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旅立ち編
006 ※残酷な描写あり
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「此度の問題は分かっておるな。ラピス」
「はい。申し訳ございませんでした。お父様」
そこはこの国の貴族の中では上位に位置するとある貴族の屋敷の一室。少し前の話である。
「マックスから報告は聞いておるが、自分の口からも報告せよ」
その室内にいるのは、成人したばかりの年齢の貴族令嬢と、その父親らしき公爵の姿であった。
「私たちに、公妃様に献上しております肌を守る為の薬の素材を提供出来る唯一の人物との縁が、私の判断によって完全に途切れるところでした」
厳しい公爵の視線を受けて、報告を語り始めた令嬢の瞳は、貴族らしく表立った感情の読めないものであった。
「原因は2つございます。まずは2代目のキーマン会頭の独断を許した事です。そして、もう1つはあの方を私と同じような年齢だった為に、甘く見てしまった事でございます」
「うむ。マックスからの評価は聞いているか?」
令嬢が行った報告に満足したのか、公爵は今度は娘に向ける視線で問う。
「一見すると表情で何を考えているか分かり易いですが、僅かな会話だけで物事の殆どに理解を示し、その心の奥でとても深い思考をされる。敵に回してはいけない方だと教えられました」
「マックスが敵に回したくないと言ったのは、宰相以来の事だ。実際に事が起きた今の時点で、その人物の事をどう評価している?」
「今考えてみれば、私がマックスやお父様に言われてやっていた身分を偽る方法を自身で考えて実行していた事や、あの強い意志を宿した瞳をする事の出来る………おそらく経験の多さ。私が見たあの方は、まだ全てが表面上だったものと考えております」
自身に向けられた家族としての暖かな視線を無視した訳ではないが、本人は緊張した態度を崩さずに答える。
「では、そのような人物を懐柔する為にはどうしたら良いと考える?」
緊張感を持ち続ける娘に、ひとしきり満足した顔を浮かべて、再度、気を引き締めた顔で問う。
「まずは、あの方のご家族を含めて絶対の安全を保障した上で、謝罪して相手の要求をこちらが叶えられるギリギリまで叶える事と考えます」
「ほぉ。それは相手側に増長させる事になるのではないか?」
「あの方はおそらく、要求はしてこないものと思います」
公爵の顔は娘の返事が意外だったのか、少し表情を緩める。
「マックスもそう評価しておった。貴族として、権力欲を著しく欠いた人物であると」
「はい。恐らく交渉で、我が家があの方の家の復興に手を貸すと提案しても、受け入れられる公算は低いと思われます」
「そうなると打てる手は限られてくるという事か………」
部屋の中を重い空気が包み込む。
「お父様。私が交渉の席に立つには、あの方と同じ覚悟を持つ必要があると考えております」
重い空気の中で口を開いた令嬢の瞳には確かに強い光が見て取れる。
「よい。お前の考えを申してみよ」
「はい。キーマン会頭の処分を私に御命じ下さい。あの者が生きていては、あの方も安心できず、どこへ聖女の雫の話が漏れるか分かりません」
「それは自身の手を汚すという事なのだぞ?」
「もちろん、私が直接手を下す事ではありませんが、その指示は私が出します。あの方を見て、私も甘やかされていた事に気付きました」
さらに重くなる空気が2人の間に纏わりつくように、部屋の外から差し込む明かりが徐々に暗くなっていく。
「分かった。マックスに相談しながら事を進めよ。後始末は私が請け負う。そして、次回の話し合いは私も同席する」
一瞬何かに驚いた令嬢もすぐに表情を引き締めなおす。
「お手間をかけて申し訳ございませんでした」
「いや、元といえば、私の若い頃の過ちが原因だ。おまえにも苦労をかけて、こちらこそ済まない」
先ほどまでの物騒な雰囲気と違い、今度は互いに少し暖かな気配をお互いに感じて、その部屋での言葉のやりとりは終わった。
▼△―――――――――――――――――――△▼
一日は、そう簡単に終わらなかった。
