人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

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3章 入居から入学まで

27話 放課後の待ち合わせと破けた紙袋

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「お腹もいっぱい、準備も万端
 荷物も、師匠に持って帰ってもらったので、体も両手も軽々です

 それに、最初の時とは違って
 資料保管準備室で貰った、この大きなリュックもありますし
 配布物の持ち運びもラクラクのはず

 ……いえ、元々
 重さについては、何も問題は無かったのですが

 どうしても、今の僕の腕は二本しかないので
 荷物の重さでは無く、荷物のかさばりというものは

 行動を妨げる障害にはなってしましますから
 あのたくさんの配布物、邪魔であることには変わり無かったです」

副会長のテオ先輩から奢ってもらった牛筋カレーに加えて
ライルが追加で買ってくれた菓子パンとフルーツ牛乳まで

綺麗に平らげてみせた人形アレンは

持って来ていた布リュックやエコバックを含めて
大量の配布物を師匠のライルへと預けてから

彼らと別れ、賑やかな食堂を後にしていました。

小さな背中には大きなリュックサックを背負い
放課後の待ち合わせに間に合うよう、次の配布場所へと進みます。

既に、午前中から白熱していた配布物回収スタンプラリー
日も高く昇った午後からは、どのような研究会が待ち受けているのでしょうか。


第二体育館中央部にて
配布物:空中浮遊用の道具、選択式 と空中進路専門の記録レコード、取り外し式浮遊機

担当研究会:空中浮遊競技研究会

「よく来たな新入生!!

 ここ、魔法職養成学校 ログリウム の敷地内でもっとも高い天井高を誇る
 空中飛行訓練に特化した、第二体育館では

 御覧の通り!
 空中飛行に必要となってくる、とある重要な精密機材を配布しているぜ! 」

「その通り! 魔法使いとして、空をビュンビュンカッコよく飛行することは

 小さなお子様からティーンな少年少女まで
 みんなが揃って憧れるスペシャルでビックなスーパードリィーーーーム!!

 それを安全に、かつ効率的に行うための必需品が
 この、記録レコードと魔力式空中浮遊機だ!!

 見たまえよ少年
 この、いかにもメカメカしい、ネジと魔法陣だらけの精密機器を
 
 これぞまさしくスチームでパンクなロマンをビシバシと感じられる
 見た目も機能もバッチシなハイテク道具だぜ!

 そして何より、これを使えばだれでも気軽にお空飛べちゃうんだってよ!! 」

「きゃー! 素敵ーー!! 空駆ける空中スター!
 なんて、女子の歓声を浴びるのも夢じゃない!

 何故なら!!!!

 ……空中浮遊系の競技って、防護用のゴーグルを付ける規則があるからさ
 顔の半分以上がこの大きなゴーグルさんで隠れせるわけよ

 だから、顔にそこまで自信のない、俺達みたいな一般ピープルでも
 試合の活躍や飛行テクニック次第では、そこら辺のイケメンちゃん達にも負けない

 スーパーモテモテビックスターになれる可能性が出てくるってわけさ!!

