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Ⅴ ソロモン革命
3節 中央集権 ②
しおりを挟む「わぁ……すごい!」
エイジの耳元で感動する声が、風音に掻き消されつつも微かに聞こえる。
「しっかり捕まってな、テミス」
その背にいるのは、テミス皇女。今エイジは、雄大な空を切り裂くように飛翔している。目的地はアストラス、実に五度目のフライトであり、航路は慣れたもの。
属国首脳との会談を終えたエイジは、お昼休憩を終えたのち、次の仕事に入ろうとしていた。その仕事とは、工場の建設。既に数千人規模の作業員たちが、昨日エイジが設置した転移陣を通じて移動済み。秘書たちエイジ側の者も転移を済ませ、残るはこの二人となった時、皇女が言ったのだ。空を飛んでみたい、と。
そのお願いを受けて、エイジはわざわざ飛んでいるのだが、それはなかなか特殊な様相を呈している。レイエルピナの時よりも速度を出し、また皇女は王女より非力であるために、安全のため縄で体を括り付けているのだ。この提案は、彼女自身によるもの。エイジとしては密着しすぎているせいで気まずく、また押し当てれれた柔らかい感触のせいで集中が乱れる。だからやめよう、と言っても強く拒否され、そうしてなんやかんやとこの状況に至る。
「よ、よし。目的地が見えた」
前述の状況のせいで、仕事はこれからなのにエイジは気疲れしてしまっていた。やっと解放されると内心安堵。
「あ、あそこですね。人が見えます。では、あそこに着地しましょう!」
「え……」
衆目の只中にこの体で突っ込むとか嫌なのであるが。
「行きましょう!」
「……はい」
今日の彼女は押しが強い。速度と高度を落とすと、森はずれの開けた場所に設置された魔術陣に近寄る。
そして着陸地点すぐ近くで速度を落とし切ると、四枚の翼を調節しつつ直立姿勢でホバリングし、周囲を見渡す。そして気付く、いるはずのない者に。
「あれ、なんでレイエルピナがここに⁉︎」
「息抜きよ。それから、わたしたちがいくら頑張っても工場がなければ始まらない……だからどのくらいのペースで建つのか、確認しようと思ったのよ」
「堂々とサボータージュ宣言しないでよ……」
「それは置いといて……アンタこそ、何してんのよ。鼻の下伸ばしてさ。イチャつくなら他でしなさい、ムカつくから」
「いやこれは彼女が__」
「言い訳無用!」
掌が突き出されると、空気が変わる。みるみる魔力は重厚になり、掌には消滅の魔力が形成……
「ま、待ってって!」
慌てて短刀を取り出し縄を切ると、ふわりと彼女を回り込むように退避する。そう、話している間もずっと浮いていた。そのせいで縄切った瞬間テミスが落ちた。といっても高さは一メートルもないが。
「って、あれ?」
レイエルピナの敵意は、エイジを追わなかった。視線と掌はその場に向いたまま。
「あ、オレじゃなかったん?」
「何してたって訊いてんのよ!」
「見ての通り、現場まで連れてきてもらっていたんですよ。仕事なので、私欲とかありませんから」
レイエルピナの睨みに、テミスは不敵な態度。
「転移陣使えばいいじゃない」
「でも私、魔力ないですし」
たじろぐ。皇女テミスに魔力が無いのは有名な話。
「でも、今のアンタは違うでしょ」
「…………転移の仕方なんてわかんないですし」
ああ言えばこう言う。衆目の中、他を一切気にすることなく二人の姫君が言い争い。
「あの……オレ仕事始めていい?」
「誰かに教わればいいじゃない」
今日のテミスはどこか違う。一歩も引こうとしない。さらに、レイエルピナだって下がらない。エイジはとっくに蚊帳の外。
「あなただって、彼と一緒に飛んだそうじゃないですか。私だって、そのくらいしてもいいのではないですか?」
「…………でも、縄で縛る必要ないでしょ。しかも、あんなこれ見よがしにして!」
「私は非力ですので。振り落とされないようにそうする必要がありました」
しっかりと理論武装を固めている。
「へえ、その筋肉で?」
「魔族に比べれば、です」
論点をすげ替えつつ、口喧嘩。途中から魔力維持がキツくなったか、レイエルピナは魔力球を消していたが。
「私、そろそろ仕事を始めないといけないので、これで」
「ま、待ちなさい!」
テミスの逃げ道を塞ぐように回り込む。二人の口論はまだ終わりそうにないようだ。
「お、フォラス氏?」
「どうも。サボりの口実として道連れにされました。まあ、私も技術者としての仕事があったので、別にいいのですがね」
流石に暴力は振われないだろうな、と注意しつつ、喧嘩の途中で抜け出したエイジは、歩き回り誰がいるかなど確認していた。
「秘書二名、ここに」
「ゴグ、コゴニ!」
「エリゴスである。今エレンが部下を率いて、鉱山の調査をしているところである」
「ようし……おいそこのお二人さん、そこまでだ」
エスカレートする前にと、お姫様たちを引き剥がす。なぜ喧嘩しているのか、エイジにはよくわからない。仲が悪いのだろうか。乙女心は複雑怪奇。
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