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3章 入居から入学まで
18話 美味しい朝食と巨大な杖
しおりを挟む「アレン・フォートレス様 おはようございます
私、魔法職養成学校〈ログリウム〉の伝令役を任されております
多数型魔法道具 銀の駒鳥630号機 と申します、ピヨッ
本日は、アレン様に先日受けていただいた
入学試験の合否について、お知らせをしにまいりました、ピヨッ」
金属製の作られた小鳥が、朝の陽ざしをその身に受けながら
ホテルの窓際に降り立ち、そんなことをさえずりました。
「そうですか、お疲れ様です
それで、僕の合否はどうですか? 」
早朝からの突然の来報にすら
嫌な顔一つせず対応するのは、綺麗に整った端正な顔立ちの青い人形
魔法式自動人形である、アレン・フォートレス本人です。
いえ、人ではないので
本人形、というのが正しいのかもしれません。
「ピピピ、ピヨッ!
おめでとうございます
この度、貴方様は本校の入学試験に見事合格されました
つきまして、入学案内、及び実技試験時に制作頂いた杖などを
こちらの宿泊室までお届けさせていただきます
詳しい説明書きなどは、そちらに付属されてある
入学案内状をご覧くださいますよう、ピヨッ
また、こちらの宿泊施設の滞在期間は
受験終了後から7日間までとなりますので
それ以降の滞在延期は個人負担となります
ご了承の程、宜しくお願いいたします、ピピヨッ! 」
「ありがとうございます、朝から素敵な知らせが聞けて嬉しいです
ところで、銀色の小鳥さん
一つお願いがあるのですが、聞いていただけませんか? 」
「ピヨッ?
内容により当機が可能か否かを判断いたします
どうぞ、内容をご入力ください」
「ありがとうございます、では……」
人形アレンは駒鳥の説明を聞き終えると
その両腕に抱えていた、白いアザラシのぬいぐるみを右手で抱きなおし
空いた方の左手で、まだ電気もつけられていない、薄暗い室内の奥を指さします。
「師匠が起きている時に
もう一度、来ていただいてもいいですか?
喜ばせたいので、今のメッセージをもう一度再生してほしいです」
薄暗い部屋、物の散乱した、乱れ切った寝室の中には
白いシーツのひかれたベットの上で、外出用の服を着こんだまま
だらしなく爆睡している、魔法師ライル・クラフトの姿がありました。
本来、綺麗に整っているはずのホテルの宿泊部屋に
なぜ、ここまで物が散乱しているのかといえば
昨晩まで、彼らがひたすら観光しまくっていた
美術館や水族館、博物館などで購入した大量のお土産を
持って帰って床に置きっぱなしにしたまま
そのままの勢いで、疲れて就寝してしまったからという
だらしがないにも程がある、他人にもなかなか言いずらい
恥ずかしい理由に他なりません。
ちなみに、アレンが今
右腕に俵抱きしている、まるいアザラシの巨大ぬいぐるみも
この浮遊都市にある、数多くの娯楽施設の一つ
海の上に浮かぶ水族館〈フライティング・アトランティス〉で購入した
お土産の一つです。
そんな事実を
まだ、この部屋に訪れたばかりの、作り物の駒鳥に見せつつ
彼らの朝、具体的に言うと早朝の午前6時10分は
宿泊者、一名の起床を先延ばしにしながら、ゆっくりと過ぎていきました。
実技試験の終わりから二日過ぎた今日
入学試験開始から、6日目となるこの日の朝は
何を隠そう、試験合否の発表が行われると予定されていた
合格発表日、当日だったのです。
時刻は進み、午前10時
彼らはホテルの朝食会場に移動していました。
発展した真新しい街並みを一望できる
窓際の席に案内してもらい
アレンとライルの二名は、テーブルを挟んで、お互い向かい合わせになる形で着席しています。
「少し遅めなので、他の宿泊者の利用数も落ち着いていますね
師匠は本日の朝食、なににしますか? 」
「ごめん、見ず知らずの駒鳥に
だらしのない寝起きの姿を見られた挙句、声をあげて笑われた事がショックで
まだ、うまく頭が回らないから
アレン、何か適当に取ってきてくれるか? 」
「わかりました、お任せください師匠
この数日間で、僕は
このホテルの朝食ビュッフェのメニューをほぼ攻略しています
美味しいのたくさん取ってきますね」
そう言って、無表情のアレンは
見た目からは想像もできない程、喜びに満ち溢れた声をあげて
意気揚々と料理を取りに向かいました。
ライルは、あの調子だとまた、朝から大量の料理の山を見せられるな、と
自身の判断を少し後悔しましたが
はしゃぐ弟子の後ろ姿に
落ち込んでいた表情を、少しだけほころばせて、自らの弟子を見送ります。
(さて、この度の入学試験
エコーの準備とアレンの努力の甲斐もあり、見事合格
2週間程の準備期間を終えて、数日後には魔法学校に入学できる運びになった
めでたいな、俺は運にも弟子にも恵まれてる
でもここからの準備は、全部俺が指導で進めなきゃいけないよな
今まで、身の回りの準備とかは
支援団体の職員さんや、団員の先輩方、団長になってからはエコーに頼りきりだったし
流石に、城を離れてまで
彼女らに泣きつくのは、あまりにも情けない
アレンの師匠として、これから色々教えていくのにも
俺が今までしてきた様な、ずぼらな生活のままで良いわけもないし……
よし、今日は寝坊しちゃったけど
朝食を食べたら、アレンと部屋に戻って色々支度をはじめなきゃな
入学案内も読み込んで、必要な準備を整えよう!