 ま、君は見たところ、きれいなお顔してるし~?
 俺達みたいな、悲しき悩みとは無縁かもだけど……

 でもでも! 空を自在に駆け回るなんてドリーム!
 憧れを抱かないはずが無いよな~? 」

「ちなみに、この記録レコードで空を飛んだ時の記録をデータとして記憶して
 そのデータをもとに、この取り外し可能な魔力式空中浮遊機が

 所有者の魔力量や技術、傾向を覚えてくれて
 それに合った空中での移動をサポートしてくれるってわけ

 簡単に言っちゃえば、学習してくれるお空の頼れる案内人、みたいなね?
 カーナビのお空バージョンかつ、便利バージョンだと思ってくれて構わない

 自分にあった性質に成長してくれるから
 特別な相棒的な存在に思えてきて、愛着湧くんだよね~

 浮遊魔法って、割と魔力消費量も多くて調整も難しいから
 自力で飛ぶより、慣れた道具にこれらの機械を取り付けて飛行する方が楽なんだ

 だから、この学校での浮遊訓練もこれ使うの

 飛行時に使う道具については
 個人で好きなの選んでいいんだ~

 ここに並べられてる、いろんな道具はそれらの見本

 今ここで一つ持って帰って、後から他のに付け替えてもいいから
 道具の種類の選択は気軽にやってもらっていいよ~」

「いろいろな形状のホウキに、大きな傘、幅の広いコートに水色の手押し車……

 大、中、小とサイズの異なる樽まであるのですね
 これらのような道具でも、あのように軽々と空を飛べてしまうなんて

 魔法とはやはりすごいです

 乗りやすそうなのは、この持ち手の付いた太めのほうきでしょうか?
 僕はこれを選んでみようと思います

 では先輩、そちらの記録レコードと浮遊機
 一つづつ頂いてもよろしいですか? 」

「おっとっと、そう慌てなさんな、新人さん」

「配布物スタンプラリーであると同時に、これは研究会勧誘でもあるのに
 簡単にお客さんを返しちゃうなんて、そうは問屋がおろしませんよ!

 ま、問屋が何かは、俺らもあんまりよく知らんけど」

「……僕はどうすれば良いのですか? 」

「話は簡単! ここにおわします、先輩の手から
 君が機械一式を奪い取れたら、持ってっていいぜ~」

「ま、話は簡単だけど
 難易度が簡単とは限らないけど~~~ねっ!!! 」

そう言って
アレンに説明をしてくれていた二人組の先輩のうちの一人
機械を握りしめた方の先輩は

小脇にスタンバイさせていた、ステッカーだらけの平たいボードに飛び乗って
勢いよく、体育館の広い空中へと飛んで行ってしまいました。

賑やかにデコレーションされた、サーフボード程の大きさをしたボードを
華麗に乗りこなす先輩は、こちらへ見せつけるように

華麗なターンを決めながら、ドンドンと奥の方へと飛んでいきます。

その光景を、ただ見つめる事しか出来ないアレンに向かって
残ったもう一人の先輩が、唐突な彼らの行動に関する説明をしてくれました。

「へへ、これまで磨き上げた技でパフォーマンスを行いつつ
 機械を持ち逃げしておくことで、新入生の足止めも出来るって作戦よ

 で、取り残された哀れな新入生さんに出来る選択肢は二つ
 ここに並ぶ道具にまたがって、先輩であるあいつが持つ機械を自力で取り返すか

 ここで大人しく、あのカッコイイ飛行を見学しながら
 懇切丁寧な俺の説明を聞くかだ

 ま、そんなに落ち込みなさんな
 何も綺麗なお顔をした君をいじめたいとか、ちょっとからかって泣かせてやろうとか

 そこまでの事は考えちゃいないさ
 
 このまま30分ぐらい、彼のパフォーマンスを見終われば
 機械はその後、ちゃんと君に渡してあげるわけだし

 まあ? どうしても、今すぐ欲しいっていうんなら?
 ここにある空中浮遊競技研究会への入会届にサインしてくれたりしたら

 話は別だけどね

 それともどうする?
 専門的な機械も未装着なままの、この何の変哲もないただのホウキで彼を追いかける?

 それはやめておいた方がいいと思うな~

 いくらこの第二体育館が、飛行訓練に特化した造りをしていて
 あの遥か下に位置する床材が、落下時でも安全な様にと

 柔らかな特殊素材で出来ているとはいえ
 落ちたら痛いことには変わりはないんだからさ

 ここは大人しく、俺らと一緒に空のロマンについて学ぼうぜ? 」

「……………あの下の方に見える床、柔らかい素材で出来ているのですか?
 落ちても、多少痛い思いをするだけで、死にはしないと? 」

「ん? まあ、そうなるけど……
 いや、確かに死なない様に防護魔法の類もされてるって話だけど
 
 痛み自体はあるから、そりゃあんな高所から下の床に落ちたら
 クッションでもめっちゃ痛いんだぜ?

