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旅立ち編

プロローグ 後編

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 国が滅んだ理由は国王の独裁による貴族たちの反発が原因だ。
 リヒュルト子爵領に来た国の他にも、2カ国が攻め込んでくる結果となって滅亡した。

 武力で制圧された領地は悲惨な状況らしいが、噂話で聞いた事柄のため、妹へは伝えていない。
 前世で知る歴史でも、敗戦国の惨状は想像出来る。無理に伝える必要はまだ・・ない。

 では何故、私が国が滅んだ時点で逃げ出さなかったか?
 どの国の庇護にもない逃亡貴族の末路など、前世の記憶にある歴史で腐るほど知っているからである。

 そして、リヒュルト子爵領を占領した国が略奪に来る可能性もあったが、私には世界条約のない戦争の歴史も知っている。
 3ヵ国が攻めてきて、その3ヵ国が協力して攻めてきた訳ではない。
 早い者勝ちの美味しい食べ物に群がってきただけだ。

 領地を巡る戦争で、そのような事態が起これば、その攻めてきた国同士でも小競り合いになる。
 占領した土地をさらに他の国に奪われない為に、大軍が必要になる。そして、逆に隙を見せたら奪い取る為の用意も必要になる。

 何が言いたいかと言うと、禄に食料の備蓄があるわけでもなく、また主戦場からも遠い田舎領地など、構っている余裕はないという事だ。
 結果は予想通りで、やってきた代官のビリーさんも喧騒とは程遠い人物だった。

 領地引渡しと領民達への説明を行なった事で、リヒュルト子爵家が国に害を為す相手ではないと分かって貰えた。
 まあ、戦力なんてかき集めても50人行くかどうかだからね。
 それに、相手も散々荒らした後の統治なんてやりにくいからね。話し合いが一番。

 結局は降伏勧告にやってきた使者から条件が提示され、父だけが反発して家出という名の逃亡。
 私が領主代行として、穏便に他国へ逃れるまでの保障をして貰ったという訳だ。

 そんな訳で、基本的にこの旅は安全である。
 田舎すぎて、落ち延びてきた兵が野盗化しているなんて事もない。そもそも、こんな田舎までたどり着けない。

 向かっているコールウィン公国へ入国した際も急に景色が変わるわけじゃない。
 田舎と接している土地は所詮田舎である。

 開拓も済んでいないので侵略戦争以前に、土地や道の開発が先である。
 よって、戦争も起こらなければ国境に兵が配置されているという事もない。時々、監視の騎馬が走っている程度だが………。

「お兄様。もうコールウィン公国へ入ったのですよね?」

「そうだよ。2日前に越えた山が国境だからね」

「でも、コールウィン公国へ入ってから人に会っていませんよ?」

 本来であれば監視の騎馬が走っていないとおかしいのだが、道はあるが誰かと遭遇する事はなかった。
 まあ、地図の上ではコールウィン公国という事なのだろう。

 完全に景色に飽きてしまった妹は、休憩の度に母の乗っている馬車と幌馬車を行き来して話し相手を探している。
 母の乗っている馬車に居る時は、私が侍女のマリーと御者を変わり、マリーには妹の話し相手をして貰っている。

 季節的には収穫の刈り入れを終えて、冬の準備をし始める頃。
 向かっている土地は、今まで住んでいた土地よりも多少暖かいとはいえ、冬になってくれば、やはり冷える。

「あと1ヶ月くらいすれば、リヒュルト領よりも人がたくさんのいる土地に着くよ」

 馬車の旅でさえ、1ヶ月以上は田舎風景が続く場所なのだ。こんなところへ軍事侵攻するのなら、どれくらいの期間が必要になるのか分かったものじゃない。
 なるほど、そう考えると確かに監視も不要だな。

「まだ、ひと月も掛かるのですね………」

「あぁ。向こうに着いたら、こんなにのんびりしてはいられないだろうから、今のうちだけだよ」

 向かっている最終目的地はコールウィン公国の首都だ。
 生まれながらにして貧乏貴族という名のスローライフを満喫していた私だが、転生者として何もしていなかった訳ではない。

 食べるに困らないくらいの剣術や魔法の訓練はしていた。
 異世界ライフだもの。魔法があったら魔法使ってみたいじゃない!