あと、アレンが作ったっていう杖も見てみなくちゃな……
話から聞いた感じだと、城壁を使用した、大きな杖だという事しか分からなかったし)
ガラス越しに映る、美しい近代的な街並みを横目に
彼は今日を含めた、今後の予定をざっとおさらいし
これから準備するべき項目を簡単に整理しました。
そうこうするうちに、数分がたったのでしょう。
「師匠、美味しそうなのいっぱいです
なんと新作もありました」
「………レパートリー豊富ですごいな
アレン、そのままちょっと待ってろ
持ち方が不安定だから、俺がテーブルに料理を置こう
お前は落としちゃわないように、しっかり持ってなさい」
「わかりました、師匠、ありがとうございます」
朝食会場のビュッフェ台に並ぶ、様々な料理たちを
二人分づつ皿に盛っていった結果、大量の朝食が盛られる事となった白い皿の数々を
ライルは一つづつ、こぼさない様にテーブルの上へ運びます。
初日こそ、たった二人であんな量、本当に食べられるのかと
ホテルの従業員から怪しむような視線を送られていたのですが
宿泊し始めて数日、一度もあの大量の朝食を
残すことなく完食しているアレンへの信頼は、確かなものとなっていました。
今となっては、彼らの視線も、あぁ、今日も朝から元気ね、という
微笑ましい物を見つめるような物へと変わっています。
そして今日も、ものの見事に
クロワッサン、バターロール、オムレツ、スクランブルエッグ、
ベーコン、ソーセージ、サラダをはじめとした
このホテルお約束の朝食メニューといわれる程に定番の物から
肉団子、レッドトラウトの塩焼き、揚げ餃子、ナポリタン、
ミソスープ、厚焼き玉子、エビチリなども含めた
数多くの、バラエティー豊かな食事を散々満喫し終えると
アレンとライルは、早々に朝食会場を後にしました。
ちなみに、ハニーマスタードのグリルチキンだけは、決して取らない事が
食堂スタッフの間で、まことしやかに噂になっている事など
彼らは知る由もありません。
「いや、予想以上にでかいな!? 杖っていうより、盾だろ!?
……どうしよう、これじゃ部屋の扉に入らないぞ」
「壊して入れますか? 」
「いやいや、これ本来はもっとでかい城壁だったんだろ?
ここで下手に解体して、封印魔法が解けちゃうと
このホテル内で、そのバカでかいサイズの城壁が
元の大きさに戻っちゃうって事だから、下手をしたらホテルが大破しかねない
と、とりあえず、一旦屋上のひらけた場所にまで持っていこう
あそこの扉は両開きの扉だから、この杖? も、たぶん通るだろう」
宿泊室に戻るも、扉の目の前に返却されていた巨大な杖を目の当たりにし
予想外の横幅に、慌てたライルは
アレンと協力しながら、えっちらおっちら
屋上に設けられた、屋外テラスへと、巨大な石の塊を運びました。
「……アレン、発想も設計も良いし
たった三日で、これを作れたのはすごい事だけど
流石に、これを普段から維持管理するのは大変だ
城壁を一部、丸々ごっそり持っていかれた学校側も困るだろうから
これは、元あった場所で封印を解除してもらって、魔法学校に返却しよう」
「…………はい」
あまりのデカさと、封印魔法を維持するために必要となる魔力量の多さに
流石に無理だこれ、とギブアップ宣言をした魔法師団団長に
頑張った成果を、師匠に褒めてもらえる気満々でいた
ちょっとしょんぼり気味の人形弟子。
端から見ても、訳の分からない状況ではありますが
話を進めなければ先に進まないことを悟っていたライルは
落ち込んでいる我が弟子を
慰めつつ、なんとか納得してもらおうと努力しました。
「設計もコンセプトもいいんだ、大量の魔力消費を必要とする無茶な設計も
アレンの体の仕組みなら、何とか解決できると思う
だけど、アレンがこの杖の維持にさく労力を考えると
もっと他の事が出来るんじゃないかなって思うんだ
そうだな……城壁とまでいわなくても
要塞っていう名前の由来に近い物っていうなら
解釈次第では、小屋とか、家とかでもいいんじゃないか?