 せっかくの新学期なんだし、入学して早々、無理してそんな危ないことしなくても……

 ほ、ほら! 入会届を書けってのは、ちょっと意地悪すぎたかな!?
 ごめんって、でも、空中浮遊のパフォーマンスは本当にかっこいいんだよ!

 見てくれよ! あの華麗なターンを!!
 あんなに見事な動きをするために、俺達は毎日めっちゃ頑張って………」

「フンッ!!! 」

「……………え? 」

アレンは、先程えらんだばかりのホウキを掴むと
大きく体を回転させて、捻った体をバネの様に利用し、機械を持ち逃げした先輩のいる方角へ

真新しいホウキを、投げつけました。

着陸地点であり、アレン達が待つ、第二体育館の入り口から
離陸した彼が必死でカッコイイパフォーマンスを繰り広げている位置まで

およそ、100m程の距離が予想されたはずなのですが
人形アレンは、そんな距離など物ともせず

午前中、訪れた魔法式運動研究会にてチラリと見た 槍投げ という種目の動きを真似して
人形は、槍よりもだいぶ歪な形状をしたホウキを、いとも簡単に投げ飛ばして見せたのです。

目にも止まらぬ速さで飛んでいくホウキは
軌道を大きくずれる事も無く

まっすぐに、標的である持ち逃げ先輩の脳天へと
クリーンヒットしてみせました。

「…………………ぶ、ブラザッーーーーーー!!!! 」

「ご兄弟なのですか? 」

「いや? 言ってみただけ」

こうして、墜落した先輩の手から
無事、空中浮遊魔法時の補助となる機械類を回収したアレンは

落下時の衝撃よりも
追突してきたホウキのダメージで目を回した先輩を置き去りにして

すたこらさっさ、と
やたらと天井の高い第二体育館を後にします。

まだまだ先は長いのですから
こんな所で、足止めを食らう余裕はありません。

 
薬品専門実験室にて
配布物:魔法薬学の持ち運び実験セット 担当研究会:魔法薬学研究会

「ようこそ! 新入生さん、この度は入学おめでとうございます!!
 この薬品専門実験室の担当は、魔法薬学研究会の一員である私が行いますよ

 よろしくお願いしますね! 」

「こんにちは、はじめまして
 僕はアレン・フォートレスと言います

 それで、こちらの方では魔法薬学の授業時に使用する
 実験セット一式を配布していただけるとのことなのですが」

「えぇ、もちろんお配りいたしますとも!

 しかし、私共もタダでこんな役目を甘んじて受け入れたわけでは無く
 研究会の勧誘をやっていいよと言われたので参加しているのですから

 物資を渡して、はい、さようならという訳にはいきません
 そう、勧誘をしなければ! 新人確保と研究会の存続を確かなものとする為に!

 という訳で、聞いていただきましょう
 私がくじ引きに負けた結果、一か月もの時間とたくさんの労力をかけて作った

 この、魔法薬学研究会が探求し続ける
 神秘とロマンに満ち溢れた、魔法薬学の世界を紹介したプレゼン資料を!!

 ちなみに、説明にかかる所要時間はおよそ30分程なので
 どうぞそこら辺の椅子に腰かけて、ゆっくりと………」

「あんなところにゴキブリがっーーーーーー!!!!! 」

「えぇっーーーーー!!!???!?!?!?
 うぅ~そ、うそうそうそ、え!? どこですか!?

 ちゃんと対策してたはずなのに、どこから入り込んできたって言うんですか!?
 あの防御方法未確認生物はっーーーー!!? 」

「はい、嘘でした
 こちらの研究セット、一つ貰っていきますね

 ありがとうございました」

「あぁっーーーーーーーー!!!!!
 この後輩、こんなにも古典的な方法で先輩な私を騙したーーーー!!?
 詐欺だ、詐欺だーーーー!!! 後輩詐欺だーーー!!

