8 / 67
一章
七話
しおりを挟む
学校からの帰路を辿っている間も、岸本の体調は芳しからぬようだった。
しきりに両手を揺らし、歩き方もどことなく重々しい。シークレットブーツを履いていることもあり、竹馬で移動しているかのようだ。流石に異常を感じる。
「おい、大丈夫か」
声をかけると、岸本は少しだけ笑って首を縦に振った。
「身どもは平気だ」
「いいや、少し休んだ方がいいかもしれない」
ちょうどバス停があった。薄汚れた白いベンチも用意されている。
「すまんのう」
謝る岸本を促し、二人でベンチに腰かけた。
それにしても古いバス停だ。時刻表は字体まで古く、度重なる悪天候に晒されて、プラスチックの板は汚れている。
標識までよく見えない有り様だった。
バス停の名前を見る。もはや漢字すらすりきれていて読めない。よく目を凝らすと、「ごせ」というふりがなが見えた。
「バス、乗るか」
提案するが、岸本はまた首を振る。
「いや、まだ乗りたくなかったんだ」
せっかく人が気を配っているのに、馬鹿なやつだ。両手が腐り落ちればいい。
無言で座っていると、バス停同様に古びたバスがやって来た。
岸本がバスに目を移すや否や、立ち上がっておれの肩を叩く。
「か、柿市。逃げるぞ」
「なんでだよ」
「車窓を見てみろ」
岸本に言われて、バスの内部をまじまじと見つめる。乗客は一人しかいなかった。その人物は、吊り輪を掴み、こちらに向かい合っていた。
赤いパーカーを着た……。
フードを深く被っていて、表情はよく見えない。男か女かも分からない。
「きっと例の不審者だ」
岸本はかわいそうなくらい真っ青になっていた。
「逃げるぞ、柿市」
いつもの偉そうな口調はどこへやら、泣きそうな表情でおれの袖を引っ張る。
しかし、おれは立つ気になれなかった。足がすくんだ訳ではない。パーカーの人物に、恐怖心がないのだ。
懐かしい人に会えた。
そんな懐古の情が湧いてくる。
廃棄ガスを吹き出して、バスが完全に停車した。
思い切りよくドアが開いて、パーカーの人物がゆっくりと降りてくる。
耳障りなキンキン声が聞こえた。岸本が叫んでいるのだ。
顔が見えた訳でもないのに、パーカー人間と目が合ったような気持ちになる。
この人は、おれのことを誰よりも知っていて……。
赤いパーカーは、血潮みたいに脈打っているように感じられた。
そう、ただの染料ではない。躍動感を示す、本当の血で彩られているんだ。
続いて、パーカー人間の手に視線を移す。大振りの出刃包丁が握られていた。そこにまだ血はついていない。
不意におれは我に返る。
パーカー人間は、おれたちを……。
おれを、殺そうとしている?
甲高いノイズが、人の声をまとっておれの耳に届く。
「立つんだ」
岸本は必死におれの手を引いていた。
逃げたい。
でも、体が動かない。
パーカーはじりじりと距離を縮めていた。
岸本が、もう一度おれを引っ張る。ベンチがずれて、おれは地面に手をついた。
足をもつれさせながらも逃走を図る。
こちらが走り出すと、パーカーもスピードを上げた。
予想外に速い。二人で必死に走るが、それ以上振り返ることもできず、恐怖だけが募った。
このままでは、捕まる。
思考しろ。思考するんだ。どうすればこの窮地を脱することができるのか。
おれは思考した。自分が助かる最善の方法を考えて……。
そして。
岸本を、転ばせた。
何かが勢いよくアスファルトに叩きつけられる音がした。
無我夢中で、走り続ける。
後ろでつんざくような悲鳴が響いた。
しきりに両手を揺らし、歩き方もどことなく重々しい。シークレットブーツを履いていることもあり、竹馬で移動しているかのようだ。流石に異常を感じる。
「おい、大丈夫か」
声をかけると、岸本は少しだけ笑って首を縦に振った。
「身どもは平気だ」
「いいや、少し休んだ方がいいかもしれない」
ちょうどバス停があった。薄汚れた白いベンチも用意されている。
「すまんのう」
謝る岸本を促し、二人でベンチに腰かけた。
それにしても古いバス停だ。時刻表は字体まで古く、度重なる悪天候に晒されて、プラスチックの板は汚れている。
標識までよく見えない有り様だった。
バス停の名前を見る。もはや漢字すらすりきれていて読めない。よく目を凝らすと、「ごせ」というふりがなが見えた。
「バス、乗るか」
提案するが、岸本はまた首を振る。
「いや、まだ乗りたくなかったんだ」
せっかく人が気を配っているのに、馬鹿なやつだ。両手が腐り落ちればいい。
無言で座っていると、バス停同様に古びたバスがやって来た。
岸本がバスに目を移すや否や、立ち上がっておれの肩を叩く。
「か、柿市。逃げるぞ」
「なんでだよ」
「車窓を見てみろ」
岸本に言われて、バスの内部をまじまじと見つめる。乗客は一人しかいなかった。その人物は、吊り輪を掴み、こちらに向かい合っていた。
赤いパーカーを着た……。
フードを深く被っていて、表情はよく見えない。男か女かも分からない。
「きっと例の不審者だ」
岸本はかわいそうなくらい真っ青になっていた。
「逃げるぞ、柿市」
いつもの偉そうな口調はどこへやら、泣きそうな表情でおれの袖を引っ張る。
しかし、おれは立つ気になれなかった。足がすくんだ訳ではない。パーカーの人物に、恐怖心がないのだ。
懐かしい人に会えた。
そんな懐古の情が湧いてくる。
廃棄ガスを吹き出して、バスが完全に停車した。
思い切りよくドアが開いて、パーカーの人物がゆっくりと降りてくる。
耳障りなキンキン声が聞こえた。岸本が叫んでいるのだ。
顔が見えた訳でもないのに、パーカー人間と目が合ったような気持ちになる。
この人は、おれのことを誰よりも知っていて……。
赤いパーカーは、血潮みたいに脈打っているように感じられた。
そう、ただの染料ではない。躍動感を示す、本当の血で彩られているんだ。
続いて、パーカー人間の手に視線を移す。大振りの出刃包丁が握られていた。そこにまだ血はついていない。
不意におれは我に返る。
パーカー人間は、おれたちを……。
おれを、殺そうとしている?
甲高いノイズが、人の声をまとっておれの耳に届く。
「立つんだ」
岸本は必死におれの手を引いていた。
逃げたい。
でも、体が動かない。
パーカーはじりじりと距離を縮めていた。
岸本が、もう一度おれを引っ張る。ベンチがずれて、おれは地面に手をついた。
足をもつれさせながらも逃走を図る。
こちらが走り出すと、パーカーもスピードを上げた。
予想外に速い。二人で必死に走るが、それ以上振り返ることもできず、恐怖だけが募った。
このままでは、捕まる。
思考しろ。思考するんだ。どうすればこの窮地を脱することができるのか。
おれは思考した。自分が助かる最善の方法を考えて……。
そして。
岸本を、転ばせた。
何かが勢いよくアスファルトに叩きつけられる音がした。
無我夢中で、走り続ける。
後ろでつんざくような悲鳴が響いた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる