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第一章 僕の自殺を止めたのは
第3話 将棋は私の趣味なんだよ!
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光の粒はさらに集まり、一つの形を成していきます。そう。それは、アニメや漫画で見るのと全く同じ、死神特有の持ち物。
「鎌、ですか?」
僕が呟くと同時に、光が徐々に弱くなっていき、大きな鎌が姿を現しました。黒く細長い柄の先には、ギラリと光る大きな刃。少しでも刃に触ろうものなら、たちまちに一刀両断されてしまいそうです。
「ふっふっふ。どう? すごいでしょ?」
突き上げられた腕。手には大鎌。浮かんだしたり顔。今の死神さんの姿は、芸術作品か何かのようにも見えました。
「これはさすがに、あなたが本物の死神だって信じるしかないですね」
「そ、そうでしょう、そうでしょう。き、君も、この鎌を見たら、わ、私が死神だって、お、思うよね」
「あ、いや」
「ん? ど、どうしたの?」
「……いえ。なんでもないです」
正直なところ、『鎌を持っている=彼女は死神』ではなく、『不思議な力で鎌を出した=彼女は死神』という方が正しいのですけどね。今は突っ込まないでおきましょう。
それよりも、気になることが一つ。
「死神さん。今、かなり無理してません?」
「な、ななな何を言ってるのかな君は!?」
部屋に響く死神さんの焦り声。
「だって、ずっと腕上げてますし。しかも、どう見てもその鎌重いですよね。早く腕下ろした方がいいんじゃ」
「い、いやいやいや。か、鎌なんて軽い軽い。だ、第一、し、死神である私が、か、鎌の重さに負けるわけ……あ、もう無理」
諦めたように死神さんは腕を下ろします。その勢いが強かったからでしょう。鎌の刃が床に突き刺さり、ザクリと恐ろしい音を立てました。
「……大家さんになんて言い訳しましょう」
「あ、あああ。ご、ごめんね。うう。せっかく、かっこいい死神の姿を見てもらいたかったのに」
僕に向かってペコペコ頭を下げる死神さん。
まあ、これから自殺する予定の僕にとって、床についた傷なんて大した問題ではないのですが。といいますか、死神さんがずっと腕を上げてたのはかっこつけてたからなんですね。全く気づきませんでした。
「えっと。とりあえず、死神さんが本物の死神っていうのは分かりました。それで……」
「ちょ、ちょっと待っててね。この鎌、先に消しちゃうから」
そう言って、死神さんは床に突き刺さった鎌に手を添えました。数秒後、鎌が光を放ち始め、ポツポツと光の粒が鎌から放出されます。空中を漂い消滅する光の粒と、原型を失っていく鎌。つい先ほど見たのとは逆の光景です。
「えい!」
不意に叫ぶ死神さん。その瞬間、鎌は完全に消えてなくなりました。まるでそこには最初から何もなかったかのよう。ですが、床についた生々しい傷が、間違いなく鎌がそこにあったことを主張していました。
「えっと、ごめん。この床の傷は直せないんだ。私、物を直す力は持ってなくて」
「いえ。どうせ僕、これから自殺しちゃいますし、いいですよ」
「ど、どうにか弁償を。で、でも、なるべく安い値段だと嬉しいというか」
「だからいいですって。それより、聞かせてください。死神さん、僕と将棋を指したいみたいなこと言ってましたよね。それってどういうことですか?」
これ以上謝られたって何がどうなるものでもありません。僕は、心の中にあった大きな疑問を死神さんにぶつけたのです。
『ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』
これが、彼女の第一声。その後のやりとりからも、聞き間違いという可能性はなし。僕は、今だに理解ができていないのです。死ぬ前に将棋を指すというのもそう。加えて、死神と将棋、この二つが全く結びついてくれません。
「どういうこと、か。うん。実はね……」
突然、死神さんは、神妙な顔つきになりました。死神さんの綺麗な赤い瞳が、まっすぐに僕を見つめます。
背中に感じる寒気。頭に浮かぶ嫌な考え。
まさか、将棋をしないと僕が地獄に落ちてしまうとか? それとも、地獄よりもっとひどい場所に?
「将棋は私の趣味なんだよ!」
…………
…………
「へ?」
「将棋は私の趣味なんだよ!」
「いや、聞こえてますから」
先ほどの神妙な顔つきはどこへ行ったのやら。なぜかドヤ顔の死神さんがそこにいました。
将棋が趣味? 死神が?