 うわーーーん!! 行かないで、説明聞いてってよ~!
 頑張って作ったんだよ、誰かに聞いてほしいんだよ~!

 おーねーがーいーーーーー!! 」

追いすがる情けない先輩の姿に目を背けながら
無慈悲にも人形アレンは、悲しげな悲鳴がこだまする実験室を後にします。

アレンは、生徒会書記であるイオラ先輩が言っていた話の意味が
ほんの少しだけ、理解できたような気がしました。


植物園の管理準備室にて
配布物:園芸用道具セットと付属説明書 担当研究会:魔法園芸研究会

「いらっしゃいませ~
 ここはあったかポカポカ、ガラス張りの大きなお屋根が自慢の植物園
 
 そして、ここの担当をしている魔法園芸研究会の面々です~

 新入生さん、お疲れ様~
 是非、私達の研究会の説明を、ゆっくりを聞いて行ってね」

「あの、見た所、配布物である園芸道具のセット一式が
 どこに置かれているのか分からないのですが………」

「埋めたよ~? 」

「…………え? 」

「このね~用意した、体験用の大きな畑の中に~、埋めちゃった

 だって、みんな急いでて、お話来てくれないと思ったから~

 こうして土の中に埋めて
 新入生さん自身の手で、探してもらう方式にしちゃったの~

 こうすれば、ちょっとした土いじりの気分も味わえるし~

 だいぶ奥の方に埋めたから
 掘り返すのにはどうしたって時間かかるし、その間に私達の説明が出来るでしょ~?

 ね? いい考えだと思わない? 」

「……………ちなみに、どれくらいの深さに埋められたのですか? 」

「う~ん、忘れちゃった!
 
 あ、ちなみに道具はこれね!
 新人さんでも使いやすい、小さなサイズの園芸用スコップ

 大きなサイズのあれは~、使い方間違えて怪我しちゃうと危ないから
 この小さいスコップで、頑張って掘ってね!

 じゃ、説明はじめるよ~」

「……ぅ、…うおぉっーーーーー!!!! 」

可愛らしい、ピンク色の小さなスコップを片手に
アレンは土ばかりが枠内を埋め尽くす、無駄に広い畑を掘りまくります。

掘っても掘っても、土、土、土、たまにミミズ。

そんな作業を、横で研究会の説明を続ける先輩の声をBGMにして
彼はスコップ片手に掘り続けました。

そして、何の苦業か修業なのか分からない試練を終え
アレンが、土まみれの園芸セットを掘り当てたのは

植物園を訪れてから、かれこれ40分もの時間が過ぎ去った後になりましたとさ。

「…………………………すごく……深いところに…埋めてあった」


音楽室の入口前にて
配布物:変音式魔法リコーダー 担当研究会:音響魔法研究会

「は~い! いらっしゃ~い!!
 僕たち、陽気で素敵な音響魔法研究会にようこそ~

 ………って君、どうしたの!?

 きれいな服や手が、土とか泥でボロボロじゃん!?

 どっかでこけたの? 怪我とか大丈夫? 」

「いえ、体の破損は、ありません
 園芸セットが土に埋まっていて、掘り返す作業に手間取ってしまいました

 かれこれ、用意された畑の半分くらいを
 3mから5mほどの深さで掘ったような気がします

 あの畑、結局のところ
 どれくらいの深さがあるのでしょうか? 」

「う、うわ~……
 園芸会のやつらか~、相変わらずえげつない事するな~
 
 君も災難だったね、お疲れ様

 えっとね、うちはとりあえず、そういった方法の紹介はしてないから
 そこは安心してもらっていいよ

 はい、先に配布物のリコーダー渡しとくね!
 これで安心でしょ?

 う~ん、でもかんなに土まみれの状態で返すのは
 流石に僕としても寝覚めが悪いし、なにより気の毒だ

 よしっ!
 少年、ちょっと待っててね!

