魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

6節 港区占領作戦 ②

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 宰相が出立して、それなりの時間が経った頃。レイヴンは、自身の執務室で書類と睨めっこしていた。他の幹部たちと違って技術者ではなく、根っからの戦闘向きである自分にできることは、書類の整理やモルガンの手伝い、マニュアル通りに現場監督をするくらいのものだ。

 そんな彼が珍しく書類を読んでいたのは……なぜだか、こうしないと落ち着かないから。

 複数枚の書類を読み、やはり自分はこういうことには向いていないと再確認。少し落胆しながらも、嘗てエイジが仕入れてきた良い茶葉から淹れた紅茶を含み、香りを堪能。していると、ノックが聞こえる。

「入れ」
「失礼スル」

 その来訪者は、レイヴンにとって少し意外だった。

「エレンか、珍しいな。何の用だ」

 この騎士が自分に話しかけてくるとなると、それは軍事関連に違いない。しかし、今はそのような気配を全く感じていない。それ故に不思議だった。調査結果あたりであれば、魔王様や宰相、王女様や魔導師あたりに伝えるだろうに。

「エイジ宰相ガ何処ニイルカ、知ッテイルダロウカ」
「ああ……奴なら__」

 それなら別に不思議ではない。城の中にいないから、丁度残っていた自分に訊きにきたのだろう。伝言でも頼まれてやろうか、そう考えていたレイヴンの言葉は、途中で遮られた。

「レイヴン! エイジ知ってる⁉︎」

 二人目の来訪者が現れた。レイエルピナ、その顔は焦っているように見える。

「どうしてだ、レイ嬢?」
「やなよか__……いえ、アイツに質問したいことがあったの!」

 言い訳を考えるかのような絶妙な間の後、その様子に似つかわない理由が飛んでくる。素直じゃないあたりが可愛らしなと思いながら、二人にエイジについて伝えようと。

「エイジなら、先日の会g__」
「エイジ様! エイジ様は何処ですか⁉︎」

 レイエルピナ以上の勢いで、黑銀が飛び込んできた。

「アイツは海g__」

 言おうとしたところで、また扉が開く。

「シルヴァちゃんがここに駆け込んでいくのが見えたけど……もしかしなくても、エイジクンのことよね」

 現れたのはモルガン。目を伏せ、片手で体を抱くようにして、不安げであった。

 そして、レイヴンは紅茶を含み、もう話そうともしなかった。どうせあと数人、遮るように飛び込んで来るのだろうと。

「エイジさんはいらっしゃいませんか⁉︎」

 今度エイジの言っていたタバコを試してみよう、と思いながら眺めている。

「エイジ様はおりますか~? ……なんだか胸騒ぎがしますの」
「もしかして……皆さんも同じ感覚を?」

 そして気付けば、アイツの周りに居る女どもが揃っていた。そしてベリアルやノクトはあっちにいる。これ以上はもう来ないだろう。やっと話せる。

「エイジは__」
「彼なら…半島へ行った……」

 またも、入ってきたメディアによって、言葉は遮られる。全然自分に喋らせてくれない。レイヴンは悲しくなった。

「半島って……一昨日の会議の⁉︎」
「ええ……それにしても…鋭過ぎない…?」

 勢揃いしているのを見て、メディアが呆れたようにボソボソと。

「おい、一ついいか。……なぜ貴女方はこちらに来た」
「なぜだか……酷く心配なのです」
「やっぱり、みんな同じ感覚がしたのねェ……」

 ようやく発言できたが、すぐにシルヴァ、モルガンと話し始め、また入る余地がなくなった。

「そう……その予感は…正しい」
「何か知ってるの⁉︎」
「ええ……私は…予言者だもの……どうか、落ち着いて聞いて。彼は…そこで……______」
「なっ……!」

 メディアの告げた言葉に、動揺が広がる。

「なぜそれを早く言わなかったんですか!」
「くっ……エイジ様! すぐに私が__」

「もう遅い! アイツが出発してから、六時間は経っている。今行っても何もできない。いや、寧ろお前達が胸騒ぎを感じた瞬間に、事は起こったのではないか? それに、死んだわけじゃないんだろう」

 今この場で、一番落ち着いているのはレイヴンだ。彼のことになると暴走しがちになる彼女らを止めるのは、自分であると、彼女らがこの部屋に集まったということから感じていた。

「私は…警告はした……けど…運命は……変わらなかった」
「一応訊いておくけど、メディアちゃん、どんな警告したの」
「……気をつけて、と」
「それだけですの⁉︎」

 知っていたにも拘らず、殆ど干渉しなかったメディアに非難の目が集まる。

「いや、しかし。なあ、エイジの恋人達よ」
「こ、恋人じゃないわよ!」

「そうなのか? まあ、それは置いといて。今まで、メディアがエイジに話しかけたりした頻度や、その内容はどうだった」
「そういえば……」

 思い返せば。ほぼずっと彼のそばにいるような秘書達でさえ、あまり関わることはなかった。 それに__

「関わりがあるときは、大抵何かしらの事件の折ですね……」
「もしそうだとするなら、察せなかったアイツが悪いということになるな」

 しかし、それにも擁護の表情をする過保護な同僚や側近。このままだと自分に矛先が向いて面倒になると察した彼は、なんとか考えを練っていく。そして閃いた。

「それに、メディアは、敢えて言わなかったのではないか? エイジの過労を装う策を講じるような者が、みすみすそのような見逃しをするものか。防ぐためなら、秘書でも連れて行くように手引きしたはずだ。つまり……」

 真意を語れと、目配せする。裏があるのは分かり切っている。分かりにくいが、これはそういう女だ。

「……うん…この失敗は…彼の成長に…欠かせないものなの…」
「とのことだ。奴を想うのなら、できることは甘やかすことだけではないことを知るのだな」

 各々苦々しい顔であるが、どうにか堪えてくれたようだ。漸くレイヴンは落ち着ける。

 __どいつもこいつも、アイツに対して甘過ぎる__

 必要なのは、手助けや称賛などの飴だけではない。そのことを知り、その上で真に厳しく当たれるのは自分くらいしかいないと知っているために、その汚れ役を引き受けるのだ。
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