その日の夜には、マリーが餌付けしている姿を見て居た堪れなくなったロックが、私の命令どおりに酒場へと旅立って行った。
「申し訳ございません。クロムウェル様。ロックさんが酒場で酔いつぶれてしまっております。私どもで宿までお連れ致しましょうか?」
酒場に行ったロックが遅い事に、私だけが心配していると、旅の間にマックスさんと共に一緒だった世話役の侍女が宿を訪ねてきて、ロックの現状を教えてくれた。
まあ、監視されているとは思っていたから、その件については何もいう事はない。むしろ、言わないといけない事があるのは、こちらの方だ。
「うちの者がご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
そう、謝罪である。
きっと、私たちに内緒で監視するように言われていただろうにも関わらず、ロックの事を心配して、こうして知らせてくれたのだ。
「いえ………」
相手も監視していた事がバレる事になったので、後ろめたい気持ちは残っているようだ。
「ねぇ。マリー。少しはロックに優しくしてあげても良いのじゃないかしら?」
訪ねてきた侍女から、ロックの酒場での様子を聞いた妹が、マリーにそう告げる。
「ロック………でございますか? お嬢様」
妹の言葉にマリーが首をかしげる。
私も訪ねてきた侍女と共にマリーの反応を伺う。旅の道中のロックとマリーの関係を知っているだけに、私よりも気になっているようだ。
まあ、私の場合は、知っているが故の興味であるのだが………。
「マリー。ロックは我が家の門番その1の方よ」
首をかしげたマリーに代わって母が答える。
「あぁ。1番の方でしたか。奥様」
そのように母とやりとりが出来て嬉しそうな顔をしているマリーを見た侍女は、全てを察して口をそっと押さえて視線を逸らした。
マリーのロックに関する認識は、全く変わっていなかった。
この旅の約2ヶ月という間に何もしなかったロックの自業自得とはいえ、さすがに私も侍女と同じように口元を押さえて、一筋の涙が零れるのを止められなかった。
「あのロックの事ですが………」
「分かりました。当方の者がこちらへ丁重にお連れ致します」
母とマリーの間と私と訪ねてきた侍女の間の温度差は、真夏と真冬くらいに差があったと思う。
その中で何とか言葉を搾り出した私に対して、侍女は強い意志を持って答えてくれる。
「ロック様は酔いつぶれてしまっておられますので、噂の真相については全て事実であると伝えさせて頂きます」
侍女の後ろに控えていた者が、私と侍女の会話を聞いてロックを迎えに行ってくれたようだ。
そして、この場に残った侍女は、ロックの後始末まで請け負ってくれた。
一応、「当方からの報告では信頼できないかもしれませんが」と付け加えられたが、今の状況でこの侍女の言葉を信じない理由はない。
「それとこの場での出来事については、報告は致さない事を誓います。ご安心下さい」
ロックへの配慮に、本当に頭が下がる思いでいっぱいだった。
「ありがとうございます。レオノーラさん」
私はマックスさん同様に、このロックの為に訪ねてきてくれた侍女も信じる事にした。
彼女には確かに優しさというものがある暖かい女性だと認識したからでもある。
「私の事は呼び捨てにして頂いても構いません。クロムウェル様」
「では、私の事もクロムとお呼び下さい」
「はい。今後はクロム様とお呼びさせて頂きます」
1人だけ取り残されていた妹が、私と訪ねてきた侍女のレオノーラとのやりとりを見て、明らかに興奮している。
残念ながら、私にも、おそらくレオノーラにも妹が期待しているような感情はない。
どちらかというと友情に近い感情だと私は思っている。
妹の様子に気付いた母とマリーだったが、マリーはやはり私に関心はなく、母と妹だけが私に興味深い視線を向けていた。
「それでは、ロック様をお連れした際に、またご連絡いたします」
2人の視線をあっさりと流したレオノーラは、さすがは公爵家の侍女という感じだ。
妹が何かを口に出す前に華麗に退席する。
取り残された私は、当然妹からの質問攻めに合うが、私はロックとは違うのだよ? 妹よ。
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