 僕、そこの水道でタオル濡らしてくるから
 それで拭いたら、多少の土や泥は落とせるかもだし

 その間、ちょっと僕に代わってここで配布番しててよ
 
 研究会の説明は、今、教室から流れてる音楽と
 それを利用した魔法の使用方法を研究してますって、言ってくれたらいいから!

 ここの椅子に座って、はい、これ僕が持って来てたお菓子!
 特別に君にプレゼント!

 これ食べながら、ちょっと休んでて
 すぐに戻ってくるからね! 」

「あ、ありがとうございます」

颯爽と走り去る、可愛らしい先輩の後ろ姿を見送りながら
アレンは、渡されたお菓子をもぐもぐと口に含みます。

小さなココアクッキーの間に、滑らかなイチゴクリームのサンドされたお菓子の甘さに
手を止められなくなっていた彼は

「す、すみません
 配布物を頂けますか? 」

いつの間には現れた、アレンと同じ立場の新入生を目の前にして
ようやく、お菓子を口に運んでいた手を止めました。

慌てて、口元に付いた食べカスをぬぐい
任された店番ならぬ、配布番の役割を全うしようと

アレンが座る椅子の後ろに
これでもかとぎゅうぎゅうに箱詰めされた段ボールの中から

一つのリコーダーの箱を選びとり
目の前の新入生へと手渡します。

その際、忘れずに教えてもらったセリフを伝えながら。

「い、いらっしゃいませ
 ここは、陽気で素敵な音響魔法研究会です

 今、この教室の中から鳴り響く
 演奏をはじめ、それら音を利用した魔法の使用方法を研究してます

 ………とのことでした」

その後、戻ってきた先輩に顔や服に付いた泥を
綺麗にふき取ってもらった青い人形は

親切な先輩に、もう一度お礼を言ってから
少し名残惜しそうに、その場を後にしました。

なぜ、名残惜しそうにしていたのかと言えば
教室内から響いてくる演奏が、それはそれは美しい物だったからという

音響魔法研究会の面々からしてみれば
光栄の極みのような、嬉しい理由なのですが

それはアレンだけの内緒です。


かくして、その後も彼の苦労は続きました。

美術室にて配布されていた工作セットを回収しようとして
美術魔法研究会の制作した、魔法絵画に取り込まれそうになったり

裁縫室にて配布されていた裁縫セットを回収しようとして
裁縫魔法研究会が暴走させてしまった、たくさんのぬいぐるみ集団に襲われたり

はては家庭科室にて配布されていた衛生消毒セットとエプロンを回収しようとして
料理魔法研究会が用意していた、ビュッフェ形式の魔法料理試食会にて
大幅な足止めを食らったりなどなど……

