人形弟子の学習帳

シキサイ サキ

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3章 入学から体育祭まで

20話 不動産屋さんと家探し

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ブロロロロ……ブロロロロ……

一台の車が走っています。

朝日のまぶしい、早朝の道路を
通勤の車に紛れながら

塗装が少し剥がれかかったせいで、古めかしい見た目となっている
手入れのあまりされていない、かすれた紺色の小さな車が

車体をガタガタと揺らしながら、4つのタイヤで元気に走っています。

そんな、ちょっとボロイ見た目をした車を
陽気な調子でガンガン乗り回す、若き運転手の青年が

車体の激しい揺れなどモノともせず
お客さんである彼らに自己紹介を始めました。

「俺の名前はラック・ウォーカー
 この町にある不動産会社で、営業を担当させてもらってるっす

 気軽に、ラック君とか呼んで可愛がってくれてかまわないっすよ~
 これからよろしくっすね、ライルの旦那、アレンの坊ちゃん」

「あ、あぁ、分かった、よ、よろ、しく、頼むよ
 えっと、ま、ま、まず、今から、ど、どこに……? 」

「そうっすね、物件情報表とか契約書とか
 必要そうなのは一通り会社から取ってきてたんで

 店の方での来店はまた今度にして、先にこのまま物件の方に行っちゃいましょう!

 大丈夫っす! お話はエコーさんから大まかには聞いてるんで

 入学に向けた新居なんでしょ?
 合格だなんて、そりゃーめでたい、おめでとうねアレン坊ちゃん! 」

「あ、あ、あ、あり、がが、と、ござ、います」

「ははは、なら可愛い弟子の為にも
 師匠のアンタは最高のお家を選ばなくっちゃ!

 いいとこ見せましょうね! ライルの旦那! 」

「あ、ああ、あ、そ、そう、そうだが、その、ま、前に
 こ、このく、車の揺れ

 どうにか、な、なら、ならな、いか? 」

「いやー、ちょっと古い型の社用車でしてね
 狭いし、揺れるし、見た目がボロいってんで

 他の社員のみんな
 全然使いたがらないから、俺の専用車みたいになってるんすよ

 揺れるから話しずらいし、下手したら舌とか嚙んじゃうけど
 まあ、慣れてみりゃどうってことない良い車なんすけどね~」

揺れにも負けず、朝にも負けず
元気な不動産屋と揺れる彼らは走っていきます。

目指すはここでの仮住まい
魔法職養成学校〈ログリウム〉に通う為に必要な、この浮遊都市での新しい住宅です。

車で走る事、約20分程
激しく揺れる車体に翻弄されながらも

ライル達は無事、紹介してもらう予定である最初の物件へと到着しました。

「さっ、着きましたぜ旦那
 ここが最初の一発目! 我が社が手掛けるファミリー向け戸建て住宅シリーズの一つ

 ここらへんいったいに建ってる家を見てもらったらお気付きになっちゃうかもですけど
 どの住宅も、色こそ違いはあるっすけど、建物の形はどれも似てるでしょ?

 実はこれ、うちの会社がデザインした
 2~4人程度の生活を想定して設計した量産型の戸建て住宅なんすよ

 同じ建物を量産するってんで、中の構造自体は至ってシンプルな形状になってるっす
 でも、生活をより良くする設計を目指してってコンセプトなんで

 家の中には収納スペースも豊富だし
 部屋数もそこそこあって、庭も付いてる

 旦那達の二人暮らし程度なら、いくら物が増えるったって
 こんくらいばっちり収納が完備されてりゃ、大体どうにかなるでしょ~

 最大でも4人暮らしを想定してるから部屋が1つ2つ余るだろうけど
 そこは旦那の書斎や坊ちゃんの工房、勉強スペースなんかにでもすりゃいいんじゃないっすか? 」

「外側から見る分には本当にきれいだな
 シンプルな部屋の配置になっているなら俺も助かる

 王宮に住み始めたばかりの頃は、広すぎてしょっちゅう道に迷ってたし
 結局、部屋に帰れなかった日も多かったから

 じゃあ、さっそく中の方も見せてもらって……」

「師匠、危ないです」

「え? なにg……!?」

ドテッ!!

