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第一章 僕の自殺を止めたのは
第7話 少しだけ待っててくれない?
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「……ふざけないでください」
「へ?」
「ふざけないでください!」
室内の空気をビリビリと振動させる僕の声。こんなに大声を出したのはいつぶりでしょうか。普段の僕なら、人前で声を張り上げるなんて絶対にしません。けれど、もう我慢ができなかったのです。
僕の声に驚いたのか、死神さんは驚きと怯えの入り混じった表情を浮かべていました。そんな彼女に向かって、僕はひたすらに叫びます。
「僕の気持ちも知らないで、何でそんな勝手なこと言うんですか!」
「え、あの……」
「嫌なんですよ! こんな、先の見えない真っ暗な世界で生きていくの! 今すぐにでも逃げ出したいくらいなのに!」
「あ……」
「ちょっとは考えてみてください! 今から自殺しようとした人間を生かすことが、どれほど残酷なことなのか! 死神なら分かるでしょ!」
「…………」
震える体。歪む唇。滲んでいく目の前の景色。男泣きだなんてカッコいい言葉は絶対に似合いません。ただただ醜くて、ただただ情けない。きっとそれが、今の僕の姿。
取り繕おうとは微塵も思いませんでした。僕の心にあったのは、死神さんに対する怒りと、自分への惨めさだけでした。
「生まれた時から両親と親戚の人たちの仲が悪くて! 『鬼の子』なんてさんざん陰口たたかれて! 唯一、僕を気遣ってくれたおじさんが病気で亡くなって! 小学校でも中学校でもいじめられて! 一生懸命頑張って勝ち取った将棋大会の賞状を、目の前でビリビリに破かれて! 環境を変えるために地元から遠く離れた高校へ進学した矢先に、両親が交通事故で亡くなって!」
頭の中を流れる忌々しい記憶。この世の不平等さと神様への恨みを抱いた回数は、両手足の指を足しても数えきれません。胃の奥から何かが逆流しそうになる感覚に抗いながら、僕は目の前の死神さんへ向かって言葉を放ち続けました。
「どうしてなんですか!? どうして僕がこんな目に合わないといけないんですか!? 僕、何か神様の気に障るようなことしたんですか!?」
「…………」
「もう散々です! 周りの人に虐げられるのも! 好きな人がいなくなるのも!」
「…………」
「楽にさせてください。僕を早く、この世から解放してください。両親やおじさんのもとに連れて行ってくれなんて贅沢は言いません。ただ、死にたいんです」
「…………」
「お願い、します」
頭を下げる僕。視界に映るのは、ぽつぽつと色の濃い部分があるカーペット。
僕の吐露を何も言わずに聞いていた死神さん。彼女から一体どんな返答が帰ってくるのか。僕は、肩で小さく息をしながらそれを待ちました。
「……知ってるよ」
彼女の声が聞こえたのは、僕の呼吸が整い始めた頃。
「知ってるって、何を?」
僕はゆっくりと頭を上げました。先ほどよりもはっきりと見える死神さんの顔。彼女の視線と僕の視線が交わります。
「君が経験してきたこと、私、全部知ってる」
「死神手帳に載ってたからですか?」
「うん」
僕と将棋をする前、死神さんは言っていました。彼女の持つ死神手帳には、これから死ぬ予定の人がどんな経験をしてきたのかが全部載っていると。そこになら、きっとあるのでしょうね。僕が経験してきた、思い出すのも嫌になる出来事の数々が。
「でも、君の気持ちは知らなかった。死神手帳には、その人がどんな感情を抱いたかまでは載ってないから。それに、私って人の気持ちに疎いところがあってさ」
「…………」
「そっか。君は、ずっと苦しんでたんだね。ずっと我慢してたんだね」
「…………」
「そっか」
死神さんは、腕組みをして天井を見上げます。黙ったまま彼女を見つめる僕の耳に、「そっか」という呟きが何度か聞こえました。
数秒後。
「ねえ、少しだけ待っててくれない?」
「え?」
「自殺するの、少しだけ待ってほしいんだ」
唐突に告げられた死神さんからのお願い。僕の頭上に巨大なはてなマークが浮かび上がります。
「どうして……」
「ちょっとやりたいことができたから。大丈夫。すぐに戻ってくるよ。一週間、いや、三日で終わらせてくる」
「やりたいこと、ですか?」
「そ。今はまだ秘密。上手くいくかどうかも分かんないしね」
そう言って、死神さんは軽く微笑みました。
上手くいくかどうかも分からない。それはつまり、死神さんのやりたいことが簡単ではないということを表しています。もう何が何やら分かりません。
「……ちなみにですけど。死神さんがどこかへ行っている間に、僕が自殺したらどうなるんですか?」
「一応、君の魂の回収役は私ってことになってるから、魂の回収ができなくて、結局助かっちゃう。さっきも言ったけど、死んだ人の魂は、すぐに回収しないとまた元の体に戻って死んだ事実をなかったことにしちゃうの。でも、自殺した時の苦しみは残る。要するに、君は死ねずにただ苦しむだけってことだね。そんなの嫌でしょ。だから、自殺しようとしちゃだめ」