一軒家みたいな大きさの収納箱でも
充分、保管や保護、何かを収めて手短に持ち運ぶ目的ならいけるだろ
……そうだ! ドールハウスだ! ドールハウスっていうモチーフなら
アレンの人形としての特性にも合いそうだ!
その周りを防護魔法でもかけた、城壁モチーフのミニチュアで囲めば
防御も相性もばっちりだ!
どうだ? これなら大きさも抑えられて、使いやすくなる
俺と一緒に、もう一回、アレン用の杖を作ってみないか? 」
「…………師匠と、杖作り?
じゃあ、師匠の造形魔法とか、見れたり? 」
「おうよっ! 造形魔法なんていくらでも見せられるさ!
何なら、アレンの合格祝いも兼ねて俺の造形魔法で何か作ってやるとも!
えっと、えっと、そうだ!
杖はアレンと一緒に作るから、マントとか!
他には、髪飾り、はもうアレンはつけてるし、衣服は、まだ練習してからやりたい
鎧は違うし、鍋は何回も見せたし、ナイフとか剣とかはまだ危ないし
魔避けのお守り的な……ブ、ブローチとか? 」
「! 分かりました、僕、この杖を学校に返して師匠と杖を作りたいです
たくさん試作して、たくさん見たいです! 」
「そ、そっか、良かった、うん、一緒にたくさん考えような
あ! そうだ、この空中都市で住む新しい住居を探さなきゃいけないし
住むところは、家具付きの適当なアパートに決めるとしても
不動産屋さんには、探してますっていう感じに相談して
色々な家を見せて貰うのもいいんじゃないか?
ドールハウスの参考になりそうだし
不動産屋さんを利用してるみたいで、ちょっと悪いけど
でも、結果的に物件は借りるわけだし、力を借りさせてもらおう」
かくして、彼らの今後の予定は、こうして決定する事となりました。
学校の職員に、杖の素材として使用してしまった城壁を返却したいと
連絡を取ってみた所、すぐに回収に向かいます、との
幸先の良い返答を貰え、置き場所に困っていた巨大な杖を
その日のうちに無事、学校側に引き取ってもらえたライルは
アレンの合格を含めた、この喜ばしい事実を
王宮で待ってくれている、彼の共犯者に報告すべく
星のように輝く銀髪に、揺らめく赤色の瞳を持つ
ツインテールの謎メイドへ、久しぶりに連絡を取る事にします。
嬉しさに浮かれ、今後の未来に胸を躍らせながら
彼は、ホテルに設置されている、有料の魔導通信機で
お城の彼女へと通話を行いました。
そして、通信機越しに聞こえた彼女の第一声はというと
「お前は馬鹿か」
慈悲や容赦など欠片も無い、たった一言の暴言だったのです。
無慈悲すぎる、銀髪メイドのエコーから投げられた、そんな言葉心無い言動に
魔法師ライルは、思わず涙ぐんでしまう事となるのでした。
(おまけ)
〔入学案内状より抜粋〕
この度は、入学試験の合格、誠におめでとうございます。
つきましては、数週間後に迫ります、入学式までにご用意頂きたい
必要書類などについてのお知らせをさせて頂きます。
入学前の道具、制服のご用意は基本、不要ですが
学校生活を送っていただく際に必要な、いくつかの書類をご準備頂き
入学式の当時
管理事務室の受付窓口まで、ご提出くださいますようお願い申し上げます。
以下は必要書類一覧表です。
・入学願書
・本人確認用写真
・住民票
・入学試験合格通知
・学費支払方法申請書
・入寮希望書
↑寮の使用を希望される方のみ提出
・現住所証明書
↑寮の使用を希望されない方のみ提出
・使い魔登録書
・研究会加入承諾書
裏面に続きますので、不足の無いようご確認下さい。
(このページはここで終わっている)
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