門を抜け、庭へと進み
彼らが、まだ真新しい戸建ての住宅へと向かう途中

ライルは何故か、弟子のアレンに突然、強い力で下方向へと引っ張られ
そのまま体制を見事に崩し、あっけなく地面へと倒れ込んでしまいます。

「ア、アレン!? いきなりどうした!? 危ないぞ!!? 」

「ごめんなさい、師匠

 でも、ガラス製のビール瓶が、師匠の頭部にぶつかりそうだったので
 つい引っ張ってしまいました、お怪我はないですか? 」

「ビ、ビール瓶!?
 あ、本当だ、なんか近くに転がってる」

「うわ~ 危なかったっすね

 でも、あの飛んでくるビール瓶から師匠を庇えるなんて
 アレンの坊ちゃんはスーパー坊ちゃんなんすね! 見直したっす!

 ライルの旦那も無事で良かったっすね! 」

「はい、行動が間に合って良かったです」

「あ、あぁ、助かったよアレン、ありがとな

 ところでラックさん、このビール瓶なんだけど
 いったい、どっから飛んで来たんだ? 」

「あー…… それはたぶん、まぁ………」

次の瞬間、隣の敷地から大きな怒鳴り声が聞こえてきます。

どこかの方言か何かが混ざっているのか、怒鳴り散らされたその大声の内容を
全て理解することは難しかったですが、声の端々で聞き取れる単語から判断すると

どうもこの近辺のどこかで、
誰かと誰かの罵詈雑言の罵り合いが繰り広げられている、と推測する事が出来ました。

彼らが、罵声の飛び交う現場が確認出来る位置にまで近寄ってみると
そこは、地域住民が一般ゴミを出し、業者が回収しに来る場所、この周辺のゴミ捨て場のようです。

朝という時間帯もあり、住民から出された多くのゴミが積み上がっていたのでしょうが

一人の、腰の曲がった白髪の老婆が
置かれていた、それらのゴミの袋のいくつかを引き裂いて
中に入っていたゴミを取り出し、そこらじゅうに投げ散らかしていました。

辺り一面、ものの見事にゴミだらけ。

そんな老婆の目の前には、ゴミを出した住民さんでしょうか?

一人の若い痩せ型の女性が、ゴミをまき散らす老婆に負けない程の怒鳴り声を上げながら
怒り狂って老婆に掴みかかっているという、地獄絵図のような修羅場の真っ最中でした。

「………あの、ラックさん
 あのおばあさんは、いったい何をなさってるんですか? 」

「あ~、あの方はシェリルさんっすね

 いや~シェリルおばあちゃん、ゴミ出しのルールにやたら厳しくってね
 ゴミ出しの日になると、間違ったゴミが出されてないかチェックして回ってるみたいで

 でも気が短いのもあって、違うゴミがあった時は怒って、その場で投げ散らしちゃうんすよ

 今、シェリルおばあちゃんに怒鳴ってる若い女性は
 最近引っ越して来たばかりの新婚さんである、奥さんのレイラさんっすね

 あの二人は特に仲が悪いから、また喧嘩しちゃってるんでしょう
 よくあることっすよ! 」

「………よくあるのか」

「ラックさん、あの人間の方々は
 この住宅地域のどのあたりに住んでいらっしゃるのですか?

 言葉の端々から、お互いの私生活に関する情報も多いように感じますが
 ご近所さんだったりするのですか? 」

「ピンポン! アレン坊ちゃん大正解っす!

