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第三章 僕の知らない死神さん
第32話 その正解は……
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盤に駒を並べ終え、さっそく僕たちは対局を始めました。
「「よろしくお願いします」」
部屋に響く二人の声。先手は僕。まずは、2六歩と飛車先の歩を一つ前進させます。
対する後手の死神さん。その手は、3四歩。いつものように角道を開けたのでした。
僕が2五歩と歩をさらに進めると、死神さんは、3三角と角を斜め上に一つ上げました。弱点である角の頭をカバーする一手です。
そんな角を狙おうと、僕は、7六歩と自分の角道を開けます。
ここまでの展開は、以前、死神さんと先輩が対局をした時とほぼ同じです。違いを挙げるとすれば、先手と後手が入れ替わっていることでしょうか。
将棋は、一手の差ですら勝敗に大きく関わるゲーム。そのため、先手であるか後手であるかによって、指すことのできる戦法や攻め方、守り方にも違いが生まれてくるのです。実際、アマの世界でもプロの世界でも、先手の方が高い勝率を誇っている人は大勢います。
例えば今の局面。死神さんが、先輩との対局の時と同じように『新鬼殺し』をしようとしても、その威力は半減してしまいます。そもそも、『新鬼殺し』は先手の人が使う戦法ですからね。
「さて、じゃあ、あれを使おうかな」
「あれ……ですか」
「うん。あれだよ」
そう言って、死神さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべます。
死神さんが次にどんな手を指そうとしているのか、僕にははっきりと分かりました。なぜなら、最近の死神さんは、ずっと同じ戦法ばかり指しているからです。
「さあ、いくよー」
慣れた手つきで駒を手に取り、盤上にパチリと打ち下ろす死神さん。その手は、2二飛でした。
死神さんの指している戦法の名前は、『鬼殺し向かい飛車』。マイナーな奇襲戦法ではありますが、プロが実践で指したこともあるのです。個人的には、相手がこちらの狙いにのってこなくても戦いやすい優秀な戦法だと考えています。
この局面でお互いに睨み合っている角を交換すれば、乱戦になることは確実。僕はそれを避けるために、6八玉と王様を斜め上に一つ上げました。
以前の死神さんなら、「角を取ってくれない」と困惑していたことでしょう。ですが、今の死神さんは冷静です。慌てることなく、4二銀と銀を進めます。
「角を交換するのは嫌だった?」
僕を上目遣いに見つめながら、死神さんはそう問いかけました。
「そうですね。まあそもそも、僕はゆっくりした将棋が好きですから。正直乱戦になるのは苦手なんですよね」
「むむむ。残念。角を交換した後の指し方、たくさん勉強したのになあ」
「本当に死神さんは、ガンガン殴り合うような将棋が好きですよね」
「うん。乱戦上等って感じだよ。でもね」
優しい微笑を浮かべながら、将棋盤のふちに手を添える死神さん。
「最近は、ゆっくりした将棋も好きになってるんだ」
「え!?」
驚きすぎて大きな声を漏らしてしまう僕。まさか、死神さんの口からそんな言葉が聞けるなんて考えてもみませんでした。『鬼殺し』という奇襲戦法をこよなく愛する人の発言とは思えません。
「ひょっとして、君とたくさん将棋してきたからかな? 私、君とちょっと似てきちゃったのかも。ふふ。なんか変な感じ」
細められた目。両端の少し上がった唇。ほんのりと染まった頬。それら全てが、死神さんの今の感情を代弁しているようでした。
瞬間、高鳴り始める心臓。上がる体温。どうしてでしょうか。死神さんから目を離すことができません。目を離せば後悔するとすら思ってしまっています。
ほんの少し苦しくて、でも全く嫌じゃなくて、いつまでも浸っていたい温かな気持ち。具体的な言葉をそこにあてがうとするなら、その正解は……。
