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第三章

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「わかってはいたが、視線はあなたを追ってしまう。接点を作ろうと、用がないのに図書館へローウェルを訪ねて、呆れられたこともある」

 ヴィルヘルムの言葉に、スカートを握る手の力がより、強くなる。

「真剣に仕事をするあなたの横顔に何度も見惚れた。ふとしたときに和らぐ表情が可憐な花が綻んだときのようで、可愛らしいなと思った」

 家族から言われる褒め言葉とは違う。ローウェルから、揶揄い交じりに言われる褒め言葉とも違う。
 熱が籠もったヴィルヘルムの言葉。
 あまりに顔が熱くなってくるものだから、アシュリーは顔が上げられなかった。

「あなたが隣りで笑っていてくれたならどれだけ幸せかと、そう思った回数は数えられない。だが、俺と一緒にいて、アシュリー嬢は果たして幸せなのか。そう考えたら、怖くなった」

 想いをすべて言葉にしてくれるヴィルヘルムから、目が離せない。

「──だけど、あの男にあなたを取られると聞いて、我慢ならなかった。……結婚したくないと言うあなたにこんな申し出をすれば、軽蔑されるだろう。だが、それであなたの人生をもらえるならば、それでもいいと思った」

 ヴィルヘルムの言葉がアシュリーの頭の中を回る。
 思い当たる節のないことばかりで混乱した。
 あの男にあなたを取られると聞いて?
 結婚したくないと言うあなたに、こんな申し出をすれば軽蔑される?
 それであなたの人生をもらえるなら?
 ──それじゃあ、まるで。
 弾かれたように、顔を上げる。真剣な眼差しのヴィルヘルムと、視線が合った。

「アシュリー・マクブライド嬢」
「は、い」

 緊張で、上手く声が出せない。
 ヴィルヘルムから、目が逸らせない。

「あなたの家に、あなたとの婚約を望む手紙を送ったのは俺だ」

 意味を理解して、驚きでアシュリーの呼吸が一瞬止まる。
 先ほどの言葉から、ヴィルヘルムがアシュリーとの結婚を望んでくれているんだろうなと言うことは、わかつていた。
 だがさすがに、すでに求婚されていたとは思わない。
 ただ考えれば、彼の言葉が過去形で話されていることに疑問を持てたはずなのに。
 ──否、思わないように、考えないように、していたのだろう。
 もしもただの遊びだと知らされたときに、傷付くことが怖かった。

「う、そ」

 辛うじて絞り出した声は、ひどくか細い声だった。
 好きな人が好きと言ってくれて、その上求婚までしてくれていて。
 嘘、と口にしたのは、信じられないからだ。
 けれど、こんな不誠実な嘘を吐く人だとは思えないから、夢の続きでも見ているのだろうか?

「嘘ではない。ご両親に確認してもらって構わないし、今は手元にないが、やり取りの手紙も残っている」

 ヴィルヘルムの表情を見れば、声を聞けば、彼の言葉が嘘ではないことはわかった。
 嬉しいけれど、それ以上に頭と心が混乱している。
 何を言えばいいのかわからなくて、口を開けたり閉じたりして言葉を探すが、的確な言葉が見つからない。
 だがヴィルヘルムは言葉を急かしたりせず、ただアシュリーの言葉を待っていてくれた。
 夕日の赤が入り込む室内に、静寂が広がる。

「あ、の」

 そして、どれくらい経っただろうか。
 やっとのことで言葉を言えるくらいまで混乱が落ち着いたアシュリーは、後れ毛を耳にかけながら口を開いた。

「……ラインフェルト副団長がわたしのことをここまで想っていてくれたなんて思わなくて、まだ戸惑ってはいるのですが、お気持ちは、とても嬉しいです。色々と気遣って頂いていたことも有難く思っています。ありがとうございます」

 僅かでも、笑みを浮かべられているだろうか?
 アシュリーは礼を口にしながら頭を下げ、膝の上に重ねた手のひらをぎゅっと握り込んだ。
 彼の告白を断った理由である婚約の話は、その相手がヴィルヘルムであったことで解決している。
 けれどもうひとつ、婚約する相手に言わなければならなかったことがあった。
 ──ラインフェルト副団長は知らない。あの夜抱いた娘がわたしだと言うことを。

「ですが、やはりわたしは……お気持ちには、答えられません。ラインフェルト副団長の隣りに立つには、相応しくありません、から」

 怖くて目を合わせられず、アシュリーの視線は下に落ちる。
 目尻がじわりと熱くなってくるけれど、ここで泣くべきではないとアシュリーは自分に言い聞かせた。
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