 シェリルおばあちゃんは今から紹介する家の右隣で
 レイラさんはそのシェリルさんのお向さん

 ご近所さんもご近所さん、朝から晩までいつでも顔合わせ可能な位置関係っすね! 」

「…………その話だと、この物件に住む事になったら
 俺達もご近所さんになるな………マジか」

「ささ! 気を取り直して、室内も見て回っちゃいましょう!
 壁紙とかも、まだ貼り換えたばっかだから、新築みたいにとってもきれいなんすよ~」

「ご近所さん、ご近所さん………
 あの方々と、ご近所さんか………」

その後、彼らは一通り内検を済ませると

契約を催促するラックからの言葉に対し
ライルは曖昧な返事で受け流しながら、答えを先延ばしにしつつ

早々に次の物件へと向かいました。

2番目の物件も、ラックの務める不動産会社が管理するという
戸建て住宅が多く建てられた地域でしたが

最初の物件があった場所とは大きく異なり、住戸のデザインは色だけの違いではなく
形状から、まったく異なる形をした建物が多い印象を受けます。

どうやら、デザイン注文を専門にした住宅地帯のようです。

「でも、デザイン住宅で好きな形に造っちゃうから
 やたら個性的な家とかも多いんすよ

 何が困るかって言ったら

 住民さんが、なんらかの事情により家を手放した後
 家の形状によっては、次の買い手がなかなか見つからない時もあって

 その後の売却先を見つけるのが、地味に大変なんす

 この住宅も、前のお客さんの要望で
 家の中央に、大きな吹き抜けが設けられてて
 上から光が差し込んでくるから、室内は明るくていいんすけど

 ここまでの極端にデカすぎる吹き抜けって、暖房費がめちゃくちゃかかるんす
 おしゃれですし、明るいですから、デザイン的には申し分ないんすけど……

 光熱費の圧迫は、一般のお客さんからしてみりゃ痛手ですしね
 どうしても、二の足踏んじゃって、せっかく借り手が見つかっても、すぐ出てっちゃうんす
 
 その点、ライルの旦那は高給取りだし
 そこらへんの細かいことは気にしなくていいだろうから
 ここはめっけもんなんじゃないっすか? 」

「確かに、明るくてデザインもちょっと変わってるけど、変すぎるって事も無いし
 大きさ的にも、ちょうどいいかもしれないけど………

 そんな事より、さっきからすごく気になっていたんだが
 なんでこの家は、左手側の窓ガラスがやたらと割れてるんだ?

 よく見たら、床の隅とかにガラス片が飛び散ってる所もあるし……」

「あー、それはっすね

 お隣に住む仲良しカップルのお二人が
 喧嘩してる最中に飛んでくる物が、向こうの窓ガラスも突き破って
 こっちの住宅にまで飛んできちゃうのが原因っす

 仲は良いんすけど、だいぶ情熱的な方々なんすよ

 普段はすんごくラブラブなのに、週に2回か3回くらい
 だいぶ派手な喧嘩をすることも多くって
 その喧嘩で二人が投げ合った、花瓶とか包丁がよく飛んでくるんす

 喧嘩するほど仲良しさんってことっすかね?
 うらやましいっす! 自分も恋人とか欲しいっす! 」

「……………そうだね」

「師匠、見てください
 ここの壁にナイフが刺さっています、珍しい光景ですね」

「借り手がすぐ出ていくのって、原因これなんじゃない? 」

所々、ガラス片が飛び散っているリビングのテーブルに
ニコニコと会話を弾ませながら、契約書を並べるラックの首根っこをヒョイと摘み上げ

ボロ車の運転席にさっさと押し込むと
ライル達は次の物件を目指して進みます。

(なぜだろう、なんかさっきから、紹介される物件が
 全部、何かしらの訳アリ物件な様な気がする

 気のせいか? 家探しって皆こんなもんなのか? )

ぬぐい切れない不安を胸に
彼らは幅の広い道路を通り抜け、戸建て住宅が密集するエリアから
15階建てのマンションなどが多く立ち並ぶ

集合住宅エリアへと進んで行きました。

「ジャジャーーーン! どうっすか! この近代的なデザインがスタイリッシュな
 11階建て、45世帯が住める大型住宅!