あげていけばきりが無いほどの修羅場を潜り抜ける事、数時間。

アレンが、最後の配布場所である事務室前にて
生徒手帳の発行と配布を行ってもらえたのは

既に日が地平線の向こう側へ、半分以上沈みかけた日没前でした。

「や……やっと、終わった」

背中に背負ったリュックだけでは足りず
両手いっぱいに下げられた紙袋と、小脇に抱えられた配布物の数々。

夕日に染まる学校のメインストリートは
彼と同じく、長きにわたる配布物スタンプラリーを終えて

ヘロヘロになりながら、帰路へとつく新入生でごった返しています。

「おい、そんな所で突っ立ってたら危ないだろ、どけよ」

「わっとっと、す、すみません、気を付けます」

相変わらず、激しい人の波に少しだけ抵抗感のある人形アレンは
かさばる荷物に体をふらつかせながら、道の隅へと身を寄せました。

遠く離れた向こう側の校舎からは
まだ帰れない、まだ終われない、という

研究会の数々の罠に足止めを食らったであろう、哀れな生徒たちの悲鳴がこだましますが
その場の近くにあった木に、もたれかかるしか出来ないアレンには

どうしてあげる方法もありません。

いえ、何もこれは、アレンだけに限った話ではありませんが
どんなに、残された人達の苦しみに共感できたとしても

この場に、他者へと配れる心を持ち合わせた者は
過度な疲労に耐えた、今の彼、彼女らの中には、存在しなかったかもしれません。

(あれ? 僕、人形だし、人間よりも色々とすごい性能を
 師匠から持たせてもらっていたから、楽勝だと思ってたのに…………

 こんなにボロボロになって、全然楽勝なんかじゃ無かったです……

 なぜでしょう?

 確かに、体には痛みは無いし、破損も無いのに
 この、体にのしかかる圧迫感は、いったい………)

「そこの君、そんな所にもたれかかって、どうかしたか
 荷物の重さや、長時間の移動に、体のどこかを痛めたのか? 」

「……あ、いえ、そうではないです
 心配してくださって、すみません

 ただ、ちょっと、考え事を…………え? 」

突然、話しかけられた人物に対して
返答を返しながら、アレンはうつむいていた顔を、ゆっくりとそちらへ持ち上げます。

そして次の瞬間、自身の目を疑いました。

目の前には、口をへの字に固く結んだキツイ表情で
眼鏡を掛けた、金髪の少年が一人、木に寄りかかっているアレンへと

いぶかしげな表情を向けています。

しかし、人形が驚愕していた理由は
突然、心配された人物から厳しい表情を向けられたからでも

わざわざ人混みから抜け出して、見ず知らずの彼が
アレンの元へとやって来たからでもありません。

人形アレンが、なぜ目の前の人物を見て言葉を詰まらせたのか。

それは、ボロボロになっている、今のアレンに比べても
目の前に現れた金髪の眼鏡を掛けた少年が

まだ、それ以上に、ボロく悲惨な惨状になってしまっていたからに他なりませんでした。

表情こそきつく固め、背中の一つすら曲げる事はしていませんが
両手いっぱいの紙袋はもちろんの事、両脇の間にもいくつもの荷物。

斜め掛けにした鞄にも、パンパンに張り裂けんばかりの大量の配布物。

しまいには、それでも持つ手が足りなかったのか
大きな布で包んだ包みを、背中から肩へ、肩から胸の前へと括り

かさばる荷物の一部を、自身の体に括り付けているのです。

それに加えて、絶対あの場所で付いたのであろう
衣服や手足、顔などに付着した多くの泥や土が、時間の経過により水分を失い

既にカラカラに乾いてしまっていました。

「フン、確かに
 この度のスタンプラリーという、新人への手厚い歓迎は

 なかなかに骨の折れる厄介な障害であったと言わざる負えない
 そこはさすがに俺も認めよう

 弱音を吐き、途方に暮れ
 未来を悲観して、この場に立ち尽くす事も仕方が無いのかもしれない

 だが、しかし
 この程度の苦難など、俺の道を阻むに値しない
 これくらいの逆境など、俺にとっては日常茶飯事の事だからだ

 君も顔を上げるといい、せっかくお互い入学までこぎ着けたのだ

 まだ始まったばかりのこんな場所で
 立ち止まっていられる程、時間というのは優しくはないだろう」

「こ、このような逆境が、日常茶飯事……
 しかも、今の様なボロボロな姿になってなお、背筋の一つすら曲げない精神力……

 でも、確かに、その通りかもです
 まだ学校は始まったばかりなのに、こんなところで立ち止まってはいられません!

 ありがとうございます、金髪の眼鏡さん
 あの、よければお名前をお聞かせいただければ……」

「元気が出たようで何よりだ
 だが、俺はそんなに感謝されるほど、大したことは言って……」


ブチッ!! グシャッ!! ドサドサッバキッ!!!