「君、どうかした? 何だか顔が赤いけど」
「き、気のせいですよ! さ、さあ、次は僕の手番ですね!」
「「よろしくお願いします」」
部屋に響く二人の声。先手は僕。まずは、2六歩と飛車先の歩を一つ前進させます。
対する後手の死神さん。その手は、3四歩。いつものように角道を開けたのでした。
僕が2五歩と歩をさらに進めると、死神さんは、3三角と角を斜め上に一つ上げました。弱点である角の頭をカバーする一手です。
そんな角を狙おうと、僕は、7六歩と自分の角道を開けます。
ここまでの展開は、以前、死神さんと先輩が対局をした時とほぼ同じです。違いを挙げるとすれば、先手と後手が入れ替わっていることでしょうか。
将棋は、一手の差ですら勝敗に大きく関わるゲーム。そのため、先手であるか後手であるかによって、指すことのできる戦法や攻め方、守り方にも違いが生まれてくるのです。実際、アマの世界でもプロの世界でも、先手の方が高い勝率を誇っている人は大勢います。
例えば今の局面。死神さんが、先輩との対局の時と同じように『新鬼殺し』をしようとしても、その威力は半減してしまいます。そもそも、『新鬼殺し』は先手の人が使う戦法ですからね。
「さて、じゃあ、あれを使おうかな」
「あれ……ですか」
「うん。あれだよ」
そう言って、死神さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべます。
死神さんが次にどんな手を指そうとしているのか、僕にははっきりと分かりました。なぜなら、最近の死神さんは、ずっと同じ戦法ばかり指しているからです。
「さあ、いくよー」
慣れた手つきで駒を手に取り、盤上にパチリと打ち下ろす死神さん。その手は、2二飛でした。
死神さんの指している戦法の名前は、『鬼殺し向かい飛車』。マイナーな奇襲戦法ではありますが、プロが実践で指したこともあるのです。個人的には、相手がこちらの狙いにのってこなくても戦いやすい優秀な戦法だと考えています。
この局面でお互いに睨み合っている角を交換すれば、乱戦になることは確実。僕はそれを避けるために、6八玉と王様を斜め上に一つ上げました。
以前の死神さんなら、「角を取ってくれない」と困惑していたことでしょう。ですが、今の死神さんは冷静です。慌てることなく、4二銀と銀を進めます。
「角を交換するのは嫌だった?」
僕を上目遣いに見つめながら、死神さんはそう問いかけました。
「そうですね。まあそもそも、僕はゆっくりした将棋が好きですから。正直乱戦になるのは苦手なんですよね」
「むむむ。残念。角を交換した後の指し方、たくさん勉強したのになあ」
「本当に死神さんは、ガンガン殴り合うような将棋が好きですよね」
「うん。乱戦上等って感じだよ。でもね」
優しい微笑を浮かべながら、将棋盤のふちに手を添える死神さん。
「最近は、ゆっくりした将棋も好きになってるんだ」
「え!?」
驚きすぎて大きな声を漏らしてしまう僕。まさか、死神さんの口からそんな言葉が聞けるなんて考えてもみませんでした。『鬼殺し』という奇襲戦法をこよなく愛する人の発言とは思えません。
「ひょっとして、君とたくさん将棋してきたからかな? 私、君とちょっと似てきちゃったのかも。ふふ。なんか変な感じ」
細められた目。両端の少し上がった唇。ほんのりと染まった頬。それら全てが、死神さんの今の感情を代弁しているようでした。
瞬間、高鳴り始める心臓。上がる体温。どうしてでしょうか。死神さんから目を離すことができません。目を離せば後悔するとすら思ってしまっています。
ほんの少し苦しくて、でも全く嫌じゃなくて、いつまでも浸っていたい温かな気持ち。具体的な言葉をそこにあてがうとするなら、その正解は……。
「君、どうかした? 何だか顔が赤いけど」
「き、気のせいですよ! さ、さあ、次は僕の手番ですね!」
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