 1階部分はエントランスホールや管理人室や屋内駐車場で~
 2階部分には集会室や資料保管庫
 エレベーター前の広いスペースは談話エリアみたいになってるっす

 部屋の中の内装も今時な感じになってるっぽくて
 なんかこう、洗練されてて都会だな~ってなる感じになってるっす

 せっかく、この国最大にして最先端を行く空中都市での生活をスタートさせるんすから
 こんな感じのオシャレでイケイケな住宅も、自分はありだと思うっす!

 ささっ! 建築士様ご自慢の内装も見に行き……」

「ラックさん、その前に一つ確認だ

 君は、エコーから連絡を受けて、俺達の事情や要望を
 大体は把握できているという話で合ってるんだよな? 」

「? はい、もちろんっすよ?
 この都市に来た目的とかも、大まかにではあるっすけど、聞いているっす

 ライルの旦那のお弟子さんである、訳アリのアレン坊ちゃんに
 生活魔法をはじめとした、いろんな魔法の技術を短期間で身に付けてもらうために

 ここの魔法学校に通って勉強させるってのが目的っすよね?

 それでこの都市で住む家が欲しいと」

「あぁ、概ねそんな感じだ、あっている
 なら、選ぶ住宅の条件も聞いているはずだよな?

 アレンや俺には、とある事情がある
 その為、集合住宅という近隣住民との距離感が極端に近い物件は避けたいんだ

 それに魔法の学習に伴う実験や実技訓練も行える場所が必要になってくる

 だから、君が今、俺達に紹介しようとしているこの立派なマンションは不適切なんだ

 確かに、良い物件なのだろうという事は分かるが
 俺達には、条件に合う別の物件を……」

「あぁ、その事っすか
 それなら心配いらないっす

 このマンション、今、住民は誰も住んでないっすから」

「…………え? なんで? 」

「お化けが出るようになったんすよ、このマンション

 何がきっかけだったのかは、さっぱりわかんねーらしいんすけど
 ある時から急に、エレベーターで顔の無い女性を見たとか

 夜中、決まった時間に必ず、階段の方からパンプスの音がしてきて
 試しに後を追ってみても、結局ダレもいなかったとか
 
 寝室で寝てたら、バルコニーのガラス戸の向こう側から人影が見えたとか

 とにかく、そんな原因不明で内容も様々な心霊的なトラブルが多発するようになって

 管理会社側も対応方法が見つからないまま
 耐えかねた住民さんが、みんな揃って引っ越してっちゃったんす

 だから、このマンションには
 今、住民さんは誰一人として住んでいません

 幽霊的な類とかは、俺全然わからないんで把握できてませんけど

 ここに住めば、アレンの坊ちゃんやライルの旦那が
 隠したいっていう秘密がばれるような

 生きた相手は存在しませんし

 なんなら魔法の実験をして失敗して
 ビルの半分を吹っ飛ばすような事故を起こしたって、全然OKっす!

 だって、いても幽霊なんすから
 もう死んでるし、事故に巻き込まれて死亡する奴はいないんでオールオッケーっす

 それにそれに、どうしても住人さんが入居してこられちゃ不安! って思うなら

 ライルの旦那が、このマンションの一室を借りるんじゃなくて
 まるまるマンションごと、全部買い取っちまえばいいっす! 」

「ふむふむ、…………え!?
 ちょ、ちょっと待て、か、買取!?

 賃貸じゃなくて、このマンションを
 俺が買い取るって意味か!? 俺が!!? なんで!? 」

「だって、そうすれば、マンションの持ち主は旦那になるわけだから
 持ち主である旦那には、管理に対する口出しの権限がばっちり発生するっす
 これでプライバシー問題もノープログレムっす!

 しかも、どの部屋も好きなだけ使いたい放題で選びたい放題っすから

 なんなら魔法の試し打ちで
 このマンションまるごと、全部吹っ飛ばしてくれてもまったく問題なくなるっす!

 俺達も、面倒な物件の買い手が見つかって楽になるし
 管理会社も不気味なマンションの管理を行わなくてよくなって万々歳

 これでみんなハッピーっす!

