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第四章 いなくなった死神さん

第38話 PS

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「死神さん!」

 目が覚めた瞬間、僕はベッドから飛び起きました。

 壁に掛けてある時計の針は、7時を指し示しています。窓から差し込むのは温かな日の光。もうすっかり朝です。

 部屋の中を見渡す僕。これまでと大きな変化はほとんどありません。ですが、変わったところもあります。テーブルの上に置いてあった将棋セットが無くなっているのです。そしてその代わりに、封筒が置いてあります。封筒には、『起きたら読んでね』の文字。

 僕は、急いでその封筒を手に取り、封を開けました。中には2枚の折りたたまれた便箋。それを開くと、文字がびっしりと書き込まれています。おそらく、泣きながら書いたのでしょう。便箋の所々に水滴が落ちたような跡があり、文字が滲んでいました。

「…………」

 僕は、無言でそれを読みました。読み終わると、また最初から読みました。何度も、何度も、読みました。そこに書かれていることが、嘘であってほしいと願いながら。

 一体どれくらいの時が流れたでしょうか。便箋には、真新しい水滴の跡が、いくつもいくつもできていました。

 僕は、便箋をゆっくりとテーブルの上に置き、ベッドに倒れこみました。



♦♦♦



 急にこんなことになってごめんね。本当は、私の口から言わなきゃいけないんだろうけど、たぶん、泣いちゃってちゃんと伝えられないだろうから。

 実、一週間前、急に上司から言われたんだ。「異動になった」って。「今までやってきた魂を回収する仕事じゃなくて、別の仕事をやってもらう」って。その仕事っていうのは、死神世界に運ばれてきた魂を天国や地獄に送ること。何となく想像はつくかな?

 まあ、仕事が変わるだけならよかったんだけどね。でも問題は、その仕事をする死神が、人間世界に干渉する権利を持たないってこと。つまり、私の仕事が変わった時点で、人間世界で生活することも、人間世界に行くこともできなくなるの。

 もちろん、上司にはたくさん抗議したよ。賄賂も渡そうとした。それでも、無理だった。一週間、ずっとずっと頑張ったけど、無理だったんだ。「何回もお前の我儘に付き合えるほど暇じゃない」って言われ続けてさ。

 君にこのことを言おうとも思ったけど、結局、最後まで言えなかったよ。言えば、君が悲しんじゃうから。それに、上司を説得できた後、君に「こんなことがあったんだけど頑張ったよ」って伝えて、褒めてもらいたかったんだ。あわよくば抱きしめてもらえたら、なんて。

 でも、どうせ結果が変わらないのなら、君にちゃんと伝えておいた方がよかったのかな。その方が、君の心の整理もついたのかな。

 さっきから、涙が止まらなくて。文字がたくさん滲んじゃってるけど、読めないことはないと思うから。って、急にこんなこと書いちゃうと、話がまとまらないね。要領悪くてごめん。

 まあとにかく、私はもうここにはいられないんだ。次に人間世界に行けるのはいつになるかな。一年後か、二年後か、十年後か。私の仕事を代わってくれる人が出てこないと、一生行けないかもしれない。

 覚えてる? 君の大切な人になるために、「君の前からいなくなったりしない」って言ったこと。約束、守れなくてごめん。

 何だか「ごめん」ばっかり書いてるね。ちゃんとした語彙力が欲しいよ。って、また脱線しちゃった。ごめん。






 もっと君と一緒に暮らしたかった。もっと君と一緒にご飯を食べたかった。もっと君と一緒にお話ししたかった。もっともっと君と一緒に将棋したかった。

 でも、これは、一生叶わないかもしれない私の我儘。だから、君に、私の我儘を二つだけ叶えてほしい。

 一つ目は、先輩ちゃんのこと。「リベンジ戦できなくてごめん」って伝えておいて。先輩ちゃんにも悪いことしちゃったね。自分が嫌になるよ。

 二つ目は、君のこと。欲張りすぎかもしれないけど、君には、私のことを忘れないでほしいんだ。君が私のことを覚えてくれているって思うだけで、私、いろいろ頑張れる気がするから。

 今まで、迷惑ばかりかけちゃってごめん。本当にごめん。

 大好き。






 PS あのキスは、私のファーストキスだよ。
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