、飛んでいました。
飛び上がって、フワリと舞い上がり
極限まで軽く設計されたアレンの体は
まるで、風に舞う木の葉のように
軽々と、朝日の滲み始めた白い空に、高く遠く飛び上がったのです。
正門よりも高く、第一体育館よりもどんどん高く
この魔法学校内でもっとも背の高い、メイン校舎よりもさらに高く
人形アレンは、およそ人の身だけでは、到底届く事の出来ない高見から
目の前に広がる、無人の学校を見つめました。
「…………すごいです、これは、本当にすごいです
あ、そうだ! ………写真を撮らなければ」
体の軽さと微弱な浮遊魔法の効果から
ひらりふわりと、ゆっくり降下を開始したアレンは
貰ったカメラのきらめくレンズで
その高所から広がる、眼前の光景をフィルムに写し撮ります。
何枚も何十枚も、持てるフィルムの数が尽き果てた
朝日が昇り切る少し前の瞬間まで
空中に浮かぶ、いくつもの校舎を足場にして
様々な角度からの、学校内風景を撮影しました。
そして後日
魔法職養成学校〈ログリウム〉校内にて配布された
記録研究会製作の無料配布冊子
その中に収められた、とあるページが
ほんの少し、数日間の間だけ
広い学校内での、ちょっとした噂になったと言います。
文字数は少なく、文章も特に無く
新聞や雑誌の記事などに掲載されている記事などに比べると
だいぶお粗末な仕上がりではありましたが
与えられた容量を、空中から撮影したと思われる
大小様々な、夜明けの学校風景の写真で埋め尽くした1ページ。
それを、まだ入学して間もない
一人の一年生が撮影したと言うのですから
完成した写真の美しさだけでなく、その謎の撮影方法も含めて
その撮影者が、校内でのちょっとした注目の的になる事は
もはや必然的な事だったのでしょう。
人々から隠したい秘密を抱えた人形としては
あまり望ましくない状況ではありましたが
人目を避け、気配を隠し
噂のほとぼりが冷めるまで、その身を潜め続けた彼の胸には
後悔の一つなんて、影も形も欠片も無く
ただ、楽しかったという、微かな達成感だけが残されていました。
そして、アレンの逃げ隠れが功を奏したのか
どうなのかは分かりませんが
校内で広がったそんな話題も
ある、別の生徒が引き起こした
授業中での爆発事故をきっかけに、人々の注目の対象から
外れる事が出来たのですが
その話は、また別の機会に。
(おまけ)
〔アレンの学習ノートより抜粋〕
・ビオトープ
校内の広場に観賞用として接しされている大きな人工池です。
観賞用と命名されているだけあり、池の畔には様々な花々や
小さな木や綺麗な石などが設置された場所です。
特に魔法的に学びがあるという場所ではないですが
池の真ん中には大きな橋が架かってあったり
ちょっとしたベンチやボートの貸し出しもされているとの
ことらしいので、いつか足を踏み入れてみたいです。
本当は、いつでも行けるくらいの距離にありますから
もう、何度か挑戦しようと思っておもむいているのですが
綺麗な場所だけあって、色々な人が出入りしており
上級生や年上のお兄さん方も多く、引き返してしまいました。
こういうのを、尻込みする、と言い表すのだそうです。
ハンスが教えてくれました。
なので、人があまり利用していない時間帯である
夜中や早朝、土日の朝早くなどに挑戦してみたいです。
ビオトープに行ってみたいけど行けないという話をしたら
ハンスが鼻で笑ってきたので
行く時には、学生寮に住んでいる彼も
引きずって連れて行こうと思います。
・学校内風車
学校の敷地内にある、栽培エリアに立つ何本か立っている
グルグルと大きな羽を回している、背の高い風車です。
学校内で栽培している作物の加工だけでなく
多少の電力発電も目的として建てられているそうなのですが
とても背が高い、あのクルクルを見ていると
つい気になって、あの一番高い所に乗ってみたいという
不思議な気持ちになります。
なので、師匠に頼んで
空を飛べるような、浮遊に特化した体を作ってもらおうと思います。
浮遊魔法は、試しに練習してみたのですが
まだうまくバランスがとれず、すぐ横に傾いて落ちてしまうので
ほうきや道具を使わなくても
軽々と空中を移動できたらいいのになと、前から思っていました。
そんな体がもし出来たら
師匠の事も肩とか頭とかの上に乗せたり
場合によっては僕が抱っこしたりして
一緒に空を飛んでみたいです。
そういえば、師匠が物以外に浮遊魔法を使っている場面を
まだ見たことがありませんが、師匠はどんな道具で飛ぶのでしょうか?
・メイン校舎の最上階
メイン校舎に設置されている
特別なエレベーターに乗らないといけない場所です。
先輩方いわく、卒業生の卒業制作作品や
寄贈された魔法が封印されている魔導書などが保管されており
体育祭や文化祭などの学内行事で良い成績を残したクラスや
成績の良い生徒、たくさん表彰を貰った生徒などへのご褒美として
時間制限付きで、一部の入室が許可されるのだとか。
だから、成績には反映されないけど
この学校の生徒は、学内行事をすごく頑張るのだそうです。
行事予定表を確認すると
もっとも近い行事は、数か月後に開催される体育祭みたいなので
僕も性能向上を目指して
師匠と一緒に色々頑張ろうと思います。
(このページはここで終わっている)
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