 エコーさんから、ライルの旦那が支払えるであろう予算の金額もざっくり聞いてるし
 金銭面的に問題がないのはお見通しっすから、隠しても無駄っスよ

 旦那~、急な出世で跳ね上がった給料
 使い道がわからなくて、ほぼ手付かずの状態で口座に預けっぱなしらしいじゃないっすか~

 エコーさんが見積もってきた予算が、普通の戸建て住居の家賃とかにしては
 やたらと羽振りのいい金額を提示してきたもんだから

 気になって、ちょっと旦那の銀行口座系の情報を、徹夜で調べてみてみれば
 多額の金額が月々ポンポン入ってきてるじゃないですか!

 こんな馬鹿みたいな金を、散財もせずにひたすら貯めこんでるだけの奴がいるなんて

 もっー! ずるいっす!
 そんなに貯め込んでちゃ、経済とか物流とか循環とかそういうのが滞るっす!
 なんか国のすごい金的な流れの奴が色々と止まっちゃうっす!

 これを機会に、ドカンと使って、その貯め込んだ金を俺の売り上げにしてほしいっす!

 あと、すごい魔法師でなんかいろいろすごい魔法も自力で使えるとも聞いてるっす!
 なら、癖の強いご近所さんとのトラブルも、厄介な心霊物件の呪いも
 怖い物なんて何一つないって事っす!

 今日、俺はアンタの様な条件最高で金の糸目もつけなくていい上客に
 しこたまお金を落としてもらって、尚且つ手放したかった厄介な物件のどれかを

 何としても一つか二つ、なんなら四つぐらい、お買い上げ頂く為に
 わざわざ眠い中、あのボロ車を朝早くから走らせて
 高級そうなあのホテルまで迎えに行ったんす! 」

「何だそれ!! メチャクチャ迷惑だな! 普通に手頃な戸建て住宅を紹介しろよ!

 なんでよりにもよって、問題のある物件を選りすぐって客に紹介してきて
 しかも尚且つ、賃貸じゃなくて買取させようと計画してんだよ! おかしいだろ!?

 確かに、魔法にかかる費用は
 研究費の名目で経費から落とせるってのもあって、給料は溜まりに溜まりまくってるし

 最近はもう、あのやたら桁数の多い金額を見たくもなくて

 エコーに頼んで、生活に必要な分だけの金額を銀行から引き出してもらって
 すごいあきれられたりもしてたけど!

 それとこれとは話は別だ! やだよ!!
 わざわざお化けが出るって分かってるマンション買い取るの!

 それだったら、アレンの学費とか必要な金だけ残して
 あとはお世話になってる関連の皆様に

 ありえないぐらい高い菓子折りを
 馬鹿みたいな量で送り付けるとか、そんなテロ行為に使う方がまだマシだ!! 」

「そんな事は絶対にさせないっす! それだと俺の営業成績に、なんのプラスにもならないし

 なんなら、ライルの旦那をそんな奇行に走らせた元凶として
 俺がエコーさんに殺されるっす!! カラシで殺されるっす!!

 クソッ! こうなったら絶対どっかの物件を購入してもらうっす!

 訳アリでもなんでも
 うちの所有する物件が、建物自体はどれも最高の品質なのは確かっす!!

 その莫大な貯金を、なんとしても俺の営業売り上げにしてみせるっす!!! 」

掴み合い、怒鳴り合い、罵り合いながら
最初に訪れた、あの戸建て住宅で見た、老婆と若い女の様な喧嘩を繰り広げながら

彼らは車へと戻っていき、次の物件の資料を選びます。

後部座席にポツンと一体、蚊帳の外になってしまった人形アレンは
激しく怒りをぶつけ合う、彼らの罵声を聞き流しながら

車の後方に取り付けられた、ガラス製の広い窓から
遠ざかるビルに向かって手を振りました。

大理石の様な模様の塗装を中心にしてデザインされた
モダンな見た目をした、綺麗なマンションの住戸

その全45戸の住宅に設置されている、バルコニーの手すり壁から

ひょろりと伸びる、無数の青白い腕の数々が
別れの挨拶をする人形に対して、律儀に手を振り返してくれていた事など

運転席のラックと助手席のライルには、知る由も無いのでした。

彼らの家選びは、この後ももう少しだけ続きます。




(おまけ)

