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第三章
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言うべきでは、ないのかもしれない。
彼の言葉を受け取って、婚約して、結婚して……アシュリーが狡猾な娘であれば、きっとそうした。
今ここで言わなければ、この体はすでに処女でないことを知られることはないかもしれない。
──それにヴィルヘルムだって、《シェリー・ダンフォード》に手を出している。
そのことをふと思い出して、アシュリーはくちびるを噛んだ。自分が変装していた姿とは言え、ヴィルヘルムにそう言う対象として見てもらえた彼女に嫉妬するなんて、ひどく醜い。
けれど、言わなければアシュリーは後悔するだろうと思った。ヴィルヘルムを騙して手に入れた幸せでは、罪悪感の方がきっと勝る。
両親には怒られるだろう。ラインフェルト家との縁談ならば、良縁としか言いようがない。縁を切られても仕方がない。
そして何より、この話を伝えたらヴィルヘルムとは元の関係には戻れない。
覚悟していたことなのに、苦しくてたまらない。
「……わたし、は」
呼吸をして、今度こそ、覚悟を決める。
──仕事を辞めて、……この人の前から姿を消そう。
「わたしはもう……処女では、ないのです」
頬を笑みの形に作って必死に笑おうとしたけれど、上手く笑えなくて、その上声も震えてしまう。
ヴィルヘルムが息を飲んだのがわかって、早くこの場から逃げ出してしまいたいとアシュリーは思った。
「ですからもっと、ラインフェルト副団長に相応しい方を、見つけてください。……申し訳ございません」
あまりに強く握り過ぎて、膝の上のスカートに皺が寄った。
「っそれでは、わたしはこれで……ごめんなさい……」
ヴィルヘルムの反応を知るのが怖くて、アシュリーは立ち上がってこの場から去ろうとする。
けれど、ソファーから立ち上がって逃げようとしたアシュリーを引き留めたのは、ヴィルヘルムだった。
伸びてきた大きな手がアシュリーの華奢な手をしっかりと掴み、彼女が逃げようとするのを阻む。
引き留めているのがヴィルヘルムだということはわかっていたのに、反射的にアシュリーは視線を上げてしまった。
そして目に映った彼の表情に、彼女は目を見開く。
上げた視線の先にいたのは、顔を見る見るうちに真っ赤に染め、口元を手のひらで覆ったヴィルヘルムの姿だった。
はしたないことを口にしたことは、わかっている。だからいい顔をされることはないだろうなと思っていたけれど、予想外の反応をされてアシュリーまでつられて頬が熱くなってきてしまった。
「……アシュリー嬢、すまない。そのことも、きちんと話を、しよう」
「っわ、たしはない、です」
「あなたがなくても、俺にはある」
ヴィルヘルムの言葉を否定して掴まれた手を振り払おうとするが、力の差は歴然としていて振り払えない。
「誰でも良かったわけじゃない。他の女性だったら、適度に相手をしたあと、頃合いを見計らって殿下の護衛に戻っていただろう。……例え姿が違っても、あなただから触れたいと思った」
アシュリーの心臓が、どくんと大きく跳ねる。
ヴィルヘルムから視線が離せない。
「俺はあの夜だけで終わらせるつもりはない。《シェリー・ダンフォード》──いや、アシュリー・マクブライド嬢、あなたがそのつもりだったとしても」
ヴィルヘルムの言葉にアシュリーは目を見開いた。
頭が真っ白になる。
濃紫色の瞳がすべてを知っていると言うように見つめてきて、アシュリーは動揺を隠せなかった。
──そんな、どうして、いつから……?
疑問が浮かんでは、消えることがないまま頭の中を回る。けれど混乱した頭では誤魔化すための言葉なんて出てこない。
逃げなければという焦燥感に駆られて必死に抵抗したが、ヴィルヘルムが掴んだ手を離してくれることはなかった。
「……ど、して……」
困惑の中、アシュリーが口にできたのは問い掛けだけだった。
彼の言葉を受け取って、婚約して、結婚して……アシュリーが狡猾な娘であれば、きっとそうした。
今ここで言わなければ、この体はすでに処女でないことを知られることはないかもしれない。
──それにヴィルヘルムだって、《シェリー・ダンフォード》に手を出している。
そのことをふと思い出して、アシュリーはくちびるを噛んだ。自分が変装していた姿とは言え、ヴィルヘルムにそう言う対象として見てもらえた彼女に嫉妬するなんて、ひどく醜い。
けれど、言わなければアシュリーは後悔するだろうと思った。ヴィルヘルムを騙して手に入れた幸せでは、罪悪感の方がきっと勝る。
両親には怒られるだろう。ラインフェルト家との縁談ならば、良縁としか言いようがない。縁を切られても仕方がない。
そして何より、この話を伝えたらヴィルヘルムとは元の関係には戻れない。
覚悟していたことなのに、苦しくてたまらない。
「……わたし、は」
呼吸をして、今度こそ、覚悟を決める。
──仕事を辞めて、……この人の前から姿を消そう。
「わたしはもう……処女では、ないのです」
頬を笑みの形に作って必死に笑おうとしたけれど、上手く笑えなくて、その上声も震えてしまう。
ヴィルヘルムが息を飲んだのがわかって、早くこの場から逃げ出してしまいたいとアシュリーは思った。
「ですからもっと、ラインフェルト副団長に相応しい方を、見つけてください。……申し訳ございません」
あまりに強く握り過ぎて、膝の上のスカートに皺が寄った。
「っそれでは、わたしはこれで……ごめんなさい……」
ヴィルヘルムの反応を知るのが怖くて、アシュリーは立ち上がってこの場から去ろうとする。
けれど、ソファーから立ち上がって逃げようとしたアシュリーを引き留めたのは、ヴィルヘルムだった。
伸びてきた大きな手がアシュリーの華奢な手をしっかりと掴み、彼女が逃げようとするのを阻む。
引き留めているのがヴィルヘルムだということはわかっていたのに、反射的にアシュリーは視線を上げてしまった。
そして目に映った彼の表情に、彼女は目を見開く。
上げた視線の先にいたのは、顔を見る見るうちに真っ赤に染め、口元を手のひらで覆ったヴィルヘルムの姿だった。
はしたないことを口にしたことは、わかっている。だからいい顔をされることはないだろうなと思っていたけれど、予想外の反応をされてアシュリーまでつられて頬が熱くなってきてしまった。
「……アシュリー嬢、すまない。そのことも、きちんと話を、しよう」
「っわ、たしはない、です」
「あなたがなくても、俺にはある」
ヴィルヘルムの言葉を否定して掴まれた手を振り払おうとするが、力の差は歴然としていて振り払えない。
「誰でも良かったわけじゃない。他の女性だったら、適度に相手をしたあと、頃合いを見計らって殿下の護衛に戻っていただろう。……例え姿が違っても、あなただから触れたいと思った」
アシュリーの心臓が、どくんと大きく跳ねる。
ヴィルヘルムから視線が離せない。
「俺はあの夜だけで終わらせるつもりはない。《シェリー・ダンフォード》──いや、アシュリー・マクブライド嬢、あなたがそのつもりだったとしても」
ヴィルヘルムの言葉にアシュリーは目を見開いた。
頭が真っ白になる。
濃紫色の瞳がすべてを知っていると言うように見つめてきて、アシュリーは動揺を隠せなかった。
──そんな、どうして、いつから……?
疑問が浮かんでは、消えることがないまま頭の中を回る。けれど混乱した頭では誤魔化すための言葉なんて出てこない。
逃げなければという焦燥感に駆られて必死に抵抗したが、ヴィルヘルムが掴んだ手を離してくれることはなかった。
「……ど、して……」
困惑の中、アシュリーが口にできたのは問い掛けだけだった。
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