 そんな訳で、転生当初はこの世界の知識を貪った。
 結果として、そこそこ強いけど活躍できるほどの腕前じゃない剣術と、生活の役に立ちそうな一家に1台の便利魔法使いが誕生した。

 その過程で領地に新たな特産品を探したりもした。
 まあ、細かい説明は省いて、とある薬草を育てる事に成功して、それで商売をしたという流れだ。

 その商売相手のうちの1人の元へ、現在は向かっている。
 王都までの途中の街で、お迎えが来ている予定ではあるが、それまでは本当にのどかな風景を楽しむのんびりとした旅だ。

「それにしても坊ちゃん、いつの間にそんな大商人? な方とお知り合いになられたのですか?」

「いや、会った事はないよ。そもそもリヒュルト領から出たのだって生まれて初めてだし」

 狩りの時に偶然図鑑に書かれていたお高い薬草を見つけて、それを流れの商人が売った事がきっかけだった。
 どうやら、そのお高い薬草は美容に良いものらしい。高いのも納得というやつだ。

「じゃあ、どうやってお知り合いに?」

「あれ? 話したことなかったっけ? マリーは知っていたよ?」

「お兄様。私も知っていますわ。お兄様がお育てになってる薬草ですわよね!」

 私と御者をしていたロックが話を始めた事で、妹も話しに入ってきた。
 相当に退屈をしているらしい。普段は外で遊び回っている事が多いのだ。馬車に乗って揺られているだけだと本当に退屈なのだろう。

「あぁ、ロワン爺さんと一緒になって育てていたあの草か」

 ロワン爺さんとは、リヒュルト子爵家の元執事長だ。まあ、執事は1人しかなかったけど。

「ロック! 草ってって・・言い方はないでしょう!! そのおかげでここ数年は良いお給料を貰っていたのでしょう!!」

「お、お嬢様!馬車の御者をしている時はお止め下さい!!」

 何が妹の気に障ったのかは分からなかったが、貴族令嬢だというのにロックに蹴りをかましていた。
 まあ、田舎貴族のお嬢様なんて実情はこんなものだろう。

「坊ちゃま! 謝りますのでお嬢様を止めて下さい!」

 先ほどまでのどかな自然の景色を眺めていたのが、急にこの周りだけ慌しくなった事に何故か可笑しくなって笑ってしまった。

「坊ちゃま! 本当にすみませんでした!」

「そんなんだから、いつまでもせっかく買ったプレゼントをマリーに渡せないのです!」

「な、なぜそれを!?」

 まあ、妹は天然ではあるが、馬鹿ではないのだ。あれほど分かりやすいロックの態度で気付かない者はいない。そう、誰一人。
 つまりはそういう事だ。

「ロック。御者を代わろう。そんな様子じゃ馬が可哀想だ」

 動揺しているロックの手綱捌きでは、馬にストレスが掛かってしまう。
 ただでさえ、長旅を強いているのだ。休息は多めにとっているとはいえ、彼らがいなければ旅の日程も長くなってしまう。

 正直、この旅ではロックよりも馬が大事だ。

「お、お嬢様。知っていたのでしたら何であのような事を聞いたのですか!?」

「私たちに付いてくると言い出したマリーの後に、ロックも必死に付いてくるといった時はとうとう告白するのだと期待していましたのに………。お母様共々がっかりいたしましたわ」

 どうやら妹はこの長旅で身体を動かせない事に相当にストレスを溜めていたようだ。

「旅が始まってからも、休憩の度にマリーの近くに行ったかと思ったらお屋敷に居る時と変わらないままで! 本当に私とお母様はやきもきしているのですよ! 分かっていますか!!」

「お、奥様にも知られているのですか!?」

 知らぬは本人だけというのは、こういう事を言うのだろう。

「えぇ。お母様と一緒の馬車に乗っているときは、いつもこの事をお話していますわ」

「そ、それって………もしかして………」

「そうよ。当然、私とお母様の話をマリーも聞いているわ」

 気付かないものは誰一人いない。その事を知らないのは本人だけ。ただそれだけのことさ。
 だからロック。そんなに落ち込むな。
 まあ、旅の間に時々楽しもうと思っていたのに、妹によってあっさりとネタ晴らしをされてしまったが、このロックの悶絶している姿が見れたのだから良しとしよう。

 私が母たちの乗る馬車の御者をしている時だけが、ロックの心休まる時間となった旅は、特に何も起こる事はなく、順調に人とまばらに出会うようになった頃には、住み慣れた領地を旅立って1ヶ月が経とうとしていた。

 本当に何もなかった! ロックはヘタレ過ぎる!!

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