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第二章 僕と死神さんと、それから……

第16話 唐揚げの命はないわよ

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 キーンコーンカーンコーン。

 四時間目終了のチャイム。授業後の挨拶が終わると同時に、教室内がザワザワとざわめき始めます。

 僕は、鞄の中から弁当箱を取り出し、机の上に置きました。弁当箱の蓋を開けると、中には今日の朝食と同じおかず。そこまで料理が嫌いなわけではありませんが、朝食用と弁当用におかずを作り分けることができるほど器用ではありません。ですが、一つだけ違うものがあります。それは、小学生の頃から好きな冷凍食品の唐揚げ。今日はこれが楽しみで……。

「学食行こうぜー」

「おー」

 おしゃべりをしながら教室を出ていくクラスメイトたち。きっと、彼らは一緒に食事をするのでしょう。教室内を見渡すと、机をくっつけて友達数人と仲良く食事をする人たちの姿が目に映りました。

 別に、羨ましくなんかありません。そう、羨ましくなんかないのです。一人飯には一人飯のよさがあるのです。例えば……例えば……おかずを奪われないとか。

 …………食べよう。

「いただきます」

 そう言って、僕が手を合わせた時でした。

「ここ、いい?」

 聞いたことのある声がしました。顔を上げると、一人の女生徒が僕の机を指さしています。リボンの色は黄色。背は僕より少し低いくらい。黒髪短髪。鋭い目つき。いかにも強気といった様子。

「先輩?」

 その人は、昨日、本屋で出会った先輩でした。

「あんた、弁当なのね」

 そう言いながら、先輩は、机の前にあった椅子をこちらに向けて座りました。そして、手に持っていたレジ袋を机の上に置きます。一瞬見えた袋の中に入っていたのは、コンビニで売られている総菜パン。

「まあ、一応。今朝、朝食用に作ったおかずを詰めただけですが」

「へえ、自分で作ってるんだ。すごいわね」

 レジ袋の中からパンを取り出し、ムシャムシャと食べ始める先輩。

「……あの、先輩。どうしていきなり来たんですか?」

「決まってるじゃない。あんたを将棋部に勧誘するためよ」

「ですよねー」

 分かってはいました。昨日、「まだ諦めてないから」と言っていた先輩が、僕の所にこうしてやって来た。それすなわち、もう一度、僕を将棋部に勧誘するつもりなのだと。

「それで、どうなの? 将棋部に入部する気はない?」

「いや、昨日も断ったじゃないですか」

「……入部しないと、あんたの弁当に入ってる唐揚げの命はないわよ」

「ひどいです!」

 せっかく楽しみにしてた唐揚げを人質にとるなんて! こうなったら……。

 僕は、最後に食べる予定だった唐揚げを勢いよく口の中に突っ込みました。冷凍食品独特の濃い味付けと唐揚げの油が口いっぱいに広がります。

「冗談よ。あんた、面白いわね」

 僕の反応を見てクスクスと笑う先輩。

 どうやら、僕は先輩にからかわれていたようです。そういえば、死神さんにも時々からかわれることがありますね。「たまには彼氏君って呼ぶのどう?」とか「抱きしめてあげようか?」とか。僕のことをいろいろ知っている死神さんならまだ分かりますけど、昨日会ったばかりの先輩にまで。ここまでくると、僕がからかっても大丈夫的な雰囲気をまとっているとしか思えません。なんだか複雑な気持ちです。

「で、どうして将棋部に入部してくれないのよ?」

 いつの間にかパンを一つ平らげていた先輩が、口元をハンカチで拭きながら僕に尋ねてきました。

「えーっと。いろいろとあるんです」

「またその答え? 昨日も聞いたけど、そのいろいろって何よ? ちゃんと説明してくれないと、こっちも引き下がれないわ」

 体を貫くような鋭いまなざしに、思わず上半身をのけぞらせてしまいます。廊下の方で「ぎゃははは」という大きな笑い声が聞こえましたが、うるさいなあと感じる余裕すらありませんでした。

「いろいろっていうのは……その……」

 どうやら、詳しい事情を伝えなければ先輩は納得してくれないようです。ですが、死神さんのことをありのまま話すわけにはいきません。死神と同居してるなんて言えば、頭がおかしい人認定されることは確定。となると、どうにか誤魔化す必要があります。

「ん? もしかして、やましい理由でもあるわけ?」

「や、やましいなんてことないですよ」

「へー。じゃあ話せるわよね」

 将棋をする時以上に必死で頭を回転させた僕。そうして絞り出した言葉は……。

「……実は僕、姉と同居してるんです」
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