「何ですか、それ」
死のうとしても死ねず、ただ苦しみだけが残る。その事実を前に、僕は頭が痛くなりました。
「へ?」
「ふざけないでください!」
室内の空気をビリビリと振動させる僕の声。こんなに大声を出したのはいつぶりでしょうか。普段の僕なら、人前で声を張り上げるなんて絶対にしません。けれど、もう我慢ができなかったのです。
僕の声に驚いたのか、死神さんは驚きと怯えの入り混じった表情を浮かべていました。そんな彼女に向かって、僕はひたすらに叫びます。
「僕の気持ちも知らないで、何でそんな勝手なこと言うんですか!」
「え、あの……」
「嫌なんですよ! こんな、先の見えない真っ暗な世界で生きていくの! 今すぐにでも逃げ出したいくらいなのに!」
「あ……」
「ちょっとは考えてみてください! 今から自殺しようとした人間を生かすことが、どれほど残酷なことなのか! 死神なら分かるでしょ!」
「…………」
震える体。歪む唇。滲んでいく目の前の景色。男泣きだなんてカッコいい言葉は絶対に似合いません。ただただ醜くて、ただただ情けない。きっとそれが、今の僕の姿。
取り繕おうとは微塵も思いませんでした。僕の心にあったのは、死神さんに対する怒りと、自分への惨めさだけでした。
「生まれた時から両親と親戚の人たちの仲が悪くて! 『鬼の子』なんてさんざん陰口たたかれて! 唯一、僕を気遣ってくれたおじさんが病気で亡くなって! 小学校でも中学校でもいじめられて! 一生懸命頑張って勝ち取った将棋大会の賞状を、目の前でビリビリに破かれて! 環境を変えるために地元から遠く離れた高校へ進学した矢先に、両親が交通事故で亡くなって!」
頭の中を流れる忌々しい記憶。この世の不平等さと神様への恨みを抱いた回数は、両手足の指を足しても数えきれません。胃の奥から何かが逆流しそうになる感覚に抗いながら、僕は目の前の死神さんへ向かって言葉を放ち続けました。
「どうしてなんですか!? どうして僕がこんな目に合わないといけないんですか!? 僕、何か神様の気に障るようなことしたんですか!?」
「…………」
「もう散々です! 周りの人に虐げられるのも! 好きな人がいなくなるのも!」
「…………」
「楽にさせてください。僕を早く、この世から解放してください。両親やおじさんのもとに連れて行ってくれなんて贅沢は言いません。ただ、死にたいんです」
「…………」
「お願い、します」
頭を下げる僕。視界に映るのは、ぽつぽつと色の濃い部分があるカーペット。
僕の吐露を何も言わずに聞いていた死神さん。彼女から一体どんな返答が帰ってくるのか。僕は、肩で小さく息をしながらそれを待ちました。
「……知ってるよ」
彼女の声が聞こえたのは、僕の呼吸が整い始めた頃。
「知ってるって、何を?」
僕はゆっくりと頭を上げました。先ほどよりもはっきりと見える死神さんの顔。彼女の視線と僕の視線が交わります。
「君が経験してきたこと、私、全部知ってる」
「死神手帳に載ってたからですか?」
「うん」
僕と将棋をする前、死神さんは言っていました。彼女の持つ死神手帳には、これから死ぬ予定の人がどんな経験をしてきたのかが全部載っていると。そこになら、きっとあるのでしょうね。僕が経験してきた、思い出すのも嫌になる出来事の数々が。
「でも、君の気持ちは知らなかった。死神手帳には、その人がどんな感情を抱いたかまでは載ってないから。それに、私って人の気持ちに疎いところがあってさ」
「…………」
「そっか。君は、ずっと苦しんでたんだね。ずっと我慢してたんだね」
「…………」
「そっか」
死神さんは、腕組みをして天井を見上げます。黙ったまま彼女を見つめる僕の耳に、「そっか」という呟きが何度か聞こえました。
数秒後。
「ねえ、少しだけ待っててくれない?」
「え?」
「自殺するの、少しだけ待ってほしいんだ」
唐突に告げられた死神さんからのお願い。僕の頭上に巨大なはてなマークが浮かび上がります。
「どうして……」
「ちょっとやりたいことができたから。大丈夫。すぐに戻ってくるよ。一週間、いや、三日で終わらせてくる」
「やりたいこと、ですか?」
「そ。今はまだ秘密。上手くいくかどうかも分かんないしね」
そう言って、死神さんは軽く微笑みました。
上手くいくかどうかも分からない。それはつまり、死神さんのやりたいことが簡単ではないということを表しています。もう何が何やら分かりません。
「……ちなみにですけど。死神さんがどこかへ行っている間に、僕が自殺したらどうなるんですか?」
「一応、君の魂の回収役は私ってことになってるから、魂の回収ができなくて、結局助かっちゃう。さっきも言ったけど、死んだ人の魂は、すぐに回収しないとまた元の体に戻って死んだ事実をなかったことにしちゃうの。でも、自殺した時の苦しみは残る。要するに、君は死ねずにただ苦しむだけってことだね。そんなの嫌でしょ。だから、自殺しようとしちゃだめ」
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