金髪で眼鏡の少年が、アレンの言葉に対して
少しだけ照れたように返事をしようとした、次の瞬間

彼がその手に持っていた、紙袋の取っ手が限界を迎え
重力に任せて、石畳の道へと力強く打ち付けられてしまいました。

崩れる荷物、何かの割れる音
振り返り立ち止まりながら、チラチラとこちらを伺い、そして通り過ぎる人の波。

飛び散った荷物の数々を拾い集める彼の行為を、少しでも楽にしようと
アレンがその場に、自分の荷物を置き、屈もうとした時も

「待て、慌てるな、言っただろう?

 こんな逆境は、日常茶飯事なのだと」

金髪の彼は、眼鏡の一つすら傾けることなく
変わらぬ姿勢の良さで、アレンに答えます。

そうして、姿勢を保ちながら、腰をその場に低く落として、散らばった物を拾い集め
そしてやはり、アレンの手も少しだけ借りながら、落ちた配布物を回収し終えると

金髪の眼鏡少年は、手短なお礼を述べ
足場やにその場を後にしてゆくのでした。

早歩きで、小走りに

怯むことなく、狼狽えることなく
最後まで、姿勢の良さとキツイ表情、偉そうな物言いをそのままにして。

そんな、彼の
曲がらぬ背筋を誇る後ろ姿を見送りながら

アレンはしばらく、その場に意味も無く立ち尽くしました。


「ハァ、ハァ、……あ! やっと会えた!!
 おーーーい! アレンくーーん、久しぶりだね!! 会いたかった……って

 ど、どうしたの? こんなところで立ち尽くして
 荷物重たすぎて疲れたとか?

 それとも、お腹がすいて力が出ないとかかな?
 ごめんね、今は食べ物の類は持ち合わせが無くて……

 えっと、せめて、飲み物か何か、自販機で探してくるよ!
 だから、アレン君はここで待って……」

「お久しぶりです、テトラ
 お元気そうで、何よりです

 荷物の重さも、燃料の残留量も、今のところ何も問題ありません
 大丈夫なのです

 ただ………」

「た、ただ、どうしたの? 」

人形アレンは、久しぶりの再会を果たした同士、緑髪を少し乱れさせたテトラに対して
その時感じた、素直な感想を正直に伝えます。

「僕もまだまだ、頑張らなくちゃなって」

「………フフ、そうだね
 まだ始まったばかりなのに、こんなに大変で、この先とても心配だけど

 行けるところまで頑張ってみなくちゃね

 あ、でも、無理の無い程度に、体とか心が壊れないように、一緒に頑張ろう!
 
 さ、正門前に行こうよ、アレン君!
 エレラちゃんも、アレン君の師匠さんも、もう待っているかもしれないよ? 」

彼らの学校生活は
今ここからはじまったばかりなのです。

まだまだ、終わらず、まだまだ進み続ける日々を重ね
果たして、どのような道に至るのか。

今は誰一人として、知る者はいないのでした。



(おまけ)

〔ライルが持つ料理本より
 〇印が付けられている料理名を抜粋〕

・具だくさん野菜のコンソメスープ

・肉入りミネストローネ

・トウモロコシと根野菜のシチュー

・ジャガイモとベーコンのクリームオムレツ

・ベーコンとチーズのカリカリクロケット

・クリームチーズとマーマレードのタルティーヌ

・甘いミルク粥の木の実添え

・ナッツとキャラメルのタルトレット

・丸くて大きいキイチゴのパイ

・白身フライとタルタルソースのバケットサンド

・とっておきのミートローフ

・虹色貝と赤色クラブのトマトパスタ

・渡り鹿のバーベキュー

・リンゴジャムのサンドクッキー

・白牛のパイ包み

・人参とジャガイモの子豚煮込み

・桃色トラウトのカルパッチョ

・若鳥のグリル 妖精のお祭り風

・薬草と祓いキノコのシーザーサラダ

・宝石フルーツのフレッシュケーキ

・ダークカカオのマーブルチョコタルト

・持ち歩きに便利なミックスクランブルケーキ


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