〔アレンの学習帳より抜粋〕

たくさんの住宅を見れるとのことで
新しく、師匠と作る僕専用の杖の参考にできるように、メモを取り記録していくことにしました。

試験で作った、城壁の杖も
僕としては、テトラや師匠に褒めてもらえたということもあり
手放すのはちょっと勿体ないような気がしたのですが

師匠の造形魔法をもっといろいろ見せて貰えるということなので
気持ちを新たに、杖の設計を考えていこうと思います。

・量産型の戸建て住宅

同じ物をたくさん作るという目的のために、作りやすいシンプルな形を計画する、というやり方が
とても合理的かつ、新しい考え方で学びになりました。

確かに言われてみれば、複雑な形や設計の物を
多く作るというのは労力や手間、時間が多くかかるはずです。

量産するという目的ならば、この考え方はとても効率的だと言えるでしょう。

そういえば、魔法陣を量産して色々な魔法を使いこなしていたエレラは
いったいどうやって、あの大量の魔法陣を描いていたのでしょうか?

確かに、事前に書いてストックしていた物もあったようですが
僕がテトラを抱えて突破した 鈴鳴りの警報魔法の陣 などは、図書館の壁や床に直接書いてありました。

あんな量を、どうやってどのくらいの時間で制作したのか、大変気になります。

今は忙しいですが、家探しが落ち着いたら師匠に聞いてみようと思います。
魔法学校に入学して、またエレラと会えたなら、その時は答え合わせの時間です。

・大きな吹き抜けの戸建て住宅

先ほどよりも、異なる様々な形状の家が立ち並ぶ地域でした。

その中でも今回、僕らが訪れた家の形状は
住宅内の中心部に、大きな吹き抜けを設けることで
自然光を利用した、室内の明るさに特化された形状だったとのこと。

住宅を、住むためだけではなく
住む人の好みや目的に合わせて形状を調節して建てている

オーダーメイド、というやり方の住宅らしく
先ほどの量産型の住宅とは、対比となる方法となっています。

目的のための形状を計画して作る、という点も面白かったのですが

なにより興味深かったのは
何かの能力に特化して、別の何かの能力が下ってしまった、ということでした。

以前、師匠から

全てにおいて完璧な、万能の魔法なんて存在しない

そう、教えてもらっていたのですが
今回のこの住宅は、そんな師匠の言葉を体現したような性質をしていた気がします。

上からの光を得るために、大きな吹き抜けを作ったものの
その吹き抜けは、暖房や冷房などに掛かるエネルギー効率を悪くする。

完璧で万能な物はない、というのは
こういうことだったのかと、前の学習内容の復習を行えました。

エコーさんが言っていた、記憶と体験は別物というのは本当だったようです。

僕はこれからも
たくさん勉強して得た知識を、こうして改めて体験していくのかもしれません。

・大きな灰色のビル

小さな家が集合した、大型の住居だそうです。
マンションやビルという名称が聞こえましたが、両方ともこの建物を指す名称なのでしょうか?

ここでは、師匠と不動産屋のラックさんは
何やら大きな声で会話をしていたような気がしますが

僕は、建物の窓や1階の駐車場の影、最上階の屋上で蠢く、いろんな形をした人たちに気を取られて
お話の内容を聞くのを忘れてしまいました。

最後、車の中から手を振ったら、振り返してくれた方がたくさんいて
少しだけ安心しました。

あの青白い肌の色が
以前、空中鉄道で出会った、あの白い女の人によく似ていた気がしたので
同類の、コワイヤツに近い方々なのかなとも思いましたが

どうやら、また違った存在の方々だったようです。


(このページはここで終わっている)
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