「さてと。じゃあ、詳しく説明するよ。まず、この死神手帳によるとね」
そう言いながら、死神さんは、ローブの胸ポケットから一冊の手帳を取り出しました。その手帳には、とてもかわいらしい文字で『死神手帳』と書いてあります。あとついでに、柴犬のシールがわんさか貼ってありました。
「あ、全く関係ないけど、君は柴犬好きだったりする?」
「え? ま、まあ、可愛いとは思いますけど。特別好きってわけじゃ……」
「むむむ。なーんだ。じゃあ、もう君にはこの手帳見せてあげない」
不貞腐れた様子で死神手帳を胸ポケットにしまう死神さん。
「いや、僕、見たいなんて一言も言ってないんですが。あと、将棋についての話は?」
「おっと。そうだった、そうだった」
はあ。どうにも死神さんはマイペースすぎます。先ほどから調子が狂って仕方がありません。
「鎌、ですか?」
僕が呟くと同時に、光が徐々に弱くなっていき、大きな鎌が姿を現しました。黒く細長い柄の先には、ギラリと光る大きな刃。少しでも刃に触ろうものなら、たちまちに一刀両断されてしまいそうです。
「ふっふっふ。どう? すごいでしょ?」
突き上げられた腕。手には大鎌。浮かんだしたり顔。今の死神さんの姿は、芸術作品か何かのようにも見えました。
「これはさすがに、あなたが本物の死神だって信じるしかないですね」
「そ、そうでしょう、そうでしょう。き、君も、この鎌を見たら、わ、私が死神だって、お、思うよね」
「あ、いや」
「ん? ど、どうしたの?」
「……いえ。なんでもないです」
正直なところ、『鎌を持っている=彼女は死神』ではなく、『不思議な力で鎌を出した=彼女は死神』という方が正しいのですけどね。今は突っ込まないでおきましょう。
それよりも、気になることが一つ。
「死神さん。今、かなり無理してません?」
「な、ななな何を言ってるのかな君は!?」
部屋に響く死神さんの焦り声。
「だって、ずっと腕上げてますし。しかも、どう見てもその鎌重いですよね。早く腕下ろした方がいいんじゃ」
「い、いやいやいや。か、鎌なんて軽い軽い。だ、第一、し、死神である私が、か、鎌の重さに負けるわけ……あ、もう無理」
諦めたように死神さんは腕を下ろします。その勢いが強かったからでしょう。鎌の刃が床に突き刺さり、ザクリと恐ろしい音を立てました。
「……大家さんになんて言い訳しましょう」
「あ、あああ。ご、ごめんね。うう。せっかく、かっこいい死神の姿を見てもらいたかったのに」
僕に向かってペコペコ頭を下げる死神さん。
まあ、これから自殺する予定の僕にとって、床についた傷なんて大した問題ではないのですが。といいますか、死神さんがずっと腕を上げてたのはかっこつけてたからなんですね。全く気づきませんでした。
「えっと。とりあえず、死神さんが本物の死神っていうのは分かりました。それで……」
「ちょ、ちょっと待っててね。この鎌、先に消しちゃうから」
そう言って、死神さんは床に突き刺さった鎌に手を添えました。数秒後、鎌が光を放ち始め、ポツポツと光の粒が鎌から放出されます。空中を漂い消滅する光の粒と、原型を失っていく鎌。つい先ほど見たのとは逆の光景です。
「えい!」
不意に叫ぶ死神さん。その瞬間、鎌は完全に消えてなくなりました。まるでそこには最初から何もなかったかのよう。ですが、床についた生々しい傷が、間違いなく鎌がそこにあったことを主張していました。
「えっと、ごめん。この床の傷は直せないんだ。私、物を直す力は持ってなくて」
「いえ。どうせ僕、これから自殺しちゃいますし、いいですよ」
「ど、どうにか弁償を。で、でも、なるべく安い値段だと嬉しいというか」
「だからいいですって。それより、聞かせてください。死神さん、僕と将棋を指したいみたいなこと言ってましたよね。それってどういうことですか?」
これ以上謝られたって何がどうなるものでもありません。僕は、心の中にあった大きな疑問を死神さんにぶつけたのです。
『ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』
これが、彼女の第一声。その後のやりとりからも、聞き間違いという可能性はなし。僕は、今だに理解ができていないのです。死ぬ前に将棋を指すというのもそう。加えて、死神と将棋、この二つが全く結びついてくれません。
「どういうこと、か。うん。実はね……」
突然、死神さんは、神妙な顔つきになりました。死神さんの綺麗な赤い瞳が、まっすぐに僕を見つめます。
背中に感じる寒気。頭に浮かぶ嫌な考え。
まさか、将棋をしないと僕が地獄に落ちてしまうとか? それとも、地獄よりもっとひどい場所に?
「将棋は私の趣味なんだよ!」
…………
…………
「へ?」
「将棋は私の趣味なんだよ!」
「いや、聞こえてますから」
先ほどの神妙な顔つきはどこへ行ったのやら。なぜかドヤ顔の死神さんがそこにいました。
将棋が趣味? 死神が?
「さてと。じゃあ、詳しく説明するよ。まず、この死神手帳によるとね」
そう言いながら、死神さんは、ローブの胸ポケットから一冊の手帳を取り出しました。その手帳には、とてもかわいらしい文字で『死神手帳』と書いてあります。あとついでに、柴犬のシールがわんさか貼ってありました。
「あ、全く関係ないけど、君は柴犬好きだったりする?」
「え? ま、まあ、可愛いとは思いますけど。特別好きってわけじゃ……」
「むむむ。なーんだ。じゃあ、もう君にはこの手帳見せてあげない」
不貞腐れた様子で死神手帳を胸ポケットにしまう死神さん。
「いや、僕、見たいなんて一言も言ってないんですが。あと、将棋についての話は?」
「おっと。そうだった、そうだった」
はあ。どうにも死神さんはマイペースすぎます。先ほどから調子が狂って仕方がありません。
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